東京・南青山の根津美術館では、企画展「美麗なるほとけー館蔵仏教絵画名品展-」が開催されています。
今回の企画展は、同館が所蔵する約200件もの仏教絵画の中から、国宝「那智瀧図」をはじめ国宝・重文19件を含む選りすぐりの約40件が展示される超豪華な内容の展覧会です。
サブタイトルにあるように、まさに名品揃いの展覧会なので、特に説明なしでも楽しむことができますが、それぞれの作品の背景などを知れば楽しさが増すこと間違いなし。
開幕前に開催された記者内覧会に参加しましたので、作品の見どころをご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2024年7月27日(土)~8月25日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 毎週月曜日 ただし8月12日(月・振替休)は開館し、翌8月13日(火)休館。
入館料 オンライン日時指定予約
一般1300円、学生1000円
*当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
ください。
*障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き、中学生以下は無料。
会 場 根津美術館 展示室1・2・5
展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館
*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。
*展示作品は、すべて根津美術館所蔵です。
展示室1に入って最初にご紹介するのは、今回の企画展のメインビジュアルになっている【重要文化財】「大日如来像」。
左 【重要文化財】「大日如来像」、右 【重要文化財】「普賢十羅刹女像」 どちらも日本・平安時代 12世紀 |
平安時代後期の12世紀に制作された現存最古の大日如来像にもかかわらず、信じられないくらい保存状態が良いのに驚かされます。
それには理由があって、もとは奥州平泉・中尊寺の丈六仏の胎内に長い間納められていたからなのでした。
印象的なのは、きらびやかな彩色と截金の繊細な装飾。
頭光や蓮弁に施された、グラデーションのように同色で段階的に濃淡をつける繧繝彩色(うんげんさいしき)が落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
中尊寺の大伽藍を造営した奥州藤原氏初代・清衡(1056-1128)が京から求めたものと考えられ、白河天皇(のちに上皇 1053-1129)らが院政を行った院政期の仏画の中でも彩色が最もよく残る優品なので、ぜひじっくりご覧いただきたいです。
続いては大画面の曼荼羅。
下の写真中央の【重要文化財】「金剛界八十一尊曼荼羅」は、9世紀半ばに天台僧・円仁が唐から請来した大曼荼羅を写したものと伝わるもので、その特徴はほとけさまたちのエキゾチックなお顔と筋骨隆々とした上半身。
特に画面中央の大日如来に注目です。
中央 【重要文化財】「金剛界八十一尊曼荼羅」日本・鎌倉時代 13世紀、 右 「尊勝曼荼羅」日本・鎌倉時代 13-14世紀 左 【重要文化財】「愛染曼荼羅」 日本・鎌倉時代 13世紀 |
最澄の高弟・円仁は、838年に入唐しましたが、道教を信仰した皇帝・武宗の「会昌の廃仏」による寺院の廃止・財産の没収を目の当りにしてやむなく帰国しました。
「会昌の廃仏」によって当時の唐の仏教美術の多くは失われ、さらに円仁が請来した原本も失われているので、この作品は当時の唐の仏画の雰囲気を伝える意味でも貴重な作品なのです。
貴重な作品が続きます。
【重要文化財】「愛染明王像」は、光背は日輪でなく宝珠型の火焔光、台座は宝を出す宝瓶でなく蓮華座という形式的に特殊というだけでなく、白河天皇の御願寺のひとつ法勝寺円堂に安置されていた彫像を写したもので、彩色の作品としては唯一のものなのです。
法勝寺は応仁の乱で壊滅的な打撃を受けて廃絶され、モデルとなった彫像も現存していません。
平安時代後期に起こった浄土信仰は、法然の浄土宗の開宗によって一般民衆にも広まり、阿弥陀仏とその脇侍(きょうじ)、観世音菩薩、勢至菩薩が浄土からお迎えに来る来迎図は多く描かれました。
画面左上から右下に向かって描かれることが多い阿弥陀三尊来迎図ですが、今回展示されている「阿弥陀三尊来迎図」は正面を向いています。阿弥陀仏の謹厳な表情や両脇侍が抱く宝冠の形状などが、中国の宋元画が源流であることを示す作品です。
「阿弥陀三尊来迎図」日本・鎌倉時代 14世紀 |
浄土信仰に対して、民衆を救済するのは釈迦入滅から56億7千万年後に下生(げしょう)する弥勒菩薩であると説いたのが奈良を中心とした南都仏教。そして、弥勒菩薩が住む兜率天浄土を描いたのが「兜率天曼荼羅」です。
「兜率天曼荼羅」日本・南北朝時代 14世紀 |
地面は緑でおおわれ、天女が空を舞い、楽器を奏でる音が聴こえてくるようで、浄土らしくとても居心地がよさそうです。
画面中央少し上の楼閣には弥勒菩薩が鎮座し、弥勒菩薩からは光が放たれています。
そして注目したいのは、楼閣の上層の宝珠から放たれている光条がカーブを描いていること。
どちらの光も截金で表現されているのですが、細く切った金箔を直線でなくカーブを描いくように貼り付けていくのはかなりの高度な技術を要するのではないでしょうか。
細部まで丁寧に描かれているので、じっくり見ていたい作品です。
今回の企画展は貴重な作品ばかりですが、斜め構造の兜率天曼荼羅は珍しく、真正面構造のものを含めてもわずかしか現存していないので、この「兜率天曼荼羅」はとても貴重で、なおかつ華麗な彩色が残った名品なのです。
多くの春日宮曼荼羅を所蔵する根津美術館のコレクションの中からも、現存する春日宮曼荼羅の中で最も古い社殿の様子が描かれ、なおかつ本殿を正面から描くのはこの作品だけという【重要文化財】「春日宮曼荼羅」、春日社と補陀落浄土を組み合わせたのは唯一という【重要文化財】「春日補陀落山曼荼羅」が展示されています。
展示風景 |
そしていよいよ【国宝】「那智瀧図」。
【国宝】「那智瀧図」日本・鎌倉時代 13世紀 |
何回見てもうっとりと見とれるばかりの作品ですが、やまと絵の技法で描かれた画面上部の月輪となだらかな山の景色、北宋後期以降の山水画の皴法(しゅんぽう)で描かれた切り立った崖という、やまと絵と宋代絵画が融合した山水図としても重要な作品であることは初めて知りました。
【国宝】「那智瀧図」と比較される北宋の作品は、北宋山水画の大家・氾寛(はんかん)の大作「谿山行旅図」(台北・國立故宮博物院)でした。
9年前の2015年に公開された時、台北まで見に行ってそのスケールの大きさに圧倒されたことを思い出しました。
展示室2には、京都・東福寺の画僧・吉山明兆筆「五百羅漢図」50幅対のうち根津美術館が所蔵する2幅(第48号、第49号)が展示されています。
昨年(2013年)に東京と京都の国立博物館で開催された特別展「東福寺」は、どちらも見に行ったのですが、展示期間の関係で第49号は見られなかったので、今回の企画展で2幅とも見ることができてうれしかったです。
いずれも吉山明兆筆 右から「白衣観音図」日本・室町時代 15世紀、 【重要文化財】「五百羅漢図」(第48号、第49号) 日本・南北朝時代 14世紀 |
展示室2には、【国宝】「布袋蒋魔訶図」(因陀羅筆、楚石梵琦賛 中国・元時代 14世紀 下の写真右)をはじめ、元や高麗から請来した仏画も展示されています。
今回は2階の第5展示室にも白描の仏画や、【重要文化財】「絵過去現在因果経 第四巻」ほかの絵巻など、企画展の作品が展示されています。
毘沙門天の頭上に注目です。
【国宝】「鳥獣戯画」(京都・高山寺蔵)で見覚えのある「高山寺」の印が押されているので、高山寺に伝来した図像であることがわかります。
【重要美術品】「毘沙門天図像」日本・平安時代 12世紀 |
登場人物が軽妙なタッチで描かれている【重要文化財】「絵過去現在因果経 第四巻」は好きな絵巻のひとつです。
【同時開催】
展示室4 古代中国の青銅器 青銅鏡展示「和鏡と鏡箱」
古代中国の青銅器が展示されている展示室4の青銅鏡展示のコーナーでは、企画展に合わせて可愛らしい文様の和鏡や、山水の蒔絵が見事な鏡箱が展示されています。
展示室6では、お盆の時期に合わせて故人を供養するための茶道具が展示されています。
本来は経典を収めて経塚に埋めるための経筒は、大正11年(1922)に初代根津嘉一郎氏が催した追善の茶会では、大山蓮華が一輪入れられ、花入れとして用いられました。
作品保存のため会期はおよそ4週間、さらに次に展示されるのはかなり先では、という作品もあります。
この貴重な機会をお見逃しなく!