東京・南青山の根津美術館では企画展「焼き締め陶 土を感じる」が開催されています。
展覧会チラシ |
今回の企画展のメインビジュアルは、備前のやきもの《緋襷鶴首花入》(根津美術館蔵)なのですが、この花入を見て最初に頭の中に浮かんできたのは、「なんで首の部分が傾いているのだろう。」という疑問でした。
まさか失敗作では、とは思いませんでしたが、実はこの首が傾いているところが名品の名品たる所以(ゆえん)だったのです。
それは展示室の中を進むうちにわかってきました。
それでは、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年9月13日(土)~10月19日(日)
休館日 毎週月曜日 ただし10月13日の祝日は開館、翌火曜日休館
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
入場料 オンライン日時指定予約 一般1300円 学生1000円
*当日券(一般 1400円 学生 1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
ください。
*障害者手帳提示者および同伴者は200円引き。中学生以下は無料。
会 場 根津美術館 展示室1・2
展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館
*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は取材時に美術館
より特別に許可を得て撮影したものです。
展示構成
1 賞玩のはじまりー素朴を愛でるー
2 南蛮の将来品ー形を尊ぶー
3 桃山の熱狂ー景色を楽しむー
4 江戸の趣向ー土肌を求めるー
5 中世の壺・甕の再発見ー土と炎を見つめるー
日本での焼き締め陶の歴史は古く、古墳時代中頃(5世紀)に朝鮮半島から伝わった高火度焼成の技術による須恵器がはじまりでしたが、奈良時代(8世紀)にガラス質の膜である釉薬が施された釉薬陶器が誕生したことなどから、焼き締め陶は陶磁器生産の最先端から外れ、技術的に素朴なやきものになってしまいました。
しかしながらその素朴さが注目されたのが、15世紀末期から16世紀初頭にかけての茶の湯の世界でのことでした。茶人たちは、中国の美しい青磁などとともに、焼き締め陶などの素朴な道具を上手に取り合わせることに侘びの美意識を見出したのでした。
展示の冒頭には、焼き締め陶の《南蛮〆切建水》(下の写真右 根津美術館蔵)が、中国・龍泉窯の《青磁鳳凰耳花入》(下の写真右から二番目 根津美術館蔵)はじめ茶道具の名品とともに並んで展示されいてます。
「1 賞玩のはじまりー素朴を愛でるー」展示風景 |
確かに洗練されたスタイルの《青磁鳳凰耳花入》と、素朴な味わいが感じられ、緊張感を和らげてくれる《南蛮〆切建水》は絶妙の取り合わせのように感じられました。
作品名に「南蛮」とあるように、茶の湯で最初に取り上げられた焼き締め陶は、東南アジアや中国南部で生産された「南蛮物」であったと思われています。
茶の湯の世界では、器物がもとの目的とは異なる用途で用いられることがよくありますが、次に展示されている南蛮の将来品は、もとは砂糖や香辛料、水銀などの輸入品の容器として日本にもたらされたものでした。それが茶道具として愛でられるようになったのです。
もとはものを運ぶ容器でしたので、南蛮物はバランスのとれた端正な形をしいているのが特徴なのですが、時にはこういった魅力的な装飾が付いているものもあります。
装飾品として手長海老の形の耳が左右に貼り付けられている水指です。
生産地は不明ですが、ベトナム陶磁には蜥蜴(トカゲ)や魚・海老などの動物形の耳を持つ壺や水注があり、その流れを引き継ぐものと考えられています。
《南蛮海老耳水指》ベトナム 17世紀 根津美術館蔵 |
さて、いよいよ「端正でない」焼き締め陶が登場します。
16世紀末期から17世紀前期にかけて日本各地で新しい窯が開かれ、備前、信楽、伊賀などの焼き締め陶も爆発的に流行しましたが、南蛮物と異なるのは、意図的に形を歪ませたり、やきものの焼成時の窯の中での位置や温度・湿度など微妙な条件の違いによって表面に予期せぬ変化(=曜変)があらわれるのを楽しむことでした。
「3 桃山の熱狂ー景色を楽しむー」展示風景 |
ここからは和製の焼き締め陶がずらりと並んでいるので、偶然が器の表面にもたらす景色を楽しむことができます。
焼成によって土の色が変化する「火色」、焼成中に周囲の器物がひっついた痕跡「ひっつき」、燃料である薪の灰が窯の中で器物に降りかかり、土の中の珪酸(ガラスの原料)に反応して流れ、自然に釉薬のようになった「自然釉」など、焼き締め陶の鑑賞用語を解説したパネルが展示室内に掲示されているので、まずは解説パネルをご覧いただきたいです。
表面がごつごつした感じなのは「ひっつき」の《備前種壺型水指》。現代なら不良品とみなされて、返品になってしまうかもしれません。
メインビジュアルの《緋襷鶴首花入》は、揺れる船内でも倒れないように底を平たく作った「船徳利」ですが、左側の首の付け根に他の器物が当たった痕跡があるので、これによって少し傾(かし)いだ姿になっているものです。
この歪みは偶発的とも意図的ともいわれ、意見が分かれているとのことですが、その名のとおり鶴が少し首を傾げたような姿をしているので、近くで見るととても可愛らしく感じられます。
江戸時代に入っても焼き締め陶の人気は衰えませんでした。
京焼の祖とされ、色絵陶器を得意とした野々村仁清も、焼き締め陶風の素朴な土肌の水指を作っています。
《信楽写芋頭水指》京都 野々村仁清作 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵 |
昭和30年代には中世の窯で作られた古陶磁ブームが到来し、水や酒、肥料などの貯蔵・運搬を目的とした実用品が近代のコレクターたちに好まれ、花を生けるなどして居住空間に飾り付けられ、鑑賞されるようになりました。
「5 中世の壺・甕の再発見ー土の炎を見つめるー」展示風景 |
上の写真手前の独立ケースに入った作品は《常滑甕》(常滑 日本・鎌倉時代 13世紀 個人蔵)。
一見すると壊れたように見えますが、これは窯の中で転倒して炎と灰を受けたもので、自然釉が重力に従ってまっすぐに流れ落ち、各所に見られる小さな膨らみは、土を十分に練らなかったため中に残った空気が焼成の熱で膨らんだもので、やきものの作りの工程とアクシデントが見られる、とても貴重なものなのです。
特別企画「現代3作家による 茶室でみる焼き締め陶の現在」
根津美術館庭園内の茶室では、期間限定で現代作家3名による焼き締め作品が展示されるので、こちらも楽しみです。詳しくは同館公式サイトでご確認ください⇒根津美術館
同時開催展
展示室5 中世の絵巻物
展示室5では今回、根津美術館が所蔵する歌仙絵、縁起物、お伽草子など、多様な絵巻物が展示されています。
至って真面目なのに、今で言うゆるキャラのような人物や動物が描かれていたり、ヘタウマだったりと、思わず和(なご)んでしまうものがあるのも中世の絵巻物の大きな魅力ではないでしょうか。
こんなにニヤけた表情の酒吞童子は初めて見ました!
《酒呑童子絵巻》(部分)日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵 |
展示室6 菊月の茶事
9月の異名である菊月にふさわしく、菊の文様があしらわれた棗や鉢など、この時季の風情を楽しむ茶道具が展示されています。
「菊月の茶事」展示風景 |
菊花7つを透かし彫りであらわした野々村仁清の鉢はとてもおしゃれです。
自然豊かな庭園散策もおすすめです。
池にある舟の上部構造物がリニューアルされていました。