東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ―絵画をめぐって」が開催されています。
大倉集古館外観 |
今回の特別展は、スイスに生まれ、フランスを拠点に活動した建築家として知られるル・コルビュジエ(1887-1965)の主に絵画作品が約130点も展示される展覧会です。
世界有数の所蔵作品をもつ大成建設コレクションの中から、油彩、素描、パピエ・コレ(*)、版画、タピスリー、彫刻などの作品がまとまって見られるのはおよそ30年ぶりとのことなので、開会前から楽しみにしていました。
(*)パピエ・コレ:フランス語で「糊付けされた紙」という意味で、画面に新聞、壁紙、楽譜などの断面を貼り付けること。キュビスムの画家によって始められ、のちにコラージュに発展。
展覧会開催概要
会 期 2024年6月25日(火)~8月12日(月・休)
開館時間 10:00~17:00 金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料 一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
※展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/
*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
展示構成
1 ピュリスムから
2 女性たち
3 象徴的モチーフ
4 グラフィックな表現
展示室に入って驚いたのは、ル・コルビュジエの油彩や版画、素描などの作品が展示ケース壁面の全面にびっしり展示されていることでした。
どこを見てもル・コルビュジエ、ル・コルビュジエ。
その上、ル・コルビュジエの作品が初期から晩年までバランスよく展示されていて、画業の変遷もよく分かる展示になっているのも今回の特別展の大きな見どころのひとつです。
そして意表を突くのが展示の順序。
たいていは1階から始まって2階に続いていくのですが、今回は、1階に上記展示構成の3と4、2階に上記展示構成の1と2が展示されているので、1階の円熟期の作品を見て、2階でそれに至るまでの過程の作品を見るもよし、2階から時系列順に見るもよし、といった具合に見る人の選択にまかされているのです。
1階展示室ですぐに目についたのが高さが2m以上、幅が約3.6mもある巨大なタピスリー作品「奇妙な鳥と牡牛」でした。
「なぜタピスリーが?」と思いましたが、ル・コルビュジエは、第二次世界大戦後、油彩に加えて版画やパピエ・コレ、タピスリーの制作にも取り組んでいたのでした。
この「奇妙な鳥と牡牛」は1957年に制作されましたが、モチーフの抽象化が進み、ここには描かれているのはなんだろうと考えさせられる作品です。
作品のタイトルから、画面左半分には大きな角と広げた鼻の穴でそれとわかる牡牛、頭の上には奇妙な白い鳥が乗っているのがわかりますが、右上の暗黒光線?のような黒い帯状のものは何を表しているのでしょうか。右下には何が描かれているのかすらわかりませんが、このようにミステリアスなところがル・コルビュジエの作品の魅力なのかもしれません。
「奇妙な鳥と牡牛」と並んで展示されているのは大判の版画作品「行列」。
「行列」は、ル・コルビュジエが制作した7つの版画集のうちのひとつで、15枚のシートのうち、下のカラーバージョンの作品と同じ構図のモノクロバージョン、そしてもう一組のカラーとモノクロバージョンの作品の4枚が展示されています。
食卓の上には食前酒と3つのグラスが置かれ、手前には飼い犬が座っていて、奥からは妻イヴォンヌがちょうど中に入ってきたところのようで、さきほどのタピスリー作品と比べると、何が描かれているのかは比較的よくわかりますが、ここで注目したいのは色の付け方です。
カラーバージョンといっても、全体に色を着色したり、輪郭線に沿って彩色しているのでなく、赤、黄、青色のセロハン紙を切って貼り付けているように一部分にしか色が塗られていません。
なぜなのかはわかりませんが、最低限の色によって効果的に全体にいろどりを加えているようにも思えてきました。
こちらは1947年から1955年まで7年の年月をかけて制作された版画集『直角の詩』の表紙。
『直角の詩』はAからGまで7つの層に、A環境、B精神、C肉体、D融合、E性格、F贈り物(開いた手)、G道具というタイトルが付けられ、各層は1から5の章に分かれ、合計19の章で構成されていますが、今回はそのうち9章の作品が展示されています。
ル・コルビュジエ「直角の詩 表紙」(リトグラフ、1955)大成建設所蔵 |
牡牛、翼のある一角獣、開いた手、イコンなど、ル・コルビュジエの作品には象徴的なモチーフが繰り返し登場してきます。
一連の牡牛シリーズの絵画はタイトルに番号がついているものだけで20点あり、それ以外にも似通った作品が多く描かれているとのことですが、この「牡牛ⅩⅧ」には、どこに牡牛が描かれているのか考えてしまいました。
画面左に描かれているのは牡牛の大きな角のようですが、右下半分は牡牛の顔なのでしょうか。
それとは別に、右下のサインの上に描かれた牡牛のくつろいだ姿がとてもチャーミングです。
この「コンポジション」に描かれているのは、実は牡牛でした。
中央が大きな鼻の孔、そして上に生えているのは角と考えると、牡牛のように見えてきて、作品の目の前に立つと、牛の鼻息が感じられてきそうです。
ル・コルビュジエ「コンポジション」(素描、1951)大成建設所蔵 |
「チャンディガール」に描かれているのは大きな手。
「チャンディガール」はインド北西部パンジャブ州の州都で、ル・コルビュジェはその都市計画に関わり、インドを訪れています。
(ル・コルビュジエが牡牛を繰り返し描くようになったのはインド滞在を経験してからとのことなので、インドとの出逢いはその後の制作活動に大きなインパクトを与えたことがうかがえます。)
ル・コルビュジエ「チャンディガール」(素描、1951)大成建設所蔵 |
機械を肯定し、工業製品を美しいと語ったル・コルビュジェにとって、機械をつくる手はものづくりの基本だったのです。
雄大なヒマラヤ山脈を背景に、大きな開いた手がそびえていますが、現在では鉄板でつくられた開いた手のモニュメントがチャンディガールの街中の広場に建てられ、ル・コルビュジエの功績がたたえられています。
「女のいるコンポジション」は、新聞記事を貼り付けたパピエ・コレの作品。
体の上には横を向いて三日月型をした女性の顔、そして胸の下には長くて繊細な指が描かれているのがわかります。
ル・コルビュジエ「女のいるコンポジション」 (パピエ・コレ、1952)大成建設所蔵 |
1階には、ル・コルビュジエが制作に関わった椅子などの家具、ル・コルビュジエの絵画をもとに立体化した彫刻も展示されていて盛りだくさん。
2階にはキュビスムから装飾性、感情性を排除して、幾何学的な形態に単純化していく「ピュリスム」を追求した1920年代からの作品や、その後のシュルレアリスムの影響を受けた作品が展示されています。
さらに1920年代以降、ル・コルビュジエが描いた女性像の油彩や素描が展示されているので、女性像の変遷がよくわかります。
建築ファンの方、ご心配なく。
地下1階には、国立西洋美術館はじめ「ル・コルビュジエの建築作品」として世界遺産に登録された建物の建築模型や建築関係の著書が展示されている建築関係のコーナーもあります。
建築家であり、画家としても才能を発揮したル・コルビュジエ。
特別展のタイトルにあるように「もうひとりのル・コルビュジエ」がたっぷりと楽しめる内容です。この夏おすすめの展覧会です。