2019年7月7日日曜日

すみだ北斎美術館「フリーア美術館の北斎展」~フリーアの北斎肉筆画が見たい!

フリーア美術館の北斎肉筆画が見たい!

すみだ北斎美術館で開催中の企画展「フリーア美術館の北斎展」はそんな願いをかなえてくれるとても素晴らしい展覧会です。


「えっ、まさか!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
そうです。
日本美術の宝庫として知られる国立スミソニアン協会フリーア美術館(アメリカ・ワシントンD.C.)は、作品を収集した実業家チャールズ・ラング・フリーア氏(1854-1919)の遺言で、所蔵作品はすべて門外不出とされているからです。

そこで登場するのが数多くの高精細複製品を制作して寺社や美術館等に寄贈している「綴プロジェクト(文化財未来継承プロジェクト)」。


綴プロジェクトは、オリジナル文化財の保存と高精細複製品の活用を目的として、特定非営利活動法人 京都文化協会とキャノン株式会社が推進している社会貢献活動です。
みなさんも綴プロジェクトの高精細複製作品をどこかでご覧になっているのではないでしょうか。

今回の企画展は、綴プロジェクトが制作してすみだ北斎美術館に寄贈した13点が前期後期ですべて見ることができる豪華な展覧会。

さて、展示室内はどのようになっているのでしょうか。
先日開催された特別ギャラリートークに参加しましたので、さっそくそのときの様子を紹介していきましょう。
※企画展「フリーア美術館の北斎展」展示室内は撮影禁止です。掲載した画像は美術館の特別の許可をいただき撮影したものです。

展覧会概要
会 期  6月25日(火)~8月25日(日)
 前期 6月25日(火)~7月28日(日) 後期 7月30日(火)~8月25日(日)
開館時間 9時30分~17時30分(入館は17時まで)
休館日 7/1(月)、8(月)、16(火)、22(月)、29(月)、8/5(月)、13(火)、19(月)
観覧料(AURORA(常設展示室)観覧料含む) 一般 1,000円ほか
関連イベントもあります。詳細はこちらでご確認ください→すみだ北斎美術館

スタートは4階の第1展示室です。

第1展示室入口

中に入るとフリーア美術館の正面の写真がバーンと出てきます。
このレイアウトいいですね。まるでフリーア美術館に来たような気分になります。
ウェルカム・トゥ・フリーア・ギャラリー・オブ・アート!


第1展示室に入って見えてくるのは奥に展示されている「玉川六景図」。

葛飾北斎「玉川六景図」高精細複製画(通期)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1904.204-205
  
和歌に詠みこまれた6つの玉川(京都、大阪、和歌山、滋賀、東京、宮城)を題材とした六曲一双の屏風です。
こちらはもちろん高精細複製画ですが、近くで見てもこのリアルさ。

葛飾北斎「玉川六景図」高精細複製画(通期)(部分)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1904.204-205 

この展覧会は5章構成になっていて、この第1展示室は第1章。

第1章 「玉川六景図」の研究

フリーア美術館ではこの「玉川六景図」は、右隻に人物、左隻に風景が配置されていますが、明治期に発行された雑誌『日本美術画報』初編巻九に掲載された写真によると人物と風景が交互に配置されていました。
ここに展示されている作品は、これに倣って配置されています。

「(人物と風景が交互に配置されている)こちらの方が目にやさしいように感じます。」と今回のギャラリートークで作品の解説をしていただいた、フリーア美術館日本美術担当学芸員のフランク・フェルテンズさん。
もともとの専門は琳派で、フリーア美術館に入って北斎の研究を始め、北斎の人となりと芸術を尊敬するようになったというフェルテンズさん(下の写真中央)。日本語堪能でとても気さくな方です。左は今回の特別ギャラリートークのモデレーター、アートブログ「青い日記帳」主宰のTakさんです。


「門外不出」のフリーア美術館の学芸員として日本美術を日本の人たちとどのようにシェアしていけばいいのか悩んでいたというフェルテンズさん。
今回のプロジェクトでそれが実現しましたが、高精細複製画を見て「本物と変わらないくらいでこわいです(笑)。」

「北斎の画風のすべてがこの屏風に盛り込まれています。」とフェルテンズさん。
「人物の表情、年齢、それに庶民や貴族といった社会的ステータスまで、北斎は深く分析して描いています。人物の顔や姿勢など、近くでよく見比べていただきたいです。」

3階の第2展示室に移りましょう。


第2章 古典と伝説

ドーンと地を揺るがすような轟音が聞こえてきそうな雷神が出てきました。

葛飾北斎「雷神図」高精細複製画(通期)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1900.47 


フェルテンズさん「この作品の見どころは雲の動きです。雷神がいかにも雲から出てきたばかりといった動きをしています。」
そして、ほぼ画面全体に描かれた黒い点にも注目です。
「この点々を描くときの北斎の気合の入った動きが想像できます。」

北斎はきっとこんな感じで描いていたのでしょう。
4階のAURORA(常設展示室)の北斎さん。そして後ろは北斎を支えた娘の阿栄(おえい)。
AURORA(常設展示室)は一部を除き撮影可。企画展のチケットがあればこちらも入れます。
ぜひ北斎さんにご挨拶しましょう。ただし、制作の邪魔をするとおこられるのでご用心。




第3章 美人画

続いて美人画のコーナー。
こちらは双幅の「新年風俗図(初夢・朝化粧)」。
正月を迎える風習を描いた場面で、右幅は正月にいい夢を見ることを願って宝船を描いた紙を折りたたんで枕の下に敷くところを描いています。
ぐいっと前に傾けた首が、願いの強さを物語っているようです。
左幅は、元旦に初めて汲んだ若水で手や顔を洗う初手水という儀式に臨もうとしている女性を描いたもの。若水を入れた漆器の水入れを右手で持って、左手を丁寧に添えているところに新年の行事の厳かさを感じます。

葛飾北斎「新年風俗図(初夢・朝化粧)」高精細複製画(通期)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1903.52,F1903.53 


細部にも注目です。女性の着ている着物の柄、右幅下の紙に描かれた宝船、左幅の水入れの蒔絵の柄、水を受ける容器の横に描かれた山水画。どれも丁寧に描かれているので、ぜひ近くでご覧になってください。

単眼鏡で見ていたら、生地の絹目までよく見えました。
「この作品は絹地に描かれているんだな。」と納得してましたが、よくよく考えてみるとこれは複製画。綴プロジェクトの高精細複製画おそるべしです。


第4章 動物と植物

小上がりに敷かれた畳の上に展示されているのは「十二ヶ月花鳥図」。
ガラスケースはありません。
「こんにちはー」と言って知り合いのお宅のおじゃましたような気分で作品を楽しみましょう。
葛飾北斎「十二ヶ月花鳥図」高精細複製画(前期)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1904.179-180 

酒井抱一で見慣れた「十二ヶ月花鳥図」とは少し趣が違って、花鳥図といいつつ亀が気持ちよさそうに泳いでいたりします。
「江戸後期の新しい解釈で描かれた十二ヶ月花鳥図です。」とフェルテンズさん。
この作品は落款がなかったのですが、作風から最近になって北斎の真筆と判断されたとのことです。

今回の展示の特徴は、フリーア美術館所蔵作品の複製画と、それに関連するすみだ北斎美術館所蔵作品が並んで展示されていることです。
こちらはすみだ北斎美術館所蔵の「亀」。亀が水の中を涼しげに泳いでいます。

葛飾北斎「亀」(すみだ北斎美術館蔵)
前期展示

この「十二ヶ月花鳥図」は前期のみの展示ですが、後期には同じく高精細複製画の六曲一双の屏風「富士田園景図」が展示されるのでこちらも楽しみです。

第5章 自然と風景

そして展覧会のフィニッシュを飾るのは、こちらに迫りくる波濤に圧倒されそうな「波濤図」。
「波濤の先端が卍の形をしているのが北斎の波の特徴です。」とフェルテンズさん。
大胆な波濤と突き出す岩の向こうには浜伝いに並ぶ民家が小さく描かれています。
「北斎の人気の理由は、日本の伝統的な技法に加え、遠近法のように西洋の技法を取り入れていること。だから今の人たちにも親しみやすいのではないでしょうか。」

葛飾北斎「波濤図」高精細複製画(通期)
原画:フリーア美術館蔵
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art,
Smithsonian Institution,Washington DC:Gift of Charles Lang Freer,F1905.276 


隣に並ぶのはご存じ「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。
北斎の波の競演です。

葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
(すみだ北斎美術館)前期後期とも展示

展示を見終わって3階ホワイエに出ると北斎の波の競演がお出迎え。
ここは撮影スポットなので、来館記念に北斎の波と一緒にぜひ1枚!



こちらは今回の企画展のリーフレット。
各章ごとの見どころがオールカラーで紹介されています。
これで税込300円とお手頃な値段。こちらも来館記念におススメです。


13点の高精細複製画の展示は次のとおりです。
通期展示 7点
「玉川六景図」「雷神図」「琵琶に白蛇図」「新年風俗図(初夢・朝化粧)」「鍋冠祭図」「蟹尽し図」「波濤図」
前期のみ展示 3点
「源氏物語 早蕨図」「遊女図」「十二ヶ月花鳥図」
後期のみ展示 3点
「漁樵問答図」「年始まわりの遊女図」「富士田園景図」

せっかくの機会ですので13点コンプリートに挑戦してみてはいかがでしょうか。







2019年6月24日月曜日

山種美術館「速水御舟展」~山種の御舟コレクションがすべて見られる!

東京・広尾の山種美術館では「生誕125年記念 速水御舟展」が開催されています。

今回の展覧会は、山種美術館の広尾開館10周年を記念して開催される特別展の第3弾。
同館の顔ともいえる御舟コレクション120点のすべてが前期後期に分けて紹介されるという超豪華な内容の展覧会です。


【展覧会の概要】
 会期 6月8日(土)~8月4日(日)
    前期 6月8日(土)~7月7日(日) 後期 7月9日(火)~8月4日(日)
 開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日  月曜日(ただし7月15日(月・祝)は開館、7月16日(火)は休館)
 入館料  一般 1,200円ほか
 ギャラリートークなどのイベントもあります。展覧会の詳細はこちらをご覧ください→山種美術館公式ホームページ

※撮影した写真は、内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。
※今回展示されている作品はすべて速水御舟作で山種美術館蔵です。

内覧会では、山下裕二さん(公益財団法人山種美術館評議員、山種美術館顧問、明治学院大学教授)のスライドを使った見どころ解説と山﨑妙子館長のギャラリートークをおうかがいしました。

それではさっそく展示室内をご案内していきましょう。

今回山下さんのお話をおうかがいして気がついたことは、御舟が日本や中国の古典を地道に勉強して、それを自身の作品に反映させていることでした。

例えばこの作品。
第1展示室に入ってすぐにお出迎えしてくれる《春昼》。

《春昼》(1924(大正13)年) 全期間展示
山下さんお気に入りの《春昼》は、昼下がりの農家の軒先を描いた、一見のどかな農村のありふれた場面ですが、「入口の先の闇がぞっとする迫力」(山下さん)が感じられる作品。
入口から見える家の中にはうっすらとはしごが見えます。

そして細部を見てみましょう。
軒下には鳩が舞っていますが、国宝《北野天神縁起絵巻(承久本)》(北野天満宮)に出てくる
北野天満宮の上を鳩が舞う場面を御舟が自分なりに作品に反映させたものだったのです。

続いて第1章へ。

展覧会は4章構成になっていて、1894(明治27)年に生まれ、1935(昭和10)年にわずか40年の短い生涯を終えた御舟の作品がほぼ年代順に4章構成になって展示されています。

第1章 画塾からの出発

御舟は、14歳の若さで歴史画家・松本楓湖の「安雅堂画塾」に入門します。そこで学んだ古典の成果が出たのが《瘤取之巻》。

『宇治拾遺物語』にも登場する瘤取爺の説話をもとに描いたこの作品は、まるで平安時代の絵巻の模写のようですが、実際に「瘤取之巻」という絵巻はなく、これは御舟のオリジナル。
それでも、《信貴山縁起絵巻》(国宝 朝護孫子寺)や《伴大納言絵巻》(国宝 出光美術館)などで描かれた人物や草木の描写をとり入れているので、このころ御舟が古典をよく学習していたことがわかります。
《瘤取之巻》(1911(明治44)年)
 前期後期で巻替あり

いかにも平安時代の絵巻に出てきそうな姿かたちの人たちや家、それに背景の草木。
ぜひ近くでじっくりご覧になってください。

《瘤取之巻》(部分)
こちらは1917(大正6)年、23歳で描いた《山科秋》。

《山科秋》(1917(大正6)年)
 全期間展示

この作品を前にして「これは御舟の作品ではない!作者は今村紫紅に違いない!」と思ったのですが、それもそのはず。御舟は安雅堂画塾で出会った先輩・今村紫紅の影響を受けて、大正初期に南画風の作品を描いたのです。
この頃、御舟は黄土色が好きで「黄土中毒になったが、黄土なしに描くことにしたら、今度は群青中毒になった」と語っています。木々の群青が鮮やかです。

第2章 古典への挑戦

常に新しいスタイルをめざした御舟が次に試みたのは中国・宋代の院体画でした。
院体画というと日本にも大きな影響を与えた南宋の馬遠や夏珪を思い浮べますが、もう一人忘れてはいけない人がいます。
そうです、芸術にうつつを抜かして宋(北宋)を滅亡に導いたとされる「風流天子」徽宗皇帝(在位 1100-25)です。

こちらは御舟が1923(大正12)年、29歳の時に描いた《桃花》。

《桃花》(1923(大正12)年)
 全期間展示

御舟の長女の初節句のために描かれた作品で、枝の一部や切り取った枝を描く院体画の様式「切枝画(せっしが)」を意識しています。そして画面左端の落款は、徽宗皇帝が創出した書体・痩金体(そうきんたい)風に細い字体で書くほどの凝りようです。

とは言っても真似っこだけではないのが御舟の真骨頂。
同じ年に描いた《柿》では柿の影を描くという、院体画にはない新たな試みを行っています。
落款は痩金体にこだわっています。

《柿》(1923(大正12)年) 
全期間展示
中国絵画だけではありません。
昭和に入ると、御舟は琳派もしっかり押さるようになります。

琳派のアイコンといえば「梅」。
こちらはいかにも琳派風の《紅梅》《白梅》。


右から《紅梅》《白梅》(1929(昭和4)年) 
全期間展示

この作品は山種美術館初代館長・山﨑種二氏のお気に入りの作品で、よく自宅に掛けていたそうです。
山﨑館長は、子どものころ祖父・山﨑種二氏の膝の上に乗ってこの絵を見ていたとのことですが、子ども心に「怖い感じの鋭さ」を感じたそうです。

こちらは同じく琳派風の《翠苔緑芝》ですが、ここに描かれた風景は、現実にはない何か人工的な空間のようで、「おお、シュルレアリズム!」といつも感じていた作品です。
省略と余白、大胆な構図、そして細部では左隻のウサギの飛んだり跳ねたりする姿が京都・養源院にある俵屋宗達の杉戸絵《唐獅子》(重要文化財)からヒントを得ているなど、琳派の影響はあるのでしょうが、「キュビズムを意識している」(山﨑館長)御舟の作品は琳派風であっても琳派とは一味違うようです。

《翠苔緑芝》(1928(昭和3)年) 
全期間展示
この作品だけ写真撮影可です。


重要文化財《名樹散椿》は、1930(昭和5)年、イタリア政府主催のローマ日本美術展覧会に出品された作品です。
この展覧会は、大倉財閥の二代目、大倉喜七郎男爵がスポンサーになり、横山大観はじめ当時の代表的な日本画家たちの力作177点が出品された大規模なものでした。

《名樹散椿》【重要文化財】(1929(昭和4)年) 
この作品は前期のみの展示です。
金地は、金砂子を何度も撒いて整ける「撒きつぶし」によって光沢を抑えたもので、当然、金を大量に使うのですが、大倉男爵のバックアップがあったので、製作費はふんだんにあったのでしょう。
この作品の左下には撒きつぶし、金泥、箔押しのサンプルが展示されているので、ぜひ比較してみてください。

第3章 10ヶ月にわたる渡欧と人物画への試み

1930(昭和5)年、御舟はローマで開催された日本美術展覧会のため、横山大観らと渡欧しました。
イタリアには2ヶ月以上滞在し、ギリシャ、フランス、スペイン、イギリス、ドイツ、エジプトなどを歴訪した10ヵ月にわたる海外への旅は、御舟に大きな刺激を与えました。

帰国した翌年にはこんなにのびのびとした作品を描いています。
ナイル川の様子を描いた《埃及土人ノ灌漑》。
《埃及土人ノ灌漑》(1931(昭和6)年)
 全期間展示
ギリシャの神殿跡を描いた《オリンピアス神殿遺址》。
《オリンピアス神殿遺址》(1931(昭和6)年)
 全期間展示
そして、数多く残された街の何気ない景色をとらえた写生。
(渡欧時の写生はじめ写生の作品は前期と後期で展示替えがあります。)
右《ベルラヂオ(写生)》、左《フィレンツェ 
アルノの河岸の家並(写生)》前期展示
こういった作品も現地の生き生きとした雰囲気が伝わってきて、心がなごんでくるのですが、10ヶ月に渡る渡欧で「海外は楽しかった!」だけですまさないのが御舟のすごいところです。

御舟は、西洋の人物画を見て日本画家のデッサン力の不足を痛感したのです。
そこで帰国後取り組んだのが、人物画への挑戦でした。

こちらは現地で描いた《ギリシャ少女像(素描)》。
《ギリシャ少女像(素描)》(1930(昭和5)年)
 全期間展示 
帰国後に描いた裸婦の素描11点は前期後期に分けて展示されます。
《裸婦(素描2)》(1933(昭和8)年)
 前期展示
今までほとんど制作することがなかった人物画にも積極的に取り組むようになります。
こちらは朝鮮の風俗に取材した《青丘婦女抄 蝎蜅》と《日蓮上人像(模写)》。

左《青丘婦女抄 蝎蜅》(1933(昭和8)年)、
右《日蓮上人像(模写)》(1934(昭和9)年)
全期間展示

第4章 更なる高みを目指して

御舟のあくなき挑戦はまだまだ続きます。

花の部分を着色で描くという常識とは反対に、葉の部分を着色、花びらを墨で描いている《牡丹花(墨牡丹)》。水墨の濃淡で、かえって牡丹のボリューム感が伝わってくるように感じられます。

《牡丹花(墨牡丹)》(1934(昭和9)年)
 全期間展示
第2展示室に移ります。
こちらにも、1935(昭和10)年、40歳の若さで亡くなる前年に描いた花の絵が展示されています。
どれも水墨が中心で色彩は抑えぎみなのですが、それぞれの草花がもつ瑞々しい生命力が伝わってくるように感じられます。


右から《白芙蓉》《秋茄子》《桔梗》
いずれも1934(昭和9)年
全期間展示
さて、ここまで御舟の作品を紹介してきましたが、今回の展覧会のクライマックスともいえる重要文化財の《炎舞》はこちらの第2展示室に展示されています。

ある時、この《炎舞》を室内に飾っていたところ、夕陽に映えた《炎舞》を見て、お手伝いさんが「火事だ!」と叫んだというエピソードを山﨑館長が紹介されていました。
それほどまでに迫力のある作品です。
ぜひ近くでご覧になっていただいて、この迫力を実感してみてください。


重要文化財《炎舞》(1925(大正14)年) 
全期間展示
この燃え上がる炎は、見れば見るほど不動明王の背負う火焔を連想します。そして、炎のまわりを舞う蛾には、花の周囲を舞う蝶々を描いた中国絵画(重要文化財《草虫図》 東京国立博物館)の影響が指摘されています。

日本や中国の古典を丹念に勉強して自分のものとしていった御舟は、確立したスタイルをいとも簡単に捨て去り、新しい境地を追求します。

「御舟は決して天才肌ではなく、どちらかというと不器用な人で、努力家だったのでは。確立した絵のスタイルをいとも簡単に捨て去り、新たなスタイルを求めていく姿は大いに学ぶべきだと思います。今回の展覧会を通じて、こういった御舟の絵に対する取組みを実感していただければ幸いです。」(山下さん)

100%御舟作品、内容充実の「速水御舟展」ですが、グッズも充実しています。

今回の新製品は《炎舞》のマルチホルダー(400円+税)。速水御舟展の図録(1300円+税)も、コンパクトな大きさですが、山種美術館所蔵の御舟作品全120点の図版が掲載されていて永久保存版です。
図録にも記載されていますが、山種美術館所蔵の御舟コレクション120点のうち《炎舞》をはじめとした105点は、経営破たんした安宅産業の御舟コレクションを1976年に一括購入したものです。
コレクションが散逸しないで山種美術館で見ることができる幸せをかみしめたいです。



速水御舟の作品にちなんだオリジナル特製和菓子もCafe椿でいただくことができます。
手前が《炎舞》をモチーフにした「ほの穂」、奥が右上から時計回りに「花の露」(《白芙蓉》)、「華王」(《牡丹》)、「まさり草」(《和蘭陀菊図》)、「緑のかげ」(《翠苔緑芝》)。(カッコ内はモチーフにした作品です。)


会期は8月4日(日)までですが、前期展示は7月7日(日)までです。
《名樹散椿》は前期のみの展示なのでご用心。
重要文化財の《炎舞》(全期間展示)と《名樹散椿》のそろい踏みを見るならまずは前期からご覧になりましょう!


 
 

2019年5月22日水曜日

東京藝術大学大学美術館「藝大コレクション展2019」第二期展示が開催中です!

東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館では、「藝大コレクション展2019」の第二期展示が開催されています。

春の装いの展覧会チラシ

第一期(4/6-5/6)は。およそ90年ぶりに全12幅そろって展示された池大雅《富士十二景図》、明治期にはフランスに留学する画学生が多かった中、イギリスに学んだ画学生たちの作品や模写、浮世絵コレクション、奈良時代の国宝《絵因果経》、重要文化財の狩野芳崖《悲母観音》と高橋由一《鮭》が展示されるなど、話題性やバラエティーに富んだ充実の内容でした。

第一期の様子は以前にブログで紹介しています。→藝大コレクション展2019(第一期展示)

さて、現在開催中の第二期展示は大幅な展示替えがあるとのことでしたので、どのような内容になっているのか気になるところでした。
そこで今回は、美術館のご協力をいただいて開会前に取材に行ってきましたので、そのときの様子をお伝えしながら、展覧会の見どころを紹介したいと思います。

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※取材時には、同美術館の黒川廣子教授、熊澤弘准教授に作品の解説をしていただききました。今回のレポートはお伺いしたお話をもとに、私の感想などを織り混ぜながら構成したものです。
※紹介した作品は、別に表示しているものを除き東京藝術大学所蔵です。

展示室に入ってすぐの正面には、第一期と同じく黒田清輝と、黒田清輝のフランス留学時の師、ラファエル・コランの作品が仲良く並んでお出迎え。

右 黒田清輝《婦人像(厨房)》 左 ラファエル・コラン《田園恋愛詩》

見どころ1 近代日本画の風景画表現の流れを見てみよう

順路に沿って右側の展示スペースに入っていくと、そこには私たちになじみのある日本の自然が描かれた作品が目に入ってきます。

「特集:東京美術学校日本画科の風景画」展示風景


大正末期から昭和初期にかけて、古くから描かれていた絵巻物などに見られる大和絵を復興しようという動きがありました。
その中心となったのは、1918(大正7)年から1935(昭和10)年まで東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本画科で教鞭をとった松岡映丘(1881-1938)です。
このコーナーでは、松岡映丘とその弟子たちの作品が、ほぼ年代を追って展示されていて、近代日本の風景画表現の流れがわかるようになっています。

松岡映丘《伊香保の沼》(大正14年)
はじめに師・松岡映丘の《伊香保の沼》。
背景の山は大和絵らしく丸みを帯びていていますが、木を一本一本丁寧に描くなど、松岡映丘のこだわりが感じられます。そして、群青や緑青を多用するのも松岡映丘の特徴。
丁寧に描きこまれた背景の前には、足を水の中にひたし、物憂げな表情でたたずむ若い女性。この女性は榛名湖の木部姫伝説をもとに描かれているので、美人だからといって見惚れていると大蛇に変身するのでご用心!

続いて弟子の狩野光雅《那智》と花田實《熊野路》。
いずれも南紀の名所を題材にした作品で、師・松岡映丘の影響から、群青色や緑青を多用した鮮やかな色彩の作品が特徴です。

右が狩野光雅《那智》(大正8年)、左の三幅対が花田實《熊野路》(昭和2年)
ここまでは大正末期から昭和初期までの色鮮やかな作品が並んでいますが、昭和も一ケタの後半になると、淡く柔らかい色の風景画に変化していきます。

「特集:東京美術学校日本画科の風景画」展示風景

上の写真中央の作品は山口蓬春《市場》。
この頃には画家の関心も海外にまで広がっていきました。こちらは旅先で訪れた平壌の市場の風景です。

山口蓬春《市場》(昭和7年)
©公益財団法人 JR東海生涯学習財団

一方で、東京美術学校の画学生たちは身近な上野近辺の風景も描きました。
こちらは三浦文治の《動物園行楽》。

三浦文治《動物園行楽》(昭和6年)


一見すると社寺参詣曼荼羅を思わせる俯瞰的な構図をとっていますが、そこに描かれているのは社寺の風景と参詣者たちでなく、動物舎に入っている象をはじめとした動物や、そこに集う人たち。左上に描かれた靄の中に浮かぶ五重塔がかろうじて社寺参詣曼荼羅らしさを伝えているようです。

しかし、よく考えてみると上野公園一帯は、かつては江戸城の鬼門を守った東叡山寛永寺の伽藍が立ち並んでいた場所。やはりこの作品のベースは社寺参詣曼荼羅だったのでは?

見どころ2 明治初期の国づくりの意気込みを感じてみよう

第二期展示の大きな見どころの一つは、起立(きりゅう)工商会社の工芸図案。
近代日本画の風景画のコーナーの先の一角を占めています。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景
起立工商会社は、1873(明治6)年に開催されたウィーン万博を契機に、家具や調度品などの漆工、金工、陶磁器、染織、木工など日本の伝統工芸品を輸出するために設立された会社で、工芸品の多くは海外に流出し、会社も1891(明治24)年に解散しましたが、工芸家たちの中には開校間もない東京美術学校の教官になった人もいたというご縁で同校に残されました。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景
明治維新後、明治政府は近代国家としての体裁を整えるため、産業の育成に力を注ぎました。そして、外貨を稼ぐために動員されたのが、最高級の日本の工芸品を作る腕利きの工芸家たち。そして、その工芸家たちが作る工芸品のデザインを担当したのが、今となっては無名の多くの絵師たちだったのです。

中には作者の判明している図案もあります。

鈴木誠一、稲垣其達、荒木探令・・・

「一」とか、「其」とか、「探」とか、どこかで見たような字が使われた名前。もしかしたらと思い解説パネルを見ると、やはりそうでした。

鈴木誠一は江戸琳派の鈴木其一の次男、稲垣其達は鈴木其一の門下、荒木探令は狩野探幽に始まる鍛冶橋狩野派の流れを汲む狩野探美の門下。

江戸幕府や大名たちの庇護を失い、活躍の場を失っていた江戸末期の絵師たちも動員されていたのです。しかしながら、丁寧に描かれた工芸図案を見ていると、国策で動員されたとはいえ、腕を振るう場が見つかって生き生きと描いている彼らの姿が思い浮かんでくるようです。

近代国家の建設に向けて邁進していた時代の熱気が感じられる工芸図案を、近くで細部までじっくりご覧になってください。

そして、今回の展示に向けた調査の中で新たな発見がありました。

東京美術学校は1909(明治42)年に各種図案が貼り込まれた資料《下図類》を購入しのですが、《下図類》には《起立工商会社工芸図案》と同じ作者の印章や関連する図案が含まれていることが判明したのです。
《起立工商会社工芸図案》では用途不明であった図案の部分図が、《下図類》の図と類似していたため高卓(花台)の部分図と判明した例もあります(解説パネルより)。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景

難しいパズルを根気よく解いていくような地道な作業から見えてくる新たな事実。
詳しくは『起立工商会社の花鳥図案』(黒川廣子、野呂田純一著 光村推古書院 2019)をご覧ください。ミュージュアムショップで販売しています。


こうした工芸図案をもとに作られた工芸品は、もともと輸出用なので、多くは海外に渡ってしまったのは仕方のないことなのですが、今回の展覧会では1点だけ工芸品が特別出品されています。

起立工商会社 杉浦行宗《烏図壷》(東京村田コレクション蔵)

最近では明治の超絶技巧が注目されていますが、アートファンとしては、こういった工芸品と工芸図案がずらりと並んで展示される展覧会がいつかは開催されないかな、と勝手に想像してしまいます。

まだまだ見どころは続きます!

さて、展示室を少し戻って、東京美術学校日本画科の風景画の向かいは、第一期に引き続き、「特集 イギリスに学んだ画家たち」。

光と影のコントラストが見事な原撫松の《裸婦》は第一期からの展示、そして第二期にはレンブラント《使徒パウロ》の模写が展示されています。前回のブログでも紹介しましたが、海外から入ってくる本物の西洋絵画が少なかった明治期には、模写作品は国内の画学生にとって貴重な教材でした。

右の肖像画は、日本人で初めてロンドンのロイヤル・アカデミーに入学して伝統的な肖像画の画法を身につけた石橋和訓の《男の肖像》。

右から、石橋和訓《男の肖像》、原撫松《裸婦》、
レンブラント・ファン・レイン原作 原撫松摸本制作《使徒パウロ》

次に「特集 イギリスに学んだ画家たち」の反対側の展示スペースに向かいます。
左側が「名品:西洋画」、右側が「名品:日本画」のコーナーです。

「名品:西洋画」展示風景

「名品:日本画」展示風景

「名品:西洋画」のコーナーでは、五姓田義松《操芝居》、第一期から引き続きの高橋由一《鮭》(重要文化財)と並んで展示されている、彼らの次の世代の山本芳翠の作品《西洋婦人像》に注目です。


左 山本芳翠《西洋婦人像》、
右 ジョン・シンガー・サージェント《ジュディット・ゴーティエ像》
この作品のモデルは、文豪テオフィル・ゴーティエの娘で象徴派詩人のジュディット。
ジョン・シンガー・サージェントが記念として山本芳翠に送った《ジュディット・ゴーティエ像》と並んで展示されています。

フランスに渡り、パリでジェロームらからアカデミックな技法を学んだ山本芳翠ですが、滞欧時の作品のほとんどは、作品を積んで日本に向かっていた船が沈没して失われるという不運にみまわれました。
この《西洋婦人像》は滞欧期の数少ない作品の一つで、まばゆく輝くばかりの女性をこんなに美しく描く山本芳翠のほかの作品もぜひ見てみたかったと思いました。

ちなみに山本芳翠の作品を積んていた船は、旧日本海軍がフランスに注文した巡洋艦「畝傍(うねび)」だったのです。
大和三山の畝傍山からとって命名されたこの巡洋艦が日本に回航途中の1886(明治19)年12月、シンガポール出港後に行方不明になり、のちに沈没と認定されたことは知っていたのですが、まさかこの軍艦に美術品が積まれていたとは想像もできませんでした。

「名品:日本画」のコーナーには、明治初期の近代日本画界の二人のスーパースター、橋本雅邦の《白雲紅樹》、狩野芳崖の《不動明王》(いずれも重要文化財)、そして、橋本雅邦が指導した次の世代の横山大観、下村観山、川合玉堂ほかの作品が展示されています。

橋本雅邦の《白雲紅樹》はなにしろ大きな作品です。
ビッグサイズの作品が展示できるように作られた、この美術館の大きな展示ケースだからこそ展示できる作品です。この迫力をぜひ感じとってください。

橋本雅邦《白雲紅樹》(重要文化財)(明治23年)
狩野芳崖は、第一期の《悲母観音》に続き、第二期に展示されているのは亡くなる前年に描いた《不動明王》。

狩野芳崖《不動明王》(重要文化財)(明治20年)

「藝大コレクション展2019」の後期展示はいかがだったでしょうか。
第二期も盛りだくさんな内容でバラエティに富んだ展示です。

緑が映える季節になってきました。ぜひ上野公園の東京藝術大学大学博物館にお越しになってください。

「藝大コレクション展2019」第二期展覧会概要
会 場  東京藝術大学大学美術館 本館地下2階 展示室1
会 期  5月14日(火)~6月16日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
観覧料  一般 430円(320円) 大学生 110円(60円)
*高校生以下及び18歳未満は無料
*(  )は20名以上の団体料金
*団体観覧者20名につき1名の引率者は無料
*障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料

展覧会の詳細はこちらをご覧ください→東京藝術大学大学美術館公式サイト

美術館の建物に入って正面のチケット売り場前の床の鮭も健在です。
ここだけは撮影可なので、みなさんの足元と一緒にぜひ記念に一枚!




今回の展覧会紹介記事は、アートブログ「あいむあらいぶ」主宰・かるびさんの取材に同行したレポートです。
かるびさんの詳細な展覧会レポートはこちらです。

【日本画ファン必見】藝大コレクション2019・第2期展示の見どころを一挙紹介!【展覧会レビュー・感想・解説】