2018年3月1日木曜日

泉屋博古館分館「生誕140年記念特別展 木島櫻谷」ブロガー内覧会

東京・六本木にある泉屋博古館分館では2月24日(土)から「生誕140年記念特別展 木島櫻谷」が始まりました。

木島櫻谷(このしま おうこく 1877(明治10)年~1938(昭和13)年)は明治から昭和にかけて活躍した京都の画家で、今回の展覧会は、没後70年の4年前に開催された第1回目に続いて2回目の木島櫻谷展です。
前半は櫻谷が得意とした動物画、後半は住友家の茶臼山本邸の大広間を飾るために制作された《四季連作屏風》をはじめ近代花鳥画、と二段構えの構成になっています。

2月24日(土)~4月8日(日) PartⅠ 近代動物画の冒険 
4月14日(土)~5月6日(日) PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し

  展覧会の詳細は、泉屋博古館の公式サイトをご覧ください。
  ゲスト・トークや野地分館長のトークも開催されます。



さて、さっそくですが、先日開催されたブロガー内覧会に参加しましたので、まずは動物画の世界の魅力をご紹介したいと思います。
※掲載した写真は美術館より特別に撮影の許可をいただいて掲載したものです。

今回の展覧会の注目作品
《寒月》(京都市美術館)

展示は木島櫻谷の年代を追って、画風の変化がわかる構成になっています。

Ⅰ 青年のころ
Ⅱ 壮年のころ
Ⅲ 暮年のころ

今回ご案内いただいたのは、京都にある泉屋博古館本館の実方(さねかた)学芸課長。

「晩年は京都郊外の自宅にこもり、没後は『忘れられた画家』でしたが、4年前に開催した第1回の木島櫻谷展が好評で、その後、新たな作品情報が寄せられたことがきっかけとなって生誕140年にあらためて開催することになりました。」と実方さん。

実方さんのギャラリートークはとても丁寧でわかりやすい解説でした。
以下、実方さんのご案内で会場内をめぐってみましょう。

初めは、展示作品のほとんどが初公開という第1室から。
「《野猪図》(下の写真右)は、櫻谷の制作年代がわかる最初の作品です。猪は幕末から描かれていて、円山応挙以来の写生に基づく生物の伝統を受け継いでいます。」
「みどころは『毛かき』です。猪の毛を一本一本丁寧に描き、風にたなびく毛も表現しています。四条円山派の流れを汲む今尾景年に学んだ櫻谷は、20歳代前半からこれだけの技量を身につけていたのです。」
「《猛鷲図》は、27歳の時の作品で、京都の老舗染織商・千總(ちそう)が製作したタペストリーの原画で、今まで原画は京都画壇の重鎮に依頼されていましたが、この時は弱冠26歳の櫻谷が抜擢されました。」
「落ち葉が舞う中、今にも飛び立とうとする鷲を描いているダイナミックな構図ですが、左の翼の先端を見てください。右上から光を受けているように見えますが、これは西洋絵画的な光を感じさせる描き方で、こういうところに西洋絵画の影響が感じられます。」

右《野猪図》(個人蔵)、左《猛鷲図》(株式会社千總)
「櫻谷は奈良にもよく写生に出かけました。《初夏・晩秋》は、右隻が初夏、左隻が晩秋を描いていて、季節感とともに空気の表現も表しています。」
「写生とはいえ、鹿の目がかわいいのが櫻谷らしい味付けですね。」

《初夏・晩秋》(京都府(京都文化博物館管理))
「《寒月》は、月夜に明かりを探りながら出てきた狐を描いています。」
「雪の鞍馬で獣の足跡を見たとき、『これは孤独な飢えた狐の足跡に違いない』と思ったのがこの作品を描くきっかけでした。」
「櫻谷は動物園に行って狐の写生をしましたが、動物園の狐はみな満腹でまるまるとしていたので、飢えた狐を描くのに苦労した、と言ったそうです。」
「竹の青は群青を使っていますが、群青を焼いて黒っぽくして重ね塗りをしています。」
「空のグレーはどういった顔料を使ったのかわからず、いまだに謎です。薄墨ではこのような光沢感が出ません。」

《寒月》(京都市美術館)(再掲)
さて、ここでユニークな展示品を紹介しましょう。
「櫻谷文庫からお借りしてきたものですが、こちらは《青のトランク》とよばれていて、青と緑の天然の岩絵具の瓶が入っていています。さまざまな色合いの青が入っていて、櫻谷の青へのこだわりを感じさせてくれます。」
「このトランクだけはカギがかかるようになっています。当時、群青は高価だったからでしょう。」

《青系絵具のトランク》(櫻谷文庫)
「今回の見どころの一つは写生帳です。画家の生の息吹が感じられます。」



そして、写生帳の展示の中にまざって展示されているのは、なんと京都市立紀念動物園の年間パスポート!
小さくて見逃してしまいそうですが、ぜひご覧になってください。
写生を重んじた櫻谷らしいですね。


第1室最後に紹介する作品は《獅子虎図屏風》。
「こちらは明治37年の作品。虎や獅子は古くから想像で描かれてきましたが、この時期には本物が見られるようになりました。京都の動物園にはライオンはいなかったので、櫻谷は大阪まで出かけて写生したそうです。」
「獅子の顔をご覧になってください。ペインティングナイフで塗ったような質感が感じられます。当時、洋画家の浅井忠が京都に住んでいたので影響を受けたのかもしれません。晩年には穏健になった櫻谷ですが、この時代の櫻谷は冒険的な試みをしていました。」
「櫻谷には、夏あるいは7月といった落款がある作品が多いのですが、祇園祭に向けて町衆たちからの注文制作が多かったからかもしれません。」

祇園祭の宵々山、宵山のあたりに新町通や室町通を歩いていると、町屋の戸が開いていて、中をのぞくと薄明かりの光がさす部屋に屏風がさりげなく飾られているといった光景を見ることがあります。
そう思いながら屏風の作品を眺めていると、どこからともなく祇園祭のお囃子の音が聞こえてくるような気になってきます。

《獅子虎図屏風》(個人蔵)

第1室と第2室をつなぐホールに展示されているのは《熊鷲図屏風》。
「熊の毛は一本一本でなく、『割筆(われふで)』という技法で描き、熊らしくしガサガサとした質感を出していますが、耳をそばだてて遠くを見つめているような顔は、知性すら感じさせられます。」
「熊は幕末から画題に取り上げられ、たいていは猛々しく描かれていましたが、櫻谷の描く動物は、どこか人間臭く、感情移入したくなるような姿に描かれていないでしょうか。」

《熊鷲図屏風》(個人蔵)

続いて第2室へ。
「30歳の時、櫻谷にとって大きな出来事がありました。第一回文展に出展した《しぐれ》が日本画部門で最高賞を取ったのです。以後、櫻谷は一躍「文展の寵児」になりました。」
「《かりくら》は櫻谷34歳の時の作品で第4回文展に出展されたものです。長い間行方がわからず探し求められていましたが、4年前、櫻谷文庫の片隅に表装もされずに竹ざおに巻かれているのが見つかりました。絵具の剥落など深刻な状態でしたが、住友財団が2年かけて修復し、今回初公開されることになりました。」

《かりくら》が見つかった時の写真は作品の解説パネルにありますので、ぜひご覧になってください。

「《かりくら》の前に立つと、目の前に馬が勢いよく飛び出してくるかのように見えないでしょうか。」
「この作品の2年後に《寒月》を描いていて、この頃から櫻谷は色彩への関心に舵を切っていきました。」

第2展示室風景
右が《田舎の秋》(華鴒大塚美術館)
奥が《かりくら》(櫻谷文庫)

左から《雪径駄馬》《渓上春色》(いずれも華鴒大塚美術館)、
《葡萄栗鼠》(個人蔵)、《幽渓秋色》(泉屋博古館分館)

「40歳代後半から櫻谷は、公的な仕事から身を引いて、京都郊外・衣笠の自宅にこもるようになりました。この頃、大作は減りましたが、情感を込めた小さな作品を描いています。」
「《獅子》は、茶色や墨を丹念に塗り重ねて描いた作品で、若いころ描いた獅子のように立ち姿ではなく、雄々しさはありませんが、顔に注目してください。人間の顔のようにも見えますが、こんな顔のライオンはいないのではないでしょうか(笑)。」
「老いたライオンのようにも見えますが、それは櫻谷自身を重ねているのかもしれません。」
「写生はきちんとしているのですが、この作品のように、あえてそのまま描かないのが櫻谷らしいところです。」
中央が《獅子》、右が《雁来紅に猫》(いずれも櫻谷文庫)、
左が《角とぐ鹿》(京都市美術館)
「櫻谷は、猫や狸を好んで描きました。狸はきれいでも、縁起物でもなかったので、もともと絵にならなかったのですが、衣笠の自宅近くには狸がうろうろしていたのでしょうか。」

右が《月下遊狸》(泉屋博古館分館)、《竹林老狸》(個人蔵)
《鶏》、《遅日》(いずれも個人蔵)

最後に京都にある櫻谷文庫(木島櫻谷旧邸)のご案内がありました。


3月3日(土)から4月1日(日)までの間の金土日祝に特別公開されるとのことです。
「ガラス越しでなく作品を見ることができるいいチャンスです。」と実方さん(拍手)。

さて、「木島櫻谷展PartⅠ 近代動物画の冒険」はいかがだったでしょうか。
どの動物も生き生きと描かれていて、とても素晴らしい内容の展覧会です。
ぜひとも会場で、作品をじっくりご覧になっていただければと思います。