2019年2月2日土曜日

静嘉堂文庫美術館「岩﨑家のお雛さまと御所人形」展

東京・世田谷の静嘉堂文庫美術館では、春にふさわしいお雛さまの展覧会が開催されています。


緑の多い広大な敷地の静嘉堂文庫美術館入口に近づくと、とてもかわいらしい案内が見えてきました。
展覧会のタイトルは「~桐村喜世美氏所蔵品受贈記念~岩﨑家のお雛さまと御所人形」。そして案内をよ~く見ると「おかえりなさい」「ありがとう」という文字がうっすら見えてきますが、これには何か意味がありそう。

とても興味をそそられる展覧会ですが、開会に先立って開催されたブロガー内覧会に参加してきましたので、その時の様子をご紹介したいと思います。

内覧会では、はじめにトークショーがありました。

出演は、人形玩具研究家の林直輝さん。林さんは日本人形文化研究所所長で日本人形玩具研究学会理事を務められています。
そして静嘉堂文庫美術館主任学芸員の長谷川祥子さん。
ナビゲーターは、アートブログ「青い日記帳」でおなじみのTakさんです。

それではトークショーのはじまりです。
(トークショーでは、展示内容をわかりやすくするため、トークショーの後に展示会場内で行われたギャラリートークの様子や、会場風景の写真も適宜入れ込んでいます。)

※掲載した写真は美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

1 里帰りした岩﨑家のお雛さま
 
Takさん はじめに今回の展覧会を開催することになったいきさつをお話いただけますでし
   ょうか。
長谷川さん 今回展示している雛人形は、昭和初期、三菱第四代社長の岩﨑小彌太氏が妻
 の孝子さんのために、京都人形司の老舗・丸平大木人形店の五代目・大木平藏氏に特注
 したものだったのです。
  それが、戦後、人の手に渡り古美術商のマーケットに出たのですが、高価なものだった
 ので、内裏雛、三人官女、五人囃子など、分けて売られて散逸してしまいました。
  それを、著名な人形コレクターの桐村喜世美さんが雛人形15体すべてと道具類の多くを
 集められ、昨年、静嘉堂に寄贈していただきました。
  今回の展覧会は、寄贈されたことを記念して、感謝の気持ちをこめて開催したもので
 す。
Takさん もともとは岩﨑家のお雛さま。「帰ってきたお雛さま」なのですね。

「帰ってきたお雛さま」のうち内裏雛

Takさん 林さん、この岩﨑家のお雛さまはどれほど高価なものだったのでしょうか。
林さん 丸平大木人形店は江戸時代中期に創業して約250年、当主は七代目で、日本一の
 人形屋さんと言ってもよいでしょう。
  実際にご覧になっていただくと、材料も、作り方も隅々まで行き届いていて、いかに
 贅を尽くしたかがわかります。
Takさん そういったところも見ていただきたいですね。
林さん そうですね。
 価格は、現在の貨幣価値でいえば、およそ2億円と推定できるのでは。
Takさん 2億円ですか。他のお雛さまと比べていったい何が違うのでしょうか。
林さん 何から何まで違います(笑)。
Takさん まず素材感が違いますね。このお雛さまを作るのに何年くらいかかったのでしょ
 う。
林さん 3年くらいかかったと思います。
Takさん 一つの芸術作品と言えますね。
林さん そうですね。人形の本体は木材なので彫刻と同じです。顔には胡粉を何回も塗っ
 て滑らかにします。また、女雛の来ている衣裳・十二単の織り、染め、刺繍は本物に即
 したものです。
  小道具も、木工、金工、漆と、日本工芸の粋を集めたものです。
Takさん 立ち止まってしっかり見なくてはなりませんね。それに内裏雛の大きさには驚き
 ました。
長谷川さん 岩﨑家では、麻布鳥居坂本邸(現 国際文化会館)の大広間に飾られていまし
 た。岩﨑小彌太氏は、他にはない雛人形を、と注文されたのでしょう。

麻布鳥居坂本邸大広間に飾られた雛飾り
(展示会場入口に展示されているパネル)
2 日本一の稚児雛

林さん 人形はすべて子ども仕立てになっています。他にも類例はありますが、おそらく
 日本一の稚児雛でしょう。
Takさん お雛さまといっても稚児雛なので、着ているのは大人の衣裳でも顔は愛くるしい
 子どもですね。
林さん 男雛は宮廷では皇太子のみが着用する衣裳で、おそらく皇太子のご成婚のお姿な
 のでしょう。女雛は第一礼装の十二単です。
  人形に限らず、日本の染織は、昭和初期には、素材、技法とも最高潮に達し、黄金期
 を迎えました。衣裳には宮廷ならではの厳密な決まりがあって、裏地まで特別な素材を
 使っています。
Takさん 人形の関節が動くと聞きましたが。
林さん お雛さまは雛壇に飾るもので、着せ替えはしないので、関節は動く必要がないの
 ですが、関節が動いて立たせることもできるのです。
Takさん 一種のこだわりでしょうか。
林さん そうですね。
Takさん とても存在感のあるきらびやかなお雛さまですね。
林さん 桐村さんは「茂照庵(もしょうあん)」(京都・福知山にある桐村家住宅)で「岩﨑
 家雛人形」を公開されていました。このたびは桐村さんのご英断で、まさに一番ふさわ
 しい場所に寄贈されたのだと思います。

ふたたび内裏雛。


続いて三人官女。
少し大人びてきたかなという感じ。真中の女性は眉を剃って眉墨を描いているので、少し年上かも。

「内裏雛が小学校低学年くらいなら、五人囃子は小学校高学年(笑)。」と長谷川さん。
少し顔がきりっとしてきます。
それにしても、誰もが「さあ、これから演奏はじめるよ。」と今にも演奏しそうな感じがよく出ていて、お囃子の音が聞こえてきそう。


随身(ずいじん)は椅子に座っているのですが、椅子に掛けられているのは「虎の革」。下からのぞきこむと虎の縞模様の布が見えてきます。


仕丁(じちょう)のやれやれとくつろいだ感じが好きです。
右から笑い上戸、怒り上戸、泣き上戸。


道具類も豪華です。


それにしても道具類は全部揃っていないのが惜しまれます。
後のパネルと前の展示作品を見比べると、何が所在不明かがわかります。

下の写真の壁のパネルにある牛車や籠にお気づきでしょうか。
写真にも写っていて、展示もされている長刀(なぎなた)や台傘、立傘(左)と比較しても大きくて装飾も豪華。ぜひ見つかってほしいと思います。


3 雛人形の変遷も見ていただきたい

Takさん 雛人形を飾る習慣はいつごろから始まったのでしょうか。
林さん 江戸時代前期から中期ごろではないでしょうか。平和な世の中になっ 
 て、女の子の幸せを願う気持ちから広まったのでは。
  その頃は、染物、漆、金工など伝統工芸のすべてが完成されていく時代と重なったの
 です。
Takさん 日本の伝統工芸の最高峰が雛人形ですね。
林さん 今回の展示では、江戸時代のお雛さまの歴史的変遷も見ることができます。
 展示会場入ってすぐの雛人形と、第三章の武者人形、そしておそらく日本最大の犬筥。
 日本の人形文化を見ていただけるとてもいい展覧会です。
  入口入ってすぐのコーナーには江戸時代から明治~大正時代の内裏雛が展示されてい
 ます。目が手書きから玉眼に移り変わるなど、顔立ちや衣裳も変わって来るのがわかり
 ます。

林さん 江戸時代中期から後期にかけては、庶民が普段見ることのできない上流階級が着
 ているものを想像して雛人形の衣裳を作りました。
  明治以降は、庶民も皇族の装束を見ることができるようになったので、実際に着てい
 るものを忠実に再現するようになりました。

江戸時代後期から明治~大正時代の武者人形。

江戸時代後期の立雛。まあるいお顔がとてもきれい。

大きくて模様がきれいな犬筥(江戸時代後期)一対。



4 御所人形もかわいい!

長谷川さん この展覧会のもう一つの見どころは、岩﨑小彌太氏の還暦を記念して丸平大
 木人形店に制作を依頼した58体61人の御所人形です。
林さん この御所人形は、ほぼ三頭身のまるまる太った子どもたち、つまり健康的な子ど
 もたちの姿です。すべて木彫で、鮮やかな色の絵の具を使っています。


Takさん 背景の屏風もいいですね。
長谷川さん 伝円山応挙の屏風です。
林さん とても華やかです。
長谷川さん 小彌太氏は兎年生まれだったので、それにちなんで子どもたちの頭には兎を
 被っています乗っています。
  金色の兎を被っているのは七福神。布袋様は小彌太氏、弁天様は孝子夫人に似せてい
 るとも言われています。

布袋様

弁天様


長谷川さん 御所人形の下絵も展示されているのでぜひご覧になってください。


長谷川さん 岩﨑小彌太氏の還暦の祝賀会では、この御所人形を麻布鳥居坂本邸の大広間
 のテーブルに並べられました。
  祝賀会の引出物に出された堂本印象の「兎図扇」も展示されています。


長谷川さん とても華やかな還暦祝いです。みなさまもぜひご自身の還暦をお祝いすると
 きの参考にしてみてはいかがでしょうか(笑)。


5 関連イベントも充実!

いつもながらお茶席や講演会、コンサートに学芸員による列品解説と関連イベントも充実しています。
音声ガイドは女優の八千草薫さん。
三井記念美術館「三井家のおひなさま 特別展示 人間国宝・平田郷陽の市松人形」との相互割引もあります。

詳細は静嘉堂文庫美術館展覧会サイトをご覧ください。

図録やグッズも充実しています。
図録は税込1,800円、クリアファイルは税込270円です。


春にふさわしい、とても豪華できらびやかな展覧会です。
みなさんもかわいい雛人形に会いに行ってみませんか。

展覧会概要
会 期  1月29日(火)~3月24日(日)
休館日  毎週月曜日(ただし2月11日は開館)、2月12日(火)
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料  一般1,000円、大高校生700円(20名以上団体割引)、中学生以下無料