東京・日本橋の三井記念美術館では「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」が開催されています。
今回の館蔵品展は、冬の風物詩・円山応挙の国宝《雪松図屛風》とともに、「唐物」と呼ばれ、鎌倉・室町時代に将軍家や武家を中心に好まれた宋や元時代の中国の文物から、明や清に至るまで、江戸時代の人たちが愛でた「唐ごのみ」の逸品が展示される、とても充実した内容の展覧会ですので、開幕を楽しみにしていました。
それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2024年11月23日(土・祝)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(但し1月13日は開館)、年末年始12月27日(金)~1月3日(金)、
1月14日(火)
入館料 一般 1,200円、大学生・高校生 700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種割引等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/
展示構成
第1章 拓本コレクターとその蒐集品
第2章 北三井家旧蔵の書画
第3章 墨蹟と書
第4章 名物絵画の世界
※本展覧会では12月6日(金)より、国宝《雪松図屛風》をはじめとする展示室4の作品の一部に限り撮影可能です。それ以外の作品の写真はプレス内覧会で美術館の許可を得て撮影したものです。
※展示作品はすべて、三井記念美術館所蔵です。
国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀 |
今回の展覧会の見どころの一つは、拓本や中国絵画をはじめ多くの作品が初公開されていることです(初公開作品には出品目録に★印がついてます)。
そして、もう一つの見どころは、それぞれの作品の旧蔵者や三井家への伝来の経緯などがよくわかる、とても興味深い展示になっていることです。
第1章 拓本コレクターとその蒐集品
展示室1には、真筆が残っていないとされる書聖・王羲之(303-361)や、唐代に独自の筆法を創出した顔真卿(709-785)の書をはじめとした、世界屈指の拓本コレクションで知られる三井記念美術館が所蔵する拓本の名品の数々が個別ケースに展示されています。
現在、同館が所蔵する拓本はほぼ、新町三井家9代・三井高堅(みつい たかかた 1867-1945)氏の旧蔵品からなるもので、同氏は、特に宋拓や唐拓といった古拓本の収集に力を注ぎました。
下の写真右は、書家で初唐三大家の一人、褚遂良(596-658)による《雁塔聖教序》で、『西遊記』の三蔵法師でおなじみの玄奘三蔵が天竺から持ち帰った経典を漢訳した功績を称えるために建立された石碑の拓本です。
左は、三井髙敏氏が息子の高堅氏(当時の名は堅三郎)に宛てた《雁塔聖教序》送付の礼状で、三重・松坂在住の高敏氏が、美術作品が集まる京都に住む息子に拓本収集を依頼していたことがうかがえる資料です。礼状には「想像よりも良い品で嬉しい。」と書かれていて、入手した時の高敏氏の喜びようが伝わってくるようです。
いつもとっておきの名品が一品だけ点だけ展示される展示室2には、《石鼓文 中権本(宋拓)》が展示されています。
「石鼓文(せっこぶん)」とは、中国に現存する最古の石刻文のことで、10個の太鼓状の石に刻まれていることからこの名があり、戦国時代に作られたものとされています。
およそ2500年前の文字が残っているということだけでも貴重なのですが、その伝来にもドラマがありました。
《石鼓文 中権本(宋拓)》 戦国時代・前5~前4世紀 |
拓本は、元の碑文の摩耗や戦乱での破壊などで、刻まれた文字が失われてしまうことが多いので、文字数が多く、摩耗の少ないものが貴重なものとされていて、この石鼓文の拓本は497字を収め、最も字数が多いものです。これは明代を代表する書画コレクターの安国が20年間探し求めてようやく手に入れたもので、安国が子孫にあてた跋文には、この拓本を末永く守り伝えるように記しています。
また、元末四大家の一人、文人画家の倪瓚(げいさん)が観賞したことを自ら記しているのですが、筆を抑え気味に描き空気感のある山水画を描く倪瓚のファンとしては、倪瓚と同じものを見ていると思うと、より味わい深いものに感じられました。
三井記念美術館の拓本コレクションの充実ぶりは、2019年に東京国立博物館で開催された特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」で多くの拓本が展示されているのを見て初めて知ったのですが、いつも年初めに楽しみにしている東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画に来年は三井記念美術館も加わり、同館所蔵の拓本の名品が台東区書道博物館に展示されるとのことですので、こちらも楽しみです。
(2025年1月4日~3月16日 台東区立書道博物館「拓本のたのしみ」)
第2章 北三井家旧蔵の書画
展示室4には、国宝《雪松図屏風》と中国書画が展示されています。
中には、牛を連れて放浪する高士が二幅に描かれた(伝)張芳汝《牧牛山水図》のように、現在ではおそらく中国絵画を模して日本で描かれたとみられる作品もありますが、中国絵画といわれても信じてしまうほどの出来映えの「和製中国絵画」もとてもいい雰囲気を醸し出しているので、江戸時代の人たちが中国絵画として愛でていたことは不思議ではないと感じました。
作品の左の資料からは、室町時代に画家や美術鑑定家として活躍した能阿弥筆と伝わる外題(現代における作品ラベル兼鑑定書に相当)や、江戸時代初期の狩野派の総帥・狩野探幽ら、江戸時代の画家の鑑定を得たことがわかります。
国宝の茶室「如庵」を再現した展示室3には、南宋~元代の茶器と、中国の名勝として知られる瀟湘八景の一つを題材にした珠光筆《漁村夕照図》が展示されていて、唐ごのみで統一された落ち着いた空間が広がっています。
第3章 墨蹟と書
続いては、禅僧たちの書が並ぶ展示室5と展示室6へ。
《陳大観園中竹一首》は、北宋時代の書家・詩人で『赤壁賦』で知られる蘇軾と、蘇軾の門弟で同じく北宋を代表する書家・詩人の黄庭堅の筆と伝わるというだけでもすごいのですが、加藤清正が朝鮮出兵時に現地で得て豊臣秀吉に献上したと伝わっているものなのです。
伝来の真偽はわかりませんが、表具の天地は秀吉が馬印にも用いた瓢箪の文様なので、秀吉ゆかりの品として茶室で愛でられたのかもしれません。
第4章 名物絵画の世界
最後の展示室7には、松江藩10代藩主で、大名茶人として名高い松平不昧(1751-1818)が旧蔵した「雲州名物」や徳川幕府の旧蔵品「柳営御物」、中国絵画の名品が展示されています。