2025年7月30日水曜日

根津美術館 企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」

 東京・南青山の根津美術館では企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展は、7600件を超える根津美術館のコレクションの中から、国宝や重要文化財を含む中国絵画や日本中世の水墨画の名品が展示される超豪華な内容の展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2025年7月19日(土)~8月24日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日 ただし8月11日(月・祝)は開館、翌火曜日休館
入館料  オンライン日時指定予約 一般 1300円、学生 1000円
     *当日券(一般 1400円 学生 1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
                        ください。
      *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き。中学生以下は無料。
会 場  根津美術館 展示室1・2・5

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館          

*展示作品は、すべて根津美術館の所蔵です。
*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館 
 より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 「唐絵」の源流 宋元画
 明時代の「唐絵」
 周文とその弟子たち
 花鳥画と草虫画
 小田原の狩野派と雪村
 祥啓と関東の水墨画


さて、そもそも「唐絵(からえ)」とはどういったものなのでしょうか。
「唐絵」とは、遣唐使が停止されたのちに、日中間の交易が再び盛んになった中世以降、様々な交易品とともに中国から輸入された文物に含まれたもののうち、中国の画院で描かれた院体画や、牧谿ら画僧による水墨画などの名品のことで、とりわけ足利将軍家をはじめとする武家の間で尊ばれました。

企画展「唐絵」展示風景


今回の「唐絵」展 の大きな見どころは、院体画と画僧による水墨画という唐絵の二つの流れのそれぞれを代表する国宝の作品が展示されていることです。

そのうちの一つ、国宝《鶉図》は、右手前に向って今にも一歩踏み出そうとしている鶉の頭から羽にかけては描線で硬めに、腹は彩色でやわらかく表現して立体感を出すという典型的な南宋時代の院体画の特徴を備えた作品なのです。


     国宝 鶉図 伝 李安忠筆 中国・南宋時代 1213世紀 根津美術館蔵



そして、この作品は足利将軍家の宝物・東山御物の一つで、右上には第六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されていることにも注目したいです。


唐絵のもう一つの流れは、禅僧たちが主に水墨で描いた仏教主題や花鳥画などの世俗的な主題の禅宗絵画です。


企画展「唐絵」展示風景


中国では評価が高くなかったのですが、日本では足利将軍家はじめ将軍家や大名に特に珍重されたのが中国・宋末元初の画僧、牧谿。
およそ3年にわたる修理ののち初めて公開された牧谿筆の国宝《漁村夕照図》は、以前より画面全体がくっきりとしたように感じられました。画面左上の山の間に沈もうとする太陽の光がゆらめきながら画面右の漁村を照らしているのがよくわかるので、近くでぜひご覧いただきたいです。

       漁村夕照図 牧谿筆 中国・南宋時代 13世紀 根津美術館蔵


牧谿の「瀟湘八景図巻」は、室町時代に第三代将軍・足利義満の指示によって座敷飾りとするために切断され、江戸時代には諸家が分蔵していましたが、第八代将軍・徳川吉宗がそれらを一堂に集め狩野古信に模写させました。
今回の企画展では、幕末明治期に活躍した狩野則信が狩野古信の模本をさらに模写した作品も展示されています。

牧谿筆瀟湘八景図摸本 狩野則信筆
 日本・江戸~明治時代 19世紀 根津美術館蔵
 
模本の模本とはいっても、さすが江戸幕府の御用絵師集団・狩野派の中でも格式が高い表絵師十五家の一つ芝金杉片町狩野家の当主を務めた則信だけあって、牧谿が表現した空気感が見事に再現されています。
それにしても、この模本は牧谿が制作した時と同じく巻物形式なので、瀟湘八景のほかの図もどのような出来ばえなのか気になるところです。


中国から入ってきた唐絵は日本で手本とされ、それらに倣った和製の唐絵も多数制作されました。
「唐絵」展のもう一つの大きな見どころは、「和製唐絵」の名品も数多く見られることです。


企画展「唐絵」展示風景

「和製唐絵」の代表格のひとりが周文。
室町時代中期の画僧・周文は、相国寺の禅僧で、のちに室町幕府の御用絵師になり、日本の水墨画様式の基礎を築き、雪舟の師とされるにもかかわらず生没年不詳で、印や款記もないので確実に周文筆とされる作品がないという、有名なわりには謎の多い絵師なのです。
それでも伝周文とされる作品はどれも詩情豊かな名品ばかりで、「唐絵」展でも重要文化財《江天遠意図》、《柳下垂竿図》が展示されています。

ここにご紹介するのは、重要文化財《江天遠意図》。
俗世間を離れ、画面手前左の茅屋から右側の遠くに浮かぶ島を日がな一日眺めていたいと思わせてくれる、とてもいい雰囲気の作品です。

重要文化財 江天遠意図 伝周文筆 大岳周崇ほか十一僧賛
日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵

絵の上部には文字がびっしり書かれていますが、これは禅僧たちが絵にちなんで詠んだ漢詩文で、このような掛軸のことを詩画軸といって、応永年間(1394~1428)に流行しました。


拙宗等揚とは誰?と思われるかもしれませんが、のちに名を改め水墨画の名作の数々を生み出した雪舟その人のことです。
《山水図》では、画面右下の楼閣に座る高士が画面左上の遠くに見える山を眺めるモチーフや対角線構図が、中国・南宋時代の馬遠、夏珪に始まり、周文系の山水画に連なる流れを汲んでいることがわかります。


山水図 拙宗等揚筆 日本・室町時代 15世紀
根津美術館蔵 小林中氏寄贈

今回の「唐絵」展では、関東で活躍した絵師たちの作品も多く見ることができます。

企画展「唐絵」展示風景


室町時代後期の画僧で、常陸(茨城県)に生まれ、会津、小田原、鎌倉など東北、関東の各地を遍歴した雪村もその一人。
雪舟に私淑し、宋元絵画の影響も受けながら大胆な筆さばきで迫力のある独自の画風を確立した、これぞ雪村!といえる作品が《龍虎図屏風》。
目の前に立つと、吹き飛ばされそうな強い風が感じられてきます。


龍虎図屏風 雪村周継筆 日本・室町時代 16世紀
根津美術館蔵

今まで1階の展示室1、2の作品をご紹介してきましたが、今回の「唐絵」展は2階の展示室5にも続きます。

企画展「唐絵」展示風景

2階の展示室5は丸ごと「祥啓と関東の水墨画」。
祥啓とは鎌倉・建長寺の画僧・賢江祥啓のことで、書記を勤めていたので啓書記とも呼ばれた室町時代を代表する水墨画家です。
祥啓のほかにも鎌倉や関東ゆかりの水墨画が展示されている中、最初にご紹介するのは、重要文化財指定後初公開の《披錦斎図》。

    重要文化財 披錦斎図 宗甫紹鏡ほか六僧賛

 日本・室町時代 寛正5年(1464根津美術館蔵


これは鎌倉・円覚寺の少年僧を慕う人物が、夢に見た美しい書斎の光景をその少年僧に贈ろうと「画師」に描かせたもので、円覚寺黄梅院の宗甫紹鏡ほか鎌倉の文筆僧たちが賛を書いた詩画軸の名品です。
一見するとモノトーンのようにも見えますが、近くで見ると画中の木々が白・赤茶・緑で淡く彩られているのがわかります。

師弟の水墨画が並んで展示されていました。
下の写真右は、祥啓が京で絵画修行を行っていた時の師・芸阿弥が、修行を終えて鎌倉に戻る祥啓に与えた重要文化財《観瀑図》。左は祥啓山水画の最高傑作で同じく重要文化財の《山水図》。


右 重要文化財 観瀑図 芸阿弥筆 日本・室町時代 文明12年(1480)
左 重要文化財 山水図 賢江祥啓筆 日本・室町時代 15世紀
どちらも根津美術館蔵

そして、この《観瀑図》は、足利将軍家の同朋衆として絵画関係業務を司った芸阿弥の現存唯一の作例で、祥啓や、同じく展示室5に展示されている祥啓の後継者、祥孫や祥宗などの作品からうかがうことができる鎌倉をはじめとした関東画壇への影響の大きさからみても絵画史的意義がとても大きいことがわかります。


同時開催 テーマ展示


展示室4 古代中国の青銅器 青銅鏡展示 太平の大空を駆ける 鳳凰

展示室4の青銅鏡展示は、「唐絵」展にちなんで美しい線描で鳳凰が描かれた北宋時代の鏡はじめ鳳凰がテーマの青銅鏡が展示されています。

展示室4展示風景


展示室6 涼みの一服

展示室6には、猛暑の折にふさわしく、口が大きく開いていることから茶が冷めやすい青磁の平茶碗はじめ、涼しさが感じられる茶道具が展示されています。


展示室6展示風景


季節ごとに折々の草花で私たちを楽しませてくれる庭園に新たな仲間が加わりました。
庭園の池に植えられた蓮に花やつぼみが付いているのが見られます。これから成長してたくさんの花を咲かせるのを楽しみにしたいです。


庭園の蓮


「唐絵」展を機会に新たに出版された「根津美術館 新蔵品選」の第9冊『中国絵画・中世絵画』は、「唐絵」展出品の絵画作品すべてをはじめ、全133件が詳しい解説とともに掲載されています。
展覧会図録としても活用できるのでおすすめです。



中国絵画や日本中世の水墨画のファンはもちろんのこと、あまりなじみのない方でも、ひとたび名品の数々を見ればその素晴らしさに魅了されること間違いなし。
どなたにもぜひご覧いただきたい展覧会です。

2025年7月29日火曜日

そごう美術館 Ukiyo-e 猫百科 ごろごろまるまるネコづくし

横浜駅東口・そごう横浜店6階のそごう美術館では、 Ukiyo-e 猫百科 ごろごろまるまるネコづくしが開催されています。

そごう美術館入口パネル

今回の展覧会の主役は、ご覧のとおり、ごろごろ、まるまる、な猫たち。
大の猫好きで知られる幕末期の浮世絵師、歌川国芳をはじめ、江戸時代から明治時代にかけての浮世絵版画147点をとおして猫の生き方や歴史、人との関わりを「猫あるある」を交えて紹介する、とても楽しい展覧会です。

先日、取材に行ってきましたのでさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期   2025年7月19日(土)~9月2日(火) 会期中無休
開館時間  午前10時~午後8時 *入館は閉館の30分前まで
入館料(税込) 一般1,400円、大学・高校生1,200円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種イベント等は公式HPをご覧ください⇒そごう美術館         

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は取材で主催者より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 第1章 猫の姿
 第2章 猫と暮らせば
 第3章 猫七変化
 第4章 おもちゃ絵猫


展示室入口に入ってすぐのパネルは撮影可です。
右上の「いろはにほへと」から左の「ゑひもせす」まで並ぶ「いろはカルタ」は作品を楽しむヒントになるので、展示室内でぜひ探してみてください。




展示室内で最初にお出迎えしてくれるのは、鬼才・河鍋暁斎の暁斎楽画[猫と鼠]ですが、この作品が冒頭に展示されていることには大きな意味がありました。

猫というと、特に家猫は縁側で気持ちよさそうにひなたぼっこをしていたり、人にじゃれつく姿ばかり想像してしまいますが、「第1章 猫の姿」の解説を読んではっとしました。
そうです、かつては鼠退治に重宝されてた猫は「単独行動の待ち伏せ型ハンター」だったのです。一日の多くを睡眠に費やすのも狩りのエネルギーを蓄えるため、熱心に毛づくろいするのも獲物に自分のにおいを消すことが目的だったと考えると、猫を見る目もガラッと変わってきます。    

河鍋暁斎 暁斎楽画[猫と鼠] 明治14年(1881) 個人蔵


展示室入口のパネルに出ていた「いろはカルタ」の「い」を見つけました。
遊廓の2階から外を眺める猫が描かれているのは、歌川広重の人気シリーズ「江戸名所百景」の「浅草田圃酉の町詣」。田圃の真ん中には熊手を持った酉の市詣帰りの人たちの行列が見えます。
猫の視力は人間の10分の1程度ですが、動体視力は4倍もあるそうです。そして猫は縄張り意識が強いので、自らのテリトリーに侵入者が来ないかも監視しているのです。
さすがハンター!

歌川広重 名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣 安政4年(1857)
渡邊木版美術画舗蔵



鼠退治で重宝された猫は、江戸時代にはすっかり人々の暮らしになじんで、浮世絵版画でも「猫あるある」の生活の一コマが描かれました。特に女性が猫と戯れる姿は人気があったようです。


展示風景

女性たちと戯れる猫が描かれた作品が展示された明るい雰囲気の展示室の一角に、赤色のバックライトで照らされた怪しげなコーナーが見えてきました。
猫は夜行性で、暗闇の中でも目が光って見えることなどから、江戸時代には「猫は化ける」という伝説が広まりましたが、ここには歌舞伎の演目に登場して人気を得た「化け猫」を演じる歌舞伎役者が描かれた浮世絵版画が展示されています。

展示風景


猫は体が柔らかいことはよく知られていますが、猫の骨の数は、人間200に対して240もあり、靭帯も柔らかく、小さな鎖骨はどの骨ともつながっていないことは初めて知りました。
それも「待ち伏せ型ハンター」である猫にとっては、狭い場所に対応できるように柔軟な体を持つ必要があったからなのです。
そんな猫の特性に注目したのは、多くの猫と一緒に暮らしていた歌川国芳でした。
なんと猫で当て字をつくってしまったのです!

左から 歌川国芳 猫の当字 かつを、猫の当字 なまづ
どちらも天保13年(1842)頃 個人蔵

猫を擬人化するのも歌川国芳の真骨頂。

展示風景

ところがそこには国芳の幕府に対する反骨精神があったのです。
時は天保12年(1841)、老中水野忠邦は幕府の政治・経済改革「天保の改革」で、倹約・風俗粛正を断行し、出版統制も課せられ、歌舞伎役者や遊女の似顔絵を描くことは禁止されてしまいました。
そこで国芳が描いたのは猫になったと仮定した役者の似顔絵。当時の人たちは隈取(メイク)や着物の柄などからどの猫がどの歌舞伎役者だかわかり、大人気だったようです。

右 歌川国芳 猫の百面相[またたび 荒獅子男之助ほか]、
左 歌川国芳 猫の百めんそう[小田原提灯]
どちらも天保12年(1841) 渡邊木版美術画舗蔵


猫の擬人化は、江戸幕末から明治前半にかけて流行した「おもちゃ絵」に引き継がれました。
「おもちゃ絵」には、双六や、厚紙に貼り、切って組み立てるもの、「〇〇づくし」や子どもたちの教育のためのものなど様々なものがありました。


展示風景


「志ん板猫のそばや」ではそば屋の店内の様子が面白おかしく描かれています。
作品に書かれているセリフはくずし字なので読みにくいのですが、右隣のパネルではセリフを活字にしているので、どの猫が何をしゃべっているのかがよくわかります。

四代歌川国政 志ん板猫のそばや 明治6年(1873) 個人蔵 


夏休み期間中なので、子どもたちが楽しめる企画もあります。

会期中、中学生以下の方に受付で無料配布するジュニアガイド。

ジュニアガイド

会場内には夏休みの宿題スペース「小・中学生優先ジュニアルーム(自習室)」があります。展覧会を見て見学レポートや思い出をまとめてみましょう!

ジュニアルーム

立体になった猫ちゃんたちは撮影可です。



顔はめパネルもあります。みなさんも猫の歌舞伎役者になってみましょう!



主役が猫ちゃんなので、大人も子どももみんなで楽しめます。
この夏おすすめの展覧会です。

2025年7月19日土曜日

静嘉堂@丸の内 絵画入門 よくわかる神仏と人物のフシギ

東京・丸の内の静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)では「絵画入門 よくわかる神仏と人物のフシギ」展が開催されています。 



静嘉堂文庫美術館では今まで刀剣や水墨画の入門編の展覧会は開催されていましたが、神仏や人物が描かれた絵画の入門編は初めての試み。
神仏や歴史上の人物が描かれていても、その背景を知らないと、それが誰なのか、どんな場面なのかわからないのが神仏人物画ですが、それをやさしくひも解いてくれるのですから、こんなありがたいことはないと心待ちにしていた展覧会でした。

展覧会開催概要


会 期 2025年7月5日(土)~9月23日(火・祝)
 前期:7月5日(土)~8月11日(月・祝)
 後期:8月13日(水)~9月23日(火・祝)
 ※作品は前後期でほぼ総入れ替え 
開館時間 10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
 ※第4水曜日(7月23日、8月27日)は午後8時まで、9月19日(金)、9月20日(土)は
  午後7時まで開館
休館日 月曜日(ただし、7月21日、8月11日、9月15日、22日は開館)
    7月22日(火)、8月12日(火)、9月16日(火)
入館料 一般1,500円、大高生1,000円、中学生以下無料
    障がい者手帳お持ちの方700円(同伴者1名無料)
 ※日時指定予約優先、当日券もあります 
展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp/

展示構成
 第1章 やまと絵と高貴な人の姿
 第2章 神さまと仏さまの姿
 第3章 道釈画と故事人物画

※出陳作品は全て公益財団法人 静嘉堂の所蔵です。
※撮影条件 撮影可
 *携帯電話・スマートフォン・タブレットのカメラは使用できます。動画撮影・カメラで
  の撮影は不可。


それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
今回の展覧会は、夏休み期間中に開催されるので親子で楽しめる仕掛けがいっぱい。


謎解きワークシート
 
 会場入口で、神さまや仏さま、歴史上の人物たちのフシギにせまるクイズにチャレンジできる「謎解きワークシート」、鉛筆、クリップボードをお借りして、さあスタート!



ガイド役はキャラクター聖徳太子くんと霊照女ちゃん
 
 今回の展覧会を案内してくれるのは、ご存じ聖徳太子と親孝行娘の霊照女がモデルになった聖徳太子くんと霊照女ちゃん。
 イラストはイラストレーターの伊藤ハムスターさんのご担当。くすりと笑える絵をモットーに制作している伊藤ハムスターさんだけあって、二人とも親しみやすいお顔をしていて、表情も豊か。
 上の「謎解きワークシート」にも登場していて、作品キャプションも、二人のキャラクターが解説するキャプションと普通のキャプションがあって、キャラクターが解説するキャプションだけでも十分作品が楽しめるようになっています。

*二人が登場する作品のうち、重要文化財《聖徳太子絵伝》は第一、二幅が前期、第三、四幅が後期、《霊照女図》は後期に展示されます。
*下の写真の上部がかまぼこ型をしたキャプションがキャラクターが解説するキャプションです。


重要文化財《聖徳太子絵伝》第一幅・第二幅
鎌倉時代・14世紀 前期展示


第1章 やまと絵と高貴な人の姿


第1章展示風景


それでははじめに《住吉物語絵巻》にある聖徳太子くんの解説を見てみましょう。


《住吉物語絵巻》桃山~江戸時代・16~17世紀 前期展示

《住吉物語絵巻》のキーワードは「引目鉤鼻」。
お姫さまや貴族の男の人たちのように高貴な人たちは、目は細い線を横に長くスーッと引いて、鼻は「く」の字の形で描かれていますが、これは「引目鉤鼻」という、身分の高い人たちの顔を描くときによく使われる描き方なのです。

「あえて感情がわからないような顔にすることで、絵の中の人たちがどんな気持ちなのか、見る人が自由に想像するができるようにしたんだって!」と解説するのは聖徳太子くん。

今まで、高貴な人たちはなんでこんな無表情な顔をしているのだろう、としか思わなかったのですが、実はこのような意味合いがあったことに初めて気が付きました。


第2章 神さまと仏さまの姿


第2章展示風景


仏教の仏が日本の神の姿で現れたという「本地垂迹思想」にもとづいて描かれたのが「垂迹画」。
こんなに多くの神さま、仏さまが描かれていたら誰が誰だか分からないと思われるかもしれませんが、雲の上に乗っているのが仏さま、人や鬼のような姿で描かれているのが奈良の春日大社の神さま。昔の人たちはこの曼荼羅図を見て、どの仏さまがどの神さまになったのかすぐにわかったのですね。


重要文化財《春日本迹曼荼羅》鎌倉時代・14世紀
前期展示


「昔の人たちはこの絵を見て「私も死んだら、こんな素敵なところに行きたいなあ」って一生懸命お祈りしたんだって。」と聖徳太子くんが紹介するのは、《当麻曼荼羅》。

《当麻曼荼羅》鎌倉時代・14世紀 前期展示

これは、奈良・当麻寺の「綴織当麻曼荼羅」を、約八分の一の大きさで描き移したもので、楽器を奏でたり、踊ったりしている仏さまたちもいて、とてもにぎやかで楽しそうです。
それでも画面下の段のマス目には、生前の行いによって極楽浄土に生まれ変わるときの九つの段階が描かれていて、下の段階ほど結構シビアになってくるので、やはり生きているときに善いことをしなくてはと、あらためて思わせてくれる曼荼羅図です。


第3章 道釈画と人物故事画


第3章展示風景

万博イヤーにちなんで、1970年大阪万博に出展された因陀羅の国宝《禅機図断簡 智常禅師図》が展示されています(前期展示)。
この作品は見れば見るほどミステリアス。
手を合わせて教えを乞いにきた張水部という人物に、木の下に座っている中国・唐時代の高僧・智常禅師が指をさしてニヤリと笑っている図ですが、はたして何を意味しているのか。
「智常さんは何と答えているのか想像してみよう!」と紹介してくれるのは霊照女ちゃん。



国宝 因陀羅筆、楚石梵琦題詩《禅機図断簡 智常禅師図》
元時代・14世紀 前期展示


これは懐かしい!
2019年に世田谷区岡本の静嘉堂文庫美術館で開催された「入門 墨の美術ー古写経・古筆・水墨画ー」のキャラクター「カンザンくん」に再会できました。
お元気そうでなによりです。

重要文化財 虎巌浄伏賛《寒山図》元時代 13~14世紀
前期展示


中国では自由な画風が酷評されても、日本では特に珍重された牧谿の重要文化財《羅漢図》は、一見すると羅漢が一人で瞑想している場面ですが、よく見ると口を開けた大蛇が迫っているのに気が付きます。
実は、大蛇にも動じない羅漢を描いたものすごい場面だったのです。聖徳太子くんもびっくり!

重要文化財 牧谿《羅漢図》南宋時代・13世紀
前期展示


最後の部屋・Gallery4には大画面の屛風が展示されています。
前期は、中国の知識人が大切にした、琴(琴の演奏)、棋(囲碁)、書(書道)、画(絵画)の場面が描かれた《琴棋書画図屏風》。作者は、狩野探幽の跡を継いで江戸狩野の総帥として狩野派隆盛の基礎をつくった狩野常信です。

狩野常信《琴棋書画図屏風》江戸時代 17~18世紀
前期展示

ミュージアムショップ

発売以来大好評の「ほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみ」は、昨今の物価高騰のおりから、このたび価格改定が行われましたが、今回手のひらサイズの曜変天目ぬいぐるみのキーリング、バックチャームが新たに発売されました。

神仏と人物の描かれた絵画を中心に43点の作品の魅力を、聖徳太子くんや霊照女ちゃんのイラストとともにわかりやすく紹介する『絵画入門 よくわかる神仏と人物のフシギ』も絶賛発売中!縦約20㎝、横約19㎝のA4変型判でハンディサイズなのもうれしいです。
(下の写真の上の棚左が「ほぼ実数の曜変天目ぬいぐるみ」、右が曜変天目ぬいぐるみのキーリング、バックチャーム、下の棚左が図録『絵画入門 よくわかる神仏と人物のフシギ』です。)

お帰りの際にはぜひミュージアムショップにお立ち寄りください。

ミュージアムショップ

親しみやすいキャラクターがいて、やさしい解説もあって、国宝・重要文化財もあって、大人も子どもも楽しめる展覧会です。
暑い日が続いていますが、熱中症対策は万全にして夏休みに親子でふらりと訪れみませんか。
前期は8月11日(月・祝)まで。後期は8月13日(水)~9月23日(火・祝)まで。
後期展示も楽しみです。

2025年7月17日木曜日

すみだ北斎美術館 企画展「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」

東京・墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」が開催されています。


3階ホワイエのフォトスポット

今回の企画展は、日本を代表する画家・葛飾北斎の作品の中にある「あ!」っとおどろく多くのしかけを発見する楽しみが体験できる展覧会です。
学校の夏休み期間中に開催されて、クイズ形式のワークシート「浮世絵で謎解き!~北斎の言葉~」と関連ワークシート「北斎で自由研究」も用意されているので、子どもたちのはじめて美術館見学や、夏休みの自由研究にもおすすめです。



それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年6月24日(火)~8月31日(日)
     ※前後期で一部展示替えあり
     前期:6月24日(火)~7月27日(日)
     後期:7月29日(火)~8月31日(日)
休館日  毎週月曜日
     ※開館:7月21日(月・祝)、8月11日(月・祝)
      休館:7月22日(火)、8月12日(火)
会 場  すみだ北斎美術館 3階企画展示室
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
観覧料  一般1,000円、高校生・大学生700円、65歳以上700円、中学生300円、
     障がい者300円、小学生以下無料
※観覧日当日に限り、4階『北斎を学ぶ部屋』、常設展プラスも観覧いただけます。
※展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/at-hokusai/

展示構成
 プロローグ 浮世絵と北斎 早わかり案内所
 1 北斎の作品をみてみましょう
 2 「あ!」っとみつけて、みえてくる!?



  

3階企画展示室に入ると、「浮世絵で謎解き!~北斎の言葉~」と「北斎で自由研究」がテーブルの上に置いてあるので、それを手に取ってさっそくスタート!

プロローグでは、浮世絵や葛飾北斎(1760-1849)についておさらいをして、浮世絵師が直接描いた「肉筆画」、絵師の他、版木を彫る彫師、版画を摺る摺師など手分けして作業される「木版画」、版画の中でも、「冨嶽三十六景」のような一枚ものの版画(錦絵や摺物など)と、『北斎漫画』のような本の形の「版本」の代表的な作品を見ていきます。


1 北斎の作品をみてみましょうでは、「冨嶽三十六景」シリーズの中でも代表的な作品、「神奈川沖浪裏」を見ていきます。

海外では「Great Wave」とよばれる大きな波と、波に翻弄される船が前面に描かれ、それとは反対に画面奥にどっしりと構える富士山との対比が見事な作品ですが、北斎は富士山の三角形と、手前の波の大きな三角形をシンクロさせる構図をつくっていたのです。
荒れ狂う海が描かれているのに、なぜか構図がびしっと決まっていると感じていましたが、二つの三角形が大きなポイントだったのですね。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」すみだ北斎美術館蔵(通期)
(半期で同じタイトルの作品に展示替えされます)


ほかにも、陰陽師で知られる安倍晴明が主人公の版本『敵討裏見葛葉』四 妖婦ふたゝび形をあらはし保名童子に見えて仇人悪右衛門が事を告る(通期展示)では、薄墨で闇夜の怪しい光が効果的に表されていたものが、同じタイトルの版本の後摺(あとずり)では省略されて空白になっているのが比較できたり、イカやアワビ、魚やエビなどが描かれた肉筆画の《魚介図》(前期展示)では、イカを貝殻を粉末状にした胡粉(ごふん)と墨で着色して質感を出したりなど「あ!」と驚くポイントを見ていくことができます。


2 「あ!」っとみつけて、みえてくる!?では、「冨嶽三十六景」シリーズの中でも「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」と並んで人気のビッグスリーにあげられる「山下白雨」の変わり図が紹介されています。

こちらは普段から私たちが見慣れている「山下白雨」。
画面右下の雷の稲妻は、すみだ北斎美術館のロゴマークのデザインの元になっているので、これもおなじみですね。


葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」すみだ北斎美術館蔵(前期)

そしてこちらが「山下白雨」(変わり図)。
全体的に明るくなって、空の青が薄くなったり、稲光が太くなったり、下には松林が浮かんできたりと構図は同じでも全く違う絵のように見えてきます。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」(変わり図)すみだ北斎美術館蔵(後期)


今回の企画展では、上でご紹介したすみだ北斎美術館蔵の「山下白雨」は前期展示で、後期は解説パネルの展示、「山下白雨」(吉野石膏コレクション すみだ北斎美術館寄託)は後期展示、「山下白雨」(変わり図)は、前期が解説パネル、後期はオリジナルが展示されるので、前期後期とも同じ絵なのにどれも少しずつ違いがあるのが比較できます。

さて、さきほど「後摺」という言葉が出てきましたが、今回の企画展では詳しく解説されていて、はじめて知ることもあったのでとても参考になりました。

浮世絵版画は1回に最大200枚摺ることができるといわれていて、1組の版木から最初に摺られたものは「初摺(しょずり)」と呼ばれています。初摺では、版元や絵師が立ち会ったといわれ、作者の意図がよく反映されるという特徴がありました。
2回目以降に摺られるのが「後摺」といわれ、版木の凹凸がつぶれたり、版木がいたんだりして、初摺に比べて後摺は輪郭線が太くなったり、線が途切れたりすることもあるのです。
さらに後摺では絵師が立ち会わなくなるため、さきほどご紹介した『敵討裏見葛葉』四のように薄墨が省略されたり、「山下白雨」(変わり図)のように絵に改変が加えられることもあったのです。

これから浮世絵版画を見るときは、輪郭線などをじっくり観察してみたいと思います。


続いて北斎の肉筆画をご紹介します。
今回の企画展では前期に「柳に燕図」「魚介図」、後期に「南瓜花群虫図」「蛤売り図」のそれぞれ2点が展示されます。

「柳に燕図」は、風になびく柳と上から下に飛んでいく5羽の燕が描かれていて、燕のスピード感が伝わってくる作品です。
北斎は、よく知られている『北斎漫画』をはじめ数多くの絵手本を制作していますが、「柳に燕図」と並んで『三体画譜』の燕のページが展示されているので、絵を描くときに絵手本がどのように活用されるのかがよくわかりました。


葛飾北斎「柳に燕図」すみだ北斎美術館蔵(前期)


手前にいる人たちは何を見ているのだろう、と視線を遠くに向けると見えてくるのは、雪を頂いて堂々とした姿の富士山でした。
このように絵を見る人に視線を誘うような仕掛けを読み解くのも北斎作品の楽しみの一つかもしれません。
さて、手すりにもたれる人のうち、一番右の人が見ているのは何でしょうか?

葛飾北斎「冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう」すみだ北斎美術館蔵(通期)
(半期で同じタイトルの作品に展示替えされます)


3階ホワイエには、葛飾北斎「富士田園景図」の高精細複製画が展示されています。
※この作品は撮影可です。

     葛飾北斎「富士田園景図」高精細複製画 (原画:スミソニアン国立アジア美術館蔵)

     National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Freer Collection, Gift of Charles Lang

        Freer, F1902.48, F1902.49.831日まで)



4階では、常設展プラスが開催中。
「隅田川両岸景色図巻」の高精細複製画が展示されていて、『北斎漫画』をはじめとする北斎の絵手本のレプリカ約15冊は手にとって見ることもできます。
※常設展プラス内は撮影不可です。

同じく4階の『北斎を学ぶ部屋』では、実物大高精細レプリカやタッチパネルで北斎の画業の流れをたどることができます。北斎と娘の阿栄(おえい)が住んだ北斎アトリエの再現模型もあります。
※『北斎を学ぶ部屋』は一部を除き写真撮影が可能です。

北斎のアトリエ再現模型

作品のカラー図版もあって、わかりやすい解説がついた企画展オリジナルリーフレット(税込350円)は1階ミュージアムショップで発売中。おすすめです!

企画展オリジナルリーフレット


3階の企画展はもちろん、あわせて4階の常設展プラス、『北斎を学ぶ部屋』を見れば、北斎作品に隠された秘密もわかって、北斎さんにも会えて、北斎のことがより身近に感じられます。
楽しさいっぱいのすみだ北斎美術館にこの夏ぜひお越しください!