2024年7月22日月曜日

大倉集古館 特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ―絵画をめぐって」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ―絵画をめぐって」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、スイスに生まれ、フランスを拠点に活動した建築家として知られるル・コルビュジエ(1887-1965)の主に絵画作品が約130点も展示される展覧会です。
世界有数の所蔵作品をもつ大成建設コレクションの中から、油彩、素描、パピエ・コレ(*)、版画、タピスリー、彫刻などの作品がまとまって見られるのはおよそ30年ぶりとのことなので、開会前から楽しみにしていました。
(*)パピエ・コレ:フランス語で「糊付けされた紙」という意味で、画面に新聞、壁紙、楽譜などの断面を貼り付けること。キュビスムの画家によって始められ、のちにコラージュに発展。


展覧会開催概要


会 期  2024年6月25日(火)~8月12日(月・休)
開館時間 10:00~17:00 金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
※展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/  

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。

展示構成
 1 ピュリスムから
 2 女性たち
 3 象徴的モチーフ
 4 グラフィックな表現


展示室に入って驚いたのは、ル・コルビュジエの油彩や版画、素描などの作品が展示ケース壁面の全面にびっしり展示されていることでした。
どこを見てもル・コルビュジエ、ル・コルビュジエ。

その上、ル・コルビュジエの作品が初期から晩年までバランスよく展示されていて、画業の変遷もよく分かる展示になっているのも今回の特別展の大きな見どころのひとつです。

展覧会チラシ


そして意表を突くのが展示の順序。
たいていは1階から始まって2階に続いていくのですが、今回は、1階に上記展示構成の3と4、2階に上記展示構成の1と2が展示されているので、1階の円熟期の作品を見て、2階でそれに至るまでの過程の作品を見るもよし、2階から時系列順に見るもよし、といった具合に見る人の選択にまかされているのです。


1階展示室ですぐに目についたのが高さが2m以上、幅が約3.6mもある巨大なタピスリー作品「奇妙な鳥と牡牛」でした。

ル・コルビュジエ「奇妙な鳥と牡牛」(タピスリー、1957)大成建設所蔵


「なぜタピスリーが?」と思いましたが、ル・コルビュジエは、第二次世界大戦後、油彩に加えて版画やパピエ・コレ、タピスリーの制作にも取り組んでいたのでした。
この「奇妙な鳥と牡牛」は1957年に制作されましたが、モチーフの抽象化が進み、ここには描かれているのはなんだろうと考えさせられる作品です。

作品のタイトルから、画面左半分には大きな角と広げた鼻の穴でそれとわかる牡牛、頭の上には奇妙な白い鳥が乗っているのがわかりますが、右上の暗黒光線?のような黒い帯状のものは何を表しているのでしょうか。右下には何が描かれているのかすらわかりませんが、このようにミステリアスなところがル・コルビュジエの作品の魅力なのかもしれません。


「奇妙な鳥と牡牛」と並んで展示されているのは大判の版画作品「行列」。
「行列」は、ル・コルビュジエが制作した7つの版画集のうちのひとつで、15枚のシートのうち、下のカラーバージョンの作品と同じ構図のモノクロバージョン、そしてもう一組のカラーとモノクロバージョンの作品の4枚が展示されています。

ル・コルビュジエ「行列」(リトグラフ、1962)大成建設所蔵

食卓の上には食前酒と3つのグラスが置かれ、手前には飼い犬が座っていて、奥からは妻イヴォンヌがちょうど中に入ってきたところのようで、さきほどのタピスリー作品と比べると、何が描かれているのかは比較的よくわかりますが、ここで注目したいのは色の付け方です。
カラーバージョンといっても、全体に色を着色したり、輪郭線に沿って彩色しているのでなく、赤、黄、青色のセロハン紙を切って貼り付けているように一部分にしか色が塗られていません。
なぜなのかはわかりませんが、最低限の色によって効果的に全体にいろどりを加えているようにも思えてきました。


こちらは1947年から1955年まで7年の年月をかけて制作された版画集『直角の詩』の表紙。
『直角の詩』はAからGまで7つの層に、A環境、B精神、C肉体、D融合、E性格、F贈り物(開いた手)、G道具というタイトルが付けられ、各層は1から5の章に分かれ、合計19の章で構成されていますが、今回はそのうち9章の作品が展示されています。

ル・コルビュジエ「直角の詩 表紙」(リトグラフ、1955)大成建設所蔵


牡牛、翼のある一角獣、開いた手、イコンなど、ル・コルビュジエの作品には象徴的なモチーフが繰り返し登場してきます。

一連の牡牛シリーズの絵画はタイトルに番号がついているものだけで20点あり、それ以外にも似通った作品が多く描かれているとのことですが、この「牡牛ⅩⅧ」には、どこに牡牛が描かれているのか考えてしまいました。

画面左に描かれているのは牡牛の大きな角のようですが、右下半分は牡牛の顔なのでしょうか。
それとは別に、右下のサインの上に描かれた牡牛のくつろいだ姿がとてもチャーミングです。

ル・コルビュジエ「牡牛XVIII」(油彩、1959)大成建設所蔵


この「コンポジション」に描かれているのは、実は牡牛でした。
中央が大きな鼻の孔、そして上に生えているのは角と考えると、牡牛のように見えてきて、作品の目の前に立つと、牛の鼻息が感じられてきそうです。


ル・コルビュジエ「コンポジション」(素描、1951)大成建設所蔵


「チャンディガール」に描かれているのは大きな手。
「チャンディガール」はインド北西部パンジャブ州の州都で、ル・コルビュジェはその都市計画に関わり、インドを訪れています。
(ル・コルビュジエが牡牛を繰り返し描くようになったのはインド滞在を経験してからとのことなので、インドとの出逢いはその後の制作活動に大きなインパクトを与えたことがうかがえます。)

ル・コルビュジエ「チャンディガール」(素描、1951)大成建設所蔵



機械を肯定し、工業製品を美しいと語ったル・コルビュジェにとって、機械をつくる手はものづくりの基本だったのです。
雄大なヒマラヤ山脈を背景に、大きな開いた手がそびえていますが、現在では鉄板でつくられた開いた手のモニュメントがチャンディガールの街中の広場に建てられ、ル・コルビュジエの功績がたたえられています。


「女のいるコンポジション」は、新聞記事を貼り付けたパピエ・コレの作品。
体の上には横を向いて三日月型をした女性の顔、そして胸の下には長くて繊細な指が描かれているのがわかります。



ル・コルビュジエ「女のいるコンポジション」
(パピエ・コレ、1952)大成建設所蔵

1階には、ル・コルビュジエが制作に関わった椅子などの家具、ル・コルビュジエの絵画をもとに立体化した彫刻も展示されていて盛りだくさん。

2階にはキュビスムから装飾性、感情性を排除して、幾何学的な形態に単純化していく「ピュリスム」を追求した1920年代からの作品や、その後のシュルレアリスムの影響を受けた作品が展示されています。
さらに1920年代以降、ル・コルビュジエが描いた女性像の油彩や素描が展示されているので、女性像の変遷がよくわかります。

建築ファンの方、ご心配なく。
地下1階には、国立西洋美術館はじめ「ル・コルビュジエの建築作品」として世界遺産に登録された建物の建築模型や建築関係の著書が展示されている建築関係のコーナーもあります。

建築家であり、画家としても才能を発揮したル・コルビュジエ。
特別展のタイトルにあるように「もうひとりのル・コルビュジエ」がたっぷりと楽しめる内容です。この夏おすすめの展覧会です。 

2024年7月19日金曜日

国立西洋美術館 企画展「内藤コレクション 写本ーいとも優雅なる中世の小宇宙」

東京・上野公園の国立西洋美術館では、企画展「内藤コレクション 写本ーいとも優雅なる中世の小宇宙」が開催されています。

展覧会チラシ

活版印刷術がなかった中世ヨーロッパで羊や子牛などの動物の皮を薄く加工して作った獣皮紙に聖書などのテキストを筆写した「写本」の優雅な世界は、国立西洋美術館の版画素描展示室で2019年から2020年にかけて三期に分けて開催された小企画展で楽しませてもらいました。
そこでは筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏が収集し、国立西洋美術館に寄贈した「内藤コレクション」のカラフルな装飾の華やかさに驚かされましたが、今回の企画展ではその「内藤コレクション」を中心とした約150点もの中世ヨーロッパの写本が一挙に見られる豪華な内容の展覧会なのでとても楽しみにしていました。

すでに大人気で多くの方が訪れている展覧会ですが、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月11日(火)~8月25日(日)
開館時間 9:30~17:30(金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日、7月16日(火)
     ただし7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、8月13日(火)は開館
観覧料  一般 1,700円、大学生 1,300円、高校生 1,000円
展覧会の詳細、関連プログラム等は同館公式サイトをご覧ください⇒国立西洋美術館

※会期中、一部作品の展示替えがあります。

展示構成
 1章 聖書
 2章 詩編集
 3章 聖務日課のための写本
 4章 ミサのための写本
 5章 聖職者たちが用いたその他の写本
 6章 時祷書
 7章 暦
 8章 教会法令集及び宣誓の書
 9章 世俗写本


会場内はどこを見渡しても写本、写本、写本。
写本から祈りの言葉が聞こえてくるように感じられて、中世ヨーロッパの修道院の中に迷い込んだような心地よい空間が広がっています。

展示風景


中世ヨーロッパの写本の見どころはなんといっても、色鮮やかな装飾。
『旧約聖書』の中の「創世記」の物語が描かれた《聖書零葉(※)》の金のまばゆいばかりの輝きに目を奪われてしまいます。
※「零葉(リーフ)」とは本や冊子から切り離された1枚の紙のことです。


《聖書零葉》イングランド 1225-35年頃 彩色、インク、金/獣皮紙
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

イニシャル(※)の装飾が見事な聖書零葉ですが、周囲の枠にも注目したいです。
枠を飾るのは右下のドラゴンの口や尾から伸びた蔦のような植物。
無邪気にえさをついばむ鳥とは対照的に、懸命に植物を支えるドラゴンのひたむきな表情が印象的です。
宗教に用いられた写本ですが、遊び心が感じられる装飾を探す楽しみがあるのも写本の魅力のひとつかもしれません。
(※)イニシャルとは、文頭の文字のことで目立つような装飾がされています。

聖王ルイ伝の画家(マイエ?)彩飾《『セント・オールバンズ聖書』零葉》フランス、パリ
 
1325-50年 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


今でいう「ゆるカワ」なキャラクターを見つけました!
『旧約聖書』の中の150編の詩からなる「詩編」のテキストに聖歌や祈祷文などが合わせて収録されている「詩編集」のうち、この作品に描かれた鳥たちはその表情もしぐさもどことなくユーモラス。なんとなく親しみを覚えます。

《詩編集零葉》南ネーデルラント、おそらくヘント 1250-60年頃 
彩色、インク、金/獣皮紙 
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


写本が大判になる理由は、その使用法にあることがわかりました。

展示風景

こちらは聖務日課のための写本《典礼用詩編集零葉》。
聖務日課とは、日々8回、定刻に行われる礼拝のことで、その祈りで唱えられる全テキストをまとめて収録した書物が聖務日課書で、中でも聖務日課聖歌集は、何人もの人が写本を囲んで同時に見ることができるように大型化したのでした。
大型化にともなってイニシャルも大きくなっているので、その華やかさが一層引き立って見えてきます。
ジョヴァンニ・ディ・アントニオ・ダ・ボローニャ彩飾《典礼用詩編集零葉》イタリア、ボローニャ
 
1425-50年 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

ミサで歌われる聖歌を楽譜とともに収録したのがミサ聖歌集。
楽譜を見ていると、修道院や教会の中でこだまする聖歌の歌声が聴こえてくるようです。

パヴィアのサン・サルヴァトーレ聖堂のミサ聖歌集の画家彩飾《ミサ聖歌集零葉》イタリア、パヴィア
 
1480-85年頃 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

零葉の両面が見られるように工夫された展示もあります。

展示風景


太い枠に絵本のような楽しいイラストが描かれているのは《祈祷書零葉》。

描かれた絵にもユーモアが感じられます。
右下の人はフライパンの中の料理に向けてスプーンのようなものを弓で射って、飛んできたスプーンに入っている料理を口に入れているように見えますが、当時は実際にこんなことする人がいたのでしょうか。



《祈祷書零葉》ドイツ南部、アウクスブルクもしくはニュルンベルク(?) 1524年頃 
彩色、インク、金、銀/獣皮紙
 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


中世ヨーロッパでは聖職者や修道士の聖務日課に倣い、一般の信徒たちも日々8回、毎日定められた時間に礼拝を行っていましたが、その時に用いられた書物が「時祷書」でした。
内容も一般信徒向けに簡略化されていたとのことですが、一方、王侯貴族や高位聖職者の注文で制作された時祷書の写本の中には、当時の有名作家が挿絵やページ余白の装飾を手掛けた豪華なものもありました。

リュソンの画家彩飾《時祷書零葉》フランス、パリ 1405-10年頃 
彩色、インク、金/獣皮紙 
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

中世の人たちの祈りが文字や装飾となって1ページに込められた彩飾芸術の世界はまさに「中世の小宇宙」。
中世ヨーロッパの写本の美しさが実感できる展覧会です。

展示風景

美術館券売窓口にて中学生以下の方にジュニア・パスポート(鑑賞ガイド)を配布しています。
ちょうど夏休みの時期ですので、親子で気軽に中世ヨーロッパの写本の世界を楽しんでみませんか。

ジュニア・パスポート

2024年6月27日木曜日

【7月2日開幕!】三井記念美術館 美術の遊びとこころⅧ 五感であじわう日本の美術

東京・日本橋の三井記念美術館では、7月2日(火)から「五感であじわう日本の美術」が開催されます。

展覧会チラシ


今回の展覧会は、日本の古美術や、日本で受容された東洋の古美術に親しんでもらうことを目的に、同館が夏休みに合わせて企画している「美術の遊びとこころ」シリーズの第8弾。

今回は分かりにくいと思われがちな日本や東洋の古美術を、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの感覚を研ぎ澄ませて見るという企画。どんな発見や驚きがあるのか今から楽しみです。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年7月2日(火)~9月1日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(ただし7月15日、8月12日は開館)、7月16日(火)
入館料  一般1,200円、大学・高校生700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館ホームページをご覧ください⇒三井記念美術館 

※掲載した作品はすべて三井記念美術館蔵です。


気持ちを想像してみる


はじめに作品の中の人物に注目してみましょう。

中央に座っている人物は中国・唐時代の武将、郭子儀(697-781)。安史の乱を平定して功成り名を遂げた名将で、長生きをして、子供や孫に恵まれたので、立身出世、長寿、子孫繁栄などをあらわすおめでたい画題として好んで描かれました。

郭子儀の長寿の祝いに集まった子や孫たちの晴れやかな表情にこちらも心が和んできます。

「郭子儀祝賀図」円山応挙筆 江戸時代・安永4年(1775)


お花見で盛り上がるのは昔も今も同じ。
いい気分になって踊っている男女はとても楽しそう。でも、お酒を飲んでもあまりはめをはずさないようにという戒めのようにも見えてきました。

「花見の図」河鍋暁斎筆 江戸時代・19世紀


無表情な顔の人を「あの人は能面のような顔をしている。」と言いますが、能面には表情がないどころか激しい表情をあらわすものがあります。
重要文化財「能面 蛇(じゃ)」は、女性の激しい恨みや怒りの感情を表現したもので、般若よりされに獣性が増しているという怖い能面なのです。

重要文化財「能面 蛇(じゃ)」
室町時代・14-16世紀



音を聴いてみる


耳を澄ましてみると、動物や鳥、虫の鳴き声、雨や風、滝の音が聴こえてくる作品があります。

江戸中期に来日して長崎で活躍した中国の画家で、日本絵画に大きな影響を与えた沈南蘋の筆による「花鳥動物図(松樹双鶴図)」からは、波の音や鶴の鳴き声が聴こえてきそうです。
水平線の彼方に見える朝日と思われる赤色、松、そして鶴の親子。これもおめでたい作品ですね。


「花鳥動物図(松樹双鶴図)」沈南蘋筆
清時代・18世紀


画面左から右に強い風が吹いて、ゴーゴーという風の音が聴こえてきそうなこの作品は、襖の板を斜めに貼って、板目を強風に見立てるところがすごいです。
秋草だけでなく、飛び出してきた白兎も風に飛ばされているように見えてきます。

「秋草に兎図襖」酒井抱一筆 江戸時代・19世紀


香りを嗅いでみる


ある特定の香りからそれにまつわる過去の記憶が呼び覚まされる心理現象のことを「プルースト効果」というそうです。
これは、フランスの作家マルセル・プルーストの自伝的長編小説『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りに触れた瞬間、過去の記憶がよみがえってきたことからつけられたもので、五感の中でも嗅覚は直接、記憶を刺激するとされています。

菊の花がびっしりと描き込まれた蒔絵の高圷(「たかつき」 食物を盛る脚付きの台)が発する香りを想像してみると、どのような記憶がよみがえってくるでしょうか。

「菊尽蒔絵高圷」象彦(八代西村彦兵衛)製 大正時代・20世紀


「菊尽蒔絵高圷」象彦(八代西村彦兵衛)製 大正時代・20世紀


触った感触を想像してみる


美術館では実際に作品に触れることはできませんが、触った感触を想像してみると新たな発見があるかもしれません。

見るからにごつごつとした感触の花入の銘は業平。
業平とは平安前期の歌人で、美男子で知られ伊勢物語の主人公とされる在原業平のことですが、形にとらわれない姿が、放縦な人生を送った業平の生き方を連想させてくれます。


「伊賀耳付花入 銘 業平」桃山時代・16-17世紀

金属の質感が伝わってくるのが「姥口霰釜」。
姥口とは老婆の口のことで、口がすぼまっている形からこのように呼ばれています。表面には霰(あられ)のような小さな突起が並んでいるので、手に持ってもすべりにくくて、手触りもよさそうです。


「姥口霰釜」 与次郎作 桃山時代・16世紀

味を想像してみる


作品の味を想像してみるのも美術品を見る楽しみのひとつかもしれません。

「超絶技巧」で知られるようになった安藤緑山の作品は、近くで見ても本物のように見えますが、柿やナス、イチジクなどは象牙を彫って彩色したものなのです。


「染象牙果菜置物」 安藤緑山作 大正~昭和時代初期・20世紀



美術品として美術館に収蔵されている飲食器も、もとは普段の食事に使用されていたものです。雪中の笹が描かれた尾形乾山作の器には「私なら野菜の煮物を乗せて食べたいな」といったふうに想像してみると楽しいかもしれません。

「銹絵染付笹図蓋物」 尾形乾山作 江戸時代・18世紀


「銹絵染付笹図蓋物」 尾形乾山作 江戸時代・18世紀



温度を感じてみる


絵の中に描かれたモチーフを手がかりに、場所や季節、時間を読み解いていくと何が感じられてくるでしょうか。

右隻には日本風の海辺の松林、左隻には険しい山がそびえる中国風の山水画描かれた円山応挙筆の「山水図屏風」の前に立つと、心地よい潮風にあたっている気分になってきます。


「山水図屏風」(右隻) 円山応挙筆 江戸時代・安永2年(1773)


「山水図屏風」(左隻) 円山応挙筆 江戸時代・安永2年(1773)



日本美術を見るのに、フランスのマルセル・プルーストが出てるとは夢にも思いませんでした。これは全く異色の組み合わせですが、途中まで読んだ『失われた時を求めて』を最後まで読みたくなったから不思議です。

ぜひ五感を働かせて作品の新たな魅力や楽しみ方を発見してみませんか。
おすすめの展覧会です。

2024年6月26日水曜日

泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵ー雅やかなやまと絵の世界」

東京・六本木の泉屋博古館東京では企画展「 歌と物語の絵ー雅やかなやまと絵の世界」が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス

今回の企画展は、泉屋博古館が所蔵する住友コレクションから桃山・江戸時代前期の「やまと絵」が一挙公開される超豪華な内容の展覧会なので、開幕前から楽しみにしていました。
遅ればせながら先日おうかがいしてきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月1日(土)~7月21日(日) *会期中展示替えあり
 前期  6月1日(土)~6月23日(日)
 後期  6月25日(火)~7月21日(日)
休館日  月曜日、7月16日(火) *7月15日(月・祝)は開館
開館時間 午前11時~午後6時 金曜日は午後7時まで開館
     *入館は閉館の30分前まで
入館料  一般1,000円、高大生 600円 中学生以下無料
展覧会の詳細、イベント情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京

展覧会チラシ



展示構成
 §1 うたうたう絵
 §2 ものかたる絵
 §3 れきしがたる絵
 特集展示「没後100年 黒田清輝と住友」

※撮影はホール(映像コーナーを除く)及び第1展示室内№3《三十六歌仙書画帖》のみ可能です。
※館内は撮影不可です。掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。


§1 うたうたう絵


今回の企画展の大きな見どころのひとつは、四季折々の景色や、年中行事、花鳥風月などが描かれた大画面のやまと絵の屏風が見られること。屏風に描かれた扇面や歌枕から和歌が聴こえてくるように感じられます。


《扇面散・農村風俗図屏風》江戸時代(17世紀) 泉屋博古館 通期展示


右隻に自然の風景の中に舞う十八面もの扇面、左隻に農村とそこに暮らしている人たちの様子が描かれているのは《扇面散・農村風俗図屏風》。
この優雅な景色を眺めていると、まるで自分がその場にいるような心地よい気分になってきます。
右隻のそれぞれの扇面に描かれているのは「古今集」や「千載集」の古歌などに詠われた場面なのですが、元歌がわからなくても、扇面に描かれた絵を一つひとつ眺めているだけでも楽しめます。

画面いっぱいに歌枕のイメージが広がっているのが伝土佐広周《柳橋柴舟図屏風》。

伝土佐広周《柳橋柴舟図屏風》江戸時代(17世紀) 泉屋博古館 通期展示


歌枕とは和歌に多く詠み込まれる名所・旧跡のことで、この作品に描かれている「川、橋、山、柴舟、網代木(杭)」から、当時の人たちは、地名は書かれていなくても京都から少し離れた名所「宇治」を思い浮かべたのです。

和歌にちなんだ屏風だけでなく、優れた歌人たちが描かれた作品も展示されています。
こちらは近衛信尹、本阿弥光悦ともに「寛永の三筆」と並び称された書の名手・松花堂昭乗の《三十六歌仙書画帖》。
今回の企画展ではこの作品のみ撮影可です。

松花堂昭乗《三十六歌仙書画帖》江戸・元和2年(1616)
泉屋博古館 頁替えあり 

後期(6/25-7/21)には柿本人麻呂の場面が展示されます。
少し後ろに傾いてくつろいだ姿勢がトレードマークの人麻呂の姿を見ると、こちらもくつろいだ気分になってくるので、ぜひ後期展示も見に行きたいです。

松花堂昭乗《三十六歌仙書画帖》柿本人麻呂
江戸・元和2年(1616) 泉屋博古館
後期展示:6/25-7/21


こんな大迫力の扇面散屏風は初めて見ました。描かれている扇面はなんと60枚!
葛の下絵の上に描かれた扇面には動きがあって、とてもリズミカルに感じられます。

伝本阿弥光悦《葛下絵扇面散屏風》江戸時代(18世紀) 泉屋博古館 通期展示




§2 ものかたる絵


伊勢物語、源氏物語、平家物語。
平安時代から鎌倉時代にかけて多く生まれた王朝物語や合戦物語の中でも特に近世に人気のあった三大物語屏風が見られるのも今回の企画展の大きな見どころのひとつです。
さらにこの三作とも、画派も構成も異なっているので、その違いを比較することもできるのです。

イケメンで知られた平安前期の歌人で、三十六歌仙のひとりでもある在原業平が主人公とされる『伊勢物語』の名場面が描かれた屏風は宗達派によるもの。

宗達派《伊勢物語図屏風》(右隻)桃山~江戸時代(17世紀) 
泉屋博古館 通期展示

宗達派《伊勢物語図屏風》(左隻)桃山~江戸時代(17世紀) 
泉屋博古館 通期展示

『源氏物語』五十四帖のうち十二場面を金雲で区切って描いているのは《源氏物語図屏風》。どの場面にも多くの人物が登場して、人々の表情が豊かなのに気づかされます。
その描写から、江戸初期の風俗画の名手で「浮世絵の祖」とされる岩佐又兵衛に近く、又兵衛晩年の工房作とみられている作品です。

《源氏物語図屏風》江戸時代(17世紀)
泉屋博古館 通期展示

《平家物語・大原御幸図屏風》では、いくつもの場面が描かれるのでなく、壇ノ浦の戦いに敗れ、入水したものの一命をとりとめ大原の寂光院で隠棲していた建礼門院(平清盛の娘で安徳天皇の母)を後白河法皇が訪ねるという一場面が大きく描かれています。

《平家物語・大原御幸図屏風》桃山時代(16世紀)
泉屋博古館 通期展示

物語文学が描かれた絵巻物も展示されています。
絵巻物は、巻き広げながら(展示室では右から左に進みながら)次はどんな場面が出てくるのだろうと期待する楽しみがあります。
《竹取物語絵巻》のクライマックスは、何といっても十五夜の夜、迎えに来た天人たちともにかぐや姫が月の世界へと登って行く感動的な場面。
かぐや姫が乗った豪華絢爛な輿や、かぐや姫に求婚したがかなわず、不死の薬を放心状態で受け取る帝、かぐや姫を月に帰すまいと抵抗しようとしたがその甲斐なく、あきらめ顔の警護兵たちの表情が印象的でした。

《竹取物語絵巻》(部分)江戸時代(17世紀)
泉屋博古館 通期展示


《是害房絵巻》(重文)は、是害房という中国から来た天狗が比叡山の僧と法力競べをして打ち負かされ、日本の天狗に介抱されて賀茂河原で湯治して帰国するというストーリーですが、介抱されている身なのに湯治中に「背中をよく洗え」など天狗たちに指示している場面などは思わず吹き出しそうになってしまいました。

重要文化財 伝土佐永春筆《是害房絵巻》
南北朝時代(14世紀) 泉屋博古館 通期展示

天狗たちのそばに書かれているのは、漫画の吹き出しのように天狗たちがしゃべっているセリフというのもユニークです。

重要文化財 伝土佐永春《是害房絵巻》(部分)
南北朝時代(14世紀) 泉屋博古館 通期展示



§3 れきしがたる絵


「歴史画」とは歴史上の出来事を題材とした絵画のことですが、ここでは明治時代以降に描かれた日本神話、軍記物、偉人などを題材にした作品が展示されています。

「§3 れきしがたる絵」では前後期あわせて10点の作品が展示されますが、前後期でほとんどが展示替えになるので(一部展示期間限定あり)、前期に来られた方も、ぜひ後期もご覧いただきたいです。

こちらは天岩戸神話を題材にした原田西湖《乾坤再明図》(前期展示)。

原田西湖《乾坤再明図》明治36年(1903)
泉屋博古館東京 前期展示(6/1-6/23)

第4展示室では、昭和20年(1945)の空襲で焼失した黒田清輝《昔語り》を東京国立博物館に残る下絵などから往時をしのぶ特集展示「没後100年 黒田清輝と住友」が同時開催されています。

後期展示は7月21日(日)まで開催されます。
都会の喧騒を離れて優美なやまと絵の世界にしばし入り込んでみませんか。
おすすめの展覧会です。