2026年夏、17世紀オランダを代表する画家・レンブラント(1606~1669)の版画史における”インパクト”にも注目した大規模展覧会が東京・上野公園の国立西洋美術館で開催されます。
| 展覧会チラシ |
展覧会開催概要
展覧会名 版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト
会 場 国立西洋美術館 企画展示室
会 期 2026年7月7日(火)~9月23日(水・祝)
開催時間 9:30~17:30(毎週金・土は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
主 催 国立西洋美術館、レンブラント・ハウス美術館
展示構成
第1章 版画家レンブラント
第2章 レンブラント版画の影響:17―18世紀
第3章 レンブラント版画の影響:19―20世紀
今回の展覧会は、版画家としてのレンブラントの名作はもちろん、レンブラントの影響を受けた画家たちの作品も展示される企画です。
開幕を前に開催された記者発表会に参加しましたので、さっそく展覧会の見どころをご紹介したいと思います。
見どころ1 レンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館のコレクションを中心に約130点を一挙展示!
オランダ、アムステルダムの中心に位置するレンブラント・ハウス美術館は、レンブラントが1639年から1658年まで実際に暮らした家を利用した、世界で唯一のレンブラント専門の美術館で、レンブラントによるエッチング(腐蝕銅版画)の世界有数のコレクションを中心に、素描作品、さらに彼と関連の深い、あるいは、その強い影響を受けた芸術家たちの作品を収蔵しています。
一方、国立西洋美術館でも、レンブラントのエッチングを重点的な収集の対象として、《病人たちを癒すキリスト》や《三本の木》など代表作を含む、20点余の作品を所蔵しています。
今回の展覧会は、レンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館による共同企画で、両館のコレクションを中心に、国内の美術館、大学図書館、個人蔵の作品も加えた約130点が一挙に展示され、レンブラントのエッチングと、それが同時代及び続く時代に与えた影響を見ていく企画です。
見どころ2 版画家レンブラントの挑戦!
今回の展覧会では、「油彩以上に色彩豊か」(詩人・批評家テオフィル・ゴーティエ[1811-1872])とも言わしめたレンブラント版画の魅力がたっぷり紹介されます。
まず第1章では版画表現の可能性を拓いたレンブラントの”挑戦”をご覧いただくことができます。
レンブラントは、エッチング制作を始めた当初、多くの自画像を制作しました。その主要な目的のひとつは、表情の習作だったと考えられています。
自画像といっても、かしこまった表情ではなく、何かに驚いた一瞬をとらえているので、生き生きとした動きが感じられる、とてもユニークな自画像というのが第一印象でした。
| レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《驚いた表情の自画像》 1630年 エッチング、ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
レンブラントが制作したエッチングの中で、もっとも多くを占めるのが「キリスト教主題」でしたが、ここでも実験的精神に富んだレンブラントによる様々な表現の試みが見られます。
《エジプトへの逃避》は、1645年の作品では、ごく淡いスケッチ風の線描で画面を構成していますが、1651年の作品では、無数の線を重ねて、深い夜の闇を表現しています。
| レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《エジプトへの逃避》 1645年 エッチング、ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
| レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《夜間のエジプトへの逃避》 1651年 エッチング、ビュラン、ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
『新約聖書』の『マタイによる福音書』2章では、ヘロデ王の嬰児虐殺の企てを夢で知った養父ヨセフが、その夜、マリアとイエスとともにエジプトに逃れる様子が記されていますが、「逃げなければイエスが殺されてしまう!」という緊迫感は、1651年の《夜間のエジプトへの逃避》のほうがより一層強く感じられます。
続いては、《イタリア風景の中の聖ヒエロニムス》。
聖ヒエロニムスは、聖書のラテン語翻訳で知られ、足のとげを抜いて助けたライオンが、以後聖人に仕えたというエピソードが伝えられています。
そのため、この作品でも聖ヒエロニムスは本を読む姿が、そして、仕えたとされるライオンの後ろ姿が描かれています。
線の重ね具合によって濃淡をつけた豊かなグラデーションにも注目したいです。
そして使われているのは、なんと和紙!
和紙特有の水分の吸収のよさを活かそうとしたのでしょうか。どこまでもチャレンジングです。
エッチングの歴史に残る傑作とされるのが、国立西洋美術館が所蔵する《病人たちを癒すキリスト》。
厳かに光を放つキリストを中心に、『マタイによる福音書』19章に記された複数のエピソード―病人の癒し、パリサイ人たちとの論争、子どもたちの祝福、富める若者への譴責―が一つの画面の中で同時進行的に描かれています。
病人たちが描かれた画面右側は綿密に重ねた線の集積が生み出した柔らかく深い闇が支配し、画面左側はまるで白描のように描いたこの作品は、エッチングが持つ表現の可能性を最大限まで追及したレンブラントの傑作というだけでなく、後世への影響という点からエッチング史に残る傑作といえます。
見どころ3 版画家レンブラントの継承、インパクト
「版画家レンブラント」展は、ゴヤ、ホイッスラー、ルドン、マティス・・・レンブラントに憧れた巨匠たちの作品も紹介され、版画史におけるレンブラントの”インパクト”にも注目した国内初の大規模展覧会です。
第2章、第3章は、レンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館のコレクションの組み合わせでレンブラントのインパクトがよくわかる構成になっています。まさに両館の共催ならではの企画だと感じました。
「どちらもレンブラントのエッチング作品?」と思ってしまいますが、下の写真上はレンブラント20歳代の《驚いた表情の自画像》から18年後に制作された、貫禄が出てきたレンブラントの自画像《窓辺でエッチングを制作する自画像》、下はゲオルク・フリードリヒ・シュミットの《窓辺で素描する自画像》でした。
| レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《窓辺でエッチングを制作する自画像》 1648年 エッチング、ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
| ゲオルク・フリードリヒ・シュミット《窓辺で素描する自画像》 1758年 エッチング、ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
シュミットは、エングレーヴィングによる肖像画の複製において高く評価されたドイツの作家で、キャリアの後半にはレンブラント風のエッチングを多く手掛けるようになり、《窓辺で素描する自画像》は、その代表作に数えられます。
レンブラントの自画像を土台にしつつ、窓ガラスの蜘蛛の巣や背景の楽器と剣など、独自の趣向を取り入れているところに注目したいです。
フランスの画家でフォービズムの代表的作家のひとり、マティスもレンブラントへの敬意を表した作品を描いていました。
| アンリ・マティス《版画を彫るアンリ・マティス》 1900/03年 ドライポイント 国立西洋美術館 |
こちらも「どちらがレンブラントの作品?」と思ってしまいますが、下の写真の上がレンブラントの《三本の木》、下がフランスの画家、彫刻家、銅版画家、ルグロの《嵐の川景色》です。
雨や雲、木々の表現など、ルグロがレンブラントのインパクトを受けた作家のひとりであることがよくわかります。
| レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《三本の木》 1643年 エッチング、ドライポイント、ビュラン 国立西洋美術館 |
| アルフォンス・ルグロ《嵐の川景色》 1857年 ドライポイント レンブラント・ハウス美術館 |
18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍したスペインの画家、版画家ゴヤは、スペインであまり知られていなかったレンブラントの版画を熱心に研究して、受けた刺激を自作に反映させました。
下の写真の上はレンブラントの《使徒たちに現れるキリスト》、下はゴヤの〈戦争の惨禍〉79番:《真理は死んだ》です。
| フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 〈戦争の惨禍〉79番:《真理は死んだ》1810-20年頃 エッチング、バーニッシャー/ウォーヴ紙 国立西洋美術館 |
《真理は死んだ》は、王政復古による「憲法の自由」の死の暗喩を表した作品で、構図や、まばゆい光線の表現には、レンブラントの《使徒たちに現れるキリスト》とのつながりが見て取れます。
エッチングに対する関心が下火になっていた19世紀、エッチング・リヴァイヴァルが起こり、その象徴となったのが、エッチングの普及と地位向上を目指す『エッチングのパリ』誌の宣伝のために制作されたレガメーのポスターでした。
このポスターのオリジナルは、今回の展覧会のメインビジュアルになっているレンブラントの《書斎の学者(またはファウスト)》(国立西洋美術館)。冒頭の展覧会チラシに掲載されている作品です。