2023年2月27日月曜日

京都国立近代美術館 開館60周年記念 甲斐荘楠音の全貌ー絵画、演劇、映画を越境する個性

京都・岡崎公園の京都国立近代美術館では、独特の雰囲気の美人画を描き、演劇や映画にも「越境」した甲斐荘楠音(1894-1978)の全貌に迫る展覧会が開催されています。



今までは日本画家としての甲斐荘楠音しか知りませんでしたが、幼少から歌舞伎が好きで自ら女形として舞台に立ったり、映画の衣裳・風俗考証に携わるなど、ジャンルを越えて個性を発揮した甲斐荘楠音の、まさに全貌を見ることができる内容盛りだくさんの展覧会です。


展覧会開催概要


会 場  京都国立近代美術館(京都・岡崎公園内)
会 期  2023年2月11日(土・祝)~4月9日(日)
開館時間 午前10時~午後6時
     金曜日は午後8時まで開館
     *入館は閉館30分前まで
     *新型コロナウイルス感染拡大防止のため、開館時間は変更となる場合があり
      ます。来館前に最新情報をご確認ください。
休館日  月曜日
観覧料  一般:1,800円、大学生:1,100円、高校生:600円
     ※中学生以下、心身に障がいのある方と付添者1名、母子家庭・父子家庭の世帯
      員の方は無料(入館の際に証明できるものをご提示ください) 
     ※本料金でコレクション展もご覧いただけます。
     ※日時予約制ではありません。チケットは同館の発売窓口でも購入できます。

展覧会の最新情報・詳細は、同館公式サイトでご確認ください⇒京都国立近代美術館

巡回展情報
【東京会場】 東京ステーションギャラリー 2023年7月1日(土)~8月27日(日)

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

展示構成
 序章   描く人
 第1章 こだわる人
 第2章 演じる人
 第3章 越境する人
 終章   数奇な人

5章の展示構成に5つの「人」が登場しますが、これはすべて甲斐荘楠音のこと。
それではさっそく5つの側面から甲斐荘の姿を見ていきたいと思います。

序章 描く人

序章で紹介されるのは、「描く人」甲斐荘楠音。

序章展示風景

甲斐荘楠音の美人画というと、中には少しおどろおどろしいものもあって、独特の雰囲気をもっていて、同じく京都で活躍した上村松園をはじめとした日本画家の美人画とはちょっと違うなと感じていたのですが、その理由がここで初めてわかりました。

京都の洛中、御所の近くで生まれ育ち、御所伝来のひな人形などに親しんだ甲斐荘楠音が京都市立美術工芸学校に進み、そこで影響を受けたのはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの陰影をつけて立体感を表わす西洋美術の人物表現だったのです。

序章展示風景

第1章 こだわる人

情念の深さや官能の豊かさを表現することを追求した甲斐荘の人物や肉体への「こだわり」が感じられるのが第1章に展示されている数多くのスケッチ。

第1章展示風景

そして、第1章での大きな見どころのひとつが、おそらく本邦初公開、ニューヨーク・メトロポリタン美術館から里帰りした《春》(上の写真左から2つめ)。

金屏風と草花や鳥が描かれた金色の敷物を背景に、華やかな色彩の衣裳をまとい笑みを浮かべる女性が描かれ、画面全体から春のうららかな雰囲気が感じられる作品です。

《春》は今回の展覧会公式図録の表紙に採用されています。
全作品のカラー画像や充実のエッセイはじめ甲斐荘の魅力がいっぱい詰まって全310ページの図録は3,200円(税込)。展覧会の記念におすすめです!



続いてはこちら。
壁一面を占めるのは、この下の展示ケースに展示されている甲斐荘楠音のスクラップブックのパネルです。
このおびただしい数の写真や新聞の切り抜きなどが彼の「こだわり」を感じさせてくれます。

第1章展示風景



第2章 演じる人

歌舞伎や文楽など芝居に取材した作品が多いのも甲斐荘の特徴ですが、自ら女形として素人歌舞伎の舞台に立って演じたり、遊女や女形に扮した写真資料も多く遺されています。

下の写真左のパネルは、甲斐荘が女形を演じてる写真ですが、パネル中央上の火鉢を前にほおづえをつく女形姿の甲斐荘は、その右の作品《桂川の場へ》(京都国立近代美術館)の女性とポーズがそっくり!

自分が美人になりきらなければ美人画は描けないというこだわりなのでしょうか。
この徹底した心意気に驚かされます。

第2章展示風景

こちらは甲斐荘が遺したスケッチブック。
全部のページを展示することはできないので壁面のパネルには主な場面が拡大されています。あわせてご覧ください。

第2章展示風景

第3章 越境する人

甲斐荘は、画壇の陰湿な人間関係が性に合わなかったこともあって、1940(昭和15)年頃、絵画から映画制作の世界に「越境」して、主に衣裳・風俗考証者として活躍しました。

彼が係わった映画の数はなんと236本!
展示室内にはそれらの映画作品がスチール写真やポスターとともに年代順に紹介されています。
もしかしたら、と思いましたが、やはり彼が出演している作品もありますので、ぜひその場で探してみてください。

第3章展示風景

テレビが一般に普及するまでは映画が娯楽の中心だった時代にあって、絵画制作の経験が豊富で、もともと芝居好きの甲斐荘にとって映画界は格好の活躍の場だったことでしょう。

彼が衣裳をてがけた『雨月物語』がアカデミー賞衣裳デザイン賞(白黒部門)にノミネートされたときの資料なども展示されています。

第3章展示風景


そして今回の展覧会のもう一つの大きな見どころはこちら。
「眉間に冴える三日月形、天下御免の向こう傷」の名セリフで知られる市川右太衛門主演の人気シリーズ「旗本退屈男」をはじめとした時代劇衣裳が作品のポスターとともに並んだ様はまさに圧巻そのものです。

第3章展示風景

衣裳とその衣裳を着ている市川右太衛門が写っているポスターが両方とも残されているのは本当に貴重なことだと思います。

第3章展示風景

「旗本退屈男」のシリーズはテレビで何作か見て、迫真の殺陣シーンにワクワクしたことを覚えていますが、その一部の映像が会場内で流れているので、こちらもぜひご覧いただきたいです。


終章 数奇な人

今回の展覧会は、甲斐荘が生涯をかけて筆を加えながらも完成に至らなかったふたつの大作でフィナーレを迎えます。

右 《畜生塚》、左 《虹のかけ橋(七妍)》
どちらも京都国立近代美術館

顔の陰影、筋肉もりもりの体つき。
まさに甲斐荘が若い頃に心を惹かれたダ・ヴィンチやミケランジェロへの思いが強く感じられる作品です。

これから梅や桜の見ごろを迎える京都は観光にうってつけのシーズン。この機会に甲斐荘楠音の魅力いっぱいの展覧会をご覧になってみませんか。
この春おすすめの展覧会です。


京都国立近代美術館内カフェ「café de 505」で、会期中、提供される本展とのコラボレーションメニュー、一日10食限定の「ふるへる女心の情念パフェ」もおすすめです!

甲斐荘オリジナルクッキーがついて、《幻覚(踊る女)》をイメージした濃厚真っ赤なカシスリキュールのベリーソースをかけて食べるパフェはまさに情念そのもの。
ベリーソースの甘酸っぱさがパフェの味を引き立てています。

イメージした《幻覚(踊る女)》は下の写真左です。

左《幻覚(踊る女)》、右《舞ふ》
どちらも京都国立近代美術館

2023年2月21日火曜日

サントリー美術館 没後190年 木米

東京・六本木のサントリー美術館では、「没後190年 木米」展が開催されています。

展覧会チラシ

さて、今回の展覧会のチラシをご覧になって、「もくまい?」「きごめ?」、没後190年というと1833年なので江戸時代、さて誰だろう、と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そういう時は迷わず、展覧会のPR動画をぜひご覧ください⇒展覧会関連動画

「もくべい、もくべい、もくべい・・・」

一度聞いたら忘れられないこのフレーズ。
そうです。
京都祇園の茶屋「木屋」に生まれ、氏は青木、名は八十八、それをもじって「木米」と名乗り、陶芸、煎茶、絵を愛した京都の文人「木米(もくべい)」(1767~1833)のことなのです。

展覧会のキャッチコピーは、木米がもう、頭から離れない。

木米のやきものや煎茶道具、山水画を見たらもう木米が頭から離れないこと請け合い。
こんな楽しい展覧会は見逃すわけにはいきません。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年2月8日(水)~3月26日(日)
     ※各作品の出品期間は、出品作品リスト(PDF)をご参照ください。
     ※作品保護のため、会期中展示替を行います。
     ※会期は変更の場合があります。
開館時間 10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
     ※2月22日(水)、3月20日(月)は20時まで開館
     ※いずれも入館は閉館30分前まで
     ※開館時間は変更の場合があります。
休館日  火曜日 ※3月21日は18時まで開館
入館料  一般 1,500円 大学・高校生 1,000円 
     ※中学生以下無料
     ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

※チケット購入方法、展示替情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒サントリー美術館

展示構成
 第一章 文人・木米、やきものに遊ぶ
 第二章 文人・木米、煎茶を愛す
 第三章 文人・木米と愉快な仲間たち
 第四章 文人・木米、絵にも遊ぶ

展示室内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。

展示室内のフォトスポットのみ撮影できます。
中国の書聖・王羲之さんがにこやかにお出迎えしてくれるので、記念写真をぜひ!

フォトスポット



第一章 文人・木米、やきものに遊ぶ

それではまず第一章から。
今回の展覧会は各章ごとのタイトルが洒落てます。
なにしろ文人(※)らしくやきものに遊んでしまうのですから。
こういうタイトルですと、見る方も肩の力がスーッと抜けてリラックスして展示を見ることができるというものです。

※文人とは(展示パネルより)
 木米が生きた時代の日本における文人とは、中国の文人の「詩書画三絶(詩と書と画が共に優れていること)の世界に憧れをもち、中国の学問や芸術の素養を身につけた人たちです。彼らは独自の文人ネットワークを作り、全国規模で活発に交流しました。そして、お互いの個性を尊重しながら、思い思いに文人としての生き方を追求したのです。

第一章展示風景


木米は、「やきものに遊ぶ」といってもいい加減にやきものを作っているわけではありません。

こちらは二段の重箱に提げ手がついた重要文化財《染付龍濤文提重》。

重要文化財《染付龍濤文提重》木米
江戸時代 19世紀 東京国立博物館 通期展示


重箱に描かれているのは、中国・明時代に景徳鎮で焼かれた磁器に倣った五爪の龍。
日本で描かれる龍は三爪のものが多いのですが、中国では五爪の龍は皇帝の象徴とされ、皇帝の持ち物にしか表されてはいけない龍なのです。

そして、「古染付(こそめつけ)」といわれる明時代の染付磁器の中には土と釉薬の収縮率の違いから釉の表面に小さな傷ができるものがあり、日本の茶人たちはそれを「虫喰い」として愛でていたのですが、この重箱の角や縁も「虫喰い」のように表面を加工したとの見方もあるので、木米が細部までこだわりをもってやきものに遊んでいたことがわかります。

また、提げ手の規則的な紗綾文様や雷文は、明時代末の染付磁器「祥瑞」の雰囲気にも通じるものがあるので、木米が中国陶磁の様式をしっかり押さえた上でオリジナリティーを発揮していることがよくわかります。

第一章では、一つひとつのやきものに見られる木米のこだわりをぜひお楽しみいただきたいです。

第一章展示風景




第二章 文人・木米、煎茶を愛す

18世紀半ば、煎茶道具を担いで道行く人たちに茶をふるまった売茶翁(1675-1763)の生き様が文人たちに大きな影響を与え、煎茶道が文人たちの間に広まりました。

売茶翁と聞いて、2年前の正月にNHK総合で放送された「ライジング若冲」で、売茶翁役の石橋蓮司さんが味のある演技をしていたのを思い浮かべた方もいらっしゃるのでは。

その煎茶道に使われた茶道具が展示されているのが「第二章 文人・木米 煎茶を愛す」。


第二章展示風景

冒頭でご紹介したフォトスポットのモデルとなった《白泥蘭亭曲水四十三賢図一文字炉》(木米 江戸時代 19世紀 布施美術館 通期展示)(上の写真右手前)も展示されています。

これは中国の書聖・王羲之が東晋時代の永和九年(353)、蘭亭に名士を招いて、蛇行する川に盃を浮かべ、盃が自分の前を流れ過ぎるまでに詩を作り、作れなければ罰として酒を飲むという曲水の宴を設けた時の様子が表されたもので、正面の手すりから身を乗り出しているのが王羲之、炉の側面には蛇行する川の様子がほどこされています。
正面下には王羲之のアイコンともいえる鵞鳥も描かれています。

この作品の拡大版のフォトスポットとあわせて、ぜひぐるりと一周して模様をご覧いただきたいです。

こちらは木米作の「交趾」という名の付いた、緑、黄、紫など独特の色合いの急須(下の写真右の2点)。


右から《交趾釉梅花花鳥文急須》《交趾釉鳳凰文急須》
どちらも木米 江戸時代 19世紀
《交趾金花鳥香合》 明~清時代 17世紀
いずれも個人蔵 通期展示

「交趾」とはベトナム北部のことで、交趾との交易船が運んできた陶器も「交趾(焼)」と呼ばれていたのですが、実際には中国南部で焼かれたものが多かったそうです。

木米はその「交趾」の焼物のデザインも茶道具の急須に取り入れていました。
上の写真中央の《交趾釉鳳凰文急須》と左の《交趾金花鳥香合》が並んで展示されているので、鳳凰の姿をよく見比べることができます。


木米作の茶道具の特徴の一つは、器に文字を入れることでした。
遠くから見ると真っ白な炉に見えますが、器の表面には本を開いたように四角い枠があって、中には茶詩(=茶を主題とした詩)が彫刻されているので、ぜひお近くでご覧ください。

第二章展示風景




第三章 文人・木米と愉快な仲間たち

木米が生きた時代の京都は、文人たちが集まり多士済々の様相を呈していました。
木米の親友で、豊後(現在の大分)からやってきた田能村竹田(1777-1835)もその一人。

下の写真左は、竹田が描いた木米の肖像画《木米喫茶図》、右は池大雅(1723-76)《密林草堂図》(どちらも個人蔵 展示期間2/8-2/27)。
(3月1日から26日までは、大雅との交流があり詩書画に長じ、木米が若い頃、文人としての教養を学んだ高芙蓉(1722-1784)の《竹石図》(宝暦12年(1762) 個人蔵)が展示されます。)


左 《木米喫茶図》田能村竹田 文政6年(1823) 
右 《密林草堂図》池大雅 江戸時代 18世紀
どちらも個人蔵、展示期間2/8-2/27


「ライジング若冲」でも豪放磊落そのままに演じられていた池大雅が54歳で亡くなった時、木米は10歳でしたが、木米は大雅に背負われたり、手を引かれたりして京都・東山のあたりを歩いたそうです。
大雅の命日にその霊前に供えるために描いた《重嶂飛泉図》(木米 江戸時代 19世紀 静嘉堂文庫美術館 展示期間2/8-2/27)が第四章に展示されています。

第三章では、木米が交流した文人たちにあてた書状も展示されています(展示替えあり)。

第三章展示風景

書状の解説パネルには現代語訳の大意もあるので、木米の人となりを感じとることができ、文人・木米と愉快な仲間たちが楽しそうに会話している様子が目に浮かんでくるようです。

第三章展示風景



第四章 文人・木米、絵にも遊ぶ  


文人・木米はやきものだけでなく絵にも遊んでいました。

第四章展示風景

木米の絵画は、山水画が大半を占めることと、誰かのために描いた「為書(ためがき)」が多いことが特徴です。

そして山水画の中には小さな人物が描かれているものもあるので、絵の中の人物を探してみてください。
それはもしかしたらこの絵を贈った人なのかもしれません。



今回の木米展では、木米の絵画が前期後期で約40点展示されますが、これだけまとまって木米の絵画が見られる機会は多くないでしょうから、ぜひ前期後期ともご覧いただきたいです。

展覧会のフィナーレを飾るのは、京都に生まれ、京都で生涯を送った木米にふさわしく、京都の名所の山水画が描かれた桐製茶心壺でした。


《栂尾・建仁寺・兎道図茶心壺》木米
江戸時代 19世紀 個人蔵 展示期間2/8-2/27
(3/1-3/26には同じタイトルで別の茶心壺が展示されます。) 


展覧会図録も充実!

展示作品のカラー図版や詳しい解説、木米関連年表、担当した学芸員さんたちの論文が盛り込まれた展覧会図録(一般 2,800円、メンバーズ 2,520円 どちらも税込)は読みごたえがあって、展覧会の記念にもなるのでおすすめです。


やきもののように見えますが、やきものではありません。
軽妙なトークを聴いているような静嘉堂文庫美術館 河野元昭館長の巻頭の論文も必読です。 

この春はぜひ文人・木米のやきものと絵画をお楽しみください!

2023年2月12日日曜日

東京都美術館「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」

東京・上野公園の東京都美術館では、「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」が開催されています。

展示室入口のフォトスポット

今回の展覧会は、220点以上のエゴン・シーレ(1890-1918)の作品を所蔵し、「シーレの殿堂」として知られるウィーンのレオポルド美術館の所蔵作品を中心に、油彩画、ドローイングなど50点を通して画家の画業の変遷をたどる回顧展。
同時に、クリムト、ココシュカ、ゲルストルをはじめとする同時代作家たちの作品も紹介されて、シーレをめぐるウィーン世紀末美術の雰囲気を感じ取ることができる展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2023年1月26日(木)~4月9日(日)
開室時間 9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日  月曜日
※会期等は変更になる場合があります。
会 場  東京都美術館(東京・上野公園)
観覧料  一般 2,200円/大学生・専門学校生 1,300円/65歳以上 1,500円
※本展は、展示室内の混雑を避けるため日時指定予約制です。詳細は展覧会公式サイトをご覧ください⇒エゴン・シーレ展

※展示室内は一部を除き撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報用画像をお借りしたものです。

エゴン・シーレ展_会場 撮影:山本倫子




クリムトの影響を受けた初期作品

1906年、16歳でウィーン美術アカデミーに入学したシーレが保守的な教育に不満を抱いていた頃、当時のウィーン美術界の中心人物だったグスタフ・クリムトに出会い影響を受けました。
その影響が見られるのが1908年に描かれたこの作品。

      エゴン・シーレ《装飾的な背景の前に置かれた様式化された花》 1908年           油彩、金と銀の顔料/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna


正方形のカンヴァスや背景に金や銀を用いるところにクリムトの影響が見られるのですが、背景に描かれた金や銀の四角い升目模様の境目が金箔や銀箔を貼った箔足のように見えて、一瞬、これは日本画ではと思ったほど装飾的な作品でした。

シーレが影響を受けたクリムトの作品は、やはり正方形のカンヴァスに描かれていました。
当時、オーストリア帝国を支配していたハプスブルク家の夏の離宮・シェーンブルン宮殿にある庭園を描いた作品です。

       グスタフ・クリムト《シェーンブルン庭園風景》 1916年 油彩/カンヴァス     レオポルド美術館に寄託(個人蔵) Leopold Museum, Vienna



風景画には人物を描かないことが多いクリムトにしては珍しく人物を描いた作品ですが、一面緑が生い茂る中、人物の服装の色がいいアクセントになっています。


自画像は何を物語るのか

今回の展覧会のメインビジュアルの一つにもなっている《ほおずきの実のある自画像》は、シーレの自画像の中でもっともよく知られている作品です。

     エゴン・シーレ《ほおずきの実のある自画像》 1912年 油彩、グワッシュ/板             レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna


日本ではお盆にご先祖様をお迎えするために飾るほおずきは、西洋では「deception(ごまかし)」の花言葉で知られています。
ほおずきを背景にして少し斜めに構えたシーレは、見る人に何を訴えようとしているのでしょうか。


照明を落とした展示室の中で神々しい光を放つのは、25歳の若さで自ら命を絶ったリヒャルト・ゲルストルの《半裸の自画像》。
だらりと垂れた両腕はキリストの受難、白い腰巻と頭部をおおうオーラはキリストの復活を表わすとされるこの作品は、今回展示されている自画像の中でも特に強く心に響きました。

         リヒャルト・ゲルストル《半裸の自画像》 190204年 油彩/カンヴァス               レオポルド美術館蔵Leopold Museum, Vienna


エゴン・シーレ展_会場 撮影:山本倫子



独自の視点から描かれた女性像

シーレの描く母子像は、キリスト教絵画の伝統的な聖母子像を思わせる構図をとりながらも、母親は何かを案じているかのように目を閉じ、子どもはおびえているかのように大きく目を見開いています。
掌を広げた子どもの左手は何かを拒絶しているようにも見えて、これから不穏なことが起こるのではないかという不安な様子を感じさせる作品です。


           エゴン・シーレ《母と子》 1912年 油彩/板                            レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna



筆ではなく、指を使って描いていて、一部には指紋が残されているこの作品は、筆という道具を介さない、まさにシーレの魂が直接体からほとばしる絵と言えるのではないでしょうか。


シーレの描く女性像は少し違た角度やポーズで描かれているのが特徴です。

シーレの妻・エーディトは、少し上から見た角度から描かれています。
普段着を着て、少し伏し目がちで遠慮したように見えるエーディトの姿は、とても親しみがもてるように感じられました。

     エゴン・シーレ《縞模様のドレスを着て座るエーディト・シーレ》 1915年          鉛筆、グワッシュ/紙 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna


伝統的的な裸婦像は、立っているか、横たわるポーズをとっていることが多いのですが、シーレの描く裸婦像はなぜかアクロバティックなポーズをとっています。

      エゴン・シーレ《頭を下げてひざまずく女》 1915年                         鉛筆、グワッシュ/紙 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna


最初はどういう姿勢なのかわかりませんでしたが、ひざまづいた状態から突然に前かがみになった瞬間が描かれているようです。
女性のたくましい太腿に目を奪われますが、他に展示されている裸婦像を見て感じたように、シーレは特に女性の太腿に注目していたのではないでしょうか。


世界遺産の街を描いた風景画がロマンチック


人物画のイメージが強いシーレですが、今回展示されている作品の中でも風景画ののどかな雰囲気が特に心地よく感じられました。

描いたのは現在のチェコ共和国南部の小さな町・チェスキー・クルムロフ(当時はクルマウ)。
今でも中世の街並みをとどめるこの町は、現在は世界遺産に登録されていて、観光の名所になっているので、行かれた方もいらっしゃるのでは。


    エゴン・シーレ《モルダウ河畔のクルマウ(小さな街Ⅳ)》 1914年                   油彩、黒チョーク/カンヴァスレオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna


母親の故郷クルマウをたびたび訪れたシーレは、まるでメルヘンの世界のような街並みを油彩や素描で繰り返し描きました。

シーレが描く家々はどれもがおもちゃのようにロマンチックで、道路に向けて開かれた小さな窓が窓枠だけが小さく描かれていてとても可愛らしく感じられます。

※上記作品を含め「第9章 エゴン・シーレ 風景画」は撮影可です。撮影については展示室内の注意事項をご確認ください。


シーレ作品50点が集結したこれだけ大規模な展覧会が日本で開催されるのは30年ぶり。
巡回展はありませんので、この貴重な機会にぜひ東京都美術館までお越しいただいてウィーンが生んだ若き天才の作品をお楽しみいただきたいです。

エゴン・シーレ展_会場 撮影:山本倫子



鏡の前でポーズをとるエゴン・シーレにも会えます。
展示室外のこのパネルは撮影可なので、記念にシーレと一緒にポーズをとってみてはいかがでしょうか。

フォトスポット

2023年2月7日火曜日

三井記念美術館 三井家のおひなさま 特集展示 近年の寄贈品ー絵画・工芸・人形などー

東京・日本橋の三井記念美術館では、2月11日(土・祝)から「三井家のおひなさま」が開催されます。

展覧会チラシ


キャッチコピーは、3年ぶりに、逢いにきてください

一昨年から昨年までのリニューアル工事による休館もありましたが、3年前の2020年にはコロナ禍のため会期途中で終了せざるを得なかった「三井家のおひなさま」が3年ぶりにお目見えです。
まだまだコロナ禍は収束していませんが、桃の節句のこの時期に豪華絢爛なひな人形を見て、ぜひ明るい気分になっていただきたいです。

特集展示 近年の寄贈品ー絵画・工芸・人形などーでは、同館が近年寄贈を受け入れた作品の中から主だったものが展示されるので、こちらも楽しみです。

展覧会開催概要


会 期   2023年2月11日(土・祝)~4月2日(日)
開館時間  10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日   月曜日、2月26日(日)
入館料   一般 1,000(800)円、大学・高校生 500(400)円、中学生以下無料
      *70歳以上の方は800円(要証明)。
      *リピーター割引:会期中一般券、学生券の半券のご提示で、2回目以降は( )
       内割引料金となります。
      *障害者手帳をご呈示いただいた方、およびその介護者1名は無料です(ミライ
       ロIDも可)。
※展覧会の詳細、展覧会関連イベント等については、同館ホームページをご覧ください⇒三井記念美術館
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報用画像をお借りしたものです。   



巴印のひな人形・ひな道具(三井苞子<北三井家十代・高棟夫人>旧蔵品)

北三井家十代・高棟(たかみね)夫人の苞子(もとこ)氏の旧蔵品のおひなさまは、実家の旧富山藩主前田家から伝わったもの、明治25年(1892)に結婚後、三井家で新たに作られたもの、江戸時代から三井家に伝来したものなど、さまざまな年代や種類のひな人形、ひな道具があります。

最初にご紹介する「内裏雛」は、雲上人の姿になぞらえた男女一対の雛人形で、明治28年(1895)に製作されたものです。

雲上人とは、宮中において昇殿を許された殿上人や女官のことで、まさに「雲の上の人たち」。衣裳や表情に気品が感じられます。

内裏雛 三世大木平藏製 明治28年(1895)
三井記念美術館蔵

こちらは、化粧道具、茶道具、香道具、文房具など、おひな様が生活するのに必要な道具一式のミニチュア版。
一つひとつはとても小さいのですが、どれも丁寧に作られているのがよくわかります。
ミニチュア・ファンの筆者としてはぜひとも見てみたい展示作品のひとつです。

銀製ひな道具 江戸~明治時代・19世紀
三井記念美術館蔵

江戸後期・文化年間に作られた紙製の立雛は、小袖には岩絵具で松、藤、撫子が描かれ、袴の菊と亀甲紋は金泥で表されていてとても鮮やかです。

立雛 江戸時代・文化12年(1815)
三井記念美術館蔵


小蝶印のひな人形・ひな道具(三井鋹子<北三井家十一代・高公夫人>旧蔵品)

北三井家十一代・高公(たかきみ)夫人の鋹子(としこ)氏のひな人形は、東京日本橋に店を構えた名工・二代永徳斎製のものが中心で、丸いお顔がとても可愛らしいです。

次郎左衛門雛 二代永徳斎製 明治~大正時代・20世紀
三井記念美術館蔵 

永徳斎は、明治から昭和戦後にかけて四代続いた名店。
次郎左衛門雛は、丸顔に引目鉤鼻の面立ちが特徴で、京の人形師で幕府御用も勤めた雛屋次郎左衛門が創始した人形と伝えられています。

ほかにも幼児の無事息災を祈る意味をもつ、雌雄一対の「犬筥」(展覧会チラシの下の左右の隅に見えます)や、牡丹唐草蒔絵の装飾が施された化粧道具なども展示されます。


永印のひな人形・雛道具(浅野久子氏<北三井家十一代・髙公長女>寄贈品)

北三井家十一代・髙公氏の一人娘として昭和8年(1933)に誕生した浅野久子氏の初節句に際し、「丸平」で知られる京都の丸平大木人形店・五世大木平藏(1885-1941)に注文してあつらえたひな人形、ひな道具が、近年まで浅野家で行われていた段飾りを再現する形で展示されます。
幅3メートルにおよぶ浅野久子氏の豪華なひな段飾りは必見です!

内裏雛 五世大木平藏製 昭和9年(1934)
三井記念美術館蔵

内裏雛は、近くで見ても髪飾り、衣裳、扇子などが丁寧に作り込まれているのがよく分かります。

内裏雛(女雛) 五世大木平藏製 昭和9年(1934)
三井記念美術館蔵


珠印のひな人形・雛道具(三井興子<伊皿子三井家九代・高長夫人>旧蔵品)


北三井家十代・高棟氏と苞子氏の三女として明治33年(1900)に誕生し、大正8年(1919)に伊皿子家・九代高長氏と結婚した三井興子氏の内裏雛は四世大木平藏によるもの。
背景の銀屏風がきらびやかな雛人形を引き立てています。

内裏雛 四世大木平藏製 明治33年(1900)
三井記念美術館蔵

男性の「仕丁」はよく見られますが、ここではその女性版の「女仕丁」が展示されるので、三人官女とともにぜひ見てみたいです。

特集展示・近年の寄贈品ー絵画・工芸・人形などー

展示室6では、水野年方の版画『三井好 都のにしき』全13枚が一挙に公開されます。

『三井好 都のにしき』のうち「春の野」 水野年方画
明治時代・20世紀 三井記念美術館蔵

浮世絵師月岡芳年に師事した水野年方の版画『三井好 都のにしき』は、三越呉服店の前身・三井呉服店の明治37年頃の新作ファッションカタログとしての性格を兼ねているもので、当時の流行の最先端をうかがうことができます。
水野年方は、美人画家として「西の松園、東の清方」と並び称された鏑木清方の師匠としても知られています。

展示室7には、北三井家から寄贈された御所人形や五月人形など、また、三井グループ企業から寄贈された酒井抱一下絵、原羊遊斎作の「春野蒔絵引戸」、個人からの寄贈品では河鍋暁斎の「花見の図」などの絵画はじめ、多彩な作品の数々を楽しむことができます。

花見の図 河鍋暁斎筆 明治時代・19世紀
三井記念美術館蔵


「花見の図」なのに花は描かれてなくて、描かれているのは天狗の鼻のようなお面をつけてはしゃいでいる男と団子を食べる女、そしてお面やおもちゃを売っている老婆。
すでに盛り上がっている男女はこれから花見に行くところなのでしょうか。
暁斎らしいユーモアにあふれた作品です。

会場内はひな人形やひな道具で彩られて明るく楽しい雰囲気でいっぱい。
春の訪れをぜひ会場で味わっていただきたい展覧会です。