東京・南青山の根津美術館では企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」が開催されています。
展覧会チラシ |
今回の企画展は、7600件を超える根津美術館のコレクションの中から、国宝や重要文化財を含む中国絵画や日本中世の水墨画の名品が展示される超豪華な内容の展覧会です。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年7月19日(土)~8月24日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 毎週月曜日 ただし8月11日(月・祝)は開館、翌火曜日休館
入館料 オンライン日時指定予約 一般 1300円、学生 1000円
*当日券(一般 1400円 学生 1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
ください。
*障害者手帳提示者および同伴者は200円引き。中学生以下は無料。
会 場 根津美術館 展示室1・2・5
展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館
*展示作品は、すべて根津美術館の所蔵です。
*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館
より特別に許可を得て撮影したものです。
展示構成
「唐絵」の源流 宋元画
明時代の「唐絵」
周文とその弟子たち
花鳥画と草虫画
小田原の狩野派と雪村
祥啓と関東の水墨画
さて、そもそも「唐絵(からえ)」とはどういったものなのでしょうか。
「唐絵」とは、遣唐使が停止されたのちに、日中間の交易が再び盛んになった中世以降、様々な交易品とともに中国から輸入された文物に含まれたもののうち、中国の画院で描かれた院体画や、牧谿ら画僧による水墨画などの名品のことで、とりわけ足利将軍家をはじめとする武家の間で尊ばれました。
今回の「唐絵」展 の大きな見どころは、院体画と画僧による水墨画という唐絵の二つの流れのそれぞれを代表する国宝の作品が展示されていることです。
そのうちの一つ、国宝《鶉図》は、右手前に向って今にも一歩踏み出そうとしている鶉の頭から羽にかけては描線で硬めに、腹は彩色でやわらかく表現して立体感を出すという典型的な南宋時代の院体画の特徴を備えた作品なのです。
そして、この作品は足利将軍家の宝物・東山御物の一つで、右上には第六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されていることにも注目したいです。
唐絵のもう一つの流れは、禅僧たちが主に水墨で描いた仏教主題や花鳥画などの世俗的な主題の禅宗絵画です。
中国では評価が高くなかったのですが、日本では足利将軍家はじめ将軍家や大名に特に珍重されたのが中国・宋末元初の画僧、牧谿。
およそ3年にわたる修理ののち初めて公開された牧谿筆の国宝《漁村夕照図》は、以前より画面全体がくっきりとしたように感じられました。画面左上の山の間に沈もうとする太陽の光がゆらめきながら画面右の漁村を照らしているのがよくわかるので、近くでぜひご覧いただきたいです。
国宝 漁村夕照図 牧谿筆 中国・南宋時代 13世紀 根津美術館蔵 |
牧谿の「瀟湘八景図巻」は、室町時代に第三代将軍・足利義満の指示によって座敷飾りとするために切断され、江戸時代には諸家が分蔵していましたが、第八代将軍・徳川吉宗がそれらを一堂に集め狩野古信に模写させました。
今回の企画展では、幕末明治期に活躍した狩野則信が狩野古信の模本をさらに模写した作品も展示されています。
牧谿筆瀟湘八景図摸本 狩野則信筆 日本・江戸~明治時代 19世紀 根津美術館蔵 |
模本の模本とはいっても、さすが江戸幕府の御用絵師集団・狩野派の中でも格式が高い表絵師十五家の一つ芝金杉片町狩野家の当主を務めた則信だけあって、牧谿が表現した空気感が見事に再現されています。
それにしても、この模本は牧谿が制作した時と同じく巻物形式なので、瀟湘八景のほかの図もどのような出来ばえなのか気になるところです。
中国から入ってきた唐絵は日本で手本とされ、それらに倣った和製の唐絵も多数制作されました。
「唐絵」展のもう一つの大きな見どころは、「和製唐絵」の名品も数多く見られることです。
「和製唐絵」の代表格のひとりが周文。
室町時代中期の画僧・周文は、相国寺の禅僧で、のちに室町幕府の御用絵師になり、日本の水墨画様式の基礎を築き、雪舟の師とされるにもかかわらず生没年不詳で、印や款記もないので確実に周文筆とされる作品がないという、有名なわりには謎の多い絵師なのです。
それでも伝周文とされる作品はどれも詩情豊かな名品ばかりで、「唐絵」展でも重要文化財《江天遠意図》、《柳下垂竿図》が展示されています。
ここにご紹介するのは、重要文化財《江天遠意図》。
俗世間を離れ、画面手前左の茅屋から右側の遠くに浮かぶ島を日がな一日眺めていたいと思わせてくれる、とてもいい雰囲気の作品です。
重要文化財 江天遠意図 伝周文筆 大岳周崇ほか十一僧賛 日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵 |
絵の上部には文字がびっしり書かれていますが、これは禅僧たちが絵にちなんで詠んだ漢詩文で、このような掛軸のことを詩画軸といって、応永年間(1394~1428)に流行しました。
拙宗等揚とは誰?と思われるかもしれませんが、のちに名を改め水墨画の名作の数々を生み出した雪舟その人のことです。
《山水図》では、画面右下の楼閣に座る高士が画面左上の遠くに見える山を眺めるモチーフや対角線構図が、中国・南宋時代の馬遠、夏珪に始まり、周文系の山水画に連なる流れを汲んでいることがわかります。
山水図 拙宗等揚筆 日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵 小林中氏寄贈 |
今回の「唐絵」展では、関東で活躍した絵師たちの作品も多く見ることができます。
室町時代後期の画僧で、常陸(茨城県)に生まれ、会津、小田原、鎌倉など東北、関東の各地を遍歴した雪村もその一人。
雪舟に私淑し、宋元絵画の影響も受けながら大胆な筆さばきで迫力のある独自の画風を確立した、これぞ雪村!といえる作品が《龍虎図屏風》。
目の前に立つと、吹き飛ばされそうな強い風が感じられてきます。
龍虎図屏風 雪村周継筆 日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵 |
今まで1階の展示室1、2の作品をご紹介してきましたが、今回の「唐絵」展は2階の展示室5にも続きます。
企画展「唐絵」展示風景 |
2階の展示室5は丸ごと「祥啓と関東の水墨画」。
祥啓とは鎌倉・建長寺の画僧・賢江祥啓のことで、書記を勤めていたので啓書記とも呼ばれた室町時代を代表する水墨画家です。
祥啓のほかにも鎌倉や関東ゆかりの水墨画が展示されている中、最初にご紹介するのは、重要文化財指定後初公開の《披錦斎図》。
これは鎌倉・円覚寺の少年僧を慕う人物が、夢に見た美しい書斎の光景をその少年僧に贈ろうと「画師」に描かせたもので、円覚寺黄梅院の宗甫紹鏡ほか鎌倉の文筆僧たちが賛を書いた詩画軸の名品です。
一見するとモノトーンのようにも見えますが、近くで見ると画中の木々が白・赤茶・緑で淡く彩られているのがわかります。
師弟の水墨画が並んで展示されていました。
下の写真右は、祥啓が京で絵画修行を行っていた時の師・芸阿弥が、修行を終えて鎌倉に戻る祥啓に与えた重要文化財《観瀑図》。左は祥啓山水画の最高傑作で同じく重要文化財の《山水図》。
右 重要文化財 観瀑図 芸阿弥筆 日本・室町時代 文明12年(1480) 左 重要文化財 山水図 賢江祥啓筆 日本・室町時代 15世紀 どちらも根津美術館蔵 |
そして、この《観瀑図》は、足利将軍家の同朋衆として絵画関係業務を司った芸阿弥の現存唯一の作例で、祥啓や、同じく展示室5に展示されている祥啓の後継者、祥孫や祥宗などの作品からうかがうことができる鎌倉をはじめとした関東画壇への影響の大きさからみても絵画史的意義がとても大きいことがわかります。
同時開催 テーマ展示
展示室4 古代中国の青銅器 青銅鏡展示 太平の大空を駆ける 鳳凰
展示室4の青銅鏡展示は、「唐絵」展にちなんで美しい線描で鳳凰が描かれた北宋時代の鏡はじめ鳳凰がテーマの青銅鏡が展示されています。
展示室6 涼みの一服
展示室6には、猛暑の折にふさわしく、口が大きく開いていることから茶が冷めやすい青磁の平茶碗はじめ、涼しさが感じられる茶道具が展示されています。
季節ごとに折々の草花で私たちを楽しませてくれる庭園に新たな仲間が加わりました。
庭園の池に植えられた蓮に花やつぼみが付いているのが見られます。これから成長してたくさんの花を咲かせるのを楽しみにしたいです。
「唐絵」展を機会に新たに出版された「根津美術館 新蔵品選」の第9冊『中国絵画・中世絵画』は、「唐絵」展出品の絵画作品すべてをはじめ、全133件が詳しい解説とともに掲載されています。
展覧会図録としても活用できるのでおすすめです。
中国絵画や日本中世の水墨画のファンはもちろんのこと、あまりなじみのない方でも、ひとたび名品の数々を見ればその素晴らしさに魅了されること間違いなし。
どなたにもぜひご覧いただきたい展覧会です。