東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「幽玄への誘いー能面・能装束の美」が開催されています。
展覧会チラシ |
今回の企画展は、同館が多数所蔵する因州(鳥取藩)池田家伝来の能面と備前(岡山藩)池田家伝来の能装束に加え、有馬侯爵家旧蔵の狂言面も見られる充実した内容の展覧会です。
今までにも能面・能装束に重点が置かれた展覧会は多く開催されてきましたが、今回は狂言にやや焦点をあてた展示となっているので、どんな展示になっているのか楽しみにしていました。
5月18日(日)で終了した前期展示は行く時間がとれませんでしたが、遅ればせながら後期展示にはおうかがいしましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年4月15日(火)~6月29日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
※19時までの夜間開館は行っておりません。
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入館料 一般:1,000円、大学生・高校生:800円、中学生以下無料
※各種割引料金、ギャラリートークなどのイベント、展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
展示構成
1章 幽玄の美ー能
2章 喜怒哀楽の妙ー狂言
3章 因州池田家伝来の能面
展示は能装束から始まります。
《浅黄茶段格子蔦模様唐織》は、おさえた色調で落ち着いた雰囲気を醸し出していますが、太い線と細い線が交差して安定感のある格子にからまる蔦の葉は「浮織(うきおり)」によって刺繍のように立体的で、画面全体に広がる様からは、まるで本物の蔦を見ているような生命の息吹が感じられました。
《浅黄茶段格子蔦模様唐織》江戸時代・18世紀 備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示 |
対照的に、幅約1:2の長短をつけた紅白の段替り地を基調に、多彩な小菊が生い茂る風景が織り出された《紅白段業平菱菊模様唐織》は、華やいだ雰囲気。
「段替り」とは四角い区画を作り交互に異なる色柄を配する形式ですが、小菊の枝が区画の中におさまらずに、境界を越えてすくすくと伸びている様から、やはりこの能装束からも生命のたくましさが感じられました。
白地に銀の摺箔を背景に、刺繍による萩の花と葉が散りばめられた《白地銀竪縞萩蜘蛛巣模様縫箔》は上品な雰囲気を醸し出しています。
タイトルに「蜘蛛巣」とあるように、よく見ると細い蜘蛛の糸が墨で描かれているのがわかります。
《白地銀竪縞萩蜘蛛巣模様縫箔》江戸時代・18世紀 備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示 |
展覧会のメインビジュアルにもなっている横山大観の大作《夜桜》(大倉集古館)は前期展示でしたので後期には展示されていませんが、後期には金泥や金箔で彩られた《桜図屏風》が展示されています。
画面中央の青い水面には金泥のさざ波が描かれ、左右には胡粉で盛り上げ金泥で彩色された枝垂桜の花と葉が配置され、雲霞と土坡は金、さらには金箔も貼られているという、金をふんだんに使った豪華絢爛な《桜図屏風》も展覧会の雰囲気を盛り上げている名品です。
2階には、上着として用いる長絹(ちょうけん)や狩衣(かりぎぬ)、能面や狂言面などが展示されています。
《紫地葡萄蔦模様長絹》は、紫の絽地に葡萄の葉と蔓、蔦の葉を金で織り出した豪華版。
上部に3つある葡萄の葉と蔦の文様のうち1つを反転させて変化をつけ、下部には大小の蔦の葉の文様をリズミカルに配置しているので、舞っているときのきらびやかさが目に浮かんでくるようです。
《紫地葡萄蔦模様長絹》江戸時代・19世紀 備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示 |
《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》は、大小ある輪宝の模様を金襴で織り出した、やはりこちらも豪華な能装束。
輪宝は、古代インドの車輪型の武器を象ったもので、仏教では仏法のはじまりと護持の象徴とされ、能装束の衣裳としては、超越的な力を持つ役柄に使用されるものです。
とても動きが感じられるデザインなので、この狩衣を着て舞う姿は、まるで輪宝が回っているように見えるのではないでしょうか。
《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》江戸時代・18世紀 備前池田家伝来 大倉集古館 通期展示 |
風刺や滑稽さで笑いを誘う狂言に用いられる狂言面はどれも個性的。
大倉集古館所蔵の狂言面は旧久留米藩主の有馬家に旧蔵されていたものと伝えられ、大名家伝来の狂言面がまとまって所蔵されている点でも貴重なもので、11面が一挙に公開されるのも、今回の企画展の見どころの一つです。
狂言では、幼い役者の初舞台として『靭猿』の猿役を、修練の総仕上げとして大曲の『釣狐』の狐役を演じるものとされ、「猿に始まり狐に終わる」と言われています。
《狂言面 猿》江戸時代・17-19世紀 有馬伯爵家旧蔵 大倉集古館 通期展示 |
『釣狐』のみに用いられるのが狐の面。
『釣狐』のあらすじは、猟師に一族を罠で釣りとられた古狐が猟師の叔父の白蔵主という僧に化けて殺生をやめるように猟師を説得するが、その帰り道に好物のえさがつけられた罠にかかってしまうという、よく知られている話です。
《狂言面 狐》江戸時代・18世紀 有馬侯爵家旧蔵 大倉集古館 通期展示 |
《白蔵主》の面も展示されていますが、狐が化けただけあってかなり怪しげ。
《祖父》は前歯が抜けてまばらになったところがすごくリアル。鬼といっても怖そうでない《武悪》はどことなくユーモラス。さらにニコニコ顔の《大黒》、にらみを利かせた《毘沙門》と多士済々。どの面もそれぞれ特徴があって楽しめました。
繁岡鑒一氏が描いた「能画」のうち狂言を描いたものは2階に展示されています。
口をとがらせて口笛を吹く「嘘吹」をはじめ、描かれた狂言面が展示されている能画もあるので、ぜひ両方を見比べていただきたいです。
繁岡鑒一「能画 《嘘吹》(狂言)」20枚1組の内 昭和51年(1976)頃 大倉集古館 通期展示 |
青海波のように並んだ青と白の牛車の車輪(源氏車文)で埋め尽くされているのは《縹地源氏車青海波模様素襖》。
こちらも《濃萌葱地輪宝模様袷狩衣》と同じく動きが感じられるデザインで、実際にこれだけ多くの車輪が並んだらさぞかし壮観な景色であったのでは、と想像してしまいました。