2025年10月27日月曜日

山種美術館 【特別展】日本画聖地巡礼2025 ー速水御舟、東山魁夷から山口晃までー

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】日本画聖地巡礼2025  ー速水御舟、東山魁夷から山口晃までーが開催されています。

山種美術館外観


今回の特別展は、2023年に開催された「日本画聖地巡礼」展の第二弾。
第一弾では日本国内各地の名所や自然の景色などが楽しめましたが、今回はエジプトのピラミッドをはじめ、海外の聖地も巡礼してさらにパワーアップ。
画題となった土地や、画家と縁の深い聖地を巡ることができる、とても楽しい展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名  【特別展】日本画聖地巡礼2025 ―速水御舟、東山魁夷から山口晃まで―
会 場   山種美術館
会 期   2025年10月4日(土)~11月30日(日)
開館時間  午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日   月曜日(11/3(月・祝)、11/24(月・振休)は開館、11/4(火)、11/25(火)は休館)
入館料   一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
※各種割引等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 日本画の聖地を訪ねて ―北海道から沖縄まで―
 第2章 海を渡って出会った聖地

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回の撮影可の作品は、1930(昭和5)年、イタリア・ローマで開催されたローマ日本美術展覧会に出品された速水御舟《名樹散椿》【重要文化財】(山種美術館)です。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。

速水御舟《名樹散椿》【重要文化財】1929(昭和4)年
紙本金地・彩色 山種美術館

第1章 日本画の聖地を訪ねて ―北海道から沖縄まで―


展示の冒頭を飾るのは、奥村土牛《城》。


第1章展示風景
左手前が 奥村土牛《城》1955(昭和30)年 紙本・彩色
山種美術館

描かれているのは白鷺が羽を広げているような優美な外観から「白鷺城」とも呼ばれる姫路城。
天守部分が国宝に指定され、平成5(1993)年には奈良の法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に登録された姫路城は、観光案内の写真などでは石垣や天守閣をはじめとした全体像で紹介されることが多いのですが、土牛が描いたのは、天守閣が目の前に迫ってくるかのようにそびえる迫力いっぱいの姫路城でした。

東京画壇ではライバルどうしの川端龍子と横山大観、そして「東の大観、西の栖鳳」と並び称された京都画壇の重鎮、竹内栖鳳。近代日本画界の巨匠たちの作品が並んで展示されてます。

左から 川端龍子《月光》1933(昭和8)年 絹本・彩色、
横山大観《飛瀑華厳》1932(昭和7)年 絹本・墨画淡彩
竹内栖鳳《潮来小暑》1930(昭和5)年 絹本・彩色
いずれも山種美術館

この中でも「会場芸術」を提唱した川端龍子の作品は特に個性的。

川端龍子《月光》1933(昭和8)年 絹本・彩色 山種美術館

作品タイトルは《月光》ですが、場所は日光。
姫路城と同じく世界文化遺産に登録されている「日光の寺社」のうちのひとつで、三代将軍徳川家光の霊廟・輪王寺大猷院拝殿が描かれた作品なのですが、彩色や彫刻によって重厚で荘厳な雰囲気を醸し出す建物を、下から見上げた破風部分を大きくクローズアップしています。

大胆なトリミングをした作品がある一方で、東京の街の景色を俯瞰的に描いたのは山口晃さんの《東京圖  1・0・4 輪之段》(山種美術館)。
この時は作者の山口晃さんにお会いできました!

山口晃《東京  1・0・4 輪之段》2018-25(平成30-令和7)年
カンヴァス・彩色 山種美術館


大河ドラマ「いだてん」のオープニング映像用に制作されたこの作品には、東京都心部の建物や、通りを歩く人物が画面いっぱいに描き込まれていて、東京タワーや新宿の高層ビルがあるので現代の東京かと思ったら、浅草公園にあった凌雲閣は関東大震災で倒壊したはずなのに描かれていたりなど、細部まで見ているといくら時間があっても足りないくらいです。


自然の空気が感じられる大画面の作品も展示されています。

奥田元宋《奥入瀬(秋)》1983(昭和58)年 紙本・彩色 山種美術館

幅約5.5mもあるこの大作は、古希(70歳)を過ぎた元宋が、大作に取り組めるのは80歳までが限度と考え、日展への出品作とは別に1年に1点、大作を描こうと心に決めたもののうちのひとつです。
目の前に立つと、秋の涼しげな風とともにせせらぎの水音が聞こえてきて、その場であざやかな朱色に色づいた紅葉を見ながら散策しているような気分になってきます。

川端康成に「京都を描くなら、いまのうちですよ」と勧められて東山魁夷が京都を描いた連作「京洛四季」4点も一挙公開されています。

左から 東山魁夷《春静》1968(昭和43)年、《緑潤う》1976(昭和51)年、
《秋彩》1986(昭和61)年、《年暮る》1968(昭和43)年
いずれも紙本・彩色 山種美術館


第2章 海を渡って出会った聖地


ローマ日本美術展覧会の使節として渡欧した際に速水御舟が描いた街並みのスケッチや、帰国後に描いたギリシャ遺跡の作品は、以前、山種美術館で拝見して(※)とても気に入ったので、再会できてうれしかったです。
フィレンツェ、シエナをはじめ、トスカーナ地方の街を歩いた時のことを思い出しながら眺めていました。
(※)2016年に山種美術館で開催された【開館50周年記念特別展】速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造―


右から 速水御舟《塔のある風景(写生)》、《フィレンツェ アルノの河岸の家並(写生)》
どちらも1930(昭和5)年 紙本・インク、淡彩 山種美術館

中国・江南地方の経済、文化の中心都市として栄えた蘇州はもう一度行ってみたい街のひとつ。「水の都」らしい景色が描かれた竹内栖鳳の《城外風薫》も好きな作品です。

竹内栖鳳《城外風薫》1930(昭和5)年 絹本・彩色 山種美術館


イタリアのトスカーナ地方や中国・蘇州は、行こうと思えば今でも行くことができますが、全土に退避勧告や渡航中止勧告が出ているイラクにはとても行くことができません。
平山郁夫《バビロン王城》(山種美術館)に描かれた鮮やかな青色のイシュタル門を見て、1990年代半ばに奇跡的に観光客に門戸が開かれていたイラクに行き、イシュタル門の前で記念撮影をした時のことを思い出しました。
(※)イラク・バビロンにある現在のイシュタル門はレプリカです。本物はドイツ・ベルリンのペルガモン博物館で復元展示されているので、ペルガモン博物館が改修工事を終えて再開したらまた訪れてみたいです。


いつものことながら、展覧会出品作品をデザインしたグッズなど人気商品も盛りだくさん。
なんと、山口晃さんの《東京圖  1・0・4 輪之段》(山種美術館)がクリアファイルになっていました!
東山魁夷「京洛四季」のマグネットも新商品です。



出品作品全51点を収録した展覧会図録もおすすめです。




観覧後の大きな楽しみは、展覧会出品作品にちなんだオリジナル和菓子。1階「Cafe椿」にもぜひお立ち寄りください。



作品の横には作品解説とあわせて、作品が描かれた聖地の写真も添えられているので、展示を見ながら北海道から沖縄まで、そして海外にも行った気分になれて、ヴァーチャルな旅行が楽しめる展覧会です。
美術館で聖地巡礼の旅を体験してみませんか。

2025年10月21日火曜日

静嘉堂@丸の内 静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝

東京・丸の内の静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)では「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催記念 修理後大公開!静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝」が開催されています。



静嘉堂@丸の内が開館して3周年となる記念すべき今回の展覧会では、大阪・関西万博にちなんで、国宝3件、重要文化財17件、重要美術品10件、そして20世紀初頭の博覧会出品作20件余りや修理後初公開10件が一挙公開されて、静嘉堂ならではの東洋絵画の逸品が勢揃いします。
そして、展示のテーマも大きく分けて3つあって、前期後期でほぼ全作品が入替えになるというとても盛りだくさんの内容が楽しめる展覧会です。

展覧会開催概要


会 期  2025年10月4日(土)~12月21日(日)
      前期:10月4日(土)~11月9日(日)
      後期:11月11日(火)~12月21日(日)
      ※前後期でほぼ全作品の入替えがあります。
会 場  静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
休館日  月曜日(ただし、11月3日、24日は開館)、11月4日(火)、25日(火)
開館時間 午前10時~午後5時
     第4水曜日(10月22日、11月26日)は午後8時まで
     12月19日(金)、20日(土)は午後7時まで開館
     ※入館は閉館の30分前まで ※毎週木曜日はトークフリーデー
入館料  一般1,500円、大高生1,000円、中学生以下無料
※展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp

※撮影条件  ギャラリー4 国宝《曜変天目》以外は撮影可
       *携帯電話・スマートフォン・タブレットのカメラは使用できます。動画撮   
        影・カメラでの撮影は不可
※掲載した作品は、フォトモ作品(個人蔵)を除き、すべて静嘉堂文庫美術館所蔵です。


展示構成
 第1章 岩崎家(静嘉堂)と展覧会
 第2章 修理後初公開!詩画一致の絵画
 第3章 未来の国宝!謝時臣「四傑四景図」と菊池容斎の巨編(前期)/伝周文「四季山水図屏
    風」と式部輝忠「四季山水図屏風」(後期)
 第4章 渡辺崋山と彌之助・小彌太父子(前期)/静嘉堂の国宝ー宋元の文物より(後期)
 エピローグ 重要文化財・明治生命館で三菱二号館再現フォトモ 

   
展覧会チラシ


テーマ1 博覧会出品作品が勢揃い!


展示の冒頭を飾るのは、明治28(1895)年に平安遷都1100年記念事業として京都が初めて会場となった第四回内国勧業博覧会に出品された野口幽谷《菊鶏図屏風》(下の写真右、前期に右隻、後期に左隻が展示されます)。

第1章展示風景

第四回内国勧業博覧会の目玉はなんといっても、岩﨑家の資金援助により著名な東西日本画家によって制作された11件の屛風絵でした。
そのうちの1件が野口幽谷の《菊鶏図屏風》で、11件の中には、今回の展覧会では展示されていませんが、明治期の作で初めて重要文化財に指定された橋本雅邦《龍虎図屏風》(静嘉堂文庫美術館蔵)も含まれています。

明治43(1910)年にロンドンで開催された日英博覧会では、広大な美術展示場に33件もの国宝を含む古美術1138点、新美術(同時代の美術)263点が展示されました。
岩﨑家からは、浮世絵、琳派、油絵、そして《菊鶏図屏風》ほかが出品される中、異彩を放ったのが菊池容斎《阿房宮図》。


菊池容斎《阿房宮図》江戸時代(19世紀前半) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)


阿房宮とは、秦の始皇帝(在位 前259-前210)が長安(現在の西安)の西北の阿房に建てた宮殿のことで、始皇帝はここに宮女三千人を置き、日夜遊楽にふけったとされています。
《阿房宮図》では、秦を滅ぼした楚の項羽によって火が放たれ、3カ月間燃え続けたといわれる様子が描かれれていますが、まるでスペクタクル映画のラストシーンのような大迫力の画面に圧倒されます。

菊池容斎(1788-1878)は幕末・明治初期の日本画家で、狩野派、土佐派を学び、有職故実を研究して近代歴史画の先駆となり、明君、賢人、忠臣、烈婦など五百余人の肖像を描いた『前賢故実』10巻を著したことでも知られています。
今回の特別展ではのちほど紹介する《馮昭儀当逸熊図》《呂后斬戚夫人図》とあわせて、前後期で容斎の三大名幅を観ることができます。

テーマ2 修理後初公開!


1970年の大阪万博では万国博美術展が開催され、会場となった万国博美術館には世界各国から絵画・彫刻を中心に732点もの名作が集結しました。
静嘉堂からは国宝1件、重要文化財4件を含む水墨画の優品7件が出品されました。


第2章展示風景

年代がばれてしまいますが、実は1970年大阪万博には、筆者が小学生の時、家族ぐるみでお付き合いをしていた近所の方に便乗して行ってきました。
アメリカ館では、当時大きな話題になっていた「月の石」を見て宇宙へのロマンを感じたり、三菱未来館では、動く歩道に乗って、荒れ狂う海の中や溶岩渦巻く噴火口の中を通って当時の最新技術の映像に感動したことなどを覚えていますが、万国博美術館のことはその存在すら知りませんでした。

とは言っても、今でこそ上海博物館や台北の國立故宮博物院まで行って中国絵画を見るほど中国絵画が大好きなのですが、中国・明末の文人・政治家で、李自成の乱のときに自ら縊死し、明朝に殉じた倪元璐の《秋景山水図》を見て小学生の筆者が感動したかどうかは定かではありません。

重要文化財 倪元璐《秋景山水図》明時代(17世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)

第2章には中国と日本の水墨画の名品が展示されていますが、ここでのもう一つの見どころは、修理後初公開の作品が数多く展示されていることです。
中でも注目したいのは修理後初公開された伝周文の重要文化財《三益斎図幷序》。

重要文化財 伝周文《三益斎図幷序》応永25(1418)年 序
静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示(10/4-11/9)

解説パネルには、修理前と修理後の状態の写真が掲載されいてるのですが、修理前はしわしわの状態だったのが、修理後はクリーニングに出してアイロンをかけたようにシワがきれいにとれているのです。
もちろん、実際には決してアイロンをかけたりなどはしませんが、ホワイエで修理の工程などの紹介映像が放映されているので、ぜひご覧いただきたいです。

作品を解体修理すると新たな事実が発見されることもあるのですが、以前より模本説があった《三益斎図幷序》でも、平成30年から3年かけて行われた解体修理で、上の写真右の序と、左の画の紙質が異なることが明らかになり、模本説が証明されたのです。
それでもこの作品は周文の筆致を伝える貴重な作品であるという評価は変わりませんでした。


テーマ3 未来の国宝!

そして今回の特別展の3つ目のテーマは「未来の国宝!」。

美術作品の中には、どんなに素晴らしいものであっても、国宝や重要文化財に指定されていないものが数多くあります。
そこで、ここでは今回を機にぜひとも後世に伝えたい静嘉堂の所蔵品を「未来の国宝」と銘打って紹介しています。

前期(10/4-11/9)に紹介されるのは中国と日本の巨幅です。


第3章展示風景

中国の巨幅は、中国古代の英傑の苦難の時代が描かれた四幅対の大作《四傑四景図》。(上の写真右の四幅)
作者は中国・明末の蘇州を中心に活躍した職業的文人画家・謝時臣。
四幅それぞれからは、後世名を挙げた英傑も、妻に愛想をつかされたり、食べるのにも困窮したりと、売れない時の悲哀がひしひしと伝わってくる作品です。

続いては、さきほど《阿房宮図》でご紹介した菊池容斎の二幅の大作。
こちらも中国の故事に基づいた作品です。

右から 菊池容斎《馮昭儀当逸熊図》 天保12(1841)年、《呂后斬戚夫人図 
天保14(1843)年、どちらも静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示(10/4-11/9)


ひとつは、前漢の元帝や側室たちが野獣の戦いを観戦しているときに、突然、一頭の熊が檻から飛び出し、御殿に上ろうとしたところ、他の側室の女性たちが逃げる中、馮媛だけが勇敢にも熊の前に立ちはだかり、元帝を守ろうとした場面が描かれた《馮昭儀当逸熊図》。
こちらは護衛がすぐに熊を打ち殺したので大事には至らなかったのですが、《呂后斬戚夫人図》には見るも残酷な場面が描かれています。
前漢の高祖劉邦の正妻・呂后が、劉邦没後、自身の子・恵帝の地位を守るため、劉邦が寵愛した戚夫人が生んだ皇子・趙王を毒殺し、戚夫人の手足を切断して目をえぐり、厠に投げ込み、ヒトブタと呼ばせたという逸話に基づいて描かれたこの作品は、菊池容斎がその場で見てきたのではないかと思えるほどの迫力があります。

後期(11/11-12/21)に展示されるのは、前期とは打って変わって、これぞ室町山水画といえる落ち着いた雰囲気の2帖の屛風です。

重要文化財 伝 周文《四季山水図屛風》室町時代(15世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)

重要文化財 式部輝忠《四季山水図屛風》室町時代(16世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)

周文、式部輝忠とも、室町時代を代表する絵師なのですが、二人とも謎の多いことでも知られています。
周文は、京都・相国寺の禅僧で、室町幕府の御用絵師になり、雪舟の師とされるにもかかわらず、作品には印も款記もないので確実に真筆とされる作品がなく、生没年も不明。
式部輝忠も、16世紀中期に鎌倉、小田原など東国を中心に活動したことが近年の研究によりわかり、屛風の大作が5点、掛軸は20数点、扇面画は100点以上と多くの作品が残されているにもかかわらず、生没年も経歴も全く判明していないのです。

風のように現れ、風のように去り、名作だけは残していくというミステリアスさがかえって「かっこいい」と感じる二人の絵師の作品は、ぜひ国宝として後世に残ってほしいと思いました。


第4章は、前期と後期で作品も展示のテーマもがらりと変わります。
前期(10/4-11/9)は、三河(愛知県)田原藩の家老で、文人画家でもあった渡辺崋山(1793-1841)の名幅が並びます。

第4章展示風景


西洋事情を研究していた渡辺崋山は、天保8(1837)年、幕府が米国商船モリソン号を異国船打払令に基づいて砲撃して、退去させた事件(モリソン号事件)など、幕府の鎖国政策を批判したため逮捕され、国許の田原藩に蟄居を命じられました(蛮社の獄 天保10(1839)年)。
蟄居となった崋山は国許でも絵を描き、弟子たちが困窮した崋山を助けるため崋山の絵を売ろうとしたことなどが「蟄居中不謹慎」と伝わり、天保12(1941)年、その責任が藩主に及ぶのをおそれ自刃。アヘン戦争で清国がイギリスに敗れ開国させられたことに衝撃を受けた幕府が異国船打払令を廃止して薪水給与令を出したのは、その翌年の天保13(1842)年のことでした。
 誰よりも民のため、国のためを思った崋山は、明治人たちにとってあこがれの対象でした。岩﨑小彌太氏が崋山の作品を実直に模写した《模本「崋山筆月下鳴機図」》からは、その憧れの強さが伝わってきます。

後期(11/11-12/21)には、それぞれ南宋画院の代表的な画家、馬遠の伝承を持つ国宝《風雨山水図》、伝夏珪の《山水図》や、中国・元時代を代表する文人・趙孟頫の国宝《与中峰明本尺牘》」はじめ中国・南宋時代から元時代の書画の名品が展示されます。
 
国宝 伝 馬遠《風雨山水図》南宋時代(13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)


国宝 趙孟頫《与中峰明本尺牘》元時代(14世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
後期展示(11/11-12/21)


ホワイエに巨大な洋館が出現!
これは、フォト(写真)とモデル(模型)を組み合わせた造語「フォトモ」の作品。

ホワイエのフォトモ作品

作者は、写真とは何かを追求し、「フォトモ」をはじめ、様々な写真技術による作品を発表し、個展、ワークショップなど多方面に活躍する糸崎公朗氏です。

上の写真右は、《復元フォトモ・三菱二号館 明治28(1895)年竣工》。静嘉堂@丸の内がある明治生命館が建つこの地に昭和5(1930)年まで存在した三菱二号館の復元です。
上の写真左は、三菱二号館と、現在の明治生命館と丸の内の人々を「フォトモ」として立体空間に合成した《タイムスリップ復元フォトモ+AI・三菱二号館と丸の内 明治28(1895)年~令和7(2025)年》。(どちらも糸崎公朗作、個人蔵、制作年は令和7(2025)年)

この作品を見てうれしくなりました。ジオラマ好きの筆者にとってはたまらない展示です。


ミュージアムショップには、静嘉堂のコレクションをモチーフにしたオリジナルグッズが盛りだくさん。
今回一番驚いたのは、菊池容斎《馮昭儀当逸熊図》《呂后斬戚夫人図》がデザインされたほぼ実物大のブランケット。凄惨な場面まできちんと再現されています。11月9日(日)までの受注販売です。
(下の写真は報道内覧会時にホワイエに展示されていたのを撮影したものです。)




展示作品のカラー図版はもちろん、緻密に描かれた巨幅や水墨画の繊細な表現も部分アップを掲載するなどしてその魅了を再現している展覧会公式図録もおすすめです。修理報告を含めたコラム6本、詳細な作品解説、充実の関連年表なども掲載されています。


タイトルどおり、万博等出品作、修理後初公開の作品、未来の国宝に推したい作品が大集結した展覧会です。前後期ともぜひご覧ください!

2025年10月19日日曜日

三井記念美術館 開館20周年特別展「円山応挙 革新者から巨匠へ」

東京・日本橋の三井記念美術館では、開館20周年特別展「円山応挙 革新者から巨匠へ」が開催されています。
 

写生を重視した円山応挙(1733-95)は、円山派の創始者として自身も数々の名作を残し、源琦、長沢芦雪、山口素絢をはじめ多くの優れた弟子たちを輩出。また、円山派以外の画家たちにも大きな影響を与え、江戸中期以降の京都画壇の隆盛をもたらした「巨匠」として知られています。
今回の特別展は、近年では伊藤若冲や弟子の長沢芦雪をはじめとする「奇想の画家」たちの評価が高まり、応挙の注目度が低くなっている中、実は応挙こそが18世紀京都画壇の「革新者」だったということに焦点をあてて開催された展覧会です。


展覧会開催概要


会 期   2025年9月26日(金)~11月24日(月、振休)
      ※会期中展示替えがあります。作品には展示期間を記載しています。
開館時間  10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日   10月27日(月)
      ※会期中、休館日はこの日だけです。他の月曜日も開館しているので、混雑を
       避けるには月曜日がチャンスかもしれません!
入館料   一般1,800円、大学・高校性1,300円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種割引等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/


展覧会ポスター


※本展覧会では、一部作品のみ撮影可です。展示室内の注意事項をご確認ください。
※掲載した写真は、プレス内覧会で美術館より特別の許可を得て撮影したものです。


いつもゴージャスな雰囲気で気分を盛り上げてくれる展示室1。
(展示室1、2はかつては三井合名会社の重役の食堂として使われていました。)

展示室1 展示風景

展示の冒頭を飾るのは円山応挙筆《元旦図》(個人蔵、上の写真手前)。
残された肖像画などから、初日の出を拝む裃姿の男性の後ろ姿は、応挙の自画像ではないかと思える作品です。

応挙とともに初日の出を拝んでから先に進むと、燭台のような不思議な機械が見えてきました。(下の写真右)

展示室1 展示風景
右手前 《反射式覗き眼鏡》 18世紀 町田市立国際版画美術館
通期展示

15歳のころ京都に出て狩野派の絵師・石田幽汀に学んだ応挙は、その粉本主義に飽き足らず、写生を重視するようになり、生活のために制作を始めた「眼鏡絵」で遠近法など西洋の画法を習得することになりました。
「眼鏡絵」とは凸レンズを通して見る絵のことで、展示されているのは「反射式」というタイプ。西洋画の透視図法で描かれた左右反転した絵を凸レンズを通して見ることによって絵が立体的に見えるというまさに「江戸のヴァーチャル・リアリティー」。
ぜひ凸レンズを覗いてみてください。応挙が描いた京都の風景を、当時の人たちに驚きをもって迎えられた「最新技術」で体感することができます。

同館が所蔵する国宝《志野茶碗 銘卯花墻》(本展では展示されていません)をはじめ、その時の展覧会を代表する作品が展示さる展示室2には、今回は円山応挙筆《水仙図》が展示されています。

《水仙図》円山応挙筆 天明3年(1783) 三井記念美術館
通期展示


《水仙図》が展示室2に展示されているのには理由がありました。
この作品は、三井家の中でもっとも応挙と深く関わった北三井家4代・高美の一周忌に際して応挙が手向けたもので、応挙の気持ちが特に込められていることが感じられるからだったのです。

一瞬、「雪舟では?」と思ったのは、国宝の茶室「如庵」を再現した展示室3に掛けられている掛軸でした。
応挙も雪舟の《破墨山水図》(国宝・東京国立博物館蔵)の影響を受けた作品を描いていたとは。応挙の奥行きの深さを感じました。 

展示室3 展示風景
 奥が《破墨山水図》円山応挙筆 明和2年(1765)    
三井記念美術館 通期展示 


今回の特別展の大きな見どころのひとつは、三井家が援助して、応挙が一門の総力をあげて制作した香川・金刀比羅宮の襖絵。特別出品されて、東京で見られる絶好のチャンスです。

左 重要文化財《遊虎図》(16面のうち12面》円山応挙筆 天明7年(1787)
 香川・金刀比羅宮 右 《虎皮写生図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀
本間美術館 どちらも通期展示

確か現地では廊下から部屋の中を覗き込んでしか見られなかったと記憶しているのですが、ここではガラス越しですが間近で細部までじっくり拝見することができます。
さらに山形県酒田市にある本間美術館からは《虎皮写生図屏風》もお出ましいただいています。虎の皮を綿密に観察して虎を描いた応挙の研究熱心さが伝わってくる作品です。本物の虎を見る機会がなかった応挙が描く虎の毛並みにモフモフさが感じられるのにも納得です。

円山応挙展で欠かせないのは、応挙作品唯一の国宝で、三井記念美術館の至宝《雪松図屏風》。もちろん今回も展示されています。
ただし、国宝の公開に関する展示期間制限の関係で通期展示ではないので、展示期間にご留意ください(下記参照)。

国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀 三井記念美術館
【展示期間:9月26日~10月26日、11月11日~11月24日】
    
この作品は毎年拝見して、そのたびに不思議に思うのですが、この作品の雪の白は胡粉を盛っているのではなく、紙の素地の白を残しているのに雪がこんもり盛り上がって見えるのです。
これは応挙のマジック?
今では名作としての地位が確立している作品ですが、立体感があり、目の前に迫って来るような松の木は、当時の人たちにとってとても斬新なものに見えたのではないでしょうか。

国宝《雪松図屏風》が展示されていない期間は、根津美術館が所蔵する重要文化財《藤花図屏風》が展示されます。展示期間内に応挙の名作の屛風が2点も見られるので、何とも豪華ラインナップの展覧会です。


重要文化財 「藤花図屛風」(右隻) 円山応挙筆 安永5年(1776) 
根津美術館 【展示期間:
1028日~1110日】


重要文化財 「藤花図屛風」(左隻) 円山応挙筆 安永5年(1776) 
根津美術館 【展示期間:
1028日~1110日】


冒頭にご紹介した《元旦図》をはじめ、応挙の多彩な人物表現が見られるのも今回の特別展の見どころのひとつです。

右 港区指定文化財《出山釈迦図》円山応挙筆 天明2年(1782) 妙定院
左 《布袋図》円山応挙筆 天明5年(1785) 東京黎明アートルーム
どちらも通期展示

会期中に一部展示替えがあって、後半(10/28-11/24)に展示されるのが円山応挙筆《大石良雄図》。忠臣蔵の主人公がほぼ等身大で描かれているので、その大きさを目の前で実感したいです。

「大石良雄図」 円山応挙筆  明和4年(1767  一般財団法人武井報效会 百耕資料館
 【展示期間:
1028日~1124日】


展示室5には、写生を重んじる応挙に大きな影響を与えた渡辺始興(1683-1755)の《鳥類真写図巻》(三井記念美術館)と、応挙の《写生帖(丁)》(東京国立博物館)が並んで展示されています(ともに前期(9/26-10/26)展示)。
始興の《鳥類真写図巻》を模写したことで知られる《写生帖(丁)》を見ると、応挙がいかに真剣に始興から学ぼうとしたかのかがよくわかります。

展示室5 展示風景

今回の展示のサプライズは展示室6でした。

普段は香合や根付など小さな作品を間近で見ることができる展示スペースなのですが、今回は暗闇の中、1点の掛軸だけが展示されています。
前期(9/26-10/26)に展示されるのは《青楓瀑布図》(下の写真)、後期(10/28-11/24)に展示されるのは暴風雨の場面が描かれた《驟雨江村図》(個人蔵)。
どちらも激しい水の動きが描かれた作品ですので、この空間だけにはザーザー、ゴーゴーといった音が聞こえるように感じられるかもしれません。

《青楓瀑布図》円山応挙筆 天明7年(1787) サントリー美術館
【展示期間:9月26日~10月26日】

続いて展示室7へ。
金刀比羅宮の襖絵のうち重要文化財《竹林七賢図》はこちらに展示されています。


重要文化財《竹林七賢図》円山応挙筆 寛政6年(1794)か 香川・金刀比羅宮
通期展示


そしてすでに大きな話題となっているのが、若冲、応挙初の合作の屛風。東京では初公開です。

左の屛風 右 《梅鯉図屏風》円山応挙筆 天明7年(1787) 左 《竹鶏図屏風》
伊藤若冲筆 寛政2年(1790)以前 どちらも個人蔵 通期展示
右の二幅の掛軸 右 《双兔図》円山応挙筆 天明5年(1785)
【展示期間:9月26日~10月26日】左 《白狐図》円山応挙筆
 安永8年(1779) どちらも個人蔵 通期展示


応挙といえばモフモフの子犬(狗子) を描くことで知られていますが、雪の中で元気に遊ぶ狗子、猿やウサギをはじめ可愛らしい動物たちにも会うことができます。

雪の上ではしゃいでいる子犬たちの表情のなんとまあ可愛いこと。

「雪柳狗子図」 円山応挙筆 安永71778) 個人蔵 通期展示


後期(10/28-11/24)にも、ふわっとした毛並みのうさぎにお目にかかれます。


 「木賊兎図」 円山応挙筆 天明6年(1786) 静岡県立美術館
 【展示期間:1028日~1124日】


特別展出品作品をモチーフにしたグッズはじめ、ミュージアムグッズも盛りだくさん。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。
可愛い子犬たちがデザインされた円山応挙展オリジナルの「雪柳狗子図クッキー」は、好評につき、10/16現在、品切れ中です。販売再開は10/29からの予定ですのでお楽しみに!

ミュージアムショップ


出品作品のカラー図版、詳しい作品解説などが掲載された展覧会公式図録もおすすめです。

展覧会公式図録

応挙の名作の数々を見ながら、「革新者」から「巨匠」になる応挙を感じ取ることができる展覧会です。これは見逃せません。