2019年8月14日水曜日

お気に入りの作品に投票しよう!~Seed山種美術館 日本画アワード2019

東京・広尾の山種美術館では、公募展「Seed山種美術館 日本画アワード2019 -未来をになう日本画新世代-」が開催されています。


この展覧会は、3年前に開催された第1回「Seed山種美術館 日本画アワード2016」に続く第2回目、1971年に創設された「山種美術館賞」から通算すると16回目の公募展。

189点の応募作品の中から選ばれた若手日本画家たちの受賞・入選作品44点が展示されていて、どれも力作ばかりで見ごたえのある内容です。

【展覧会概要】
会 期  8月10日(土)~8月23日(金)
開館時間 午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  8月13日(火)、19日(月)
入館料  一般 700円ほか
8/17(土)、8/18(日)には受賞・入選画家によるアーティストトークがあります。
展覧会詳細は山種美術館公式サイトをご覧ください→http://www.yamatane-museum.jp/

※今回撮影可の作品は次の3点です。
  大賞  安原成美《雨後のほほ》
  優秀賞 青木秀明《鴯鶓(エミュー)ノ図-飛べない鳥-》
  特別賞(セイコー賞) 近藤守《nostalgie》

中央が大賞・安原成美《雨後のほほ》、
左が優秀賞・青木秀明《鴯鶓(エミュー)ノ図-飛べない鳥-》、
右が特別賞(セイコー賞)・近藤守《nostalgie》

※掲載した写真は、美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

館内風景



内覧会では、若手画家のみなさんにご自身の作品について語っていただき、こちらの質問にも丁寧に対応していただきました。本来であれば、若手画家のみなさんからお話をおうかがいしたかったのですが、とても時間が足りなかったので、私が特に気になった作品の画家の方にお話をおうかがいしました。

はじめは、入選作品《揺らぐ森》を描いた水津達大さん。


入選・水津達大《揺らぐ森》


以前別の会場で水津さんの作品を見たときは青色の海の絵だったような記憶があるのですが、今回は緑を中心とした森と池の作品。
(2016年の図録を見ると入選作品《水辺》は群青色の海が印象的な作品でした。)

今回はなぜ緑なのでしょうか。
水津さん「私にとって森は緑に見えるからです。」
単純明快です。
でもそれだけではありません。木々の緑が写っていない水面は白一色、そして緑一面の画面右には一筋の赤色が。これは何を意味するのでしょうか。
ありふれた森の景色のようで実はミステリアス。
それに静かな森のようで、タイトルは《揺らぐ森》。
謎は解明するより、謎のままでそっとしておいた方がいいのかもしれません。


続いてインドに取材することが多いという佐々木真士さんの《ガンジス河畔》。

入選・佐々木真士《ガンジス河畔》


この水面の輝きは何で表現しているのでしょうか。
佐々木さん「これはアルミ泥です。」
金泥や銀泥は知っていましたが、今ではアルミ泥まであるとのこと。
銀泥は酸化して黒変しますが、アルミ泥だと輝きは長持ちしますね。

さらにアルミ泥には胡粉を混ぜています。
「金属泥に胡粉を混ぜると波紋の輝きが際立てくるのです。」と佐々木さん。
この技法は、今では奇想の系譜に位置づけられる京狩野二代目・狩野山雪《雪汀水禽図》の水面の表現から着想したとのこと。
そして竹で組まれた手前の小屋の下の影は酸化した銀を使ったいぶし銀。
若手画家の作品も古来からの日本絵画の伝統に裏打ちされているのです。

しかし、それだけで感心してはいけません。
この小屋の板に注目してください。本来であれば日よけとなる上の白い布と平行でなくてはならないのですが、板はこちらを向いています。これはまさにキュビズム?

表現が平板にならないようにアクセントをつけたという佐々木さん。
細部まで工夫を凝らして作品を描いているのがわかります。

こちらは、見た瞬間「なぜかわからないけど惹かれる作品」と感じた長澤耕平さんの《日本橋の風景》。画面上の直線は首都高、右には日本橋、そして川の向こうにはオフィスビル群。四角で構成された画面が安定感を感じさせます。

入選・長澤耕平《日本橋の風景》

「橋を描くのが好き。」という長澤さん。
図録でも書かれているように、向こう岸への憧れを感じさせてくれるところがこの作品に惹かれた理由なのかもしれません。

こちらは今回の展覧会の協賛・セイコーホールディングス株式会社の特別賞(セイコー賞)に輝いた近藤守さんの《nostalgie》。

特別賞(セイコー賞)・近藤守《nostalgie》
西武池袋駅と杉並木を重ね合わせたという幻想的な作品。
一見すると合成写真のようですが、近くで見ると墨と岩絵具で丁寧に描かれているのがわかります。

そして、最後に紹介するのが大賞に輝いた安原成美さんの《雨後のほほ》。

大賞・安原成美《雨後のほほ》

緑であるはずのほほ(朴の木)の葉が群青色に描かれ、背景は胡粉の白だけでなく、葉の付近はかすかに黄色を帯びていて、雨上がりの様子が見事に表現されています。

このように一つひとつの作品を細かく見ていくのは大変ですが、細かく見れば見るほど、そして想像力をふくらませばふくらますほど味わいが増すこと間違いなしの作品ばかりです。

受賞・入選作品が全部で44点。ぜひじっくり見ていただきたいです。
(第2展示室には、酒井抱一《秋草鶉図》(重要美術品)ほか山種美術館所蔵作品が展示されています。)
もし時間があればればアーティストトークのある日に行くのがおススメです。

そしてお気に入りの作品があればぜひ投票しましょう。
お好きな作品すべてに投票できます(ただし同じ作品には1名1票)。
作品人気投票の詳細はこちらです→http://www.yamatane-museum.jp/2019/08/seed-2019-4.html

ミュージアムショップでは、今回と前回の「Seed山種美術館 日本画アワード」の図録が販売されています。お値段は1,000円+税。ハンディサイズなので手に持ちながら作品を見るのにも便利です。


会期は8月23日(金)まで。
期間は短かいですが、若手日本画家のみなさんの息吹をぜひ感じとっていただきたいです。

 

2019年8月12日月曜日

京都画壇の作品が上野に大集合!~東京藝術大学大学美術館「円山応挙から近代京都画壇へ」

京都画壇の作品が上野に大集合!

東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館では「円山応挙から近代京都画壇へ」展が開催されています。


今回の展覧会は、タイトルのとおり江戸時代中期に京都で活躍した円山応挙(1733-1795)に始まり、明治、大正、昭和初期の近代日本画まで、京都画壇の作品が大挙して東京にやって来るという、これまでにない規模の展覧会。
そして、応挙晩年の襖絵で知られた、兵庫県香住の大乗寺の襖絵も東京で約10年ぶりに公開されるという豪華版。

暑い日が続く今年の夏も各地で美術展が開催されていますが、この「円山応挙から近代京都画壇へ」展は、けっして見逃すことができない展覧会のひとつです。

【展覧会の概要】
会 期  8月3日(土)~9月29日(日)
 前期は9月1日(日)まで、後期は9月3日(火)から
 前期後期で大幅な展示替えがあります。ただし、大乗寺襖絵は通期展示。
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
休館日 毎週月曜日(祝日又は振替休日の場合は開館、翌日休館)
観覧料 一般 1,500円ほか
展覧会公式サイトはこちら→https://okyokindai2019.exhibit.jp/

京都国立近代美術館に巡回します。
会 期 11月2日(土)~12月15日(日)

※撮影した写真は、内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。
※内覧会では、東京藝術大学大学美術館 古田亮准教授、京都国立近代美術館学芸課研究員 平井啓修さんのギャラリートークをおうかがいしました。

さて、豪華な内容の展覧会で見どころいっぱいなのですが、ここからは特におススメしたいポイントを紹介していきます。

ポイント1 贅沢な空間をお楽しみいただけます

美術館入口を入ってまずは3階に向かいます。
全部で4章構成になっている展覧会のうち、最初の章は「すべては応挙にはじまる。」
入ってすぐに私たちの目の前に現れてくるのは、広々とした空間に展示された応挙による大乗寺襖絵《松に孔雀図》。

円山応挙《松に孔雀図》(兵庫・大乗寺)重要文化財
通期展示
照明も凝っていて、朝の光を意識したほの明るいものになっています。角度をかえて見てみると、墨一色で描かれているのに、松の葉は緑、孔雀の羽根は茶色に見えてくるから不思議です。
まずはこの贅沢な空間で応挙最晩年の傑作をゆったりとお楽しみください。

通期展示される大乗寺の襖絵は、上から見るとX型になっている展示ケースに展示されています。ということは襖絵の両面が見られるということ。
順路にしたがって左から回ると、呉春《群山露頂図》、山本守礼《少年行図》、呉春《四季耕作図》と続きます。
上の写真右側、立派な姿の松の後ろに描かれているのは呉春《四季耕作図》。

呉春《四季耕作図》(兵庫・大乗寺)重要文化財
通期展示

円山応挙とその弟子たちが描き、165面が重要文化財に指定されている大乗寺客殿の襖絵は現在では収蔵庫に収めれられ、レプリカに置き換えられているので、今が本物を見ることができる絶好のチャンスです。

さて、大乗寺の客殿は、中央の仏間の持仏、十一面観音を中心として四方を四天王が守護するという仏教的な意味をもった立体曼荼羅になっています。
なぜ正面に孔雀が描かれているのか、正面から見て右側になぜ農耕の絵が描かれているのか、それぞれ意味があるのですが、それは大乗寺の山岨眞應(やまそばしんのう)副住職の音声ガイドのスペシャル解説でお聞きください。
音声ガイドは1台550円、ナビゲーターは声優の羽多野渉さん、解説ナレーションは藤村紀子さんです。

地下2階の会場に移って3つめの章「山、川、滝。自然を写す。」。風景画のコーナーです。(説明の都合で順番は前後しますが、実際の順路は3階→地下2階です。)
ここでのおススメは明治から昭和初期に京都で活躍した木島櫻谷の《山水図》。

木島櫻谷《山水図》(株式会社 千總)
前期展示
写真でおわかりになりますでしょうか。
この展示ケースは両側が手前に向かって少しカーブしています。
雄大な景色の《山水図》が、まるで見る人を優しく包み込むように迎えてくれるのです。今回の展覧会のために特注されたというこの展示ケース。演出効果は大きいです。
後期には川の流れが迫力たっぷりの円山応挙《保津川図》(重要文化財)が展示されるので、こちらも楽しみです。

ポイント2 見たままをお楽しみいただけます

円山応挙は当時としては珍しく「写生」を重んじました。
今では当然のことなのかもしれませんが、形式を重んじる狩野派、土佐派、住吉派が主流だった時代に「写生」は革新的なことだったのです。
そして、「写生」であれば、自然を見たままに描くので、見る人たちは時代的な背景や中国の故事を知らなくても楽しむことができたのます。

3階の展示室に戻ります。

2つめの章は「孔雀、虎、犬。命を描く。」。動物たちのコーナーです。

虎といえば岸駒に始まる岸派。幕末から明治期にかけて活躍した岸竹堂の迫力ある《猛虎図》がお出迎え。
岸竹堂《猛虎図》(株式会社 千總)
前期展示
下の写真右は応挙の弟子・長沢芦雪の《牡丹孔雀図》。
奔放な性格の芦雪でしたが、師・応挙に負けないくらいの立派な孔雀を描いています。奔放といっても技量は確かでした。
でも芦雪らしい遊び心も見逃せないです。
画面中央右の白い花の下には蜘蛛の巣がかかっていますが、蜘蛛は描かれていません。画面右下の雀が蜘蛛をくちばしでくわえているのです。
右から長沢芦雪《牡丹孔雀図》(公益財団法人阪急文化財団 逸翁美術館)、
奥文鳴《寒塘水禽図》(敦賀市立博物館)、都路華香《雪中鷲図》
いずれも前期展示
岸派の祖、岸駒の虎もいます。下の写真中央は眼光鋭い虎が今にも飛びかかってきそうな岸駒の《松虎図》。
そして左は今回の新発見は《魚介尽くし》。明治5~6年頃に森寛斎ほか、当時の京都画壇の日本画家たち20数名で描いた作品。
一見すると一人の画家が描いたのではと思えるくらい調和のとれた構図。
「宴会の余興に描いたものではないでしょう。京都画壇の組織力を感じます。」と古田さん。

右から、幸野楳嶺《敗荷鴛鴦図》(敦賀市立博物館)、
岸駒《松虎図》(公益財団法人 角屋保存会)、以上前期展示
森寛斎ほか《魚介尽くし》通期展示
ふたたび地下2階の展示室に移ります。4つめの章は「美人、仙人。物語を紡ぐ。」。人物画のコーナーです。

はじめに応挙の作品から。
下の写真左《江口君図》の女性の頭頂部の束ねた髪からほつれる髪の毛を一本一本丁寧に描いています。
「応挙の観察眼と力量のすごさがわかる作品です。」と平井さん。
左が円山応挙《江口君図》(静嘉堂文庫美術館)重要美術品、
右が幸野楳嶺《洞房粧雨図》、いずれも前期展示
こちらには同じ題材の作品が三点並んでいます。三国志に出てくる「三顧の礼
」で知られる、劉備、関羽、張飛の三人が雪の中、軍師として招こうとした諸葛孔明の元に向かっている場面を描いた《風雪三顧図》です。
いずれも《風雪三顧図》で、右から中島来章(京都府(京都文化博物館管理))、
呉春(奈良県立美術館)、円山応挙(京都・相国寺)
いずれも前期展示
円山派の祖・応挙、四条派の祖・呉春、そして円山派から四条派に移った中島来章。
一言で「円山・四条派」といっても、構図、人物、背景とも全く違って描かれています。

江戸中期以降、京都には多くの流派が生まれました。

円山応挙から始まった円山派、呉春に始まる四条派、さらに虎といえば先ほど紹介した岸派、猿といえば森狙仙と森徹山の森派、精緻な筆遣いの原在中を祖とする原派、豪快な絵を描く鈴木松年の鈴木派(鈴木派の祖は松年の父・鈴木百年)。まさに百花繚乱。

それぞれの流派の画風は何となく違うなというのはわかるのですが、古田さんの解説をおうかがいして納得しました。
「円山・四条派とは、江戸派に対する京都派の代名詞では。」

そして、「流派に係わりなく、互いに学びあいながら自らを高めていきました。横のつながりが強かったのです。」と説明されたのは平井さん。


今回の展覧会は、一人の画家の作品が飛び抜けて多くなく、幅広く多くの画家の作品が展示されています。
あまり難しく考えないで、自分なりに流派の違い、または個性の違いを感じ取りながら、京都画壇全体の雰囲気を楽しめればいいのかもしれません。

ちなみに、私にとっての呉春のイメージは、「今でもどこかにいそうで、人の良さそうなおじさんが描かれていたら呉春」です。

左が呉春《山中採薬図》(公益財団法人阪急文化財団 逸翁美術館)、
中央が円山応瑞、冷泉為泰賛《加茂競馬図》(泉屋博古館)、
右が岸駒《南極老人図》(敦賀市立博物館)
いずれも前期展示

美術館2階のミュージアムショップでは、兵庫・大乗寺客殿の写真も多く掲載された図録を販売しています。図録だけで2,646円。長沢芦雪《薔薇蝶狗子図》のかわいらしい犬をデザインした図録バッグとセットで3,510円。
作品の図版や解説はもちろん、円山・四条派の系譜や画家の解説もあります。まさに円山・四条派の決定版!

さて、駆け足で展覧会を紹介してきましたが、「円山応挙から近代京都画壇へ」展はいかがだったでしょうか。
近代京都画壇のキーパーソン・幸野楳嶺を作品紹介だけにしたりなど、かなりはしょってしまっい、とても全てをお伝えすることはできないほどの充実した内容です。ぜひともその場でご覧になっていただきたい展覧会です。
この機会に京都画壇の粋をお楽しみください。