2023年3月10日金曜日

大阪中之島美術館 開館一周年記念特別展「大阪の日本画」

大阪中之島美術館では、開館一周年記念にふさわしい特別展「大阪の日本画」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の展覧会は明治から昭和に至る近代大阪の日本画に光を当てて、前期後期で60名を超える画家による約150点の作品が展示される超豪華な展覧会。

キャッチコピーは、初めてにして決定版、浪華の名画大集結

横山大観らをはじめとした東京画壇、竹内栖鳳を中心とした京都画壇とは異なる大阪ならではの近代日本画がこれだけ勢ぞろいするのは史上初、そしてまさに決定版ともいえる充実の内容です。


展覧会開催概要


会 期  2023年1月21日(土)~4月2日(日)
     前期:1/21-2/26 後期:2/28-4/2
     月曜日(3/20を除く)休館
開場時間 10:00-17:00(入場は16:30まで)
会 場  大阪中之島美術館 4階展示室
観覧料  一般 1700円 高大生 1000円 小中学生 無料

展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒大阪中之島美術館

巡回展情報 2023年4月15日(土)~6月11日(日) 東京ステーションギャラリー 

※展示室内は一部作品を除き撮影禁止です。掲載した写真は撮影可の作品で、いずれも通期展示です。

第一章 ひとを描く ー北野恒富とその門下
第二章 文化を描く ー菅楯彦、生田花朝
第三章 新たなる山水を描く ー矢野橋村と新南画
第四章 文人画 ー街に息づく中国趣味
第五章 船場派 ー商家の床の間を飾る画
第六章 新しい表現の探求と女性画家の飛躍


展示室に入って一番最初に感じたのは、昔懐かしい大阪の街並みや風物詩が見られることでした。

最初にご紹介するのは、歴史画や大阪庶民の生活を描いた菅楯彦(1878-1963)が、大阪市中央区にある大阪美術倶楽部の舞台緞帳に手描きした《浪華三大橋緞帳》。


菅楯彦《浪華三大端緞帳》昭和32年(1957)頃
株式会社大阪美術倶楽部蔵 通期展示
(展示室ロビーに展示)

水運がさかんだった「水の都」大阪らしく、多くの運河が流れ、その上に数多くの橋が架けられている様子が描かれた大画面の緞帳は現在でも使われれていて、大阪美術倶楽部以外では初公開とのことです。

菅楯彦の弟子、生田花朝(1889-1978)が描くのは、海の上に多くの船が繰り出す天神祭。

生田花朝《天神祭》昭和10年(1935)頃
大阪府立中之島図書館 通期展示
(第六章に展示)

大阪天満宮の天神祭は、6月下旬から7月25日までのおよそ1か月間にわたり行われる祭で、この作品は、7月25日の本宮の夜に行われる天神祭のクライマックス、船渡御(ふなとぎょ)のにぎやかな様子が生き生きと描かれています。


もう一つ感じたのは女性画家の活躍。

大阪では江戸時代から女性画家が活躍していたことに加え、明治時代以降、富裕層を中心に子女に教養として絵画を習わせる傾向が強かったことから、多くの優れた女性画家が登場しました。

第六章では、美人画を得意とした島成園(1892-1970)の作品をはじめ、女性画家の多くの作品を見ることができます。

島成園《祭りのよそおい》大正2年(1913)
大阪中之島美術館蔵 通期展示

左側の着飾った二人の少女を羨ましそうな眼を向ける質素な帯をつけた少女、さらにその三人をじっと見つめる素足に草履姿の少女。
一見するとお祭りを楽しみにしている4人の少女が描かれているように見えますが、実は少女たちの表情や装いでその背景にある貧富の差を、21歳の島成園が見事に描き分けた作品だったのです。

島成園に学んだ女性画家、高橋成薇が描いたのは着物のグラデーションが見事な作品《秋立つ》。

高橋成薇《秋立つ》昭和3年(1928)
大阪中之島美術館 通期展示

同じく島成園に師事した、吉岡美枝(1911-1999)の描く女性はモダンな感じがします。
下の写真左の《ホタル》は、ホタルだけでなくけ少女自身も輝いているように見えます。

右から 吉岡美枝《店頭の初夏》《ホタル》
どちらも昭和14年(1939) 大阪中之島美術館
通期展示


南画家・星加鴨東の長女として生まれ、北野恒富に師事した星加雪乃(1900-1989)の《初夏》は、川の流れに足を入れてとても涼し気。

星加雪乃《初夏》昭和15年(1940)
大阪中之島美術館 通期展示



他にも山水画や文人画はじめ、初めて名前を聞くような画家たちの作品がずらりと並んでいて、大阪の日本画家たちの名品の数々をたっぷりと楽しむことができました。

大阪で見る大阪の日本画はまた格別です。
機会がありましたらぜひ大阪でご覧ください!

2023年3月8日水曜日

根津美術館 企画展「仏具の世界ー信仰と美のかたちー」

 東京・南青山の根津美術館では、仏の教えと仏具の造形美の関わりを探る企画展「仏具の世界ー信仰と美のかたち」が開催されています。

展覧会チラシ

仏教美術というと、真っ先に仏像や仏画、経典などが思い浮かんできますが、今回は主に仏教で用いられる仏具に焦点をあてた展覧会。
細部まで丁寧に作り込まれた仏教工芸の美をぜひお楽しみいただきたいです。

展覧会開催概要


会 期  2023年2月18日(土)~3月31日(金)
     会期中に前期(2/18-3/12)、後期(3/14-3/31)で展示替があります。
休館日  毎週月曜日
開館時間 午前10時~午後5時(入館はいずれも閉館30分前まで)
入場料  オンライン日時指定予約
     一般 1300円、学生 1000円
     *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
会 場  根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、入館の日時指定予約等は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 ・仏を荘厳する
 ・仏を供養する
 ・仏道を修める
 ・仏性を呼び覚ます
 ・コラム 茶の湯と仏具
 ・仏教美術と女性の信仰

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

仏を荘厳する

建物の中や儀式などでおごそかで立派な様を「荘厳(そうごん)な」と表現することがありますが、仏教の世界で「荘厳(しょうごん)する」とは仏像や仏堂をおごそかに飾ることを指します。

「仏を荘厳する」展示風景

最初にご紹介するのは、藤原仲麻呂(恵美押勝)が道鏡を除こうとして起こした恵美押勝の乱(764年)の平定後に称徳天皇によって発願された100万塔の小塔のうちの3基。
塔芯に納められた無垢浄光経(陀羅尼)(下の写真左)は最古の印刷物としても知られる貴重なものなのです。

百万塔 日本・奈良時代 8世紀 
右2基 根津美術館蔵 左1基 根津美術館蔵(植村和堂氏寄贈) 
いずれも通期展示

続いては、寺院の境内や仏殿に立てる飾り布「幡(ばん)」の一部であったと考えらえる「赤地格子連珠花文錦(蜀江錦)」。

赤地格子連珠花文錦(蜀江錦) 中国・隋~唐時代 7世紀
根津美術館蔵
 前期展示(後期には同じ名称で別のものが展示されます)

7世紀の隋~唐時代のものですが、長い年月を経ても当時の鮮やかな文様が残されています。
壁面のパネルには幡の概略図が示されていますが、このような大きな幡が立ち並ぶ、まさに荘厳な場面を想像してみたくなってきます。

今回は仏具の展覧会ですが、仏画の名品も展示されています。

当麻曼荼羅 日本・室町時代 15世紀
根津美術館蔵 通期展示

「当麻曼荼羅」は中将姫の物語で知られる奈良・当麻寺の当麻曼荼羅を4分の1に縮小した室町時代の模本で、原本は織物ですが、こちらは絹本に着色したものです。
多くの仏さまや大伽藍が描かれた極楽浄土の様子はまさに壮観。縮小版といっても大画面の迫力が感じられます。


仏を供養する

仏・法・僧や恩人・故人などに対して供物を捧げる供養具には、制作した人たちや、供養した人たちの念(おも)いや技が込められています。

「仏を供養する」展示風景


仏に供養する散華のための花びらを盛る器「黒彩絵華籠」は、一見したところ陶器のように見えましたが、実は紙でできているもので、木型に10枚ほどの紙を貼って形を整えたあと全面に黒漆を塗り、胡粉で下地を整え緑青、朱、金箔で彩色するといういくつもの工程を経たものなのです。

黒彩絵華籠 日本・鎌倉時代 14世紀
根津美術館蔵 通期展示

高麗時代の朝鮮半島で作られた高い脚つきの香炉も、薄い銀板を梵字の形に切り抜いて炉身側面4か所と口縁6か所に象嵌して、その周りに唐草文を銀の線象嵌であらわすという、精巧なつくりです。
どちらも携わった職人さんたちのものづくりへの思いや技が込められていると感じました。
まさに超絶技巧。細部までじっくりご覧いただきたいです。

銀象嵌梵字宝相華文香炉 朝鮮・高麗時代 13~14世紀
根津美術館蔵 通期展示


「法華経」巻首の見返絵の右側の露台の上で説法する釈迦如来の前には同じような高い脚のついた香炉が置かれているので、こちらも注目です。

法華経(部分) 朝鮮・高麗時代 至正13年/恭愍王2年(1353)
根津美術館蔵 通期展示


仏道を修める

ここでは、自らの行いを正して悟りに達するという目的を果たすために修行者を助ける僧具が紹介されています。

「仏道を修める」展示風景

こちらは、僧侶が月に2回、一堂に集まり、戒律を確認し自省を行う布薩会(ふさつえ)で、手を清めるための浄水を容れる水瓶。

水瓶の下の朱漆塗の盥(たらい)は、見込みに水瓶を置いたような丸い跡が残っているので、布薩盥として用いられていたと考えられています。

上 布薩形水瓶 日本・鎌倉時代 13世紀
 根津美術館蔵
 下 漆塗足付盤(布薩盥) 日本・室町~桃山時代
16世紀 個人蔵
どちらも通期展示 


仏性を呼び覚ます

密教法具の中には、独鈷、三鈷、五鈷といった「鈷」とついた法具がよく見られます。

「仏性を呼び覚ます」展示風景


これは、もとはインドの武器であった「鈷」が仏教に取り入れられて、煩悩を打ち砕き、仏性を現わす意味で用いられるようになったもので、ここでは真言宗の開祖・空海の像(重要文化財 弘法大師像 日本・鎌倉時代 13~14世紀 大師会蔵)を前に、密教の祭壇にならって五鈷杖や独鈷鈴などが配置されて厳かな雰囲気を醸し出しています。

「仏性を呼び覚ます」展示風景



コラム 茶の湯に取り入れられた仏具

茶の湯では、本来の目的とは違っても、茶人たちに風流さが好まれて茶の湯の道具に取り入れられたものがありますが、これには驚きました。

仏堂の軒下に吊るし、前に垂らした綱で打ち鳴らす鰐口に脚をつけて、お湯を沸かす風炉にしたものまであったのです。
「鰐口やつれ風炉」という名称ですが、茶人たちは「やつれ」ているところに風流さを感じたのでしょうか。

左 鰐口やつれ風炉 日本・江戸時代 元禄16年(1703)
右 青磁浮牡丹文香炉 龍泉窯 中国・南宋~元時代 13~14世紀
どちちらも根津美術館蔵 通期展示



仏教美術と女性の信仰

ここでは、仏さまの衣の黒い部分に髪の毛を繍い込んだ来迎図や、小袖を仕立て直した、見事な色合いの刺繍の幡をはじめとした、女性の信仰への思いに着目した仏教美術の名品が展示されています。


「仏教美術と女性の信仰」展示風景

もとは女性用の小袖であったとみられ、明る色合いで、菊や籬(まがき)の配置がとてもリズミカルな打敷も展示されています。
(打敷とは、仏前の机上などに敷く直角三角形や正方形の荘厳具のことです。)

白綸子地籬菊花模様刺繍打敷 日本・江戸時代 文化2年(1805)銘
根津美術館蔵 通期展示



見どころいっぱいの展示も同時開催中です!


展示室5 西田コレクション受贈記念Ⅰ IMARI

2021年、根津美術館が、東洋陶磁を中心とする美術工芸の研究者で、同館に1981年から勤務され、現在は顧問を務められている西田宏子氏から東洋・西洋陶磁器を中心とした工芸品169件の寄贈を受けたことを記念して、今回から3回に分けて受贈記念展が開催されます。

現在開催されている第1回は、肥前国有田の伊万里焼の特集「IMARI」。

展示風景

オランダのビューレン家のイダ・マリアと、ブレデローデ家のヨアンの1702年の結婚を祝い、両家の家紋を中央に配した伊万里の大皿は、西田氏が子孫のビューレン氏より1枚もらい受けたというとても貴重な逸品です。

色絵紋章文大皿 肥前 日本・江戸時代 18世紀
根津美術館蔵(西田宏子寄贈) 通期展示


第2回以降のスケジュールは次のとおりです。

4月15日(土)~5月14日(日) 西田コレクション受贈記念Ⅱ 唐物
5月27日(土)~7月2日(日)   西田コレクション受贈記念Ⅱ 阿蘭陀・安南 etc.
 
ミュージアムショップでは、受贈を記念して制作された図録「海をこえて、今ここにー西田コレクションのうつわー」も販売中です。
カラーの図版や、研究者の方たちのコラムもあって全120頁(税込2,200円)。
ぜひミュージアムショップにお立ち寄りください。

ミュージアムショップ



展示室6 花どきの茶

花どきとは、花の盛りの時季、とりわけ桜の花が咲く春のひとときのこと。

桜を題として詠んだ和歌が書かれている紀貫之の家集『貫之集』の断簡、「貫之集切」(伝 藤原行成筆 日本・平安時代 11世紀 根津美術館蔵 通期展示)はじめ、春の訪れを楽しむ季節の茶道具が展示されています。

「花どきの茶」展示風景

企画展をはじめ、さまざまな分野の美術の世界が楽しめます。
この春おすすめの展覧会です。

2023年2月27日月曜日

京都国立近代美術館 開館60周年記念 甲斐荘楠音の全貌ー絵画、演劇、映画を越境する個性

京都・岡崎公園の京都国立近代美術館では、独特の雰囲気の美人画を描き、演劇や映画にも「越境」した甲斐荘楠音(1894-1978)の全貌に迫る展覧会が開催されています。



今までは日本画家としての甲斐荘楠音しか知りませんでしたが、幼少から歌舞伎が好きで自ら女形として舞台に立ったり、映画の衣裳・風俗考証に携わるなど、ジャンルを越えて個性を発揮した甲斐荘楠音の、まさに全貌を見ることができる内容盛りだくさんの展覧会です。


展覧会開催概要


会 場  京都国立近代美術館(京都・岡崎公園内)
会 期  2023年2月11日(土・祝)~4月9日(日)
開館時間 午前10時~午後6時
     金曜日は午後8時まで開館
     *入館は閉館30分前まで
     *新型コロナウイルス感染拡大防止のため、開館時間は変更となる場合があり
      ます。来館前に最新情報をご確認ください。
休館日  月曜日
観覧料  一般:1,800円、大学生:1,100円、高校生:600円
     ※中学生以下、心身に障がいのある方と付添者1名、母子家庭・父子家庭の世帯
      員の方は無料(入館の際に証明できるものをご提示ください) 
     ※本料金でコレクション展もご覧いただけます。
     ※日時予約制ではありません。チケットは同館の発売窓口でも購入できます。

展覧会の最新情報・詳細は、同館公式サイトでご確認ください⇒京都国立近代美術館

巡回展情報
【東京会場】 東京ステーションギャラリー 2023年7月1日(土)~8月27日(日)

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

展示構成
 序章   描く人
 第1章 こだわる人
 第2章 演じる人
 第3章 越境する人
 終章   数奇な人

5章の展示構成に5つの「人」が登場しますが、これはすべて甲斐荘楠音のこと。
それではさっそく5つの側面から甲斐荘の姿を見ていきたいと思います。

序章 描く人

序章で紹介されるのは、「描く人」甲斐荘楠音。

序章展示風景

甲斐荘楠音の美人画というと、中には少しおどろおどろしいものもあって、独特の雰囲気をもっていて、同じく京都で活躍した上村松園をはじめとした日本画家の美人画とはちょっと違うなと感じていたのですが、その理由がここで初めてわかりました。

京都の洛中、御所の近くで生まれ育ち、御所伝来のひな人形などに親しんだ甲斐荘楠音が京都市立美術工芸学校に進み、そこで影響を受けたのはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの陰影をつけて立体感を表わす西洋美術の人物表現だったのです。

序章展示風景

第1章 こだわる人

情念の深さや官能の豊かさを表現することを追求した甲斐荘の人物や肉体への「こだわり」が感じられるのが第1章に展示されている数多くのスケッチ。

第1章展示風景

そして、第1章での大きな見どころのひとつが、おそらく本邦初公開、ニューヨーク・メトロポリタン美術館から里帰りした《春》(上の写真左から2つめ)。

金屏風と草花や鳥が描かれた金色の敷物を背景に、華やかな色彩の衣裳をまとい笑みを浮かべる女性が描かれ、画面全体から春のうららかな雰囲気が感じられる作品です。

《春》は今回の展覧会公式図録の表紙に採用されています。
全作品のカラー画像や充実のエッセイはじめ甲斐荘の魅力がいっぱい詰まって全310ページの図録は3,200円(税込)。展覧会の記念におすすめです!



続いてはこちら。
壁一面を占めるのは、この下の展示ケースに展示されている甲斐荘楠音のスクラップブックのパネルです。
このおびただしい数の写真や新聞の切り抜きなどが彼の「こだわり」を感じさせてくれます。

第1章展示風景



第2章 演じる人

歌舞伎や文楽など芝居に取材した作品が多いのも甲斐荘の特徴ですが、自ら女形として素人歌舞伎の舞台に立って演じたり、遊女や女形に扮した写真資料も多く遺されています。

下の写真左のパネルは、甲斐荘が女形を演じてる写真ですが、パネル中央上の火鉢を前にほおづえをつく女形姿の甲斐荘は、その右の作品《桂川の場へ》(京都国立近代美術館)の女性とポーズがそっくり!

自分が美人になりきらなければ美人画は描けないというこだわりなのでしょうか。
この徹底した心意気に驚かされます。

第2章展示風景

こちらは甲斐荘が遺したスケッチブック。
全部のページを展示することはできないので壁面のパネルには主な場面が拡大されています。あわせてご覧ください。

第2章展示風景

第3章 越境する人

甲斐荘は、画壇の陰湿な人間関係が性に合わなかったこともあって、1940(昭和15)年頃、絵画から映画制作の世界に「越境」して、主に衣裳・風俗考証者として活躍しました。

彼が係わった映画の数はなんと236本!
展示室内にはそれらの映画作品がスチール写真やポスターとともに年代順に紹介されています。
もしかしたら、と思いましたが、やはり彼が出演している作品もありますので、ぜひその場で探してみてください。

第3章展示風景

テレビが一般に普及するまでは映画が娯楽の中心だった時代にあって、絵画制作の経験が豊富で、もともと芝居好きの甲斐荘にとって映画界は格好の活躍の場だったことでしょう。

彼が衣裳をてがけた『雨月物語』がアカデミー賞衣裳デザイン賞(白黒部門)にノミネートされたときの資料なども展示されています。

第3章展示風景


そして今回の展覧会のもう一つの大きな見どころはこちら。
「眉間に冴える三日月形、天下御免の向こう傷」の名セリフで知られる市川右太衛門主演の人気シリーズ「旗本退屈男」をはじめとした時代劇衣裳が作品のポスターとともに並んだ様はまさに圧巻そのものです。

第3章展示風景

衣裳とその衣裳を着ている市川右太衛門が写っているポスターが両方とも残されているのは本当に貴重なことだと思います。

第3章展示風景

「旗本退屈男」のシリーズはテレビで何作か見て、迫真の殺陣シーンにワクワクしたことを覚えていますが、その一部の映像が会場内で流れているので、こちらもぜひご覧いただきたいです。


終章 数奇な人

今回の展覧会は、甲斐荘が生涯をかけて筆を加えながらも完成に至らなかったふたつの大作でフィナーレを迎えます。

右 《畜生塚》、左 《虹のかけ橋(七妍)》
どちらも京都国立近代美術館

顔の陰影、筋肉もりもりの体つき。
まさに甲斐荘が若い頃に心を惹かれたダ・ヴィンチやミケランジェロへの思いが強く感じられる作品です。

これから梅や桜の見ごろを迎える京都は観光にうってつけのシーズン。この機会に甲斐荘楠音の魅力いっぱいの展覧会をご覧になってみませんか。
この春おすすめの展覧会です。


京都国立近代美術館内カフェ「café de 505」で、会期中、提供される本展とのコラボレーションメニュー、一日10食限定の「ふるへる女心の情念パフェ」もおすすめです!

甲斐荘オリジナルクッキーがついて、《幻覚(踊る女)》をイメージした濃厚真っ赤なカシスリキュールのベリーソースをかけて食べるパフェはまさに情念そのもの。
ベリーソースの甘酸っぱさがパフェの味を引き立てています。

イメージした《幻覚(踊る女)》は下の写真左です。

左《幻覚(踊る女)》、右《舞ふ》
どちらも京都国立近代美術館

2023年2月21日火曜日

サントリー美術館 没後190年 木米

東京・六本木のサントリー美術館では、「没後190年 木米」展が開催されています。

展覧会チラシ

さて、今回の展覧会のチラシをご覧になって、「もくまい?」「きごめ?」、没後190年というと1833年なので江戸時代、さて誰だろう、と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そういう時は迷わず、展覧会のPR動画をぜひご覧ください⇒展覧会関連動画

「もくべい、もくべい、もくべい・・・」

一度聞いたら忘れられないこのフレーズ。
そうです。
京都祇園の茶屋「木屋」に生まれ、氏は青木、名は八十八、それをもじって「木米」と名乗り、陶芸、煎茶、絵を愛した京都の文人「木米(もくべい)」(1767~1833)のことなのです。

展覧会のキャッチコピーは、木米がもう、頭から離れない。

木米のやきものや煎茶道具、山水画を見たらもう木米が頭から離れないこと請け合い。
こんな楽しい展覧会は見逃すわけにはいきません。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年2月8日(水)~3月26日(日)
     ※各作品の出品期間は、出品作品リスト(PDF)をご参照ください。
     ※作品保護のため、会期中展示替を行います。
     ※会期は変更の場合があります。
開館時間 10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
     ※2月22日(水)、3月20日(月)は20時まで開館
     ※いずれも入館は閉館30分前まで
     ※開館時間は変更の場合があります。
休館日  火曜日 ※3月21日は18時まで開館
入館料  一般 1,500円 大学・高校生 1,000円 
     ※中学生以下無料
     ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

※チケット購入方法、展示替情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒サントリー美術館

展示構成
 第一章 文人・木米、やきものに遊ぶ
 第二章 文人・木米、煎茶を愛す
 第三章 文人・木米と愉快な仲間たち
 第四章 文人・木米、絵にも遊ぶ

展示室内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。

展示室内のフォトスポットのみ撮影できます。
中国の書聖・王羲之さんがにこやかにお出迎えしてくれるので、記念写真をぜひ!

フォトスポット



第一章 文人・木米、やきものに遊ぶ

それではまず第一章から。
今回の展覧会は各章ごとのタイトルが洒落てます。
なにしろ文人(※)らしくやきものに遊んでしまうのですから。
こういうタイトルですと、見る方も肩の力がスーッと抜けてリラックスして展示を見ることができるというものです。

※文人とは(展示パネルより)
 木米が生きた時代の日本における文人とは、中国の文人の「詩書画三絶(詩と書と画が共に優れていること)の世界に憧れをもち、中国の学問や芸術の素養を身につけた人たちです。彼らは独自の文人ネットワークを作り、全国規模で活発に交流しました。そして、お互いの個性を尊重しながら、思い思いに文人としての生き方を追求したのです。

第一章展示風景


木米は、「やきものに遊ぶ」といってもいい加減にやきものを作っているわけではありません。

こちらは二段の重箱に提げ手がついた重要文化財《染付龍濤文提重》。

重要文化財《染付龍濤文提重》木米
江戸時代 19世紀 東京国立博物館 通期展示


重箱に描かれているのは、中国・明時代に景徳鎮で焼かれた磁器に倣った五爪の龍。
日本で描かれる龍は三爪のものが多いのですが、中国では五爪の龍は皇帝の象徴とされ、皇帝の持ち物にしか表されてはいけない龍なのです。

そして、「古染付(こそめつけ)」といわれる明時代の染付磁器の中には土と釉薬の収縮率の違いから釉の表面に小さな傷ができるものがあり、日本の茶人たちはそれを「虫喰い」として愛でていたのですが、この重箱の角や縁も「虫喰い」のように表面を加工したとの見方もあるので、木米が細部までこだわりをもってやきものに遊んでいたことがわかります。

また、提げ手の規則的な紗綾文様や雷文は、明時代末の染付磁器「祥瑞」の雰囲気にも通じるものがあるので、木米が中国陶磁の様式をしっかり押さえた上でオリジナリティーを発揮していることがよくわかります。

第一章では、一つひとつのやきものに見られる木米のこだわりをぜひお楽しみいただきたいです。

第一章展示風景




第二章 文人・木米、煎茶を愛す

18世紀半ば、煎茶道具を担いで道行く人たちに茶をふるまった売茶翁(1675-1763)の生き様が文人たちに大きな影響を与え、煎茶道が文人たちの間に広まりました。

売茶翁と聞いて、2年前の正月にNHK総合で放送された「ライジング若冲」で、売茶翁役の石橋蓮司さんが味のある演技をしていたのを思い浮かべた方もいらっしゃるのでは。

その煎茶道に使われた茶道具が展示されているのが「第二章 文人・木米 煎茶を愛す」。


第二章展示風景

冒頭でご紹介したフォトスポットのモデルとなった《白泥蘭亭曲水四十三賢図一文字炉》(木米 江戸時代 19世紀 布施美術館 通期展示)(上の写真右手前)も展示されています。

これは中国の書聖・王羲之が東晋時代の永和九年(353)、蘭亭に名士を招いて、蛇行する川に盃を浮かべ、盃が自分の前を流れ過ぎるまでに詩を作り、作れなければ罰として酒を飲むという曲水の宴を設けた時の様子が表されたもので、正面の手すりから身を乗り出しているのが王羲之、炉の側面には蛇行する川の様子がほどこされています。
正面下には王羲之のアイコンともいえる鵞鳥も描かれています。

この作品の拡大版のフォトスポットとあわせて、ぜひぐるりと一周して模様をご覧いただきたいです。

こちらは木米作の「交趾」という名の付いた、緑、黄、紫など独特の色合いの急須(下の写真右の2点)。


右から《交趾釉梅花花鳥文急須》《交趾釉鳳凰文急須》
どちらも木米 江戸時代 19世紀
《交趾金花鳥香合》 明~清時代 17世紀
いずれも個人蔵 通期展示

「交趾」とはベトナム北部のことで、交趾との交易船が運んできた陶器も「交趾(焼)」と呼ばれていたのですが、実際には中国南部で焼かれたものが多かったそうです。

木米はその「交趾」の焼物のデザインも茶道具の急須に取り入れていました。
上の写真中央の《交趾釉鳳凰文急須》と左の《交趾金花鳥香合》が並んで展示されているので、鳳凰の姿をよく見比べることができます。


木米作の茶道具の特徴の一つは、器に文字を入れることでした。
遠くから見ると真っ白な炉に見えますが、器の表面には本を開いたように四角い枠があって、中には茶詩(=茶を主題とした詩)が彫刻されているので、ぜひお近くでご覧ください。

第二章展示風景




第三章 文人・木米と愉快な仲間たち

木米が生きた時代の京都は、文人たちが集まり多士済々の様相を呈していました。
木米の親友で、豊後(現在の大分)からやってきた田能村竹田(1777-1835)もその一人。

下の写真左は、竹田が描いた木米の肖像画《木米喫茶図》、右は池大雅(1723-76)《密林草堂図》(どちらも個人蔵 展示期間2/8-2/27)。
(3月1日から26日までは、大雅との交流があり詩書画に長じ、木米が若い頃、文人としての教養を学んだ高芙蓉(1722-1784)の《竹石図》(宝暦12年(1762) 個人蔵)が展示されます。)


左 《木米喫茶図》田能村竹田 文政6年(1823) 
右 《密林草堂図》池大雅 江戸時代 18世紀
どちらも個人蔵、展示期間2/8-2/27


「ライジング若冲」でも豪放磊落そのままに演じられていた池大雅が54歳で亡くなった時、木米は10歳でしたが、木米は大雅に背負われたり、手を引かれたりして京都・東山のあたりを歩いたそうです。
大雅の命日にその霊前に供えるために描いた《重嶂飛泉図》(木米 江戸時代 19世紀 静嘉堂文庫美術館 展示期間2/8-2/27)が第四章に展示されています。

第三章では、木米が交流した文人たちにあてた書状も展示されています(展示替えあり)。

第三章展示風景

書状の解説パネルには現代語訳の大意もあるので、木米の人となりを感じとることができ、文人・木米と愉快な仲間たちが楽しそうに会話している様子が目に浮かんでくるようです。

第三章展示風景



第四章 文人・木米、絵にも遊ぶ  


文人・木米はやきものだけでなく絵にも遊んでいました。

第四章展示風景

木米の絵画は、山水画が大半を占めることと、誰かのために描いた「為書(ためがき)」が多いことが特徴です。

そして山水画の中には小さな人物が描かれているものもあるので、絵の中の人物を探してみてください。
それはもしかしたらこの絵を贈った人なのかもしれません。



今回の木米展では、木米の絵画が前期後期で約40点展示されますが、これだけまとまって木米の絵画が見られる機会は多くないでしょうから、ぜひ前期後期ともご覧いただきたいです。

展覧会のフィナーレを飾るのは、京都に生まれ、京都で生涯を送った木米にふさわしく、京都の名所の山水画が描かれた桐製茶心壺でした。


《栂尾・建仁寺・兎道図茶心壺》木米
江戸時代 19世紀 個人蔵 展示期間2/8-2/27
(3/1-3/26には同じタイトルで別の茶心壺が展示されます。) 


展覧会図録も充実!

展示作品のカラー図版や詳しい解説、木米関連年表、担当した学芸員さんたちの論文が盛り込まれた展覧会図録(一般 2,800円、メンバーズ 2,520円 どちらも税込)は読みごたえがあって、展覧会の記念にもなるのでおすすめです。


やきもののように見えますが、やきものではありません。
軽妙なトークを聴いているような静嘉堂文庫美術館 河野元昭館長の巻頭の論文も必読です。 

この春はぜひ文人・木米のやきものと絵画をお楽しみください!