2025年6月17日火曜日

山種美術館 【特別展】生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たち

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】生誕150年記念 上村松園と麗しき女性たちが開催されています。

山種美術館


今回の特別展は、上村松園(1875-1949)が誕生して2025(令和7)年で150年を迎えることを記念して、山種美術館が所蔵する松園作品18点を含む22点の優品でその画業をたどるとともに、同じく2025年に生誕130年を迎える小倉遊亀(1895-2000)、生誕120年の片岡球子(1905-2008)をはじめ、さまざまな画家による麗しき女性たちの姿を描いた名品が見られる展覧会です。

開幕から1カ月ほど経ちましたが、先日、展示を拝見してきましたので、展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年5月17日(土)~7月27日(日)
開館時間 午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日(7月21日(月・祝)は開館、7月22日(火)は休館)
入館料  一般 1400円、大学生・高校生 1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
※各種割引等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/ 

展示構成
 第1章 上村松園の世界
 第2章 美人画の時代
 第3章 女性表現の多彩な広がり

展覧会チラシ


※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報画像をお借りしたものです。

今回撮影可の作品は、「第1章 上村松園の世界」に展示されている《杜鵑を聴く》(山種美術館)。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。館内で撮影の注意事項をご確認ください。


上村松園《杜鵑を聴く》1948(昭和23)年
絹本・彩色 山種美術館


これは松園が亡くなる前年に描かれた作品で、そっと耳元に手を添えようとしながら後ろを振り返る和服姿の女性のしぐさだけで、夏の訪れを告げる渡り鳥、ホトトギスの鳴く声が画面から聞こえてくるようで、松園ならではの円熟した奥ゆかしさが感じられました。

一方、こちらは松園が18歳頃に描いた《姉妹》(個人蔵)。
人物の配置や細部まで丁寧に描くところなど、松園が若くして才能が認められていたことがよくわかる作品です。
ほかにも同じタイトルの個人蔵の作品も展示されていて、初めて初期の研鑽期の作品を見るというありがたい機会にも恵まれました。

上村松園《姉妹》1903(明治36)年頃
絹本・彩色 個人蔵


続いて、大正から昭和時代の名品の中から、特に気になった2つの作品をご紹介します。
一つめは、今回の特別展のメインビジュアルになっている1913(大正2)年の作品《蛍》(山種美術館)。

上村松園《蛍》1913(大正2)年
絹本・彩色 山種美術館



これは、当時、画壇では新しい女性像に挑んだ作品が制作される中、マンネリと批判され悩んだ松園が、喜多川歌麿などの浮世絵を参考にした可能性が指摘されている作品です。
作品の隣には歌麿の作品がパネル展示されているので、蚊帳を吊っている女性の姿を見比べることができます。

美人画の名手といわれた上村松園にも悩んだ時期があったのを知って、それを乗り越えて生み出されたのちの名作の数々がより一層輝いて見えるように感じられました。

その中でもう1点紹介したい作品が、1944(昭和19)年、陸軍献納帝国美術院会員美術展覧会に出展された《牡丹雪》(山種美術館)。

上村松園《牡丹雪》1944(昭和19)年 絹本・彩色 山種美術館


この作品は何回か拝見しているのですが、牡丹雪が降りしきる中、傘に積もった雪の重みに耐え、ぬかるみに足をとられながらも、着物の裾をたくし上げて前に進む二人の女性の姿を見るたびに、太平洋戦争の雲行きがあやしくなる中でも懸命に生きようとする心情が伝わってくるようで、ぐっと胸にこみあげてくるものがあります。

松園の手紙も展示されています。
最近では手紙をやりとりする機会がほとんどなくなりましたが、唐傘をさした松園の後ろ姿と、そのあとをついてくる犬と鶏の挿絵が描かれた手紙なら受け取ってみたいと思いました。


「第2章 美人画の時代」には、「西の松園、東の清方」と並び称され、美人画家として名高い鏑木清方の木版口絵や美人画、清方に師事した伊東深水のモダンガール、京都画壇の松園、東京画壇の池田蕉園と並び「美人画家の三園」と称された大阪画壇の島成園《花占い》(個人蔵)と多士済々。
(三園のうち、池田蕉園の作品は展示さていませんが、夫の池田輝方が描いた屛風絵《夕立》(山種美術館)が展示されています。)

さらには、日本画界にあって百歳を超えてもなお精力的に創作活動を行った二人の女性日本画家、小倉遊亀、片岡球子の作品も見応えがあります。

こちらは、明るくておおらかさが感じられる、いかにも小倉遊亀らしい《舞う(舞妓)》《舞う(芸者)》(どちらも山種美術館)。金地の背景が華やかさに色を添えています。

小倉遊亀《舞う(舞妓)》1971(昭和46)年
紙本金地・彩色 山種美術館

小倉遊亀《舞う(芸者)》1972(昭和47)年
紙本金地・彩色 山種美術館


片岡球子が60歳代から始めた、足利義政をはじめ歴史上の人物や浮世絵師などを主題にした「面構(つらがまえ)」シリーズからは、葛飾北斎の娘で浮世絵師としても知られる「お栄」が描かれた《北斎の娘おゑい》(山種美術館)。
歌舞伎役者が見得を切るような迫力あるポーズが印象的です。

片岡球子《北斎の娘おゑい》1982(昭和57)年
紙本・彩色 山種美術館


同じく「面構」シリーズのひとつで、江戸後期の浮世絵師・鳥文斎栄之を描いた作品も展示されています。一瞬、美人画ではない!と思いましたが、背景には栄之の美人画が描かれていました。


「日本画専門の美術館」山種美術館は、洋画の名品も所蔵しています。
「第3章 女性表現の多彩な広がり」に展示されているのは、黒田清輝らに師事し、明治から昭和期に活躍した和田英作の《黄衣の少女》(山種美術館)。
ほかにも、日本画の新たな創造に努める優秀な画家の発掘と育成を目指して山種美術館が主催する公募展「Seed山種美術館 日本画アワード」の第1回(2016年)大賞作、京都絵美《ゆめうつつ》をはじめバラエティに富んだ作品が展示されています。


山種美術館所蔵品を中心にデザインしたオリジナルグッズも充実しています。
ミュージアムショップで販売中です。ご来館の記念にいかがでしょうか。





観覧後のひとときに、展覧会出品作品にちなんだオリジナル和菓子はいかがでしょうか。
1階「Cafe椿」にもぜひお立ち寄りください。



生誕150年を記念して、これだけまとまって上村松園の作品が見られるのは首都圏では山種美術館だけです。
さらに小倉遊亀、片岡球子はじめ多くの画家による名作も見られるので、この貴重な機会にぜひご覧いただきたいです。おすすめの展覧会です。

2025年6月10日火曜日

根津美術館 企画展「はじめての古美術鑑賞ー写経と墨蹟ー」

東京・南青山の根津美術館では企画展「はじめての古美術鑑賞ー写経と墨蹟ー」が開催されています。 



企画展「はじめての古美術鑑賞」シリーズは、敷居が高いと思われがちな古美術の専門用語を作品例とともにわかりやすく解説して、見る人の興味を広げ、古美術の面白さやすばらしさを体感できることを目指して開催される古美術鑑賞の入門編となる展覧会です。
2016年から始まって、今回が6回目となるこのシリーズのテーマは「写経と墨蹟」。
写経とは、その名のとおり仏教の経典を書き写したもの、墨蹟とは禅宗の僧の書という程度の予備知識しかなかった筆者ですが、それぞれの鑑賞のポイントがわかって、展覧会を見たあとにはより味わい深いものに感じられるようになりました。

それでは開会前に取材に行ってきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2025年5月31日(土)~7月6日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
入館料  オンライン日時指定予約 一般1300円、学生1000円
     *当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
      ください。
     *障害者手帳提示者および同伴者1名は200円引き。中学生以下は無料。
オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館 

*展示室内およびミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は取材で美術館より
 特別に許可を得て撮影したものです。
*展示作品はすべて根津美術館の所蔵です。


展覧会チラシ



今回の企画展に展示されている写経と墨蹟は、はじめての方にできるだけいいものをご覧いただきたいとの趣旨で、なんと21点すべてが国宝か重要文化財という豪華レパートリーになっています。

それでははじめに展示室1に入ってみます。

写 経


冒頭に展示されているのは、長屋王(684-729)が文武天皇の追善のために発願した、写経年次が明らかな日本最古の『大般若経』。発願の年号から『和銅経』とよばれています。
和銅(708-715)といえば武蔵国秩父郡から和銅が献上されて、和同開珎が鋳造された頃ですが、およそ1300年前の紙の経典が信じられないほどきれいな状態で残っています。

重要文化財『大般若経』 巻第二十三(和銅経) 
日本・奈良時代 和銅5年(712)

壁面のパネルには「写経は1行17文字が基本です。」との解説があります。
8世紀には国家事業として官営の写経所で選抜された写経生たちによって写経が行われいましたが、書き写した経典をチェックしやすくするため、1行の文字数が17文字に決められていたのです。

経典の下の白いテープにも注目したいです。
隣の『大般若経(神亀経)』(下の写真)の下にも白いテープが貼られていますが、これは紙1枚の長さを表したもので、『神亀経』に用いられている「長麻紙」は『和銅経』の料紙3~4枚分もあって、どれだけ長いかがよくわかります。

重要文化財『大般若経』 巻第二百六十七(神亀経) 
日本・奈良時代 神亀5年(728)

天平年間(729-749)に入ると、繊細な字体で、文字の「はね」や「はらい」にも勢いが出てのびのびした字体になってきたように感じられます。
その名も「ザ☆天平写経」。
こちらは、聖武天皇が発願した5,000巻ほどの一切の仏典(一切経)の1巻で、奥書に「写経司」の記載があるので、官立の写経所で行われた最古の遺例として知られています。

重要文化財『観世音菩薩受記経(聖武天皇勅願経)』
日本・奈良時代 天平6年(734)

「お水取り」で知られる東大寺二月堂に伝わる60巻本の『華厳経』を書写した二月堂焼経は、奈良時代の現存する唯一の紺地銀字経。この1巻は火災にあいながらも巻首から巻末まで本紙が残っているところがとても貴重なのです。
それに銀は時代が経つと黒く変色してしまうのですが、今でもプラチナのように輝いています。


重要文化財『華厳経 巻第四十六(二月堂焼経)』
日本・奈良時代 8世紀

貴重な経典の展示はまだまだ続きます。
今までは奈良時代でしたが、平安時代になると故人の追善供養や死後の極楽浄土を願い、宮廷や貴族の美意識を反映させたきらびやかな装飾経が制作されるようになりました。


国宝『無量義経・観普賢経』日本・平安時代 11世紀

国宝『無量義経・観普賢経』は、一見すると地味に見えますが、実は界(罫線)を金泥で引き、細かい金箔を散らして色の異なる染紙を交互に次いだという豪華版の経典なのです。
腰をかがめて低い視線から見ると金箔がキラキラ輝いているのが見えてきます。
そして書体の変化にも注目したいです。
平安中期以降には国風文化が広まり、書体も優雅で上品な和様の書風になっています。


墨 蹟


写経と同じく仏教に基づき、墨で書かれていても、書き手である高僧の人柄などが表れて、書体はどれも個性的なのが墨蹟の大きな見どころのひとつです。

「墨蹟」展示風景

そしてそこには禅僧たちのドラマがあるのも大きな見どころ(読みどころ?)のひとつです。

こちらは中国僧居涇が京都東福寺の諸師に宛てて書いた漢文体の手紙(尺牘)。
東福寺の住持をつとめた白雲慧暁の訃報に接して、慧暁を空に浮かぶ白雲にたとえ、多くの人を導いたことをたたえる内容が書かれていますが、突然の大嵐に、もうその白雲の痕跡を見ることができないと詠んだ表現は、涙を誘われてぐっとくるものがありました。

重要文化財『居涇墨蹟 尺牘』
中国・元時代 13-14世紀

なお、書かれている文字が漢字でも判読が難しいものもあります。
そんなときに便利なのが、展示室入口に出品目録とともに用意されてる「墨蹟釈文」。展示されている墨蹟に書かれている漢字がすべて印字されているので、これなら何が書かれているかがよくわかります。
作品ごとの解説パネルと「墨蹟釈文」の両方を読みながら墨蹟をご覧いただければ楽しさが増すこと間違いなしなのでぜひお試しください。

2幅並んで展示されいる偈(宗教的な詩)は、中国僧月江正印が、双峰上座という人物が月江のもとを辞す際に法語を求められ、77歳の時に揮毫した送別偈(右)と、82歳の時に留学僧玉泉周皓の道号(どうごう)「玉泉」の2文字と、法諱(ほうき)の「皓」の字を偈に詠みこんで与えた道号偈です。
どちらも当時としては高齢になって揮毫した墨蹟ですが、その堂々とした筆跡からも内容からも、修行僧がこぞって参禅した名僧として知られた月江正印の人柄がうかがえるように感じられました。



右 重要文化財『月江正印墨蹟 送別偈』中国・元時代 至正3年(1343)
左 重要文化財『月江正印墨蹟 道号偈』中国・元時代 至正8年(1348)


禅僧の名前については解説パネルがあるので、名前の意味を初めて知ることができました。
たとえば「宗峰妙超」のうち、「妙超」は法諱で、得度のとき師より受ける名、「宗峰」は道号で、修行や役職がある程度の段階に達すると、師や先輩僧などから授けられる称号なのです。

宗峰妙超の墨蹟も、茶の世界で尊ばれた墨蹟の茶室風のしつらえも、中国元時代の画僧因陀羅の国宝も展示されています。
いつもは絵の方に目が行ってしまう因陀羅の国宝『布袋蒋摩訶図』ですが、今回は賛に注目したいです。


右から 重要文化財『宗峰妙超墨蹟 法語』日本・鎌倉時代 元亨2年(1322)、
重要文化財『無学祖元墨蹟 附衣偈断簡』日本・鎌倉時代 弘安3年(1280)、
国宝『布袋蒋魔訶図』(画)因陀羅筆/(賛)楚石梵琦賛 中国・元時代 14世紀



同時開催 テーマ展示


展示室2で開催されているのは「大津絵ーつくられ方・たのしみ方ー」
大津絵の店先の様子を描いた屛風絵にはじまり、仏画、美人や若衆、鬼や神仏をユーモラスに描いた世俗画など、同館が所蔵する大津絵が初めてまとまって見られる貴重な機会です。


「大津絵」展示風景

雷神が商売道具の太鼓を落として懸命に取ろうとしていたり、殊勝にも鬼が念仏を唱えたりなど、風刺もきいて、くすっと笑えるのも大津絵の大きな魅力のひとつです。


「大津絵」展示風景


今回の変わりダネは、展示室5に展示されている「特別仕様の美術品収納箱」
収納箱といっても単なる箱ではなく、螺鈿の蒔絵が施されていたり、収納されている茶碗の銘にあわせた絵柄が描かれていたりなど、こだわりの装飾が施されて、それだけでも美術品になるようなものばかりです。

「特別仕様の美術品収納箱」展示風景


黒柿製のぜいたくな収納箱の蓋の裏には茶葉を挽く小さい坊主頭の人がこちらを向いてニッコリ微笑む姿が平蒔絵で表されています。
今回のように収納箱が主役の展示がなければ、思わすこちらもなごんでしまう笑顔にはお会いできなかったかもしれません。
写真では少しわかりにくいですが、ぜひその場で拡大鏡をのぞき込んでご覧ください。

『色絵結文文茶碗 収納箱』日本・江戸時代 19世紀

季節ごとの茶室のしつらえが楽しめる展示室6の今回のテーマは「風待月の茶室」
風にゆらめく草花、器の透かし彫り、そして和歌など涼しげな風が感じられる作品が楽しめます。

「風待月の茶室」展示風景


柳が描かれた徳利と白磁の盃、そして酒の肴を盛るのにちょうどいい器が展示されています。昼間だというのにお酒が飲みたくなってしまいました。

右から 『織部柳文徳利』日本・江戸時代 17世紀
『白磁耳盃』朝鮮半島・朝鮮時代 15世紀 どちらも秋山順一氏寄贈
『南蛮内渋鉢』ベトナム 16-17世紀


ミュージアムショップでは、今回展示されている墨蹟のほとんどを収録している『根津美術館 新蔵品選 書蹟』や、大津絵がモチーフの絵ハガキや付箋をはじめ今回の展示にちなんだミュージアムグッズを販売しています。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。

ミュージアムショップ

「はじめての古美術鑑賞」とのタイトルどおり、わかりやすい解説を見ながら写経や墨蹟の名品が見られる展覧会です。同時開催の展示も見どころいっぱい。
気軽に楽しめる展覧会です。おすすめです!

2025年6月3日火曜日

大倉集古館 企画展「幽玄への誘いー能面・能装束の美」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「幽玄への誘いー能面・能装束の美」が開催されています。 

展覧会チラシ

今回の企画展は、同館が多数所蔵する因州(鳥取藩)池田家伝来の能面と備前(岡山藩)池田家伝来の能装束に加え、有馬侯爵家旧蔵の狂言面も見られる充実した内容の展覧会です。
今までにも能面・能装束に重点が置かれた展覧会は多く開催されてきましたが、今回は狂言にやや焦点をあてた展示となっているので、どんな展示になっているのか楽しみにしていました。
5月18日(日)で終了した前期展示は行く時間がとれませんでしたが、遅ればせながら後期展示にはおうかがいしましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年4月15日(火)~6月29日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
     ※19時までの夜間開館は行っておりません。
休館日  毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入館料  一般:1,000円、大学生・高校生:800円、中学生以下無料
※各種割引料金、ギャラリートークなどのイベント、展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。


展示構成
 1章 幽玄の美ー能
 2章 喜怒哀楽の妙ー狂言
 3章 因州池田家伝来の能面

展示は能装束から始まります。
《浅黄茶段格子蔦模様唐織》は、おさえた色調で落ち着いた雰囲気を醸し出していますが、太い線と細い線が交差して安定感のある格子にからまる蔦の葉は「浮織(うきおり)」によって刺繍のように立体的で、画面全体に広がる様からは、まるで本物の蔦を見ているような生命の息吹が感じられました。



《浅黄茶段格子蔦模様唐織》江戸時代・18世紀
備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示


対照的に、幅約1:2の長短をつけた紅白の段替り地を基調に、多彩な小菊が生い茂る風景が織り出された《紅白段業平菱菊模様唐織》は、華やいだ雰囲気。
「段替り」とは四角い区画を作り交互に異なる色柄を配する形式ですが、小菊の枝が区画の中におさまらずに、境界を越えてすくすくと伸びている様から、やはりこの能装束からも生命のたくましさが感じられました。

《紅白段業平菱菊模様唐織》 江戸時代・18世紀
備前池田家伝来 大倉集古館 後期展示


今回の企画展では「能画」にも注目したいです。

繁岡鑒一「能画《石橋》」20枚1組の内
昭和51年(1976)頃 大倉集古館 通期展示


能画は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本画科卒業後、帝国ホテルのフランクロイドライト建築事務所設計部に勤務した繁岡鑒一氏(1895-1988)が、昭和48年(1973)から在籍していた大倉集古館の主任学芸員時代に、昭和52年(1977)に開催された展覧会に出陳された能装束を能と狂言の役割にあてはめて描いたものです。
能面や能装束とともに能画が展示されているので、実際に演者が舞台で演じる姿をイメージしながら鑑賞することができました。


白地に銀の摺箔を背景に、刺繍による萩の花と葉が散りばめられた《白地銀竪縞萩蜘蛛巣模様縫箔》は上品な雰囲気を醸し出しています。
タイトルに「蜘蛛巣」とあるように、よく見ると細い蜘蛛の糸が墨で描かれているのがわかります。


《白地銀竪縞萩蜘蛛巣模様縫箔》江戸時代・18世紀
備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示


展覧会のメインビジュアルにもなっている横山大観の大作《夜桜》(大倉集古館)は前期展示でしたので後期には展示されていませんが、後期には金泥や金箔で彩られた《桜図屏風》が展示されています。
画面中央の青い水面には金泥のさざ波が描かれ、左右には胡粉で盛り上げ金泥で彩色された枝垂桜の花と葉が配置され、雲霞と土坡は金、さらには金箔も貼られているという、金をふんだんに使った豪華絢爛な《桜図屏風》も展覧会の雰囲気を盛り上げている名品です。


2階には、上着として用いる長絹(ちょうけん)や狩衣(かりぎぬ)、能面や狂言面などが展示されています。

《紫地葡萄蔦模様長絹》は、紫の絽地に葡萄の葉と蔓、蔦の葉を金で織り出した豪華版。
上部に3つある葡萄の葉と蔦の文様のうち1つを反転させて変化をつけ、下部には大小の蔦の葉の文様をリズミカルに配置しているので、舞っているときのきらびやかさが目に浮かんでくるようです。

《紫地葡萄蔦模様長絹》江戸時代・19世紀
備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示

《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》は、大小ある輪宝の模様を金襴で織り出した、やはりこちらも豪華な能装束。
輪宝は、古代インドの車輪型の武器を象ったもので、仏教では仏法のはじまりと護持の象徴とされ、能装束の衣裳としては、超越的な力を持つ役柄に使用されるものです。
とても動きが感じられるデザインなので、この狩衣を着て舞う姿は、まるで輪宝が回っているように見えるのではないでしょうか。

《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》江戸時代・18世紀
備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示


風刺や滑稽さで笑いを誘う狂言に用いられる狂言面はどれも個性的。
大倉集古館所蔵の狂言面は旧久留米藩主の有馬家に旧蔵されていたものと伝えられ、大名家伝来の狂言面がまとまって所蔵されている点でも貴重なもので、11面が一挙に公開されるのも、今回の企画展の見どころの一つです。

狂言では、幼い役者の初舞台として『靭猿』の猿役を、修練の総仕上げとして大曲の『釣狐』の狐役を演じるものとされ、「猿に始まり狐に終わる」と言われています。


《狂言面 猿》江戸時代・17-19世紀
有馬伯爵家旧蔵 大倉集古館 通期展示

『釣狐』のみに用いられるのが狐の面。
『釣狐』のあらすじは、猟師に一族を罠で釣りとられた古狐が猟師の叔父の白蔵主という僧に化けて殺生をやめるように猟師を説得するが、その帰り道に好物のえさがつけられた罠にかかってしまうという、よく知られている話です。

《狂言面 狐》江戸時代・18世紀
有馬侯爵家旧蔵 大倉集古館 通期展示
  

《白蔵主》の面も展示されていますが、狐が化けただけあってかなり怪しげ。
《祖父》は前歯が抜けてまばらになったところがすごくリアル。鬼といっても怖そうでない《武悪》はどことなくユーモラス。さらにニコニコ顔の《大黒》、にらみを利かせた《毘沙門》と多士済々。どの面もそれぞれ特徴があって楽しめました。

繁岡鑒一氏が描いた「能画」のうち狂言を描いたものは2階に展示されています。
口をとがらせて口笛を吹く「嘘吹」をはじめ、描かれた狂言面が展示されている能画もあるので、ぜひ両方を見比べていただきたいです。
繁岡鑒一「能画 《嘘吹》(狂言)」20枚1組の内 
昭和51年(1976)頃 大倉集古館 通期展示
            

青海波のように並んだ青と白の牛車の車輪(源氏車文)で埋め尽くされているのは《縹地源氏車青海波模様素襖》。
こちらも《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》と同じく動きが感じられるデザインで、実際にこれだけ多くの車輪が並んだらさぞかし壮観な景色であったのでは、と想像してしまいました。

《縹地源氏車青海波模様素襖》江戸時代・18世紀
国立能楽堂 後期展示

因州池田家伝来の能面も6面が展示されています。

室町時代の田楽の名手、増阿弥(ぞうあみ)が創作したと伝えられることから「増女(ぞうおんな)」と称されるこの面は、端正で清冷な美しさが特徴で、天人の舞を舞う演目『羽衣』の天女、女神、神仙女などの高い品格の役に用いられます。
近くで見ると、能面の材料は木なのに頬のぬくもりや唇の柔らかさが感じられるから不思議です。

《能面 増女》江戸時代・18世紀
因州池田家伝来 大倉集古館 通期展示



「大飛出」は神の面で、その名は見てのとおり眼球が大きく飛び出していることに由来します。目には大きな金環を嵌め、顔全体には金泥が施されるというゴージャスなつくりで、雷神や蔵王権現の役柄で用いられる面です。
それにしてもこの迫力、すごいです。

《能面 大飛出》江戸時代・18世紀
因州池田家伝来 大倉集古館 通期展示


受付では4ページオールカラーの企画展パンフレットをいただくことができます。



このパンフレットには展示作品の図版や能装束の用語解説なども掲載されていて、作品ごとの展示解説も充実しているので、能や狂言に詳しくなくても楽しめます。
この機会に気軽に訪れてみてはいかがでしょうか。

2025年5月21日水曜日

三井記念美術館 国宝の名刀と甲冑・武者絵         特集展示 三井家の五月人形

東京・日本橋の三井記念美術館では「国宝の名刀と甲冑・武者絵」、特集展示「三井家の五月人形」が開催されています。


今回は、三井記念美術館の館蔵品の中から、国宝の短刀2点をはじめ重要文化財7点を含む刀剣や、蒔絵の拵(こしらえ)が一挙に公開されるという、刀剣ファンにはたまらない展覧会で、そのうえ、甲冑や武者絵、酒呑童子ほかの絵巻、特集展示としてこの時期にふさわしい三井家の五月人形が展示されるという、武具や武士に焦点を当てたとても内容の濃い展覧会。
開幕からは日にちが経ってしまいましたが、先日行ってきましたので、遅ればせながら展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年4月12日(土)~6月15日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日
入館料  一般 1,200円、大学生・高校生 700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種割引等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/

※本展覧会では、展示室1・2の全作品および展示室4の具足(甲冑)2領は写真撮影可能です。それ以外の撮影不可の作品の写真は美術館から広報用画像をお借りしたものです。


展示室1には、国宝の《短刀 無銘正宗 名物日向正宗》はじめ名刀や、これ自体が一級の工芸品ともいえる、蒔絵がほどこされた拵(こしらえ 柄や鞘などの刀装具)が独立ケースに入って展示されています。


展示室1 展示風景

独立ケースなので、前後左右から、そして近くからと角度を変えて刀剣の輝きを見ることができます。
そのうえ、2021年から2022年にかけて行われた同館の全面改修工事で館内や展示ケース内の照明がLED化されて刀剣はより一層輝いて見えるので、その場でぜひ実感していただきたいです。


国宝 《短刀 無銘正宗 名物日向正宗》 正宗作
鎌倉時代・14世紀 三井記念美術館蔵


太刀の拵が分解されて並べて展示されていました!
柄(つか)、鐔(つば)、鞘(さや)の間に、切羽(せっぱ)をはじめこんなに多くの部位があることは初めて知りました。それぞれの名称の解説パネルがあるのもうれしいです。

手前《葵角紋桐紋蒔絵糸巻太刀(太刀 銘宗光の拵)》
奥《葵角紋蒔絵太刀(太刀 銘宗光の拵)》
どちらも江戸時代・18世紀 三井記念美術館蔵

展示室1には、武者絵が描かれた蒔絵の料紙箱も展示されています。
描かれているのは「宇治川の先陣争い」の場面。
木曽義仲追討の命を受けた源義経と義仲が宇治川で相対した際、義経軍の佐々木高綱と梶原景季がそれぞれ源頼朝から与えられた名馬・生唼と磨墨に乗って先陣を争った場面が描かれていて、こちらは梶原景季。佐々木高綱が描かれた蒔絵の硯箱とともに展示されています。


《宇治川先陣蒔絵料紙箱》象彦(六代西村彦兵衛)製
明治時代・19~20世紀 三井記念美術館蔵


いつも展覧会を象徴するこの一品(逸品)が展示される展示室2には、国宝《短刀 無銘貞宗 名物徳善院貞宗》が展示されています。


国宝《短刀 無銘貞宗 名物徳善院貞宗》貞宗作
鎌倉~南北朝時代・14世紀 三井記念美術館蔵


貞宗は正宗の実子とも養子とも伝えられ、相州伝の二人の最高傑作が展示室1と2で見られるのも今回の展覧会の大きな見どころのひとつです。
豊臣秀吉が所持し、五奉行の一人前田徳善院玄以が拝領したことから「徳善院貞宗」と呼ばれ、その後、徳川家康、紀州徳川家、西条松平家、三井家と伝わった由緒ある名刀を洋風建築の内装の中で見るのはまた格別の味わいがあります。


刀剣の展示はまだまだ続きます。
展示室4には、重要文化財の太刀はじめ名刀がずらりと並んでいます。
刀剣ファンの方は、ここまででお腹一杯になってしまうかもしれませんが、ここから先も甲冑や武者絵、五月人形など見どころいっぱいですので、ぜひ続きもご覧ください。


三井家の先祖を祀った京都・顕名霊社のご神宝とされてきた甲冑2点は撮影可。

右《縹糸素懸威銅丸具足》 左《白糸中紅糸威銅丸具足》
どちらも桃山~江戸時代・16~17世紀 三井記念美術館蔵
 


《八幡太郎義家図》は、陸奥守兼鎮守府将軍として赴任した源義家(八幡太郎義家)が、奥羽に勢力を伸ばした清原氏の内紛に介入した後三年の役(1083-87)の際、雁の列が乱れたところから、野に伏す敵兵を察知したという緊迫した場面を描いた武者絵。
恐れおののく乗馬と、冷静な八幡太郎義家の表情の対比が印象的です。

《八幡太郎義家図》狩野美信筆 江戸時代・18世紀
三井記念美術館蔵


今回の展覧会では、ストーリーがよく知られている2つの絵巻が見られるのも大きな見どころのひとつです。
そのうちの1点が、平安時代、都で婦女や財宝を奪った鬼・酒吞童子が、武将・源頼光とその家来たちによって退治された物語を描いた《酒吞童子絵巻》。

頼光らが酒吞童子に真意を悟られないように酒宴に臨む場面や、酒呑童子が酔いつぶれたところにすかさず襲いかかり首をはねる場面などハラハラ・ドキドキの場面の連続。
血のりのついた刀など、リアルな描写は真に迫るものがあります。
《酒呑童子絵巻》(部分)全3巻 亀岡規礼筆 江戸時代・19世紀
三井記念美術館蔵


一方の《十二類合戦絵巻》は、登場人物ならぬ登場動物たちにとっては真剣なのですが、どことなくユーモラス。
これは、十二類(十二支の鳥獣)の歌会で判者を務めた狸が、その場で罵倒されたのを恨んで熊や狐、鳶たちを集め合戦を挑んだのですが、惨敗して出家するという物語。途中で鬼に化けた狸が犬に吠えられて正体がばれたり、狸が神妙な表情で剃髪したりなど、思わずくすっと笑える場面も出てきて、楽しみながら見ることができました。
下の場面では、雷雲とともに登場する龍がかっこいい!
《十二類合戦絵巻》(部分)全3巻 江戸時代・19世紀
三井記念美術館蔵


そして最後の展示室7では、特集展示として「三井家の五月人形」が展示されています。
「三井家の雛人形」はひな祭りの季節恒例の展覧会「三井家のおひなさま」で展示されていますが、「三井家の五月人形」は、今までほとんど展示される機会がなく、今回の展示がほぼ初めての展示になるとのことです。
展示室6の「ミニチュア五月飾」で展示されている本物そっくりに精巧にできたミニチュアの火縄銃や大筒(おおづつ)などと相まって、筆者のようなミニチュア好きにはたまらない展示ですが、武将や刀剣・甲冑・弓矢・幟など武器・武具が主体となってる五月人形や五月飾は、ミニチュアファンでなくても楽しめる展示なので、ぜひともこの貴重な機会にご覧いただきたいです。


ロビーでご来場のみなさまをお出迎えしてくれる永樂妙全作《色絵小鍛冶置物》は撮影可です。

永樂妙全作《色絵小鍛冶置物》


展示を見終わってエレベーターを降りたら、前を歩いていた若いカップルが「いい展示だったね。」と話しているのが聞こえてきました。
刀剣ファンも、絵巻ファンも、ミニチュアファンもみんなが楽しめるおすすめの展覧会です。