2025年7月17日木曜日

すみだ北斎美術館 企画展「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」

東京・墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」が開催されています。


3階ホワイエのフォトスポット

今回の企画展は、日本を代表する画家・葛飾北斎の作品の中にある「あ!」っとおどろく多くのしかけを発見する楽しみが体験できる展覧会です。
学校の夏休み期間中に開催されて、クイズ形式のワークシート「浮世絵で謎解き!~北斎の言葉~」と関連ワークシート「北斎で自由研究」も用意されているので、子どもたちのはじめて美術館見学や、夏休みの自由研究にもおすすめです。



それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年6月24日(火)~8月31日(日)
     ※前後期で一部展示替えあり
     前期:6月24日(火)~7月27日(日)
     後期:7月29日(火)~8月31日(日)
休館日  毎週月曜日
     ※開館:7月21日(月・祝)、8月11日(月・祝)
      休館:7月22日(火)、8月12日(火)
会 場  すみだ北斎美術館 3階企画展示室
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
観覧料  一般1,000円、高校生・大学生700円、65歳以上700円、中学生300円、
     障がい者300円、小学生以下無料
※観覧日当日に限り、4階『北斎を学ぶ部屋』、常設展プラスも観覧いただけます。
※展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/at-hokusai/

展示構成
 プロローグ 浮世絵と北斎 早わかり案内所
 1 北斎の作品をみてみましょう
 2 「あ!」っとみつけて、みえてくる!?



  

3階企画展示室に入ると、「浮世絵で謎解き!~北斎の言葉~」と「北斎で自由研究」がテーブルの上に置いてあるので、それを手に取ってさっそくスタート!

プロローグでは、浮世絵や葛飾北斎(1760-1849)についておさらいをして、浮世絵師が直接描いた「肉筆画」、絵師の他、版木を彫る彫師、版画を摺る摺師など手分けして作業される「木版画」、版画の中でも、「冨嶽三十六景」のような一枚ものの版画(錦絵や摺物など)と、『北斎漫画』のような本の形の「版本」の代表的な作品を見ていきます。


1 北斎の作品をみてみましょうでは、「冨嶽三十六景」シリーズの中でも代表的な作品、「神奈川沖浪裏」を見ていきます。

海外では「Great Wave」とよばれる大きな波と、波に翻弄される船が前面に描かれ、それとは反対に画面奥にどっしりと構える富士山との対比が見事な作品ですが、北斎は富士山の三角形と、手前の波の大きな三角形をシンクロさせる構図をつくっていたのです。
荒れ狂う海が描かれているのに、なぜか構図がびしっと決まっていると感じていましたが、二つの三角形が大きなポイントだったのですね。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」すみだ北斎美術館蔵(通期)
(半期で同じタイトルの作品に展示替えされます)


ほかにも、陰陽師で知られる安倍晴明が主人公の版本『敵討裏見葛葉』四 妖婦ふたゝび形をあらはし保名童子に見えて仇人悪右衛門が事を告る(通期展示)では、薄墨で闇夜の怪しい光が効果的に表されていたものが、同じタイトルの版本の後摺(あとずり)では省略されて空白になっているのが比較できたり、イカやアワビ、魚やエビなどが描かれた肉筆画の《魚介図》(前期展示)では、イカを貝殻を粉末状にした胡粉(ごふん)と墨で着色して質感を出したりなど「あ!」と驚くポイントを見ていくことができます。


2 「あ!」っとみつけて、みえてくる!?では、「冨嶽三十六景」シリーズの中でも「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」と並んで人気のビッグスリーにあげられる「山下白雨」の変わり図が紹介されています。

こちらは普段から私たちが見慣れている「山下白雨」。
画面右下の雷の稲妻は、すみだ北斎美術館のロゴマークのデザインの元になっているので、これもおなじみですね。


葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」すみだ北斎美術館蔵(前期)

そしてこちらが「山下白雨」(変わり図)。
全体的に明るくなって、空の青が薄くなったり、稲光が太くなったり、下には松林が浮かんできたりと構図は同じでも全く違う絵のように見えてきます。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」(変わり図)すみだ北斎美術館蔵(後期)


今回の企画展では、上でご紹介したすみだ北斎美術館蔵の「山下白雨」は前期展示で、後期は解説パネルの展示、「山下白雨」(吉野石膏コレクション すみだ北斎美術館寄託)は後期展示、「山下白雨」(変わり図)は、前期が解説パネル、後期はオリジナルが展示されるので、前期後期とも同じ絵なのにどれも少しずつ違いがあるのが比較できます。

さて、さきほど「後摺」という言葉が出てきましたが、今回の企画展では詳しく解説されていて、はじめて知ることもあったのでとても参考になりました。

浮世絵版画は1回に最大200枚摺ることができるといわれていて、1組の版木から最初に摺られたものは「初摺(しょずり)」と呼ばれています。初摺では、版元や絵師が立ち会ったといわれ、作者の意図がよく反映されるという特徴がありました。
2回目以降に摺られるのが「後摺」といわれ、版木の凹凸がつぶれたり、版木がいたんだりして、初摺に比べて後摺は輪郭線が太くなったり、線が途切れたりすることもあるのです。
さらに後摺では絵師が立ち会わなくなるため、さきほどご紹介した『敵討裏見葛葉』四のように薄墨が省略されたり、「山下白雨」(変わり図)のように絵に改変が加えられることもあったのです。

これから浮世絵版画を見るときは、輪郭線などをじっくり観察してみたいと思います。


続いて北斎の肉筆画をご紹介します。
今回の企画展では前期に「柳に燕図」「魚介図」、後期に「南瓜花群虫図」「蛤売り図」のそれぞれ2点が展示されます。

「柳に燕図」は、風になびく柳と上から下に飛んでいく5羽の燕が描かれていて、燕のスピード感が伝わってくる作品です。
北斎は、よく知られている『北斎漫画』をはじめ数多くの絵手本を制作していますが、「柳に燕図」と並んで『三体画譜』の燕のページが展示されているので、絵を描くときに絵手本がどのように活用されるのかがよくわかりました。


葛飾北斎「柳に燕図」すみだ北斎美術館蔵(前期)


手前にいる人たちは何を見ているのだろう、と視線を遠くに向けると見えてくるのは、雪を頂いて堂々とした姿の富士山でした。
このように絵を見る人に視線を誘うような仕掛けを読み解くのも北斎作品の楽しみの一つかもしれません。
さて、手すりにもたれる人のうち、一番右の人が見ているのは何でしょうか?

葛飾北斎「冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう」すみだ北斎美術館蔵(通期)
(半期で同じタイトルの作品に展示替えされます)


3階ホワイエには、葛飾北斎「富士田園景図」の高精細複製画が展示されています。
※この作品は撮影可です。

     葛飾北斎「富士田園景図」高精細複製画 (原画:スミソニアン国立アジア美術館蔵)

     National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Freer Collection, Gift of Charles Lang

        Freer, F1902.48, F1902.49.831日まで)



4階では、常設展プラスが開催中。
「隅田川両岸景色図巻」の高精細複製画が展示されていて、『北斎漫画』をはじめとする北斎の絵手本のレプリカ約15冊は手にとって見ることもできます。
※常設展プラス内は撮影不可です。

同じく4階の『北斎を学ぶ部屋』では、実物大高精細レプリカやタッチパネルで北斎の画業の流れをたどることができます。北斎と娘の阿栄(おえい)が住んだ北斎アトリエの再現模型もあります。
※『北斎を学ぶ部屋』は一部を除き写真撮影が可能です。

北斎のアトリエ再現模型

作品のカラー図版もあって、わかりやすい解説がついた企画展オリジナルリーフレット(税込350円)は1階ミュージアムショップで発売中。おすすめです!

企画展オリジナルリーフレット


3階の企画展はもちろん、あわせて4階の常設展プラス、『北斎を学ぶ部屋』を見れば、北斎作品に隠された秘密もわかって、北斎さんにも会えて、北斎のことがより身近に感じられます。
楽しさいっぱいのすみだ北斎美術館にこの夏ぜひお越しください! 

2025年7月16日水曜日

三井記念美術館 美術の遊びとこころⅨ 花と鳥

東京・日本橋の三井記念美術館では「美術と遊びのこころⅨ 花と鳥」が開催されています。




展覧会開催概要


会 期  2025年7月1日(火)~9月7日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(但し7月21日、8月11日は開館)
入館料  一般1,200円、大学・高校生 700円、中学生以下無料
展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/

※本展覧会では、展示室3(如庵)、展示室4に限り写真撮影可です。(動画撮影は不可)
  会場内で撮影の注意事項をご覧ください。  
※掲載した写真は、プレス内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。


今回の展覧会は、日本・東洋の古美術に親しむことを目的として同館が企画している、恒例の「美術の遊びとこころ」シリーズ第9弾。
今回のテーマは「花」と「鳥」。同館が所蔵する絵画、茶道具、工芸品に登場する花と鳥が楽しめる、とても明るい雰囲気の展覧会です。

展示室に入って気がついたのは、作品のキャプションとともに、作品に描かれた花や鳥の写真のパネルが展示されていることでした。「美術と遊びのこころ」シリーズらしい取組みで、大人だけでなく、学校の夏休み期間中なので、子どもたちにも親しみやすい工夫はとてもありがたいです。


展示室1展示風景

中には「遅桜」との銘があっても桜がデザインされていない変わりダネの唐物肩付茶入がありました。
《唐物肩衝茶入  銘遅桜》は足利義政が所持していた東山御物の一つで、足利義政が《唐物肩衝茶入 銘初花』(重要文化財 徳川記念財団蔵)」より先に世に知られていたら、この茶入が第一であったろうという思いから「遅桜」と命名されたといわれています。


展覧会の中でもとびきりの逸品が展示される「VIPルーム」の展示室2には、何が展示されるのかいつも楽しみにしているのですが、今回は国宝《志野茶碗 銘卯花墻》ではなく、重要文化財《玳皮盞 鸞天目》が展示されていました。

展示室2展示風景

茶碗の中を覗き込むと、見込みには長い尾をなびかせて飛び交う二羽の鳥が見えてきます。    
これは鸞(らん)という中国の想像上の鳥で、羽は赤色に五色をまじえ、鳴き声は五音に合うとされている吉鳥。優雅に空を舞う姿は「VIPルーム」にぴったりです。


さて、国宝《志野茶碗 銘卯花墻》はどこだろうと思い先に進むと、なんと展示室3に展示されていました。
国宝の茶室・如庵を再現した展示室3に国宝の茶碗。これ以上の取り合わせはないというくらい贅沢な展示ではないでしょうか。

展示室3展示風景

展示室4には「鳥」が主題の絵画作品が展示されています。

展示室4展示風景

円山応挙の《蓬莱山・竹鶏図》(下の写真左の三幅対の作品)も展示されていました。
伊藤若冲が描く鶏はアクロバティックな動きをしていたり、ひょうきんな表情をしていたりしますが、応挙の鶏は写実的で真面目な表情をしています。写生を重んじた応挙らしい生真面目さが感じられました。
昨年(2024年)に「新発見」されたと話題になった二人の合作(伊藤若冲《竹鶏図屏風》、円山応挙《梅鯉図屏風》(どちらも個人蔵)は、三井記念美術館の次回展(特別展「円山応挙ー革新者から巨匠へ」)で東京初公開となるので楽しみです。

左から 円山応挙筆《蓬莱山・竹鶴図》江戸時代・寛政2年(1790)、
土佐光起筆《鶉図》江戸時代・17世紀、伝牧谿筆《蓮燕図》
南宋時代・13世紀 いずれも三井記念美術館蔵

そして圧巻は全長約17.5メートルにおよぶ長巻に63種類の鳥が超リアルに描かれた渡辺始興の《鳥類真写図巻》。
渡辺始興が24年もの間、身近な鳥を観察して描いた図巻で、鳥の写真パネルと見比べてもその観察眼の鋭さに驚かされます。


渡辺始興筆《鳥類真写図巻》江戸時代・18世紀
三井記念美術館蔵

これまでは花や鳥が描かれた作品を見てきましたが、展示室5には鳥の形をした工芸作品なども展示されていて、見る人の目を楽しませてくれます。

展示室5展示風景

中でも特に注目したいのは《牙彫鶏親子置物》(下の写真左)。
ヒヨコたちのあどけなさには思わず胸がキュンとなってしまいます。


展示室5展示風景


小さな作品でも間近で見ることができる展示室6には、四季折々の草花が描かれた金箔の小襖や色紙・短冊が展示されているので、一段と華やいだ雰囲気が感じられました。
ここでも花の写真と見比べながらじっくり見ることができます。

展示室6展示風景


広々とした展示室7のテーマは「花と鳥」。
金地の背景に鶴と松、四季折々の草花が描かれ、右には太陽、左には月が金属板で表現された大画面の《日月松鶴図屏風》(重要文化財 室町時代・16世紀 下の写真右)の前に立つと、右から左に春から秋への移ろいが感じられて、まるでその場にいるようなすがすがしい気分になってきました。


展示室7展示風景


ミュージアムショップには、展示作品にちなんだグッズが盛りだくさん。
国宝《志野茶碗 銘卯花墻》をモチーフにしたオリジナルバッグはとてもおしゃれです。


お持ちのぬいぐるみやアクリルスタンドの一緒に記念撮影ができる撮影スポットも新登場!
ミュージアムショップの向いにあります。



私たちに身近な花や鳥をキーワードに、絵画や工芸などが気軽に楽しめる展覧会です。
夏休みに海や山にレジャーに行くのもいいですが、猛暑の日々が続きますので、エアコンが効いた快適な展示室内で自然に親しんでみてはいかがでしょうか。

今回ロビーに展示されているのは、盆栽風で可愛らしい《安南写福寿草植木鉢》です。
(この作品は撮影可です。)
 
永樂保全作《安南写福寿草植木鉢》文政10年~天保14年(1827-43)
三井記念美術館蔵

2025年7月11日金曜日

泉屋博古館東京 企画展 死と再生の物語(ナラティヴ)  ー中国古代の神話とデザイン             同時開催「 泉屋ビエンナーレSelection」

 東京・六本木の泉屋博古館東京では、企画展「死と再生の物語(ナラティヴ)ー中国古代の神話とデザイン」が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス


展覧会開催概要


会 期  2025年6月7日(土)~7月27日(日)
休館日  月曜日(7/21は開館)、7月22日(火)
開館時間 午前11時00分~午後6時00分
     *金曜日は午後7時まで開館
     *最終入館は閉館30分前まで
入館料  一般1200円、学生600円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/

展示構成
 第Ⅰ章 天地つなぐ動物たち(展示室①)
 第Ⅱ章 聖なる樹と山(展示室①)
 第Ⅲ章 鏡に映る宇宙(展示室①)
 第Ⅳ章 西王母と七夕(展示室②)
 第Ⅴ章 神仙への憧れ、そして日本へ(展示室③)
 特集展示 泉屋ビエンナーレSelection(展示室④)


※撮影はホール、鴟鴞尊(展示室①・独立ケース)、展示室④のみ可能です。
 館内で撮影の注意事項をご覧ください。
※掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。


泉屋博古館(京都)のアイドル《鴟鴞尊》が、2023年に泉屋博古館東京で開催された「不変/普遍の造形 住友コレクション中国青銅器名品選」からおよそ2年半ぶりに東京にやってきてくれました。そして今回は、青銅器とともに世界屈指と称される住友コレクションの中から選りすぐりの青銅鏡も展示されるというので、とても楽しみにしていました。
開幕から日にちが経ってしまいましたが、遅ればせながら展覧会を見てきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

古代中国の青銅器や青銅鏡にはさまざまなデザインがほどこされていますが、一見しただけではそこにどのようなメッセージが込められているのかよくわかりません。
それでも丁寧な解説を読みながら見ていると、当時の人たちがどのような死生観、世界観をもってたのかがよくわかり、今まで以上に親しみがわいてくるように感じられました。

それではさっそく、今回の企画展のタイトル「死と再生の物語(ナラティヴ)」にちなんで、青銅器や青銅鏡自らが語る「物語(ナラティヴ)に耳を傾けてみたいと思います。

はじめにご紹介するのは《鴟鴞尊(しきょうそん)》。

《鴟鴞尊》中国・殷(前13-12世紀) 泉屋博古館


鴟鴞とはフクロウ、ミミズクのことで、古代中国では不吉の鳥とされていたのですが、さらに歴史をさかのぼった殷代には、フクロウやミミズクをあらわした青銅器などがつくられ、墓の副葬品として用いられていました。
それは、フクロウ・ミミズクが夜行性なので、闇夜に跋扈する邪霊から死者を守る役割が期待されていたり、死後の世界と通ずる存在と考えられた可能性があるからなのです。
現代の私たちから見たら、きょとんとしたような可愛らしい表情をして、心を癒してくれる《鴟鴞尊》ですが、殷代にはこんな重要な役割を担っていたのですね。


続いては、《弋卣(かゆう)》。


《弋卣》中国・殷(前12-11世紀)  泉屋博古館

こちらは二羽の
鴟鴞が背中合わせになっていて、鴟鴞の頸部や脚の付け根など死角にあたる部分には眼をもつ別の文様があらわされているという念の入りよう。
四方八方ににらみをきかせて邪霊を追い払いたいという、殷代の人たちの想いがひしひしと伝わってくるようです。
それにしても、フクロウやミミズクには似つかわしくない、まるで象のような太い脚が印象的です。この四本脚でのしのしと歩いたらきっと邪霊も恐れをなすのではないでしょうか。


次は青銅鏡。
青銅鏡の楽しみは何といっても、そこにあらわされた文様の意味を読み解くことです。

《蟠螭樹木文鏡》中国・前漢(前2世紀) 泉屋博古館

蔦がからまるような文様は、よく見ると何匹もの龍の頭が見えてきて体をくねらせているのがわかります。そして根をはった3本の樹木からは8本の枝が伸びて、その先にはつぼみのようなものが見えてきます。
右斜め上の樹木の枝には鸚鵡のような鳥がとまっていますが、これを見つけるのはかなり難しいので、作品右のパネルを参照しながらぜひ探してみてください。

古代中国では、太陽は10個存在していると考えられ、それの太陽がぶら下がっているのが東方のかなたに生える扶桑樹で、太陽は「金烏」という鳥に背負われて順に天に昇っていき、また扶桑の枝のもとに帰ると信じられていたので、この《蟠螭樹木文鏡》の樹木は扶桑樹を文様化した可能性が考えられるのです。


日本では、月にはウサギが住んで餅を搗いていると信じられていましたが、古代中国の人たちはどのように考えていたのでしょうか。
八枚の花弁が開いたような形の《月兔八稜鏡》に描かれているのは、中央に月桂樹、右側には仙人、左側には仙薬を搗いているウサギ、そしてその下の蟾蜍(せんじょ=ヒキガエルのこと)。

《月兔八稜鏡》中国・唐(8世紀) 泉屋博古館


これは、嫦娥(姮娥)が西王母のもつ不老不死の仙薬を盗んで月に逃げ、蟾蜍に姿を変えられたという「嫦娥奔月」の伝説をあらわしたものなのです。

「嫦娥奔月」の伝説は日本でも画題として描かれていますが、今回の企画展では、明治から大正にかけて大阪で活動した上島鳳山(1875-1920)の《十二ヶ月美人》のうち《八月 嫦娥》が、同じ《十二ヶ月美人》のうちの《七月 七夕》とともに展示されています。

上島鳳山《十二ヶ月美人》のうち《八月 嫦娥》
日本・明治42年(1909) 泉屋博古館東京



鏡の縁の断面が三角形をしているので「三角縁神獣鏡」と呼ばれる青銅鏡は、邪馬台国の女王卑弥呼が中国・魏の皇帝から授かった鏡百枚が「三角縁神獣鏡」ではないかといわれ、銘文に中国の元号があるのに中国では1枚も出土されていないなど、謎が多い日本古代史とあいまって、とてもミステリアスなところに惹かれます。


こちらは、京都・久津川車塚古墳から出土した重要文化財の鏡7面のうち《三角縁四神四獣鏡》。この《三角縁四神四獣鏡》と《画文帯同向式神獣鏡》は中国製、それ以外の5面は日本で模倣して制作された倣製鏡(倭鏡、倭製鏡ともいう)とされています。

重要文化財《三角縁四神四獣鏡》中国・三国(3世紀)
泉屋博古館



同時開催「泉屋ビエンナーレSelection」

2021年と2023年に泉屋博古館(京都)で開催された「泉屋ビエンナーレ」は、新進気鋭の鋳金作家たちが中国古代青銅器からインスピレーションを受けた新作を展示する展覧会でした。今回は、「泉屋ビエンナーレ」出展作品の中から選りすぐりの作品4点が展示されています。

梶浦聖子《地上から私が消えても、青銅》令和5年(2023)
泉屋博古館

古代中国の青銅器・青銅鏡から、現代作家による最新作まで、時空を超えて想像力がかきたてられるとても刺激的な展覧会です。
会期は7月27日(日)まで。
暑い日が続きますが、熱中症には気を付けて、ぜひご覧いただきたい展覧会です。

展覧会チラシ


ロビーでは《魁星像》がお出迎えしてくれます。

《魁星像》中国・明(16世紀) 泉屋博古館


2025年7月2日水曜日

大阪中之島美術館 日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!

大阪中之島美術館では、日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!が開催されています。

展示室入口

実はこの日本美術の鉱脈展、少し変わった展覧会なのです。
何が変わっているかというと、たいていの展覧会は、有名な芸術家や作品を展示して多くの観客に訪れてもらうようにするのですが、この日本美術の鉱脈展は、金鉱脈、銀鉱脈など地中に眠る有用な鉱物の鉱床になぞらえて、知名度はあまり高くなくてもすごい作品を展示しているのです。

それでは、開会前に開催されたプレス内覧会に参加しましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。
※掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。
※本展では、一部作品が撮影可能です。会場内の注意事項をご確認ください。

展覧会開催概要


会 期  2025年6月21日(土)~8月31日(日)
     ※会期中、一部展示替えがあります。
会 場  大阪中之島美術館 4階展示室
開場時間 10:00~17:00(入場は16:30まで)
     ※7月18日~8月30日までのまでの金、土、祝前日は17:00~19:00まで開館延長
休館日  月曜日、7月22日(火)
     ※ただし7月21(月・祝)、8月11日(月・祝)は開館
観覧料  一般 1800円、高大生 1500円、小中生 500円
展覧会の詳細等は同展公式サイトをご覧ください⇒https://koumyakuten2025.jp/ 

展示構成
 第一章 若冲ら奇想の画家たち
 第二章 室町水墨画の精華
 第三章 素朴絵と禅画
 第四章 歴史を描く
 第五章 茶の空間
 第六章 江戸幕末から近代へ
 第七章 縄文の造形、そして現代美術へ


第一章 若冲ら奇想の画家たち


今回の展覧会の一押しは何といっても、伊藤若冲(1716-1800)と円山応挙(1733-1795)がそれぞれ一隻ずつ手がけた二曲一双屛風。若冲は竹と鶏、応挙は梅と鯉。どちらも当代随一の売れっ子絵師が最も得意とした画題を金地に水墨で描いた合作です。

左 伊藤若冲《竹鶏図屏風》寛政2年(1790)以前
右 円山応挙《梅鯉図屏風》天明7年(1787)
どちらも個人蔵 通期展示


「伊藤若冲は知名度が低いどころか超有名ではないか!」と思われるかもしれませんが、2000年に京都国立博物館で開催された展覧会で空前の若冲ブームが巻き起こるまでは無名の存在でした。つまり若冲は、「知られざる鉱脈」が大化けしたもっとも典型的な例なのです。
そしてこの屏風は昨年(2024年)に新発見されたという、まさに地中に眠っていた鉱脈だったのです。

伊藤若冲の作品はほかにも、ネガフィルムのように白黒が反転した拓版画という技法で制作された《乗興舟》が展示されています。
これは、若冲の代表作《動植綵絵》を完成させた直後、京都・相国寺の禅僧・大典(梅荘顕常)とともに淀川を下り、大坂に赴いた船旅で見た岸辺の風景を描いた作品で、10mを超える絵巻が巻頭から巻末まで広げられて展示されているので、見ている方も京都から大坂までの船旅をしているような気分になれます。

伊藤若冲《乗興舟》京都国立博物館 展示期間6/21-7/21
(7/23-8/31には三井文庫所蔵の《乗興舟》が展示されます)
どちらも明和4年(1767) 

そして、この拓版画のための版木は若冲の親戚である安井家に伝わり、一時は縁側の床につかわれていたといわれ、平成14年(2002)に発見されたというのですから、まさに「鉱脈」。今回の展覧会にふさわしい作品だと思いました。


第二章 室町水墨画の精華


室町時代に活躍した式部輝忠という絵師をご存じでしょうか。
室町水墨画大ファンの筆者も、その名前といくつかの優品しか知らないのですが、それもそのはず。
近年の研究によって、室町時代16世紀中期に鎌倉、小田原などの東国を中心に活動した画家だろうと考えられるようになりましたが、生没年も履歴も全く判明しない謎の絵師なのです。

式部輝忠《梅樹叭々鳥図屏風》室町時代(16世紀)
個人蔵 通期展示


謎の画家といっても、現在遺されている作品数は、屛風の大作が5点、掛軸は20数点、扇面画は100点以上も確認されているのですから驚きです。
今回の展覧会でも、展示替えがありますが、この作品を含めて4点の作品を見ることができます。

第三章 素朴絵と禅画


この章の作品を見て頭の中に浮かんできたキーワードは「自由奔放」。
《かるかや》と《築島物語絵巻》という、室町時代の素朴絵の双璧ともいえる作品や、白隠慧鶴ののびのびとした書画の作品などが楽しめます。

《かるかや》室町時代(16世紀) サントリー美術館
場面替えあり

《かるかや》も《築島物語絵巻》も、どちらも悲しい物語なのですが、どの登場人物もなごみ系の表情をしているので、シリアスに描かれているよりも、かえって物語の世界に入っていけるような気がしました。


ぎょろっとした目でにらむ達磨さん、画面からはみだしそうな勢いの書。
白隠慧鶴の筆のパワーにはただただ圧倒されますが、これはすべて大阪中之島美術館の所蔵。大阪中之島美術館といえば、佐伯祐三や大阪とかかわりのある近現代美術の美術館というイメージがあったのですが、実は山本發次郎氏旧蔵の白隠作品を多数所蔵しているを初めて知りました。

右から白隠慧鶴 《大黒天鼠師槌子図》《南無地獄大菩薩》《楊柳観音図》
《大達磨》いずれも江戸時代(18世紀) 大阪中之島美術館 通期展示



第四章 歴史を描く


豪華な飾りつけの額縁におさまっているのは、荒れ狂う海から上陸してくる蒙古軍と、それを迎え撃つ鎌倉武士たちの迫力ある戦闘場面が描かれた《蒙古襲来図》。
これは油彩画なのですが、一見するとタペストリーのように見えます。実はこの作品はキャンバスでなく、日本画で用いられる絹本に描かれているのでした。生涯、西洋画と日本画の双方を並行して制作した田村宗立ならではの作品ではないでしょうか。


田村宗立《蒙古襲来図》明治26年(1893)頃 個人蔵
通期展示



明治時代に洋画家として活躍した師弟の作品が並んで展示されています。
右が師・高橋由一《大和武尊》、左が高橋由一に師事した原田直次郎《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》。
右 高橋由一《日本武尊》東京藝術大学 左 原田直次郎《素戔嗚尊八岐大蛇
退治画稿》明治28年(1895)頃 岡山県立美術館 どちらも通期展示 


ミュンヘンを舞台にした森鴎外の小説『うたかたの記』に、留学中の画学生・巨勢という名で登場する原田直次郎が描いたこの作品は、関東大震災で焼失した明治28年(1895)発表の《素尊斬蛇》の画稿とされていますが、注目したいのは画面左下に描かれた、キャンバスを突き破るように顔を出しているワンちゃん。
今回の展覧会のキャッチコビーは「ナンジャコリヤ!連発」ですが、作品の前で思わず「ナンジャコリヤ!」とつぶやいてしまいました。

原田直次郎《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》明治28年(1895)頃 
岡山県立美術館 通期展示


第五章 茶の空間


展示室と展示室の間のスペースには、現代作家による「もっとも重い茶室」と、「もっとも軽い茶室」が展示されています。

鉄を素材に、鉄でないものを鉄で作る加藤智大さんの《鉄茶室徹亭》。
茶室そのものだけでなく、室内の茶道具や掛軸、茶花まで、すべて鉄というまさに「徹底」した茶室には驚かされましたが、重いというだけでなく、安価で錆びやすい鉄を用いることで、豊臣秀吉が作らせた「黄金の茶室」と対照的な美意識を体現しているものでもあったのです。



手前 加藤智大《鉄茶室徹亭》平成25年(2013)、
奥 山口 晃《携行折畳式喫 茶室》平成14年(2002)
どちらも個人蔵 通期展示


後方は、プラスチックの浪板やベニヤ板などの安価な素材をあえて用いて組み立てられた、山口晃さんの《携行折畳式喫  茶室》。
茶室そのものだけでなく、折畳式椅子や洗面器など身近な日用品まで茶の湯に取り込んでしまうところに山口晃さんのユーモアのセンスが感じられます。
「携行折畳式」なので、分解して折り畳んでどこにでも持って行って茶会ができそうです。



第六章 江戸幕末から近代へ


今回特に見たいと思っていた作品がこちら。安本亀八《相撲生人形》です。

安本亀八《相撲生人形》明治23年(1890) 熊本市現代美術館
通期展示

初めてこの作品の存在を知ったのは、今回の展覧会を監修された山下裕二さんの神奈川新聞連載記事「山下裕二の国宝もん!」(2022年)で紹介されたときでした。
それ以来、いつかは見てみたいと思っていたのですが、 今回それがかないました。
高さ170cmの木彫の作品を前に、相撲の始祖・野見宿禰と当麻蹴速が御前試合で渾身の力を込めて対決する、まさに「生き生き」とした二人の力士の迫力を十分味わうことができました。

ちなみに19回連載された「山下裕二の国宝もん!」のうち、「日本美術の鉱脈展」に展示されている作品は、《相撲生人形》のほかに、狩野一信《五百羅漢図》、《深鉢形土器(天神遺跡出土)》、《かるかや》と《築島物語絵巻》。そして《築島物語絵巻》を所蔵する日本民藝館も紹介されていました。

港区有形文化財 狩野一信《五百羅漢図》嘉永7年(1854)~文久3年(1863)
大本山 増上寺 通期展示

 
今回特に見たいと思っていた作品のもう一つは、牧島如鳩《魚籃観音像》でした。
観音菩薩と天女、聖母マリアと天使が描かれ、仏教とキリスト教がコラボレーションした不思議な雰囲気が感じられる《魚籃観音像》は、福島県小名浜漁業協同組合の依頼により大漁祈願のために描かれ、その後、平成22年(2010)の漁業協同組合解散にともない、牧島如鳩の故郷にある足利市民文化財団の所蔵になったという数奇な運命をたどった作品です。

牧島如鳩の作品は3点展示されています。
この一角だけ見ると、ヨーロッパの美術館で宗教画を見ているような気分になってきました。

左から 牧島如鳩《魚籃観音像》昭和27年(1952) 足利市民文化財団、
《恵(めぐみ)》昭和41年(1966)、《医術》昭和4年(1929)頃、どちらも足利市立美術館
いずれも通期展示


《魚籃観音像》も《医術》もとてもいい作品なのですが、特にこの《恵(めぐみ)》の魅力に惹かれ、その前でしばしたたずんでしまいました。
なぜかというと、この作品はサイズこそ違え、ドイツ・ドレスデンで見たラファエロ作《システィナの聖母》(ドレスデン国立古典絵画館蔵)のように見えてきたからなのです。
間違いなく「MY 国宝」一押しの作品です。


牧島如鳩《恵(めぐみ)》昭和41年(1966) 足利市立美術館
通期展示


第七章 縄文の造形、そして現代美術へ


今回のテーマは日本美術なので、時代も縄文から近現代まで幅広い範囲の作品が展示されてることは想像していたのですが、まさか縄文と現代の作品が同じ章に展示されているとは!
それも全く違和感ないので「ナンジャコリャ!」とうなりたくなってしまいます。


高さ約3mもある像《アルファ・オメガ》は、現代作家・西尾康之さんの作品。
鋳造する彫刻作品は通常、粘土で原型をつくり、それを石膏などで鋳型をとり、その鋳型に融解した金属や樹脂を流し込んでつくるのですが、西尾さんの場合は、「陰刻鋳造」といって指で粘土を押す軌跡のみでつくった雌型から制作するという独自の技法をとっているのです。
そしてこの作品は、縄文との親和性を意識して制作してほしいとの依頼に基づいて制作された新作。縄文時代と現代の作品が違和感なく並んでいる理由がこれでわかりました。



西尾康之《アルファ・オメガ》令和7年(2025) 個人蔵
通期展示

「可愛い国宝があってもいい!」と思ったのは、重要文化財・日本遺産の《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土)》。
右手の指でピースサインをして踊っているようにも見える人物はこれから人気が出てきそうです。

重要文化財 日本遺産《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土) 
縄文時代中期中葉(紀元前3500~紀元前3000年頃)
南アルプス市教育委員会・ふるさと文化伝承館 通期展示 



展覧会特設ミュージアムショップ


縄文土器から現代作家の作品まで、個性的で魅力あふれる日本美術を、カラー図版や詳しい解説で紹介する「日本美術の鉱脈展 未来の国宝を探せ!」公式図録もおすすめです。



展示作品をモチーフにした、「ナンジャコリャ!」なグッズも盛りだくさん!
《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》のキャンバスから飛び出したワンちゃんや、《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土)》のピースする人物がデザインされたトーバッグはじめ、どれにしようか迷ってしまうグッズばかりです。




大阪、京都、奈良の国宝展ラッシュは閉幕しましたが、これからは「未来の国宝」の出番です。
ぜひご覧いただいて、 一押しの「MY 国宝」を探してみてはいかかでしょうか。