2019年2月19日火曜日

山種美術館 広尾開館10周年記念特別展《生誕130年記念 奥村土牛》

東京・広尾の山種美術館では広尾開館10周年記念特別展《生誕130年記念 奥村土牛》が開催されています。


奥村土牛(1889-1990(明治22-平成2)年)というと、京都・醍醐寺の桜を描いた《醍醐》、鳴門の渦潮を描いた《鳴門》、姫路城を描いた《城》(いずれも山種美術館)といった代表作は同館で開催される展覧会で見ることはあったのですが、今までそれほど多くの作品は見たことはありませんでした。

しかし今回は奥村土牛のワンマンショー、101歳まで長生きした奥村土牛の作品約60点が年代を追って展示されている「土牛づくし」の展覧会なのです。

「絵は人柄である」という信念のもと、画家と直接関わり、作品を収集した山種美術館創立者の山﨑種二初代館長は、土牛と特に親しく、無名時代から支援していました。
その御縁から、同館の所蔵作品1,800点のうち135点を占める屈指の土牛コレクションで知られる山種美術館で開催される奥村土牛展。

展示されているのは、すべて山種美術館所蔵の奥村土牛作品(及び資料)です。
この機会に土牛の人柄にふれて、作品の魅力を楽しんでみてはいかがでしょうか。

※展覧会の開催概要等はこちらをご参照ください→山種美術館公式サイト

今回撮影OKの作品はこちら、奥村土牛《吉野》(山種美術館)です。
ぜひ記念に一枚!

奥村土牛《吉野》(山種美術館)
※他の作品は撮影禁止です。
※以下に掲載した写真は、先日開催された内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。

それではさっそく展覧会の魅力、見どころを紹介したいと思います。

ご案内いただいたのは、山種美術館特別研究員の三戸さん。
「奥村土牛はとても人柄のよい方で、直接お会いしたことはないのですが、私たちも親しみを込めて『土牛さん』と呼んでいます。」と三戸さん。

展示室に入って最初にお出迎えしてくれるのは、チラシのデザインにもなっている《醍醐》。
「色を塗っては洗い、塗っては洗い、という作業を丹念に繰り返した作品です。」
薄紅色のしだれ桜がとてもきれいです。
奥村土牛《醍醐》(山種美術館)
展示は3章構成になっています。

第1章 土牛芸術の礎

第1章では、大正期から昭和20年代までの作品が展示されています。

土牛は16歳で日本画家・梶田半古の画塾に入門して、そこで生涯の師と仰ぐ小林古径に出会い、画業の修行を積みましたが、38歳で初めて再興日本美術院(院展)に入選するという遅咲きのスタートでした。

(以下、私なりに設定したテーマごとに作品を紹介していきたいと思います。)

【初期の風景画】

はじめに初期の風景画から見ていきましょう。

「土牛は江戸っ子で、大正から昭和にかけての時代を送った人生が作品に表れています。こういった視点から作品を見るのも一つのポイントです。」

「《雨趣》は、土牛が画業に悩んでいた頃、速水御舟の研究会に参加していた時の作品です。御舟の影響を受けて幻想的で、雨の一本一本まで細かく描きこんでいます。」
高層ビルが立ち並ぶ今となっては信じられませんが、緑が多い赤坂付近の雨の風景を描いています。近くで見ると雨の線がよく見えます。

左から、奥村土牛《雨趣》、《枇杷と少女》(いずれも山種美術館)

「《甲州街道》は、大正12年の関東大震災で自宅が焼失して、家財道具も一切失う中、少ない画材で描いた作品です。どんな境遇でも絵を描きたいという土牛の気持ちが伝わってくるようです。」
甲州街道そばの千歳烏山(現・世田谷区)辺りの情景。当時は農村地帯の雰囲気をそのまま残した景色が広がっていたのですね。

奥村土牛《甲州街道》(山種美術館)
《雪の山》は昭和21年の再興第31回院展に出展された作品。
小林古径からセザンヌの画集を買ってもらい、セザンヌの研究をした土牛。この作品ではセザンヌが繰り返し描いたサン・ヴィクトワールを思わせる山が描かれています。
「土牛は昭和19年に信州に疎開していますが、信州で得たインスピレーションが土牛をセザンヌに導いていったのでしょう。」

奥村土牛《雪の山》(山種美術館)
【土牛の描く動物たち】

続いて土牛の描く動物たちです。
多くの日本画家と同じく、土牛はさまざまな動物を描いていますが、その特徴は「土牛の動物たちへの愛情や、その時々の気持ちが表れていること」(三戸さん)。

私たちにとって見慣れた兎も、当時は珍しかったアンゴラ兎もしっかり観察して、毛並みなども丁寧に描いています。
どの兎も目がとても可愛くて、動物が好き!といった気持ちが伝わってきそう。

奥村土牛《兎》(昭和13年)(山種美術館)

こちらがアンゴラ兎。もふもふ感がよく出ています。
奥村土牛《兎》(昭和11年)(山種美術館)
土牛は鹿も好きでした。《春光》では、やはりかわいい目をした鹿が描かれています。
左手前が、奥村土牛《春光》、右奥は右から《聖牛》《山羊》《花》
(いずれも山種美術館)
インドからやって来た牛は少し澄ました感じ。
土牛は、母親になったばかりの牛に落ち着きと気品を感じたと語っています。
奥村土牛《聖牛》(山種美術館)

第2章 土牛のまなざし

【円熟期の風景画】

第2章の見どころは何と言っても、スケール感のある風景画。

鳴門の渦潮を神秘的に描いた《鳴門》では、「うす塗りを重ねているのに不思議と透明感が出ています。」(三戸さん)。
那智の滝の雄大さが描かれた《那智》も、こちらに迫ってくるような姫路城を描いた《城》も、ものすごい存在感があります。

こちらのコーナーはぜひこの位置からご覧になってください。
奥が右から《鳴門》《那智》《城》、そして手前のガラスケースにはそれぞれのスケッチが展示されていて完成作品と比較できるようになっています。

右から奥村土牛《鳴門》《那智》《城》
手前のガラスケースは、右から《鳴門(画稿)》《那智瀧(画稿)》
《城(写生)》(いずれも山種美術館)

【人物へのまなざし】

「土牛の描く人物にはその時々の心情が表れていて、また、特別な人との別れが絵画制作に結びつくことが特徴です。」
以前から描きたいと思っていて、ようやく念願のかなった《舞妓》。髪の毛まで丁寧に描いています。
そして、バレリーナを描きたくなり、「白鳥の湖」を見て美しさをどう表現すればいいのか考えぬいて描いた《踊り子》。
どちらの女性も自然な美しさが感じられます。
左から奥村土牛《舞妓》《踊り子》(いずれも山種美術館)
一方で土牛はたくましい体の力士も描いています。
モデルは初代・若乃花と栃若時代を築いた横綱・栃錦。
名横綱の力強さが伝わってきます。
奥村土牛《稽古》(山種美術館)

大切な人を失った時、土牛はその人へのオマージュとして絵を描いています。
生涯の師と仰いだ小林古径を追悼した《浄心》。
横山大観らと日本美術院を再興した斎藤隆三を追悼した《蓮》。
人物そのものを描かなくても、その人たちへの土牛の思いが伝わってくるようです。
冒頭で紹介した《醍醐》も小林古径の法要の帰りに京都に寄ったのが制作のきっかけでした。
右から、奥村土牛《浄心》《蓮》《水蓮》
(いずれも山種美術館)
第3章 百寿を超えて

【晩年の風景画】

こちらは90歳を越えてから描いた《海》。
「晩年には細部を省略した抽象的な表現の作風が特徴です。この作品は銀箔を貼っています。箔足が見えるのがわかりますでしょうか。」
横から見ると海面のあたりに四角い銀箔の跡が見えるので、ぜひ近くでご覧になってください。

奥村土牛《海》(山種美術館)

今まで土牛のこの時期の作品を見たことはなかったのですが、円熟期を通り越して、目の前の風景を感じたままに描いた心象風景のような作品群に心を惹かれました。
右から奥村土牛《吉野》《谷川岳》《北山杉》
(いずれも山種美術館)
富士山も描いています。
右から奥村土牛《山中湖富士》《富士宮の富士》
(いずれも山種美術館)
《輪島の夕照》はいつまで眺めていても飽きない風景画。
土塀のカチッとした構図が決まっている《大和路》も好きになりました。
右から、《輪島の夕照》《大和路》(いずれも山種美術館)
そして締めくくりに三戸さん「土牛は一つ一つの作品に自身のことばを残しています(作品横の『奥村土牛のことば』というタイトルのパネルを参照)。どういう背景で、どういった気持ちで作品を描いたのか、画家のことばを読んでいただければ、絵の楽しみも増すと思います。」(拍手)

とてもいい雰囲気の展覧会です。
3月31日(日)まで開催されているので、一足早いお花見に訪れてみてはいかがでしょうか。

展覧会概要  
会 期  2月2日(土)~3月31日(日)
開館時間 午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日
入館料  一般 1,200円他
(お得な割引サービスもあります。詳細は同館公式サイトをご覧ください)


和菓子や関連グッズも充実!

今回も展覧会にちなんだ和菓子やグッズが充実しています。
下の写真は、山種美術館1階「Cafe椿」の和菓子。
中央が「しろうさぎ」(《兎》昭和11年)、右上から時計回りに、「ひとひら」(《醍醐》)、「富嶽」(《山中湖富士》)、「千本桜」(《吉野》)、「うなばら」。
(《海》)(カッコ内はモチーフとなった奥村土牛の作品で、すべて山種美術館蔵です。)
どれも美味なので、どれをおすすめしたらよいか迷ってしまいます。和菓子1個とお抹茶のセットで1,100円です。

関連グッズも充実しています。今回は《醍醐》にちなんだ。祇園辻利の「宇治茶 抹茶菓子セット(1,000円+税)が特におすすめです。

これからの展覧会

次回の展覧会は「花・Flower・華-四季を彩る-」(4月6日㈯~6月2日㈰)です。
関連イベントとして、静嘉堂文庫美術館の河野元昭館長の講演会が開催されます。

タイトル 饒舌館長「四季の花-琳派の傑作-」口演す
日 時  4月27日(土) 14:00~15:30(開場・受付開始 13:30)
会 場  國學院大學 院友会館

詳細および申込方法は山種美術館公式サイトをご覧ください。

また、山種美術館が主催する日本画の公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード 2019」が開催されます。作品の応募期間は2月20日(水)~4月8日(月)までです。
応募要項等の詳細は同館公式サイトをご覧ください。