2017年10月8日日曜日

上野の森美術館「怖い絵展」

10月7日(土)から上野の森美術館で「怖い絵展」が始まりました。

ギリシャ神話や聖書の物語、悪魔や地獄、戦争や犯罪、貧困、天災、そして権力闘争。
一見しただけで怖い絵もありますが、作品の背景を知ってはじめてその怖さがわかる絵も多く、作品の謎を読み解くうちにいつのまにか今回の展覧会を特別監修された中野京子さん(作家・ドイツ文学者)の「怖い絵」の世界に引きこまれていくとてもミステリアスな展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子を、開催に先立って行われた内覧会に沿って紹介したいと思います。

※掲載した写真は主催者の許可を得て撮影をしたものです。

ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》

展覧会は6章構成になっています。
内覧会では中野京子さんに、第1章のギリシャ神話のオデュッセウスの物語にちなんだ作品と、今回の展覧会随一の人気作品、第6章の《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を解説していただきました。

まずは第1章 神話と聖書 から。

会場に入ってすぐの正面にはギリシャ神話の英雄・オデュッセウスにちなんだ作品が並んでいます。


その一つがジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ―》。

オデュッセウスは、ギリシャとトロイアの間で10年間続いてギリシャの勝利に終わったトロイア戦争のあと、トロイアから故郷のイタケー島に海を渡って凱旋するまでの間、嵐の中を漂泊して、いくつもの危機を乗り越えて10年かけて故郷の町に帰りました。
その間、アイアイアという島にたどり着き上陸しましたが、そこには魔女キルケ―が住んでいて、部下たちは進めるまま酒を飲み、御馳走を食べ、キルケ―の持つ杖で触れられるとたちまちその姿は豚に変わりました。

キルケ―は「さあ、お飲みなさい」と酒の入った杯を右手で差し出し、左手には杖を高々と掲げています。画面右下にいるのが豚に姿を変えられたオデュッセウスの部下、キルケ―の後ろの鏡に映っているのが部下たちを助けに来たオデュッセウス。


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ―》
オデュッセウスはキルケ―にすすめられて酒を飲みましたが、剣で抵抗して部下たちを人間の姿に戻すよう約束させました。

「面白いことにこのあとオデュッセウスはキルケ―と恋に陥り、なかなか故郷に帰ろうとしませんでしたが、部下たちが催促したので、ようやく故郷に帰る決心をしました。」と中野さん

そこでキルケ―はオデュッセウスに歌声で船員を誘惑するセイレーンに気を付けるよう忠告します。
船員たちはセイレーンの歌声が聞こえないように耳に蜜蝋をつめましたが、セイレーンの歌声を聴いてみたかったオデュッセウスはとり乱して海に飛び込まないように、部下に自分をマストの柱に括り付けるよう命じました。

ハーバード・ジェイムズ・ドレイパー《オデュッセウスとセイレーン》
「セイレーンたちに注目してください。海の中から出てきたセイレーンは上半身が人間の女性で下半身が魚、船に上がってきたセイレーンは下半身も人間の姿になって藻を身にまとい、船の上のセイレーンは服をまとっています。このように3段階に変化していますが、これは、美しいものは実際には魔性があるという逆の順番ともとらえることができます。」
「この作品には風や波のものすごい音が聞こえてこないでしょうか。」と中野さん。

「このままの調子で説明しているといつまでたっても終わらないので(笑)。」と中野さん。
中野さんの解説はいっきに第6章まで飛びましたが、私たちは第2章に進みたいと思います。

第2章 悪魔、地獄、怪物

今回の展覧会は、章ごとに色を変えたボードにセリフをつけて展示している作品が会場の所々にあるのが大きな特徴です。これが展覧会場のいいアクセントになっています。

ヘンリー・フューズリ《夢魔》
この作品の上に書かれたセリフは「眠りとエロス」。
仰向けに寝る女性の腹の上に怪物インクブスが乗り、奥のカーテンの隙間から馬が顔をのぞかせるという恐ろしい作品。小さい作品なので、ぜひ近くでご覧になってください。

それぞれの作品の解説パネルの一番上についているフレーズにも注目です。
このヒエロニムス・ボス風の作品には「騒々しいやつら」。

作者不明(オランダ派)《聖アントニウスの誘惑》

そしてやたら長いタイトルの作品には「混とんたる宴」。

ウィリアム・エッティ《ふしだらな酔っ払いの乱痴気騒ぎに割り込む破壊の天使と悪魔》


第3章 異界と幻視

死の象徴である骸骨が出てきたのになぜ「実は笑い話」なのか。
色つきパネルに展示されている作品には解説パネル「中野京子's eye」があるのでぜひご一読を。

ジョセフ・ライト《老人と死》
現実的な場面に神々や妖精といった超自然的な存在を紛れ込ませるのが得意なチャールズ・シムズの《クリオと子供たち》には戦争の傷跡が大きく影を落としています。
解説パネルのフレーズは「血塗られた歴史」。
この作品は1913年に完成しましたが、1914年、第一次世界大戦で長男を失ったシムズは歴史を司る女神クリオが持つ巻物を血の朱で染めました。

チャールズ・シムズ《クリオと子供たち》

第4章 現実

暗闇の中の海岸で男女二人がブロンドの長い髪の女性を殺そうとしている場面。
作者はなんとセザンヌ。
若い頃にこういった作品を描いていたとは。不遇な時期の心情を表したものなのでしょうか。


ポール・セザンヌ《殺人》

社会の底辺に生きる人たちに温かいまなざしを向けたウィリアム・ホガース。
ここでは版画連作《娼婦一代記》《ビール街とジン横丁》のうち《ビール街とジン横丁》を紹介します。


ウィリアム・ホガース《ビール街》(右)《ジン横丁》(左)
ビールを飲む人たちはみんなビール腹で食べ物も豊富にある。一方のジン横丁では安いジンを飲んでいる食べ物ひとつに事欠く人たち。
第4章には犯罪や貧困といった現実社会の闇を描いた作品が展示されています。

第5章 崇高の風景

この章には風景画に潜む「怖さ」が描かれた作品が展示されています。

ターナーが描くのは荒涼としたウェールズの山頂に建つ古城。
そして画面手前には兄弟間の戦いに敗れ、20年以上もこのドルバダーン城に幽閉された兄オワインが後ろ手に縛られ兵士に引き立てらる姿が小さく描かれています。

ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ドルバダーン城》



ギュスターヴ・モローの作品は、旧約聖書に登場する悪徳の町ソドムが焼き尽くされる場面を描いた《ソドムの天使》と、トロイア戦争は私が原因で始まり悲劇が続いている、と自身を責めるヘレネ―を描いた《トロイアの城壁に立つヘレネ―》。


ギュスターヴ・モロー《ソドムの天使》(右)《トロイアの城壁に立つヘレネ―》(左)


第6章 歴史

この章の圧巻、そしてこの展覧会の圧巻はポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。

ここでふたたび中野京子さんにご登場いただきます。
この作品を借りるのに相当苦労されたとのこと。
「この作品が来なければ今回の展覧会はやらないと考えていました。」と中野さん。

イギリス王室内の権力闘争に巻き込まれ、女王に即位したもののわずか9日でその座を追われ、処刑される16歳の少女ジェーン・グレイ。
実際に処刑は戸外で行われ、ドレスも黒いものを着用してたようですが、作者のドラローシュは演劇的効果を上げるため舞台を屋内に置き換え、若さと無実の象徴として白いドレス姿のジェーンを描きました。

処刑を前に取り乱すことなく凛とした態度で自分の宿命を受け入れるジェーン・グレイ。この絵の前に立つと、絵の大きさだけでなく、絵のもつ力、絵が訴えかけてくる力に圧倒されました。

作品解説をしていただいた中野京子さん

こちらは会場を出たところにある撮影コーナー。
魔女キルケ―の後ろは鏡になっていて、オデュッセウスでなく自分自身が写る仕掛けになっています。
さてあなたは魔女キルケ―の誘惑に勝てるか?



それぞれの作品の背景を知れば知るほど怖さが増してくるとても不思議な展覧会です。
静かな口調で語りかける女優・吉田羊さんの音声ガイドも参考になります。

間違いなくこの秋おすすめの展覧会です。
「怖い絵展」は2017年10月7日(土)から12月17日(日)まで上野の森美術館で開催しています。
展覧会の詳細はオフィシャルホームページをご参照ください。

http://www.kowaie.com/