2024年5月6日月曜日

大倉集古館 特別展「浮世絵の別嬪さん」ー歌麿、北斎が描いた春画とともにー

東京虎ノ門の大倉集古館では、特別展「浮世絵の別嬪さんー歌麿、北斎が描いた春画とともにー」が開催されています。

大倉集古館外観

江戸時代に華開いた浮世絵をテーマにした展覧会は多くの美術館・博物館で開催されていますが、今回の特別展の見どころは、何といっても前期後期合わせて90点近くの作品のほとんどがこの世に1点しかない肉筆美人画という超豪華なレパートリーが楽しめること。さらに、浮世絵の誕生から江戸後期まで、主な浮世絵師たちの名作で美人画の歴史をたどることができるのも大きな魅力のひとつです。

展覧会開催概要


会 期  2024年4月9日(火)~6月9日(日)
  前 期 4月9日(火)~5月6日(月・休)
  後 期 5月8日(水)~6月9日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
  *金曜日は19:00まで(入館は18:30まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌平日)
入館料 一般 1,500円 大学生・高校生 1,000円 中学生以下無料
展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/     

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用にお借りしたものです。

展示構成
 第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀
 第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画
 第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画
 第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画
 第5章 めくるめく春画の名品


第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀

浮世絵は、室町~桃山時代の狩野派や土佐派の風俗画の影響を受けて起ったので、展示は日常の生活風俗を描く屏風から始まります。
(前期は《遊楽図屏風》、後期は《舞妓図屏風》(どちらも無款 個人蔵)が展示されます。)

続いては、浮世絵の歴史を語るうえで欠かせないこの方、「浮世絵の祖」といわれる岩佐又兵衛の作品が展示されているのもうれしいです。

岩佐又兵衛 重要美術品《伊勢物語図「梓弓」(樽屋屏風)》
江戸時代、17世紀前期 個人蔵 【前期展示】
(後期には岩佐又兵衛《連舞之図》江戸時代、17世紀中期
個人蔵 が展示されます。)  

「長頬豊頥(ちょうきょうほうい)」と言われ、頬や頥(=あご)が長く特徴的な人物を描いた岩佐又兵衛は、和漢の物語や故事などの題材を当世風にアレンジして独特の画風を確立して、次に出てくる菱川師宣以降の浮世絵の基礎を形成した絵師とされています。

岩佐又兵衛の父、戦国武将の荒木村重は織田信長に仕えていましたが、のちに信長に反旗を翻し、現在の伊丹市にあった有岡城に籠城。
その後、村重は一族や家臣たちを残し、大切にしていた茶道具を持って自らは脱出。有岡城は落城し一族や家臣たちは信長によって処刑されましたが、又兵衛はからくも救出され生き延びました。

歴史に「もし」は禁物ですが、もしこのとき又兵衛が処刑されていたら、浮世絵の歴史はどうなっていたのか。岩佐又兵衛の作品を見るたびにこのような思いが頭の中に浮かんできます。

さて、いよいよ浮世絵草創期を代表する絵師、菱川師宣の登場です。

菱川師宣《紅葉下立美人図》元禄元~7年(1688-94)
個人蔵 【通期展示】

代表作《見返り美人》(東京国立博物館蔵)に見られるような動きの中の一瞬をとらえた優雅なたたずまいが見事な作品です。


第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画

菱川師宣の次に登場するのは、懐月堂安度と宮川長春。

懐月堂安度《立美人図》宝永~正徳(1704-16)
千葉市美術館蔵 【前期展示】
(後期には、懐月堂安度《文書く美人図》宝永~正徳4年(1704-14)
個人蔵 が展示されます。)


豪華な衣装、斜めを向いて体を「く」の字にそらしたポーズ、はっきりとした太い輪郭線が特徴の安度の作品は、浮世絵界に新風を吹き込みました。
安度率いる懐月堂工房は、のちに「懐月堂美人」と言われた肉筆美人画を量産しましたが、正徳4(1714)年に江戸城大奥で起こった絵島生島事件に連座して安度は伊豆大島に配流され工房は解体、安度はその後許されて江戸に戻ったようですが、晩年の活動が明らかにされていないのが残念です。

この時期を代表するもう一人の浮世絵師、肉筆画のみを描き、菱川師宣や懐月堂安度の影響を大きく受けた宮川派の祖・宮川長春の優雅な美人画が展示されているので、両者のそれぞれの特徴を比較することができます。

先ほどご紹介した安度だけでなく、長春の人生も安穏たるものではありませんでした。
寛延3(1750)年暮れ、日光東照宮の修復に参加した際の画料が不払いであったため、宮川派の画工らが画料を着服した稲荷橋狩野家を襲撃し、狩野春賀を殺害するという事件を起こしました。
長春はその後まもなく亡くなり、弟子の一笑は伊豆新島に配流、残された春水は宮川の画姓を勝川と名乗り、春水の門人、勝川春章が勝川派の祖として次の世代を担うことになりました。

第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画

18世紀後期になると、肉筆画と並んで浮世絵の技法の二本柱の一つ、版画表現に大きな変化がありました。それまでは彩色のない「墨摺絵」や1色から2~3色を用いた「丹絵」「紅絵」「紅摺絵」でしたが、多色摺の「錦絵」が登場したのです。

今までカラフルな浮世絵は肉筆画の独壇場でしたが、浮世絵の主流は肉筆画から版画に移ってきました。
そういった中でも、宮川派の流れをくむ勝川春章は優美な美人画を描き続け、肉筆美人画の第一人者となりました。

後期には、三幅対の勝川春章《雪月花図》(重要文化財 MOA美術館蔵)が見られるので楽しみです。



勝川春章《雪月花図》、左から 三幅対のうち《雪図》《月図》《花図》
天明7~8年(1787-88) MOA美術館蔵 重要文化財 【後期展示】



画面に大きく女性の半身像を描いた大首絵を制作した喜多川歌麿と、すらりとした十二頭身の女性の全体像を描いた鳥文斎栄之はライバルとしてしのぎを削りました。

第3章では春章、歌麿、栄之の美人画だけでなく、普段はあまりなじみのない上方の浮世絵師たちの名品も見られます。


第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画

そしてポスト歌麿として登場したのは葛飾北斎。
北斎は「冨嶽三十六景」をはじめとした風景版画などで国内外で人気を博していますが、こんなに優雅な美人画を描くのですから、破門されたとはいえ勝川春章門下で学んだことは無駄ではありませんでした。

葛飾北斎《二美人図》江戸時代、18世紀
MOA美術館蔵 重要文化財 【後期展示】

第4章では、国芳はじめ歌川派の美人画も見逃せないです。


第5章 めくるめく春画の名品

江戸時代の人たちのおおらかな性の表現が近年評価されるようになった春画も展示されています。春画は地階に展示されていて、性的表現を含むので15歳未満の方はご遠慮いただくエリアになっています。


喜多川歌麿《歌満くら》12図のうち、天明8年(1788)
個人蔵 【通期展示】(頁替えあり)


4月9日(火)に開幕したこの特別展は5月6日(月・休)で前期展示が終了しましたが、ほとんどの作品が前期と後期で入れ替わりますので、前期に行かれた方も、前期に行かれなかった方も、後期展示を見逃すわけにはいきません。
肉筆美人画の華やいだ雰囲気をぜひお楽しみください!

2024年3月19日火曜日

【4月13日開幕!】静嘉堂文庫竣工100年・特別展「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」

東京駅すぐ近くの明治生命館1階にある静嘉堂@丸の内では、静嘉堂文庫竣工100年目を記念して、幕末から明治にかけて活躍した多才な二人の交流の足跡を紹介する特別展が開催されます。

展覧会ポスタービジュアル


特別展のタイトルは「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」
独創的な画風を展開した絵師・河鍋暁斎(1831-89)と、探検家、好古家、著述家で北海道の名付け親・松浦武四郎(1818-88)は、活躍する分野こそ違いましたが、二人の間には交流があり、暁斎が武四郎の依頼を受けて、武四郎の愛玩品図録『撥雲余興』の挿絵の一部や、武四郎を釈迦に見立てた「武四郎涅槃図」を描いています。

サブタイトルは「地獄極楽めぐり図」から リアル武四郎涅槃図まで
暁斎の代表作「地獄極楽めぐり図」(静嘉堂蔵)と重要文化財「武四郎涅槃図」(松浦武四郎記念館蔵)が16年ぶりに競演することをはじめ、見どころいっぱいの展覧会なので、今から開幕が待ち遠しいです。

展覧会開催概要


会 期  2024年4月13日(土)~6月9日(日)
会 場  静嘉堂@丸の内(東京都千代田区丸の内2-1-1明治生命館1階)
開館時間 10:00-17:00
 ※土曜日は18:00、第四水曜日は20:00閉館。入館は閉館時間の30分前まで
休館日  月曜日、5月7日(火) ※4月29日(月・祝)、5月6日(月・祝)は開館
入館料  一般 1,500円 大高生1,000円 中学生以下無料 
※チケットの購入方法、展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp/



河鍋暁斎(画鬼 暁斎)



見どころ1 「地獄極楽めぐり図」×「武四郎涅槃図」16年ぶりの競演!!


「地獄極楽めぐり図」は、パトロンの早世した娘・田鶴(たつ)の追善供養にと暁斎が依頼された画帖で、田鶴が冥界ツアーを楽しみ極楽浄土に到達する場面が描かれていて、今回は全40図が全場面公開されます(会期中場面替えあり)。

河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」明治2~5年(1869-72)
静嘉堂蔵 ※会期中場面替えあり

河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」明治2~5年(1869-72)
静嘉堂蔵 ※会期中場面替えあり


見どころ2 初の試み「これぞリアル武四郎涅槃図」!


 今回のユニークな試みは、「武四郎涅槃図」が展示されるだけでなく、そこに描かれた武四郎の愛玩品が松浦武四郎記念館、静嘉堂の双方から集結して立体的に再現されることです。

重要文化財 河鍋暁斎「武四郎涅槃図」
明治19年(1886) 松浦武四郎記念館蔵

横たわる武四郎が首に着けている「大首飾り」や後方の赤い台座の上の仏像、さらには登場する人物たちの肖像画が展示されるので、ぜひ「武四郎涅槃図」と見比べながら楽しみたいです。

松浦武四郎(鬼才 武四郎)明治15年(1882)撮影
松浦武四郎記念館蔵

武四郎65歳の肖像写真でも自慢げに身についけている「大首飾り」はこちらです。

「大首飾り」縄文時代~近代 静嘉堂蔵


見どころ3 『撥雲余興』にみる暁斎挿絵の品はやっぱりユニーク!再現力抜群!


『撥雲余興』とあわせて挿絵に描かれた実物も同じ空間に展示されるので、武四郎の愛玩品のユニークさも暁斎の抜群な再現力も見ることができます。

『撥雲余興』より「古銅老猿仮面」河鍋暁斎挿絵
明治10年(1877) 静嘉堂蔵


「老猿面」年代不詳 静嘉堂


『撥雲余興』より「鬼面鈴」河鍋暁斎挿絵
明治15年(1882) 静嘉堂蔵

「鬼面鈴」年代不詳 静嘉堂蔵 

どちらもなぜこのようなものを蒐集するのかと思ってしまいますが、あらためて武四郎の旺盛な好奇心に驚かされます。


そして、松浦家伝来の暁斎作品や、武四郎蒐集の古物の目録『蔵品目録』掲載の資料で、近年静嘉堂が所蔵することが再認識された古写経類、天神像などの書画も展示されます。

ここでは天神信仰にまつわる作品をご紹介します。

はじめに松浦家伝来の暁斎筆「野見宿禰(のみのすくね)」絵馬額(松浦武四郎記念館蔵)。
これは天神様でないと思われるかもしれませんが、相撲取りの祖として伝えらる野見宿禰は土師臣となり、土師氏の中に菅原姓を名乗るものが出たことから、菅原道真は野見宿禰の末裔とする説があるのです。

河鍋暁斎「野見宿禰」明治17年(1884)
松浦武四郎記念館蔵

続いては『蔵品目録』に掲載されている静嘉堂秘蔵の武四郎旧蔵「天神像」。

「渡唐天神像」(伝啓書記筆相国寺万里居士賛)
室町時代 静嘉堂蔵

「渡唐天神像」は、菅原道真が唐に渡ったとの伝承に基づいて室町時代の禅宗の寺院で盛んに描かれたもので、この作品の作者と伝わる「啓書記」とは、鎌倉・建長寺の書記で、落ち着いた雰囲気のある水墨の山水画を描いた画僧・賢江祥啓のことです。

こちらも『蔵品目録』に掲載されている「渡唐天神像」です。

伝土佐光起「渡唐天神像」江戸時代
静嘉堂蔵


「画鬼」と「鬼才」、二人の「鬼」がコラボするとどのような内容になるのか、とても楽しみな展覧会です。

2024年2月25日日曜日

山種美術館 公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード 2024」

東京・広尾の山種美術館では、公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード 2024ー未来をになう日本画新世代―」が開催されています。

展覧会チラシ

今年で第3回目を迎える公募展(#Seed2024)は、コロナ禍の影響で2年間延期されていたので、とても待ち遠しく楽しみにしていました。
遅ればせながら2月24日(土)にお伺いしてきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年2月17日(土)~3月3日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日
入館料  一般 700円、学生及び未就学児無料(中学生以下は付添者の同伴が必要)
     渋谷区民の方は入館無料(住所が確認できるものの提示が必要)

※ほかにも割引・特典、他館との相互割引サービスがあります。また、関連イベントとして受賞・入選者によるアーティストトークも開催されますので、詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

アーティストトークは、土日の午前11時からと14時から開催されて、作家さんの作品に対する思いや苦労したことなどをお伺いできるので、機会があればぜひご参加いただきたいです。毎回数名の受賞・入選された作家さんが参加されます。
  
※今回の展覧会では、受賞・入選作品に限りスマートフォン・タブレット・携帯電話での撮影が可能です。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。


#Seed2024では、全153点の応募作品の中から厳正な審査を経て選ばれた大賞1点、優秀賞1点、特別賞(セイコー賞)1点、特別賞(オリコ賞)1点、奨励賞6点を含む入選作品全45点が展示されています。

展示風景
右から 特別賞(セイコー賞) 早川実希《頁》
大賞 北川安希子《囁き―つなぎゆく命》
優秀賞 重政周平《素心蠟梅》
特別賞(オリコ賞) 前田茜《山に桜》


新進気鋭の作家のみなさんの力のこもった作品ばかりで、公募展を見る時はいつも「私のお気に入りの一品」を探すのですが、今回は特に悩み、展示室内をうろうろしながら考えてしまいました。(「私のお気に入りの一品」は最後にご紹介します。)

展示を見た最初の印象は、月並みですが「やはり日本画はいいなあ。」と思ったことで、とても心地よい気分で作品を見ることができました。
それは、ただ単に画材として岩絵具を使っているということでなく、画題が季節の草花だったり、技法も金箔などを貼っていたりなど古くからの日本画をベースにしながら、その上に新たな試みにチャレンジしている作品が多かったからなのです。

展示風景
右 福島恒久《歳寒三友図》 左 朴泰賢《仰見》 


金箔など継ぎ目「箔足」の大ファン(?)の筆者としては、箔足を見ただけで「わぁ、いいな!」と思ってしまうのですが、その上に作家さん独自の表現を楽しむことができました。

こちらは、子どもを画題にした作品が多いという宮腰有希乃さんの《ひかりめぐる》。

宮腰有希乃《ひかりめぐる》

土日に開催されるアーティストトークの時間にあわせて行ったので、宮腰さんのお話を直接おうかがいすることができました。

画面全体に黄金色に染まるイチョウの落ち葉が舞い、三日月の上に座る子どもの頭にはオナガドリがとまるというファンタジーの世界が描かれているこの作品は、背景には金箔を貼り、三日月の部分は輝きを出すため金箔を重ねているとのことです。

確かに三日月はイチョウの落ち葉に比べてより一層輝いているように見えます。
この作品は、一目見ただけでも幻想的な雰囲気が感じられますが、やはり作家さんのお話をお伺いすると作品の良さがより深く伝わってきます。


学生時代から海面を描き続けていた清水航さんの《飛沫(しぶき)》にも箔が貼られているのには驚かされました。

清水航《飛沫》


ホッキョクグマの白と水面のエメラルドグリーンの色の対比が鮮やかな作品ですが、この色を出すためトルコ石を下地に全面に真鍮箔を貼り、それを塩化アンモニウムで腐食させ(※)、さらにその上に岩絵具を塗ったとのこと。
(※)真鍮は銅と亜鉛の合金なので、腐食させると銅のサビ・緑青が出てきます。


この日はほかに小針あすかさん(作品名《珊瑚の風》[奨励賞])、吉澤光子さん(作品名《一羽》)、林銘君さん(作品名《出口》)のアーティストトークをお伺いすることができました。

伝統的な技法の箔を使う作品がある一方、思いがけない画材を使っているのが田中寿之さんの《ドレス》でした。

田中寿之《ドレス》

日本画の技法だけでなく、様々な素材をコラージュして制作されたこの作品には、岩絵具だけでなく、布や凧糸、ステンレス針などが使われていて、今回の入選作品の中でも特に異彩を放っていました。
伝統的な日本画の画題や技法に根差した作品はもちろん好きですが、戦後、日本画界に新風を吹き込み、2020年に惜しくも解散したパンリアル美術協会のように、新たな表現をめざした作品にも魅力を感じます。

そして最後に「私のお気に入りの一品」をご紹介します。
それは陳映千さんの《息》です。

陳映千《息》

画面右にはもやがかかった木々の中に流れ落ちる滝、左には暗闇の中に浮かぶ塔。
屋根にかすかにかかる陽の光を表す金色と、塔の欄干の朱色がいいアクセントになってるところに特に惹かれました。

川合玉堂、速水御舟はじめ巨匠たちが今回の公募展の応募者と同じ20代から40代の頃に制作した作品も展示されています。

会期は短く、3月3日(日)まで。
アーティストトークは2日(土)と3日(日)がラストチャンスです。

ぜひその場でご覧いただいて、「お気に入りの一品」を見つけてみてはいかがでしょうか。

2024年2月19日月曜日

大倉集古館 企画展「大倉集古館の春ー新春を寿ぎ、春を待つ」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「大倉集古館の春ー新春を寿ぎ、春を待つ」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の企画展は、大倉集古館の所蔵品の中から春や今年の干支の「辰」にちなんだ絵画、工芸品などが展示されていて、春らしいとても華やいだ雰囲気の展覧会です。

展覧会開催概要


会 期  2024年1月23日(火)~3月24日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料  一般 1,000円、大学生・高校生 800円、中学生以下無料
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org

※展示されている作品はすべて大倉集古館所蔵です。
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用にお借りしたものです。

展示構成
 第1章 寿ぎの造形~扇
 第2章 辰年の造形~龍
 第3章 季節の造形~雪・梅・桜の絵画
 第4章 めでたさの造形~工芸品 


第1章 寿ぎの造形~扇では、おめでたい「末広がり」の扇が舞う作品がお出迎えしてくれます。



《扇面流図屏風》宗達派、江戸時代・17世紀(右隻)



《扇面流図屏風》宗達派、江戸時代・17世紀(左隻)


浪の間を流れるように舞うのは、金色に輝くいくつもの扇。
扇面には蓮、菊、竹、梅など、さまざまな草花が描かれていて、とても華やいだ雰囲気です。

俵屋宗達の工房で制作されたことを表す「伊年」印が捺されている宗達派の名品《扇面流図屏風》は、当初一双のうち片方だけが大倉家に所蔵されていましたが、不思議なご縁で左右そろって大倉集古館に所蔵されることになりました。

同じく第1章の《古屏風奇遇乃記》(福地源一郎書、荒木探令画)に記されている奇跡の再会のいきさつはとても興味深いです。

次に、扇面に花や山水が描かれた明~清朝時代の作品《清朝名人便面集珍》16図の中から4面の扇面が続きます。
ご紹介するのは、清朝・康熙帝時代(在位1661-1722)に活躍した満州人で、宮廷画家・赫奕(かくえき)の「青緑山水図」。



「青緑山水図」(《清朝名人便面集珍》のうち)赫奕(1655-1731)筆
中国・清時代・17~18世紀

水墨で描かれたモノトーンの山水画も趣きがありますが、濃厚な群青や緑青を用いた「青緑山水」は、山の緑が映えてとても鮮やかです。

清朝初期の6人の代表的な文人画家「四王呉惲」(※)の一人、王原郝とともに「南王北赫」と並び称された赫奕の《青緑山水図》は、王原郝とも交流があったからでしょうか、中国・江南地方ののびのびとした景色を描いているように感じられました。
(※)王原郝、王鑑、王時敏、王翬、呉歴、惲寿平の6人


第2章 辰年の造形~龍 には、今年の干支「龍」にちなんだ作品が展示されています。

今年は多くの美術館・博物館で龍が描かれた絵画や工芸品を見ることができますが、日本では珍しい中国・清〜中華民国時代の衣装が見られるのは、中国美術の保護に努め、中国の古典劇のひとつ「京劇」を日本に紹介した大倉喜八郎氏が創設した大倉集古館ならではの展示ではないでしょうか。

この衣装は《蟒袍(ホウホウ、まんぱお)》と呼ばれ、官吏の衣装のことを指すのですが、これは中国の古典劇のひとつ「京劇」で使われていた衣装と考えられています。


《蟒袍》清時代末~中華民国時代・20世紀

虹色の部分は海水を表し、波間の中央には立石、その上には国家統一を意味するハート形の祥雲が浮かび、天下泰平を象徴する龍が天を舞う鮮やかなデザインに目を惹かれます。


鷹を描くのを得意とした曽我二直庵が珍しく描いた龍の作品も展示されています。



  



《蜆子和尚・龍虎図》曽我二直庵筆 江戸時代・17世紀

いかにも獰猛そうな鷹を写実的に描く二直庵ですが、想像上の動物なので当然見たこともない龍はどことなくユーモラス。虎も実物は見たことがないのかもしれませんが、やはり可愛らしく描かれています。
中央の蜆子和尚は、蝦や蜆をとって食べ、夜は神祠の中に寝たといわれた中国・唐末の禅僧です。

《蜆子和尚・龍虎図》は、狩野探幽の《文殊菩薩・雲龍・竹虎図》と並んで展示されているので、龍の表情の違いを見比べることができます。


第3章 季節の造形~雪、梅、桜の絵画には、梅の香や春の気配を知らせる作品が展示されています。

こちらは狩野探幽の三兄弟、上から探幽、尚信、安信のうち真ん中の尚信の長男で、探幽亡きあと江戸狩野の中心人物として活躍した狩野常信の《梅鶯図》。





《梅鶯図》狩野常信筆、江戸時代・17世紀

右幅と左幅には中央の梅の老木に向かって鳴いている鶯が描かれていて、春の訪れを告げる「ホーホケキョ」というさえずりが聞こえてきそう。
梅の幹や枝の間にたなびく霞が幻想的な雰囲気を醸し出しています。

続いては、《扇面流図屏風》と並んで今回の企画展のメインビジュアルになっている横山大観の《夜桜》。


《夜桜》横山大観筆、昭和4年(1929) (右隻)


《夜桜》横山大観筆、昭和4年(1929) (左隻)

これは大倉喜七郎氏の全面支援により昭和5年(1930)にローマで開催された「日本美術展覧会(ローマ展)」に出品された作品で、大画面の屏風にかがり火に照らされた桜が全面に描かれた華やかで大迫力の《夜桜》は、ミケランジェロやラファエロの大作を見慣れているローマっ子たちも驚いたのではないでしょうか。

実際に横山大観をはじめ、竹内栖鳳、川合玉堂ほか当時の日本画界を代表する画家80名の177点の作品が展示された一大プロジェクト「ローマ展」は多くの観覧者を集め、大成功のうちに終わりました。
2020年に大倉集古館で開催された企画展「1930ローマ展開催90年 近代日本画の華」をご覧になられた方は当時の盛り上がりを感じ取られたのではないでしょうか。


第4章 めでたさの造形~工芸品には、めでたさや季節を感じさせる名工たちの工芸品が展示されています。

正倉院御物整理掛として正倉院宝物の修理を行った名工・木内半古による《四君子象嵌重硯箱》は、白玉(はくぎょく)やべっ甲などを嵌め込んだ象嵌で四君子を表した華やかな雰囲気の作品です。
「四君子」とは蘭、竹、菊、梅のことで、徳を備えた君子に見立てて中国や日本などで画題とされてきました。
この作品は独立ケースに入っているので、ぜひ四方をぐるりと回って象嵌で立体的になっている「四君子」を近くでご覧いただきたいです。


《四君子象嵌重硯箱》木内半古作、昭和6年(1931)

おめでたい図柄の焼き物の大皿も展示されています。



《色絵芙蓉手花鳥図大皿》伊万里、江戸時代・18世紀 

皿の見込み(中央の円形部)の周囲に蓮弁状の区画をつけているデザインが芙蓉の花を連想させることから「芙蓉手」とつけられたこの大皿はとてもカラフル。
見込みには赤、青、緑、黄で描かれたつがいの鳥や花々が描かれていて、この季節にふさわしい作品です。


地下1階の「見どころルーペ」ぜひお試しを!

地下1階の通路にある2台の大きなモニター画面が「見どころルーペ」
はじめに画面にある《扇面流図屛風》や《夜桜》ほかの作品から一つ選ぶと画面いっぱいにその作品が映し出され、指で触れるとその部分がルーペのように拡大されます。
さらに指を動かしていくと所々で、例えば《夜桜》では「金泥を背景に花と葉が光り輝きます」といった作品の見どころのワンポイント解説などが出てきます。


少しずつ近づいている春の気配が感じられて心が和む展覧会です。
おすすめです!

2024年2月4日日曜日

東京国立博物館 建立900年 特別展「中尊寺金色堂」

今年(2024年)は、平安時代後期、およそ百年にわたり平泉を中心に奥羽を支配した奥州藤原氏の栄華を今に伝える中尊寺金色堂の建立900年に当たる節目の年。
この記念すべき年に、中尊寺に安置されている国宝の仏像はじめ、金色堂を飾っていたまばゆいばかりの工芸品の数々が展示される特別展「中尊寺金色堂」が東京国立博物館で開催されています。


展覧会チラシ

展覧会開催概要


会 期  2024年1月23日(火)~4月14日(日)
     前期:1月23日(火)~3月3日(日) 後期:3月5日(火)~4月14日(日)
会 場  東京国立博物館 本館 特別5室
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館の30分前まで
     ※2月9日(金)以降、金・土曜日は午後7時まで(入館は午後6時30分まで)
休館日  月曜日、2月13日(火)
     ※ただし、2月12日(月・休)、3月25日(月)は開館
観覧料  一般 1,600円、大学生 900円、高校生 600円
※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
※本展は事前予約不要です。混雑時は入館をお待ちいただく可能性があります。
※会期中、一部作品の展示替えがあります。

展覧会の詳細等は、展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://chusonji2024.jp/


※会場内は《金色堂模型》(縮尺5分の1)を除き撮影不可です。
※掲載した写真は報道内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。


今回の大きな見どころは何といっても、金色堂内にある3つ須弥壇のうち中央檀上の国宝仏像11体がそろって公開されていることです。

展示風景


金色堂内の3つ須弥壇には阿弥陀三尊、六地蔵、二天像の11体の仏像が安置されていますが、上の写真はそのうちの阿弥陀如来坐像(上の写真中央)、観音菩薩立像(同右)、勢至菩薩立像(同左)の阿弥陀三尊像。

阿弥陀如来坐像は、中央檀の主尊像なのでいわば金色堂のご本尊といえる存在なのですが、現地ではこれほど近くで拝むことはできないので、とてもありがたいです。

国宝《阿弥陀如来坐像》平安時代・12世紀
中尊寺金色院

近くから、そして360度ぐるっと回って拝むことができるからこそわかることもあります。
優雅なたたずまいは当時の京都仏師の流れをくんでいますが、後頭部の螺髪(らほつ)が逆V字型に刻まれていることや、右肩にかかる衣を別材で造るのは新しい感覚で、奥州藤原氏が新たな造形や技法を受け入れる柔軟性を持っていた証であることが指摘されているのです。

阿弥陀三尊像の両脇には六地蔵が3体ずつ、その前には二天像が展示されているので、現地ではできないことですが、まるで中央檀の中を回遊するかのように仏様を拝むことができるという贅沢な体験ができます。

展示風景

六体のお地蔵さんは微妙に顔つきが異なりますが、みなさんおだやかないい表情をしています。

展示風景



邪鬼を踏みつけにらみを利かせる増長天立像。
どことなくユーモラスな邪鬼の表情との対比が増長天の迫力を一層引き立てているように感じられました。


国宝《増長天立像》平安時代・12世紀
中尊寺金色院

「現存するのは日本で唯一、日本最古」という経典が見られるのも今回の展覧会の大きな見どころの一つです。

初めにご紹介するのは、紺紙に金字と銀字で行ごとに交互に書写した一切経(さまざまな仏教典籍を集成したもの)の国宝《紺紙金銀字一切経》。
これは、奥州藤原氏の初代・清衡が莫大な富を背景として発願したもので、8年の歳月をかけて五千巻を超える経典が制作されるという大事業でした。
江戸時代までに大部分が高野山に納められ、中尊寺には現在25巻が所蔵されていますが、このような金銀交書経は珍しく、一切経で現存するのはこの中尊寺経のみという貴重なものなのです。

国宝《紺紙金銀字一切経》平安時代・12世紀
中尊寺大長寿院 ※前期後期で展示替えあり

遠くから見ると塔が描かれているように見えるのですが、実はこの塔は金泥を用いて写した『金光明最勝王経』の経文によって表されているのです。

国宝《金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅》平安時代・12世紀
中尊寺大長寿院 ※前期後期で展示替えあり


経文の文字によって宝塔を描く作例は他にもありますが、『金光明最勝王経』によるものはこの作品が唯一で、かつ日本で作られた宝塔曼荼羅として現存最古という、こちらも貴重なものなのです。

宝塔の周囲には釈迦説法図などが描かれていますが、仏様や人々の顔はみんな「なごみ系」。見ていて自然と心がなごんできます。
ぜひ近くでじっくりご覧いただきたいです。

最後に展示されているのが縮尺5分の1の《金色堂模型》。
この作品だけは撮影可です。

《金色堂模型》縮尺5分の1 昭和時代・20世紀
中尊寺

光り輝く《金色堂模型》の中には須弥壇はありますが、仏像は安置されていません。
今までご覧いただいた仏像が安置されている姿を思い浮かべながら中を覗くとその場にいるような気分になってきます。


会場を出てすぐの特設ショップには展覧会オリジナルグッズが盛りだくさん。
当然オリジナルグッズも充実しているのではと思いましたが、想像をはるかに超える充実ぶりでした。

最初に驚かされたのは、金色堂を背景に勢ぞろいした11体の国宝仏像のアクリルスタンド。
お部屋に飾れるコンパクトサイズです。
 


続いては、最初は何の物体だろうと思いましたが、国宝の持国天立像に踏みつけられている邪鬼をかたどったぬいぐるみ。
クッションにも最適。あまりにも可愛いので「悪さをしなければ踏みつけないからね。」と言いたくなってしまいます。



金色に輝く豪華な表紙、そしてハードカバーの図録もおすすめです。
今回のために撮り下ろした本展展示作品50件をフルカラーの図版で紹介しているだけでなく、仏像の拡大写真や多彩なコラムや論文、作品解説、そして四季折々の中尊寺の風景画像も掲載しているので、その場の雰囲気が伝わってくる貴重な1冊です。




間近で見られる国宝の仏像、華やかで貴重な経典はじめこの場でしか味わえない中尊寺金色堂の雰囲気をぜひお楽しみください!