2025年4月10日木曜日

桜 さくら SAKURA 2025 展覧会関連講演会「桜を描いた名品佳品―饒舌館長ベストテン―」

3月29日(土)に開催された、桜 さくら SAKURA 2025展覧会関連講演会「桜を描いた名品佳品―饒舌館長ベストテン―」に参加してきました。

河野元昭氏


この講演会は、山種美術館が展覧会ごとに開催している関連イベントのひとつで、今回の講師はアートブログ「饒舌館長」でおなじみの河野元昭氏。大人気の河野氏だけあって会場は満員御礼、大盛況でした。
講演では、桜を描いた日本画の歴史に始まり、現在開催中の【特別展】桜 さくら SAKURA2025―美術館でお花見!に展示中の作品からベストテンを選んで展覧会の見どころをご紹介いただきました。

そこで今回は、ユーモアをまじえた軽妙かつ内容の濃い河野氏のトークを聴いているうちに90分があっという間に過ぎていった講演会の様子をご紹介したいと思います。

河野氏のブログ「饒舌館長」もぜひご覧ください。URLはこちらです⇒https://jozetsukancho.blogspot.com/


展覧会開催概要


会 期  2025年3月8日(土)~5月11日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日(5/5(月・祝)は開館)
入館料  一般 1400円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です。)
     春の学割  大学生・高校生 500円
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/
    
展覧会チラシ


展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報画像をお借りしたものです。

今回撮影可の作品は、橋本明治《朝陽桜》(山種美術館)。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。館内で撮影の注意事項をご確認ください。

橋本明治《朝陽桜》 1970(昭和45)年 紙本・彩色 山種美術館


さて、饒舌館長のベストテンですが、これは1位から10位までのランキングでなく、順不同とのことです。(下記のベストテンの作品はすべて山種美術館所蔵作品です。)

橋本雅邦《児島高徳》

橋本雅邦は、同じ木挽町狩野派出身の狩野芳崖とともに明治期の近代日本画界の二大スーパースター。岡倉天心やフェノロサに認められ、色彩や光線の表現に新たな試みを取り入れて新画風の日本画の開拓に努めた日本画家でした。代表作としては、近代日本画として初めて重要文化財に指定された《龍虎図屏風》(静嘉堂文庫美術館)が知られています。
作品タイトルの児島高徳は、元弘の乱で隠岐に流される後醍醐天皇を励ます漢詩を桜の幹を削って記したことが『太平記』に伝わる南北朝時代の武将で、明治から戦前にかけて「忠臣」とされた人物です。

雅邦は、弟子たちに絵を描くのには「心もち」が重要だと常に言っていたのですが、弟子たちはそれをもじって「心もちよりあんころもち」と言っていたそうです。


菱田春草《月四題のうち 春》

続いて、岡倉天心、橋本雅邦らによって設立され、1989(明治22)年に開校した東京美術学校(現:東京藝術大学)で天心や雅邦の指導を受けた菱田春草の作品。

日本画では線描を描くのが伝統的な技法なのですが、線描を描かない「没線描法」を積極的に試みた春草の作品は、輪郭がはっきりしないことから「朦朧体」と揶揄されました。
ところが実際に作品の前に立つと、朦朧とした月の光を背に浮かび上がる山桜の花はほのかに輝いているように見えてきます。

菱田春草《月四題のうち 春》1909-10(明治42-43)年頃
 絹本・墨画淡彩 山種美術館


渡辺省亭《桜に雀》

一時期は全く無名の存在であった伊藤若冲の人気は今ではゆるぎないものになっていますが、次にブレイクする日本画家として河野氏が長沢芦雪、鈴木其一と並んで推しているのが渡辺省亭。
今回展示されているのは桜と雀が描かれたこの作品です。


渡辺省亭《桜に雀》20世紀(明治-大正時代) 絹本・彩色 山種美術館


花鳥画を得意とした省亭の鳥たちはどれもつぶらな瞳をして可愛らしいのですが、ポイントは鳥の黒い目に白い点を入れているところです。省亭の鳥の瞳にぜひご注目いただきたいです。


小林古径《弥勒》《桜花》

岡倉天心が設立した日本美術院を、天心没後に横山大観らが再興した再興院展で活躍した画家の一人が小林古径。
河野氏は、今回展示されている古径作品2点をベストテンにあげています。
その一つが、再興第20回院展出品作で奈良の宇陀にある弥勒磨崖仏を描いた《弥勒》。
墨の線のみで表す描く「白描(はくびょう)」の技法で描かれた磨崖仏に見られる「古径の線の美しさ」(河野氏)がこの作品の大きな見どころです。

もう一点は《桜花》。
山桜の枝先を描いた作品で、中国・宋時代(10~13世紀)の「折枝画」を意識していることがうかがえ、赤い葉には金泥が用いられていて、華やかな雰囲気が感じられる作品です。
ミュージアムショップではこの作品をモチーフにしたおしゃれなクリーニングクロスが発売されいるので、興味のある方はぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください。


 小林古径《桜花》1933(昭和8)年頃 絹本・彩色 山種美術館


横山大観《山桜》

横山大観といえば富士山というくらい多くの富士山の作品を残していますが、日本の象徴として「理想化した富士山」を描いたのと同じく、大観は桜の作品も多く描いています。
今回展示されているのは、桜の中でも山桜を好んで描いた作品《山桜》です。

横山大観《山桜》1934(昭和9)年 絹本・彩色 山種美術館

この作品は以前にも見ているのですが、山桜の木よりも今回特に気になったのは、地面の部分の土坡の描き方でした。
今にも倒れそうで不安定な山桜の木に対して、この土坡は一筆書きのようにスーッとさりげなく描いているように見えても、絶妙のバランスで画面全体に安定感を与えているように感じられたのです。


速水御舟《あけぼの・春の宵のうち 春の宵》《夜桜》

俵屋宗達筆の国宝《源氏物語関屋澪標図屛風》(静嘉堂文庫美術館)に描かれた明石の君が乗る舟を見て感動したことから「御舟」を画号にした「天才画家」速水御舟。
その御舟の作品からベストテンに選ばれたのは、《あけぼの・春の宵のうち 春の宵》と、「自然の一部を切り取って、そこに真実、審美を発見する御舟の真骨頂」があると河野氏が推す《夜桜》です。


速水御舟《夜桜》1928(昭和3)年 絹本・彩色 山種美術館




川合玉堂《春風春水》

京都で円山四条派を学び、1895(明治28)年に京都で開催された第四回内国博覧会で見た橋本雅邦の《龍虎図屏風》に感動して、その後上京して雅邦の門人となった川合玉堂からベストテン入りしたのは《春風春水》。

川合玉堂《春風春水》1940(昭和15)年 絹本・彩色 山種美術館


玉堂の作品には、今では見ることができない日本のさりげない田園地帯の風景を描いているのに、なぜか遠い昔に見たことがあるような懐かしさを感じさせてくれる不思議な魅力があります。


奥村土牛《醍醐》《吉野》

今回の特別展のメインビジュアルになっている奥村土牛《醍醐》はもちろんベストテン入りしています。
《醍醐》は、1963(昭和38)年、師・小林古径の7回忌法要が奈良で営まれた帰りに醍醐寺に寄り、このしだれ桜に極美を感じ写生をし、「いつか制作したい」という思いを胸に9年後に再訪して完成させた作品でした。


奥村土牛《醍醐》1972(昭和47)年 紙本・彩色 山種美術館

そしてもう1点は、桜の名所で知られる吉野の風景を描いた《吉野》。
土牛は「何か歴史画を描いて居る思いがした。」との言葉を残していますが、この作品には「後醍醐天皇に導かれた南朝という歴史が表現されている。」と河野氏。
講演会のあとあらためて《吉野》を見て、千本桜の見事な景色だけでなく、新政に失敗して足利尊氏と対立した後醍醐天皇が吉野に南朝を開いた歴史にまで思いをはせるようになりました。


川端龍子《さくら》

日本美術院の同人となったものの、「会場芸術」を提唱して横山大観と対立、日本美術院展を脱退して「青龍社」を設立した川端龍子らしく、桜の花よりも幹の美しさを描いた作品が、この《さくら》。
「いかにも川端龍子!」と河野氏はベストテンにあげています。

川端龍子《さくら》20世紀(昭和時代) 絹本・彩色 山種美術館


戦前は仲たがいした川端龍子と横山大観ですが、戦後は酒を酌み交わして和解した二人の作品が今回の特別展では並んで展示されています。二人がどんな会話をしているのか想像しながら作品を見比べても楽しいかもしれません。


加山又造《夜桜》

京都・西陣の染織図案家の家に生まれた加山又造は、工芸的な性格を強くもっていた日本絵画。
「この作品を近くで見ると、桜の花は筆で描いたのでなく、スタンプのようなもので顔料を押したのではと思えるが、これは染織の技法につながるのでは」と河野氏。

加山又造の《夜桜》をはじめ、今までご紹介した菱田春草《月四題のうち 春》、速水御舟《あけぼの・春の宵のうち 春の宵》、《夜桜》ほか2作品は第2展示室に展示されています。
照明を落とした空間の中で見る夜桜の作品の競演はとても幻想的でした。


寺崎公業《花見》(『文藝倶楽部』木版口絵)

ベストテンの番外として河野氏の推しは、氏と同郷で秋田県出身の日本画家、寺崎公業。
素晴らしい作品を残しているのに評価が低いのは、夏目漱石が文展に出品された大観と公業の作品を相撲の取組みに見立てて、「〇大観×公業●」としてしまったからだ、と河野氏。
「引き分けとすべきだ!」と言っても漱石の影響力の方が強いと嘆かれている河野氏ですが、今回の展覧会を機会にみんなで寺崎公業を盛り上げていきたいです。


展示作品はどれも春の訪れを感じさせてくれるものばかりなので、ベストテンを選ぶのに悩んでしまうかもしれませんが、みなさまもマイ・ベストテンを選びながら美術館で花見をしてみてはいかがでしょうか。
この春おすすめの展覧会です。