2023年9月27日水曜日

東京国立博物館 浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念 特別展「京都・南山城の仏像」

東京・上野公園の東京国立博物館では、浄瑠璃寺九体阿弥陀修理完成記念 特別展「京都・南山城の仏像」が開催されています。

会場入口

今回の特別展は、京都府の最南部・南山城にある浄瑠璃寺の本堂に安置されている平安時代の阿弥陀如来坐像九体の修理が完成したことを記念して開催される展覧会。
2018年度から5年をかけて順々に修理が行われた九体のうち最後の一体の阿弥陀如来坐像がお寺に戻る前に東京にご出陳いただいています。
浄瑠璃寺九体阿弥陀の前回の修理がおよそ110年前の明治期に行われたので、今回のようにお寺の外で拝める機会が訪れるのは100年後かもしません。あわせて南山城の仏像の代表作が一堂に会した展覧会ですので、見逃すわけにはいきません。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  令和5年(2023)9月16日(土)~11月12日(日)
     ※会期中、一部の作品は展示替えを行います。
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入場は開館の30分前まで
休館日  月曜日(ただし10月9日は開館)、10月10日(火)
会 場  東京国立博物館 本館特別5室

展覧会の詳細は公式サイトをご覧ください⇒特別展「京都・南山城の仏像」

※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、プレス内覧会で主催者から許可を得て撮影したものです。


見どころ1 極楽浄土の雰囲気が体験できます。



会場内の正面に鎮座するのは国宝《阿弥陀如来坐像(九体阿弥陀のうち)》。
そして、両脇を固めるのは同じく国宝の《広目天立像(四天王のうち)》《多聞天立像(四天王のうち)》。


中央《阿弥陀如来像(九体阿弥陀のうち)》平安時代・12世紀、
右《広目天立像(四天王のうち)》、左《多聞天立像(四天王のうち)》
どちらも平安時代・11~12世紀
いずれも国宝、京都・浄瑠璃寺

平安時代には、貴族たちが極楽往生を願い九体阿弥陀を阿弥陀堂に安置することが流行して京都を中心に30カ所ほど九体阿弥陀堂が作られたと伝わりますが、当時の彫像・堂宇が現存するのは、この浄瑠璃寺だけなのです。

9世紀の時を越えてなお黄金色に輝く阿弥陀如来像、そして西方を守る広目天立像、北方を守る多聞天立像が並ぶ様は、当時の貴族たちが夢見た極楽浄土の世界がこの場に現われたかのように感じられます。

会場入口の写真にあるように、九体の阿弥陀如来像が並ぶ浄瑠璃寺での本堂では台座は見えませんが、ここでは阿弥陀如来像を支える立派な台座まで見ることができます。


見どころ2 平安時代の仏像の変遷がたどれます。


794年に平安京に都が置かれてから12世紀後半まで続いた平安時代には唐風文化から国風文化への変化が見られましたが、平安時代の仏像の代表作がそろった今回の特別展では唐風から和様へと変化する仏像の変遷をたどることもできるのです。


9世紀 唐風の影響

会場入口でお出迎えしてくれるのは、唐風文化の影響を受けて自然な姿勢が特徴の重要文化財《十一面観音菩薩立像》(京都・海住山寺)。
優雅なたたずまいを拝見していると、自然と心がなごんでくるように感じられます。

重要文化財《十一面観音菩薩立像》平安時代・9世紀
京都・海住山寺


10世紀 和様への歩み


奈良・東大寺の僧侶が創建した禅定寺の本尊《十一面観音菩薩立像》は、太い鼻筋や張りのあるの頬で穏やかな顔立ち、浅く緩やかな彫りによる柔らかな衣の表現が特徴で、和様彫刻へと歩みを始めた時代を代表する仏像です。
高さ3mにもおよぶ姿に圧倒されます。

重要文化財《十一面観音菩薩立像》平安時代・10世紀
京都・禅定寺


11~12世紀 貴族文化の最盛

ふたたび登場いただくのは国宝《広目天像(四天王のうち)》。
動きが控えめで品のある立ち姿、華やかな彩色と金箔を細く切って貼り付ける截金文様が特徴で、貴族好みの大ぶりな植物の文様も描かれています。
制作当時の姿がよく残されている貴重な仏像ですので、ぜひ近くでご覧いただきたいです。

国宝《広目天立像(四天王のうち)》平安時代・11~12世紀
京都・浄瑠璃寺


見どころ3 特徴ある仏像にもお会いできます。


今回の特別展で展示される仏像は、展示替えを含めて全部で18体。
ほかにもまだまだ特徴のある仏像にお会いできます。

平成11年(1999)の解体修理の際に像内から取り出された文書から、鎌倉時代の慶派仏師の棟梁・運慶とともに活躍した快慶の有力な弟子・行快が制作にあたったとされるのが重要文化財《阿弥陀如来立像》。
切れ長な目線、数多い衣の襞(ひだ)といった慶派の特徴をもつ鎌倉時代の仏像です。
像内納入品も展示されているので、《阿弥陀如来立像》とあわせてご覧いただきたいです。


右 重要文化財《阿弥陀如来立像》行快作 鎌倉時代・嘉禄3年(1227) 京都・極楽寺
左 《牛頭天王坐像》平安時代・12世紀 京都・松尾神社

鳥が羽ばたいているようにも見えるのは、重要文化財《千手観音菩薩立像》。
千手観音は千本の腕で人々を救う仏様ですが、42本に省略することが多い中、この千手観音菩薩様は千本に迫る多くの手をお持ちです。
両脇を固めるのは、向かって右から《金剛夜叉明王立像》《隆三世明王立像》。
三体とも京都・寿宝寺の所蔵ですが、動きのある二体の明王立像とともにこの一角は特に躍動感があるように感じられました。

中央 重要文化財《千手観音菩薩立像》、右《金剛夜叉明王立像》、
左《隆三世明王立像》、いずれも平安時代・12世紀 京都・寿宝寺


そして最後にご紹介するのは重要文化財《不動明王立像》。
たいていは忿怒の形相で悪をにらみつける不動明王ですが、この《不動明王立像》は丸い顔でくりっとした目をしていてまるでかわいらしい子どもように感じられます。
さらに不動明王の特徴ともいえる左胸に垂れる弁髪がなく、左肩から右脇に掛ける条帛(じょうはく)という衣も着けていませんが、これは天台宗の高僧・円珍が感得したという黄不動と共通しているのでした。


重要文化財《不動明王立像》平安時代・12世紀
京都・神童寺

特設ショップでは、絵はがき、A4クリアファイル、本展の仏像大使(広報大使)に就任された、みうらじゅんさん、いとうせいこうさんが監修したオリジナルグッズなどが盛りだくさん。
特設ショップ


カラー図版や作品解説などが掲載された展覧会公式図録もおすすめです。

特別展「京都・南山城の仏像」公式図録
1,500円(税込)


会期は11月12日(日)まで。
ぜひこの落ち着いた雰囲気の空間をお楽しみください。

2023年9月25日月曜日

大倉集古館 特別展 畠中光享コレクション「恋し、こがれたインドの染織ー世界にはばたいた布たちー」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展 畠中光享コレクション「恋し、こがれたインドの染織ー世界にはばたいた布たちー」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、日本画家でインド美術研究者の畠中光享氏が収集したインド染織コレクションから約100点が見られる展覧会。ベッドカバーや掛布、ショールなど展示室内は色とりどりの布でおおわれていて華やいだ雰囲気でいっぱいです。

9月12日(火)からは後期展示が始まり会期も残り1ヶ月ほどとなりましたが、遅ればせながら展示を拝見してきましたので、展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年8月8日(火)~10月22日(日)
 ※前期 8/8(火)~9/10(日)、後期 9/12(火)~10/22(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,300円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
※事前予約不要
※展覧会の詳細、各種割引料金等は同館公式サイトをご覧ください⇒大倉集古館 
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用にお借りしたものです。
※展示作品は、すべて畠中光享氏所蔵です。

展示構成
 第1章 ヨーロッパに渡ったインド布とその展開
 第2章 東南アジア、ペルシャ、日本へ渡ったインド布とその展開
 第3章 インド国内で使用された布


第1章 ヨーロッパに渡ったインド布とその展開


展示室に入って驚いたのは、ベッドカバーや掛布などの多くがダブルベッドをおおってしまうほど大きさがあることでした。花柄などで彩られた色鮮やかな布が展示ケースの壁一面に広げられて展示されているので、展示室内がとても明るく感じられました。

こちらは白地に「生命の樹」やカーネーションなどの花柄文様の掛布。
媒染技法(媒染剤によって染料を布に定着させる工程)が発達していなかったヨーロッパでは特に人気を博し、このようなインド布を持つことが上流階級の人たちにとってステータスシンボルだったのです。

《掛布》(部分) コロマンデール・コースト(インド)、
18世紀後期 手描染、媒染、防染/木綿


カシミヤ山羊の毛で作った糸を染め、その色糸を巻き付けた木管を使い綴織で模様を織り出すという気の遠くなるような工程を経て作られたカシミールショールは、1枚つくるのに3年くらいはかかり非常に高価なものでした。

《ショール》(部分)、カシミール(インド)、1850~70年代、
綾地綴織/羊毛

インド製の布が重宝される一方、印刷技術が発達していたヨーロッパではプリントによる模倣布がつくられました。
こちらは銅版回転捺染機で模様をプリントし、その上に彩色を施したもので、色鮮やかな南国の鳥たちの美しさに魅了されます。


《掛布》(部分)、ヨーロッパ、19世紀初期、
凸版ローラーによる加彩/木綿

カシミールショールの模倣品は、フランス人ジャカール(英語読み:ジャカード)が発明した自動織機(ジャカード織機)で織られました。
プリントにはない立体感と厚みが高級感を醸し出しています。



《倣カシミールショール》(部分)、フランス、19世紀中期、ジャカード織


第2章 東南アジア、ペルシャ、日本へ渡ったインド布とその展開


古くからインドとの交流があった東南アジアには、インドの捺染布が部族の長によって求められ、儀礼など特別な時に用いられました。

西インドのグジャラートからインドネシアに輸出された捺染布のデザインは、両端に鋸歯文(ノコギリの歯の形)があり、幾何学文が多く全面に模様があるのが特徴です。

《儀礼用布》(部分)、グジャラート州(インド)、18世紀後期、
手描染、木版捺染、媒染、防染/木綿


東南アジアには、ところどころ独特のかすれ具合が出る絣布も多く輸出されました。

《儀礼用布、パトラ(絣織)模様》(部分)、グジャラート州(インド)、
19世紀中期、木版捺染/木綿



ペルシャに輸出されたのはイスラム教徒が礼拝の時に使用する敷布などで、モスクなどがデザインされているのが特徴です。
アラビア文字もデザインされているのがわかります。


《礼拝用敷布》(部分)、アンドラ・プラデッシュ州、マスリパタム(インド)
19世紀末、木版捺染、媒染、防染/木綿



第3章 インド国内で使用された布


インド国内では、王侯貴族の邸宅やヒンドゥ寺院で用いられる荘厳なデザインの布が中心で、金銀糸織や美しい発色の捺染布がつくられました。

ヒンドゥ教徒にとって牛は神聖な存在として大切にされています。
儀式の時に牛に掛ける布も金糸、銀糸を使い豪華絢爛、煌びやかな布です。
牛の頭を覆うためでしょうか、写真の中央下部には三角形の突起があります。


《牛用掛布》(部分)、グジャラート州(インド)、19世紀前期、
縫取織/絹、金糸、銀糸


今回は、1階と2階の展示室だけでなく、地下1階にまで色鮮やかな布が壁一面に展示されています。
会期は10月22日(日)まで。
上流階級や王侯貴族があこがれ、神聖な場所で用いられて世界にはばたいたインドの布の魅力をぜひお楽しみください。

2023年9月14日木曜日

根津美術館 企画展「甲冑・刀・刀装具ー光村コレクション・ダイジェストー」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「甲冑・刀・刀装具ー光村コレクション・ダイジェストー」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展は、根津美術館が所蔵する約1200点の甲冑・刀・刀装具コレクションの中から選りすぐりの作品が見られる展覧会。
甲冑、刀剣ファンはもちろんのこと、刀の鐔(つば)に施されたユニークなキャラクターの金工細工など、誰にでも楽しめる展覧会ですのでぜひ多くの方にご覧いただきたいです。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
 

展覧会開催概要


会 期   2023年9月2日(土)~10月15日(日)
開館時間  午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日   毎週月曜日
      ただし9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開館、9月19日(火)、10月10日(火)は休館
入場料   オンライン日時指定予約
      一般 1300円、学生 1000円
      *当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
      *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料。 
会 場   根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンラインによる日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館 

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1 光村コレクションとは
 2 甲冑 ー蒐集のはじまり
 3 刀 ー蒐集と公開
 4 刀装具 ー記録・技術保存


1 光村コレクションとは

 
光村コレクションとは、明治~昭和前期の実業家・光村利藻氏(号 龍獅堂)が蒐集した3000点以上におよぶ甲冑や刀剣、刀装具のコレクションのことですが、その数の多さもさることながら、蒐集のきっかけとなったエピソードにも驚かされました。


「1 光村コレクションとは」展示風景


利藻氏のコレクションの発端は、長男の初節句のために本物の緋威(ひおどし)の甲冑と陣太刀を購入したことだったのですが、今でも子どもの初節句に五月人形を買う親はいるでしょうが、本物の甲冑と刀を子どもに買ってあげる親はそうはいないのではないでしょうか。

それからわずか10年ほどの間に蒐集の対象は甲冑から刀剣、刀装具にまでおよび、量だけでなく質も非常に高いコレクションが形成されたのです。

さらに光村コレクションが初代 根津嘉一郎氏の手に渡った時のエピソードにも驚かされました。

利藻氏の事業が行き詰まり、コレクションを手放さなくてはならなかったとき、渡米実業団の一員として明治42年(1909)に横浜を出港しようとしていた嘉一郎氏は、実物を全く見ることなく一括購入したのです。
のちに嘉一郎氏は、自身に刀剣の趣味はないものの、苦心の大蒐集だから買っておいたと語っていますが、優れた日本美術が海外に流出することを防ぐ意図もあったとも思われています。


2 甲冑 ー蒐集のはじまり 


今回展示されている「当世具足」とは、弓矢や太刀などが戦いの主力であった時代の重い甲冑から、槍や鉄砲の普及で戦いの様相も変わり、戦国時代以降に広まったより頑丈で活動しやすい甲冑のことで、当時としてはいわば最新式の武具。
その「当世具足」をはじめ、兜や面具など28件が含まれる現在の根津美術館の光村コレクションの中から、選りすぐりの武具が展示されいてる様は、今にも大河ドラマの合戦シーンが始まりそうでまさに「壮観!」の一言です。


「2甲冑 -蒐集のはじまり」展示風景

そして今回特にうれしかったのが、甲冑横のパネル(下の写真左)に鍬形、吹返、草摺など各部位の名称が記載されていることでした。
甲冑のことはあまり詳しく知らなかったので勉強になりました。


《紅糸威二枚胴具足》日本・江戸時代 19世紀
根津美術館

利藻氏が長男の初節句のために最初に購入した緋威(ひおどし=緋色の糸でつづり合わされた)の甲冑は、この紅糸でつづり合わされた具足のように、ひときわ鮮やかな色彩を放っていたことでしょう。


3 刀 ー蒐集と公開


古くから刀剣の制作がさかんだった備前国(岡山県東南部)で制作された「備前」の古刀から、江戸時代の新刀、さらには明治に入り廃刀令により窮地に立たされていた刀鍛冶に注文製作の機会を与えて製作された刀まで、刀剣女子ならずともこのラインナップは見逃すわけにはいきません。

「3 刀 ー蒐集と公開」展示風景

新古、大小あわせて2000口あまりになったと伝わる利藻氏が蒐集した刀剣は、古刀では備前、新刀では京・大坂で制作された刀剣が充実していたことが特徴でした。

利藻氏は、自邸で甲冑や刀剣、刀装具を積極的に公開したとのことですが、今ならきっと多くの刀剣女子たちが訪れたことでしょう。


上の写真後方の展示ケースに見られるようにパネルを半分ほど下げて、刃に光が集中するように工夫されたライティングも絶妙です。

重要美術品《太刀 銘 長光》日本・鎌倉時代 13世紀
根津美術館

《太刀 銘 長光》の刃文は直線的なのが特徴ですが、ここにも刀剣の各部位の名称や刀文の特徴などの解説パネルがあるので、刀剣にあまり詳しくなくてもすぐに刀剣の見方がわかるので助かります。

次の刀装具の展示でも、さすがに鐔(つば)はわかりますが、小柄(こづか)、笄(こうがい)となると刀のどの部位になるのだろうとあやしくなるので、「刀装具の部位と名称」の解説パネルはとても参考になります。


4 刀装具 ー記録・技術保存


利藻氏は刀装具などを蒐集しただけでなく、それらを調査し、刀装具の大型名品図録『鏨廼花(たがねのはな)』を編纂するという大きな業績を残しています。
今回展示されているのはその復刻版。

『鏨廼花(復刻版)』6冊のうち 日本・昭和時代 昭和46年(1971)
根津美術館

ここでは鐔などに施された細かな超絶技巧をぜひじっくりご覧いただきたいです。
単眼鏡お持ちの方はぜひご持参ください。

「4 刀装具 ー記録・技術保存」展示風景


目を凝らして小さな鐔を見てみると、右には怖い顔で鬼をにらみつける鍾馗さん、左には鬼が見えてきますが、鬼の怖がりようがなんとユーモラスなこと。

《鍾馗鬼図大小鐔》松尾月山作 日本・江戸~明治時代 19世紀
根津美術館


最初は何がかたどられているのか分かりませんでしたが、くりぬかれた部分が茶釜から頭やしっぽ、足をはやした「ぶんぶく茶釜」でした。(下の写真左《茂林寺茶図透鐔》)

左が《茂林寺釜図透鐔》田中清寿作 右は《秋草図鐔》端信蘆作
どちらも日本・江戸時代 19世紀 根津美術館


ほかにもまだまだ小さな刀装具に広がる世界が楽しめるので、細部までぜひご覧ください!


展示室5 二月堂焼経ー焼けてもなお煌めく


寛文7年(1667)2月に東大寺で行われた修二会(お水取り)の際、二月堂からの出火で下の部分が焼損した「二月堂焼経」4件。2017年から2022年にかけて行われた修理後初公開の重要美術品も含まれています。


重要文化財《華厳経 巻第四十六(二月堂焼経)》
日本・奈良時代 8世紀 根津美術館


修理の際、カビと考えられていた白い部分が蛍光X線調査で消火の際に水をかぶったため銀がイオン化して水中に溶け出し、それが本紙に広がったものと推定されたとのこと。
銀の文字の煌めきをぜひご覧いただきたいです。

展示室6 月見の茶


まだまだ厳しい残暑が続いていますが、暦の上ではもう秋。
秋といえば月見ですが、一足早くお月見が楽しめるのが重要美術品《色絵武蔵野図茶碗》。
右の白抜きの満月と、月の光に照らされた秋草が優雅な雰囲気を醸し出しています。

重要美術品《色絵武蔵野図茶碗》野々村仁清作 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館


ミュージアムショップ


展覧会の記念に刀装具のA4クリアファイルやハガキなどはいかがでしょうか。
ぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください!




会期は10月15日(日)まで。
この秋おすすめの展覧会です!

2023年9月13日水曜日

泉屋博古館東京 企画展「楽しい隠遁生活ー文人たちのマインドフルネス」

東京・六本木の泉屋博古館東京では、「楽しい隠遁生活 ー文人たちのマインドフルネス」が開催されています。
泉屋博古館東京エントランス

いつも内容の充実した展覧会が開催されている泉屋博古館東京。今回は「隠遁」というタイトルに惹かれ、どのような内容の展示なのか特に楽しみにしていました。

展示室に入るともうそこは都会の喧騒から離れた別世界。タイトルどおり田舎に隠遁したようなとても心地のよい空間が広がっていました。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2023年9月2日(土)~10月15日(日)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19時まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日 ※9/18(月・祝)・10/9(月・祝)は開館、翌9/19(火)・10/10(火)は休館
入館料  一般 1,000円、高大生 600円、中学生以下無料
展覧会の詳細、イベント情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京


展示構成
 §1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」
 §2 理想世界のイメージ
 §3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし
 §4 時に文雅を楽しむ交遊
 同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」

 ※撮影はホール及びホール内に展示されている北村四海《蔭》のみ可能です。
 ※館内は撮影不可です。掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

展覧会を紹介する時はハッシュタグ #楽しい隠遁生活 で発信お願いします。


§1 自由へのあこがれ「隠遁生活と隠者たち」


第1展示室に展示されているのは、許由、竹林七賢、西行、芭蕉、鴨長明はじめ隠遁生活を送った歴代の先達たちが描かれた掛軸や工芸作品です。

§1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」 展示風景

中国古代の伝説上の人物・許由は、堯(ぎょう)帝から帝位を譲ろうと言われると、汚れたことを聞いたので潁水で耳を洗い清めたという逸話が知られていますが、これはまた別のエピソードが主題になっています。

橋本雅邦《許由図》明治33年(1900) 泉屋博古館東京

ここに描かれているのは、隠遁して物を持つのを好まない許由が水を飲むのも、酒を呑むのも手を使っていたので、ある人から盃瓢を贈られ、許由がそれを松の枝に懸けたら風に揺られて音を立てたので、松林を吹き抜ける風の音を聞くのに邪魔になり川に捨ててしまったという場面。
よく見ると瓢箪が川面に浮かんでいるのがわかります。

この《許由図》は描かれた年代にも注目したいです。
明治31年(1898)の「東京美術学校騒動」で橋本雅邦とともに同校の創設に尽力して校長に就任していた岡倉天心が追放されると、雅邦も天心とともに同年の日本美術院設立に加わったという近代日本画界にとって激震が走った時期だったのです。
そういった背景をもとにもう一度この作品を見ると、瓢箪(過去)をポイッと捨てて、これから先に広がる未来を見つめているようにも思えてきます。
(もちろんこの時は、その後、日本美術院がたどる苦難の道のりは想像できなかったことでしょう。)

江戸から明治にかけての掛軸が多い中、モノトーンの画面が俗世を離れた草庵のわびしさを引き立ているのは現代作家・丸山勉さんの作品《庵(あん)》。

丸山勉《庵》令和4年(2022) 個人蔵


京都・下鴨神社の禰宜の家に生まれ、下鴨神社の摂社・河合社の禰宜への推挙が同族の反対によって実現しなかったため、失意の中、50歳頃に出家した鴨長明の庵が描かれたこの作品は、『方丈記』の作者の心情が反映されているように感じられました。


§2 理想世界のイメージ


中国・東晋末~宋の詩人、陶淵明の『桃花源記』に登場する「桃源郷」は理想世界のイメージとして古くから絵画に描かれてきていました。

§2 理想世界のイメージ 展示風景

『桃花源記』は、武陵の漁夫が川をさかのぼるうちに桃の林の中を行くと山に突きあたり、舟を置いて小さな穴の中を通ると、戦乱を逃れて平和に暮らす人々の村にたどり着くというストーリー。
中国・清時代の童基の《桃源図》には、手前に山の洞窟、遠方にのどかな山村の光景が描かれています。

童基《桃源図》中国・清時代 泉屋博古館


村に数日滞在した漁師は帰る途中に目印をつけていったのですが、漁師がもう一度その村に行こうとしたところ道に迷って二度とたどり着くことはできませんでした。
そんな理想郷はどのようなところだったのでしょうか。
想像をふくらませながら洞窟の穴から遠くの村を覗きこんでみました。


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし


今回の展示で特によかったのは、掛軸と文房具が絶妙にマッチングした展示室内のしつらえでした。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景

中央に鎮座するのは太湖石。

《太湖石》中国・清時代 泉屋博古館




太湖石は中国・江南地方の蘇州近くにある太湖からとれる石灰岩で、長年の浸食で独特の形状をしているのが特徴です。
中国では古くから庭園の中庭に大きな太湖石が置かれたり、盆石として室内に飾られたりしていました。

壁には山水図や観瀑図がかかり、その前には中国の文人たちの文房具が並べられているので、まるで中国文人の書斎に紛れ込んだような、まさにマインドフルネス(安寧な心理状態)な気分になってきます。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


「§2 理想社会のイメージ」に戻りますが、掛軸に描かれたものと同じ形をした青磁も展示されているので、ぜひ見比べてみてください。

下の写真右、田能村竹田《梅渓閑居図》(泉屋博古館)とその前に展示されている茶道具や青磁です。

§2 理想世界のイメージ 展示風景



§4 時に文雅を楽しむ交流


ここでは主に古代の文人たちが集まった宴席が描かれた「雅集図」や、文人たちが書斎で山水図を眺めて自然の雰囲気を楽しんだ「臥遊図」が展示されています。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし~§4 時に文雅を楽しむ交遊 展示風景


上の写真手前の展示ケースに酒器とともに展示されているのは、小田海僊《酔客図巻》。
最初はまじめに文雅について語り合っていた高士たちですが、酔いがまわってくるとともに横になったり、帰り際には足元がおぼつかなくなったりする様子が描かれています。

手前 小田海僊《酔客図巻》(部分)文政7年(1824) 泉屋博古館


ゆるい感じがとてもいい味を出しているこの絵巻を見ていたら、仲間に加わたい気分になってきました。

同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」


第4展示室では、特集展示「住友コレクションの近代彫刻」が同時開催されています。

「特集展示「住友コレクションの近代彫刻」展示風景

明治期を代表する洋画家のひとり、山本芳翠の現存する唯一の石膏像《虎石膏像》は、《猛虎一声》(東京藝術大学蔵)制作のためのマケット(準備習作)と思われる作品。
暗がりの中、咆哮する虎の声が聞こえてきそうな油絵《猛虎一声》も虎の迫力が伝わってくる作品ですが、こちらも小さいながらも眼光の鋭さに圧倒される逸品です。

山本芳翠《虎石膏像》明治時代 泉屋博古館東京


会期は10月15日(日)まで。
都会のど真ん中にいながらにして隠遁生活の雰囲気が味わえる展覧会です。
ぜひお楽しみください!