2018年1月29日月曜日

静嘉堂文庫美術館「歌川国貞」展

静嘉堂文庫美術館「歌川国貞」展に行ってきました。
先日開催されたブロガー内覧会に続いて2回目でした。
内覧会のトークショーやギャラリートークを思い出しつつ、とても詳しく丁寧な作品解説パネルを読みながら、一つ一つの作品をあらためてじっくり味わうことができました。

美術館入口の撮影スポットでパチリ

国貞作品は前後期ですべて入れ替わります。
会期は3月25日(日)までですが、両方見るなら前期展が終わる2月25日(日)までに一度行っておく必要があるので要注意です。
江戸の街にタイムスリップできるとても素敵な展覧会です。おすすめです。

展覧会の詳細は美術館の公式サイトをご覧ください。

http://www.seikado.or.jp/

それでは、展覧会の様子は先日参加したブロガー内覧会の進行に沿ってご紹介したいと思います。
※掲載した写真は美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。なお、掲載した作品はすべて静嘉堂文庫美術館蔵で、歌川広重との合作以外は歌川国貞(三代歌川豊国)作です。

はじめに楽しいトークショーがありました。
ゲストは太田記念美術館の主席学芸員で、浮世絵や出版文化がご専門の日野原健司さん、出演は、静嘉堂文庫の20万冊もの蔵書をひとりでカバーする「スーパー司書」静嘉堂文庫主任司書の成澤麻子さん、そしてナビゲーターは「美術関係の草分け的ブロガー」Takさんです。

Takさん   国貞というと、みなさんどういう浮世絵を思い浮べますでしょうか。
       日野原さん、国貞は何を得意としていた絵師だったのでしょうか。
日野原さん  今日の私の役割は、国貞が江戸後期いかに大人気だったか、みなさんに記
      憶していただくことだと思っています。       
       当時の人気ナンバーワンは北斎でも国芳でもなく国貞でした。
       作品数も多く、数えきれないほどで、最低でも1万、あるいは2~3万点も
      の作品があるのでは、と言われています。
       今回の展覧会で展示されいてる作品は、国貞作品のほんの一部です。
       また、活動期間も長く、ヒットを飛ばしてから亡くなるまで50年以上も第
      一線で活躍していました。広重や国芳は35年くらいだったのと比べると、と
      ても長かったのです。
       国貞が得意だったのは美人画と役者絵。これは浮世絵の王道中の王道で、
      これらを一手に引き受けていました。
Takさん   今回の展覧会ではどのようなジャンルの作品が展示されていますか。
成澤さん   多いのは女性の錦絵と役者絵です。当館では約4000点の国貞作品を所蔵し
      ていますが、所蔵作品でも女性の錦絵が多いです。
日野原さん  美人画では特に女性たちの着物を見ていただきたい。着物は季節や着る人
      の身分、年齢によって違うのですが、髪型を含めて、それを丁寧に描き分け
      ています。
成澤さん   静嘉堂では、作品をひとつずつ保存するのでなく、一枚一枚を貼りこんだ
      画帖仕立てになっていて、広げるととても長くなります。
       これはおそらく、岩崎家の女性たちが当時のファッションに興味をもって
      集めたものを、見やすくするためバラバラにならないようにしたのではと考
      えられています。
       展示がしづらいので、何度はがそうと思ったことか(笑)。
       前期後期ですべて展示替えをするのですが、展覧会の構成上、後期展示す
      るものは白い紙で隠してあるのでご了承ください。
日野原さん  当時は光に弱い絵の具を使っていたので、すぐに退色してしまうのです
      が、画帖仕立てにしていたおかげで、当時の色が鮮やかに残っているのでし
      ょう。紫や淡いピンク色といった残りにくい色が残っています。
       国貞は遊女だけでなく普通の女性、暮らしのワンシーンを描いています。
      江戸の女性の着物やくらしを知るには国貞ですね。
成澤さん   今回の展覧会のミニブックは『江戸の女性』と『江戸の役者』の2冊に分け
      ました。歌麿はキレイな女性を描きましたが、国貞はそれこそ隣のおばちゃ
      ん、あそこのお姉さん、長屋のおかみさんといった身近な女性たちを描いて
      いました。

ミニブック 各350円(税込)

今回の展覧会のサブタイトルは「錦絵に見る江戸の粋な仲間たち」です。
       芸術というのを脇において、江戸の町に遊びに行って市井の人たちに会い
      に行く気分でご覧になっていただければと思います。
Takさん   今回の展覧会でこれはという作品は。
日野原さん  《今風化粧鏡》です。鏡に向かって化粧をしている女性を描いているの
      で、画面が丸くなっています。会場には江戸時代の鏡を置いているので、
      見比べることができますね。


《今風化粧鏡》

成澤さん   ポーラ文化研究所から江戸時代の化粧道具をお借りして展示しています。
      化粧台の引き出しが手前でなく横についていますが、手前だと引き出しをあ
      けたときに鏡から離れてしまいます。女性はお化粧をするとき自然と顔を鏡
      に近づけるので、引き出しは横についています。なるほど女性の考えること
      は江戸時代も今も変わらないのだなと思いました。
日野原さん  《今風化粧鏡》は6点揃っています。眉毛を書いたり、お歯黒を塗ったり
      年齢や身分による化粧の仕方の違いがよく描かれています。
成澤さん   化粧はきれいに見せるものですが、お化粧に失敗している絵もあります。
      歯だけを黒く染めるのは難しかったと思います。国貞はリアルな等身大の女
      の人たちの姿を描いていました。
Takさん   作品番号44の《蚊やき》というのはおもしろい題ですね。

左から《星の霜当世風俗(外出)(蚊やき)(水くみ)》

日野原さん  蚊帳の中に入ってきた蚊を焼く場面です。季節感があります。
成澤さん   それぞれの絵が何をしている場面か、一点一点解説を見ていただくとよく
      わかります。この絵では、炎の上に巨大な蚊が描かれています。
日野原さん  この作品でもう一つ見ていただきたいのは、蚊帳の彫りです。細かいとこ
      ろまで手を抜いていません。
成澤さん   錦絵は、絵師、彫り師、摺り師の見事な技量で出来上がっています。女性
      の髪の生えぎわ、細い鼻、きれいな目、多色摺りの木版で細かく表現してい
      ます。
Takさん   今回の展覧会の見るべきポイントは。
日野原さん  ここでしか見られない肉筆画ですね。

右から《芝居町 新吉原 風俗絵鑑(幕間)(車引き)(舞台裏)(浅間ヶ嶽)》

これは歌舞伎の場面で、一人ひとりの表情が生き生きと描かれいています。
      上から役者を見ている女性、下では食事している人、舞台の裏には舞台が見
      えなくて不満そうな人。舞台裏も見せています。楽器を演奏している人、自
      分の出番を前に準備をしている人。
       成澤さん、国貞の肉筆画はあまりないですか。
成澤さん   他には扇子でしょうか。
日野原さん  この作品は特殊な絵の具で緻密に描いているので、身分の高い人の特注品
      でしょう。
       国貞は、私たちが江戸の世界に一番入っていける作品を描いた人。
      今回の展覧会をきっかけに一人でも多くの人に知っていただきたいです。
      (拍手)

続いて展示室内で成澤さんのギャラリートーク。

成澤さん「錦絵は今でいうところの写真や広告、タレントのプロマイド。芸術作品ということは頭から離していただいて、近所のお姉さんたちに会い行きましょう。」

入口には錦絵の制作過程がわかる《今様見立士農工商》。
右の《職人》は、摺師と彫師に見立てた女性たちがそれぞれの作業をしたり、休息をとっているところを、左の《商人》は、版元の店先の様子を描いている。《商人》には店先に新刊の宣伝ポスターが下がっているのが見えます。

右が《今様見立士農工商 職人》左が《同 商人》

続いてトークショーでも話題になった、鏡枠の中にお化粧をしている女性を描いた《今風化粧鏡》シリーズ。
一番左の(鉄漿(かね)つけ)はお歯黒を塗っていて失敗した女性。口のまわりが黒くなっています。
「あっ、という声が聞こえてきそう。」と成澤さん。
「(房楊枝)は紅色の歯磨き粉で歯を磨いている女性、(眉毛抜き)は毛抜きで眉を整える遊女、(牡丹刷毛)はお化粧の仕上げをしている女性、この髪の毛の生えぎわやうねりの線、彫師の腕前をご覧になってください。(眉かくし)は今でいうと小学校高学年の女の子が手習い中に眉を隠して結婚したときの顔を思い描いているところ。(合わせ鏡)はもう一枚の鏡を合わせて後髪を確認しているところ。鏡の傍らには当時流行したブランド品のおしろいの包みが描かれています。この絵を見た人がこのおしろいを買いたくなるという広告にもなっています。」

左から《今風化粧鏡(鉄漿つけ)(房楊枝)(眉毛抜き)
(牡丹刷毛)(眉かくし)(合わせ鏡)》
「《江戸自慢》のシリーズは、初夏から秋にかけての江戸の風物詩を描いたもので、《江戸自慢 五百羅漢施餓鬼》の蚊帳の網目が見事です。こういった技をもった彫師や摺師に思いをはせていただきたいです。」

右から《江戸自慢 両国夕涼》《同 駒込富士参り》
《同 洲崎廿六夜》《同 五百羅漢施餓鬼》

「次は《星の霜当世風俗》のシリーズです。(行燈)の女性が行燈に入れた手の影や柔らかく体に沿っている着物の表現が見事です。画面右側の屏風には男性の着物がかかっていて、お盆の上の茶碗も2つあって、男性の存在がうかがえます。」
「このように細かいところまで描き込まれているので、すみからすみまでご覧になっていただくと、当時の江戸の様子がわかります。またとびぬけてきれいな人でなく、普通の女性を描いているのも国貞の特徴です。」

右から《星の霜当世風俗(行燈)(待合)》《江戸八景ノ内 上野》

「ここからは3枚つづりの作品が並びます。《蘭船 舶来鳥、ギヤマン燈籠》の船、オウム、ランタンはつくりものの見世物です。錦絵は今でいえばテレビ。最先端のものを描いて当時の人たちに見せたのです。前にいる女性たちが着ている服も当時の流行の最先端。後ろの異国のものも女性のファッションも楽しめるようになっています。」

手前から歌川国貞《蘭船 舶来鳥 ギヤマン燈籠》《娼家内証花見図》

「《歳暮乃深雪》は、冬の身支度をした女性二人と、前垂れを頭からかぶり、大徳利と提灯を手に持って酒を買いに急ぐ女性が行き合う場面。冬の夕暮れの一瞬を切り取った素晴らしい作品です。左の女性の持つ提灯には、この作品の版元の「河長」という文字が入っていて、さりげなく出版社の宣伝をしています。」
「今回の展示では、作品の解説パネルに版元の名前も入れたので、ぜひご覧になっていただきたいです。」
左が歌川国貞《歳暮乃深雪》右が《四季遊ノ内春 佃島白魚網ノ図》

「《誂織当世島(金花糖)》の女性が持っている皿に乗っているものは、金魚の形をした金花糖という砂糖菓子。当時は高価だった砂糖もこの頃には庶民の元にもやってきた証拠でしょう。」
「卯の花月は陰暦の四月。初もの好きだった江戸の人たちが特に好きだったのが初がつお。中央でかつおをさばくかつお売りに長屋のおかみさんたちがお皿を持って買いに来ている場面。初夏の庶民の長屋の明るい雰囲気が伝わってきます。こういった日常生活のワンシーンを見事に描くのが国貞の力量でしょう。」

右から《誂織当世島(金花糖)》《誂織当世島(くわえ楊枝)》
《嵯峨ノ開帳朝参りの図》《卯の花月》
《卯の花月》側から見たところ

こちらは役者絵のコーナー。
「こちらは、鼻高幸四郎といわれた五代目松本幸四郎。頭の前の部分は髪を一筋一筋彫り、後頭部のグレーの部分も細かく彫っています。服のグレーを出すために十版以上の板を使っていて、白い部分もかすかに凹凸の模様の入った透かし彫り。豪商からの依頼で作られたもので、とても高価な仕上がりになっています。」

手前が歌川国貞《仁木弾正左衛門直則 五代目松本幸四郎 秋野亭錦升 後 錦紅》
奥は《古今俳優似顔大全 松本家系譜》
「幕末のように世の中が安定していないときには、謀反人のような道からはずれた人をほめたたえる風潮がありました。」
「《豊国漫画図絵 袴垂保輔》は大盗賊を、《豊国漫画図絵 将軍太郎良門》は妖術を使う平将門の息子を描いたもので、《袴垂保輔》の毛皮の表現などがとても細かく描かれています。」

左のケースが《豊国漫画図絵 袴垂保輔》と《豊国漫画図絵 将軍太郎良門》

三代歌川豊国を名乗った国貞と歌川広重の合作もあります。
三代豊国が人物を描き、広重が背景を描いたとても豪華な競演。
「柳亭種彦『偐紫田舎源氏』は源氏物語のパロディーで、舞台を室町時代に移したもの。国貞のさし絵とともにものすごい人気で13年間もベストセラーを続けましたが、女性遍歴の多い主人公・光氏が、多くの側室をもった当時の十一代将軍徳川家斉を揶揄したものということで絶版になり、版木は没収されました。」
「しかし、その後も人気のあった光氏は独り歩きして描かれ続けました。それが『源氏絵』です。」

手前が《風流源氏夜の庭》奥が《見立源氏琴碁書画之内 彩色のいろくらべ》

そしてこちらは同じく三代豊国が人物を描き、広重が背景を描いた《双筆五十三次》のシリーズ。
富士山を眺めながらくつろぐ西行がいい味出してます。

手前から《双筆五十三次 吉原》《同 沼津》《同 大磯》《同 程かや》 

そして最後は、トークショーで紹介した肉筆画《芝居町 新吉原 風俗絵鑑》をじっくりご覧になってください。芝居小屋の賑やかな雰囲気が描かれています。それでも一番右の(浅間ヶ嶽)では、騒ぎすぎて係の人に注意されている人もいます。注目です。

さて、「歌川国貞展」はいかがだったでしょうか。
ぜひその場で江戸の雰囲気にひたってみてください。

後期も楽しみです。