2025年9月28日日曜日

すみだ北斎美術館 特別展「北斎をめぐる美人画の系譜~名手たちとの競演~」

東京・墨田区のすみだ北斎美術館では、特別展「北斎をめぐる美人画の系譜~名手たちとの競演~」が開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット


葛飾北斎(1760-1849)といえば「冨嶽三十六景」シリーズなどで知られ、江戸時代を代表するだけでなく、いまや世界的にも有名な浮世絵師。
今回の特別展は、その北斎が実は美人画の名手だったという点に着目して、そのルーツや、北斎と同時代の浮世絵師の美人画、さらには北斎の弟子たちに受け継がれた美人画の流れをたどるという盛りだくさんな内容の展覧会です。

開幕前に開催されたプレス内覧会に参加してきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2025年9月16日(火)~11月24日(月・振休)
     ※前後期で一部展示替えを予定
      前期:9月16日(火)~10月19日(日)
      後期:10月22日(水)~11月24日(月・振休)
休館日  毎週月曜日
     開館:10月13日(月・祝)、11月3日(月・祝)、24日(月・振休)
     休館:10月14日(火)、11月4日(火)
     ※ただし10月21日(火)は展示替えのため特別展(3階・4階企画展示室)は休室。
会 場  すみだ北斎美術館 3階・4階企画展示室
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
主 催  墨田区・すみだ北斎美術館
観覧料  一般1,500円、高校生・大学生1,000円、65歳以上1,000円、中学生500円、
     障がい者500円、小学生以下無料

※観覧日当日に限り、4階『北斎を学ぶ部屋』もご覧いただけます。
※展覧会の詳細、チケットの購入方法、各種割引の詳細、最新のイベント情報は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/at-hokusai/ 

※特別展展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で主催者より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1章 北斎の源流
 2章 美人画の名手へ
 3章 浮世絵の爛熟とともに
 4章 北斎の系譜に連なる者


今回の特別展で特に楽しみにしていたのは、葛飾北斎の師・勝川春章(1726-93)や、勝川春章の師・宮川春水(生没年未詳)の美人画が見られることでした。

右から 宮川春水《美人弾三味線図》東京国立博物館蔵、勝川春章《見立伊勢物語・芥川図》
個人蔵、勝川春章《花下の遊女》千葉市美術館蔵 いずれも前期展示 


宮川春水で思い浮かべるのが、キャプションでも紹介されている稲荷橋狩野派と宮川派とのトラブル。

寛延2(1749)年、宮川春水の師・宮川長春(1682-1752)は、稲荷橋狩野派に従い日光東照宮の修復に一門を率いて参加したのですが、その際の画料が不払いであったため、翌年の寛延3(1750)年暮れ、宮川派の画工らが画料を着服した稲荷橋狩野家を襲撃し、当主・狩野春賀を殺害するという事件を起こしてしまったのです。
長春はその後まもなく亡くなり、弟子の宮川一笑は伊豆新島に配流、残された春水は宮川姓を名乗るのをはばかり、勝宮川、さらに勝川とあらため、勝川春章らを育てました。

この系譜を見ると、肉筆美人画を得意とした宮川長春を引き継いだ春水、春章、そして春章のもとで学んだ春朗(北斎)が「美人画の名手」と言わるのも決して不思議ではないことがわかります。

「第1章 北斎の源流」では、宮川長春、一笑、春水、勝川春章らの美人画が前後期で16点も展示されます。長春から春章までの作品をまとまって見られる絶好の機会なので、これは見逃すわけにはいきません(期間限定作品もあるので公式ホームページに掲載されている作品リストをご覧ください)。


勝川春章の没後、北斎は俵屋宗理と名を改め、狂歌の世界と関わりながら多くの美人画を制作しました。
「第2章 美人画の名手へ」では、北斎の宗理時代の美人画と、北斎と同時期に活躍した鳥文斎栄之(1756-1829)や喜多川歌麿(1753-1806)の美人画の競演が見られます。


展示風景

気品のある美人画を描く鳥文斎栄之、蔦屋重三郎に見出された天才・喜多川歌麿という寛政期(1789-1801)に人気を博した二人の浮世絵師と並んで、蔦屋重三郎(1750-97)が手掛けた北斎の大首絵が展示されています。
北斎の大判錦絵の美人大首絵は、蔦屋重三郎刊行のこの「風流無くてなゝくせ」の揃物のみが知られているという、とても貴重な作品。
後期には神戸市立博物館蔵の「風流無くてなゝくせ 遠眼鏡」が展示されます。

葛飾北斎《風流無くてなゝくせ ほおずき》個人蔵 前期展示


北斎の全長7mにも及ぶ大作《隅田川両岸景色図巻》(下の写真中央 すみだ北斎美術館蔵)は、高く評価されながら約100年もの間行方知れずとなっていたことから”幻の絵巻”と呼ばれていました。普段は作品の保存上、高精細複製画が展示されていることが多いのですが、今回は本物が展示されています。
前期だけの展示なのでお見逃しなく!


展示風景

「第3章 浮世絵の爛熟とともに」に展示されている8枚続きの摺物「八番続」はすみだ北斎美術館だけが所蔵するという貴重な作品。こちらも前期だけの展示です。
製作年の干支にちなんで、「たつ」という言葉や竜にちなんだモティーフが描かれていますが、竜頭(たつがしら)のついた兜を掲げる女性だったり、こたつに入る女性だったりと言葉遊びの面白さも楽しめます。

展示風景


北斎がほぼ同時期(文化7,8年(1810,11)頃)に描いた円熟期の肉筆美人画が並んで展示されています。
下の写真右は春の美人を描いた《桜下美人図》(個人蔵)、左は夏の美人を描いた《夏粧美人図》(東京藝術大学蔵)。
こうやって異なる所蔵元の作品が並んで見られるのも、美術展ならではのメリットだと思いました。


右から 葛飾北斎《桜下美人図》個人蔵 通期展示
葛飾北斎《夏粧美人図》東京藝術大学蔵 前期展示
(後期には、葛飾北斎《詠歌美人図》公益財団法人 似島文化財団蔵が展示されます。)



「第4章 北斎の系譜に連なる者」では、北斎の門人たちの中でも、美人画を得意とする絵師たちの名品が展示されています。

右から 葛飾北嬰《花魁図》すみだ北斎美術館蔵 前期展示
蹄斎北馬《隅田川美人図》 《蛍狩り二美人図》どちらも個人蔵、通期展示



門人たちの美人画の中でも特に注目したいのが、北斎の娘・葛飾応為の幻の名品《蝶々二美人図》(個人蔵 通期展示)。
父である北斎が「余の美人画は、阿栄(応為のこと)におよばざるなり。」と語ったと伝えられていますが、この作品を見ればそれがよくわかります。


葛飾応為《蝶々二美人図》個人蔵 通期展示


今回も4階『北斎を学ぶ部屋』の「北斎のアトリエ再現模型」に立ち寄って、北斎と応為に挨拶をしてきました(『北斎を学ぶ部屋』は一部を除き写真撮影が可能です。)。

北斎のアトリエ再現展示


美人画総選挙が行われていますので、お帰りにはぜひ投票してみてください。

美人画総選挙


1階ミュージアムショップには、所属品をモチーフにしたオリジナルグッズなどが揃っています。
おすすめは今回の特別展で紹介される美人画の数々の新作オリジナルポストカード。別売のクリアフレームに入れて飾ることもできるので、お部屋のインテリアとしても楽しめます。
また、葛飾北斎の肉筆画《隅田川両岸景色図巻》が縮小絵巻物になって新発売になりました。日英2か国語で解説したリーフレットも付いてます。
観覧後にはぜひミュージアムショップにお立ち寄りください。

ミュージアムショップ


展覧会の構成に沿って見どころをたどることができる公式図録はカラー図版満載で、解説も充実しています。

公式図録

北斎を中心に、北斎の先人たちから門人まで、幅広い範囲の美人画が楽しめました。
この秋おすすめの展覧会です。

2025年9月24日水曜日

根津美術館 企画展「焼き締め陶 土を感じる」

東京・南青山の根津美術館では企画展「焼き締め陶 土を感じる」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展のメインビジュアルは、備前のやきもの《緋襷鶴首花入》(根津美術館蔵)なのですが、この花入を見て最初に頭の中に浮かんできたのは、「なんで首の部分が傾いているのだろう。」という疑問でした。

まさか失敗作では、とは思いませんでしたが、実はこの首が傾いているところが名品の名品たる所以(ゆえん)だったのです。
それは展示室の中を進むうちにわかってきました。

それでは、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年9月13日(土)~10月19日(日)
休館日  毎週月曜日 ただし10月13日の祝日は開館、翌火曜日休館
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
入場料  オンライン日時指定予約 一般1300円 学生1000円
     *当日券(一般 1400円 学生 1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
                       ください。
     *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き。中学生以下は無料。
会 場  根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館          


*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は取材時に美術館 
 より特別に許可を得て撮影したものです。     

展示構成
 1 賞玩のはじまりー素朴を愛でるー
 2 南蛮の将来品ー形を尊ぶー
 3 桃山の熱狂ー景色を楽しむー
 4 江戸の趣向ー土肌を求めるー
 5 中世の壺・甕の再発見ー土と炎を見つめるー
 


日本での焼き締め陶の歴史は古く、古墳時代中頃(5世紀)に朝鮮半島から伝わった高火度焼成の技術による須恵器がはじまりでしたが、奈良時代(8世紀)にガラス質の膜である釉薬が施された釉薬陶器が誕生したことなどから、焼き締め陶は陶磁器生産の最先端から外れ、技術的に素朴なやきものになってしまいました。

しかしながらその素朴さが注目されたのが、15世紀末期から16世紀初頭にかけての茶の湯の世界でのことでした。茶人たちは、中国の美しい青磁などとともに、焼き締め陶などの素朴な道具を上手に取り合わせることに侘びの美意識を見出したのでした。

展示の冒頭には、焼き締め陶の《南蛮〆切建水》(下の写真右 根津美術館蔵)が、中国・龍泉窯の《青磁鳳凰耳花入》(下の写真右から二番目 根津美術館蔵)はじめ茶道具の名品とともに並んで展示されいてます。



「1 賞玩のはじまりー素朴を愛でるー」展示風景 


確かに洗練されたスタイルの《青磁鳳凰耳花入》と、素朴な味わいが感じられ、緊張感を和らげてくれる《南蛮〆切建水》は絶妙の取り合わせのように感じられました。

《南蛮〆切建水》ベトナム 16~17世紀 根津美術館蔵


作品名に「南蛮」とあるように、茶の湯で最初に取り上げられた焼き締め陶は、東南アジアや中国南部で生産された「南蛮物」であったと思われています。

茶の湯の世界では、器物がもとの目的とは異なる用途で用いられることがよくありますが、次に展示されている南蛮の将来品は、もとは砂糖や香辛料、水銀などの輸入品の容器として日本にもたらされたものでした。それが茶道具として愛でられるようになったのです。

「2 南蛮の将来品ー形を尊ぶー」展示風景


もとはものを運ぶ容器でしたので、南蛮物はバランスのとれた端正な形をしいているのが特徴なのですが、時にはこういった魅力的な装飾が付いているものもあります。

装飾品として手長海老の形の耳が左右に貼り付けられている水指です。
生産地は不明ですが、ベトナム陶磁には蜥蜴(トカゲ)や魚・海老などの動物形の耳を持つ壺や水注があり、その流れを引き継ぐものと考えられています。

《南蛮海老耳水指》ベトナム 17世紀 根津美術館蔵


さて、いよいよ「端正でない」焼き締め陶が登場します。
16世紀末期から17世紀前期にかけて日本各地で新しい窯が開かれ、備前、信楽、伊賀などの焼き締め陶も爆発的に流行しましたが、南蛮物と異なるのは、意図的に形を歪ませたり、やきものの焼成時の窯の中での位置や温度・湿度など微妙な条件の違いによって表面に予期せぬ変化(=曜変)があらわれるのを楽しむことでした。


「3 桃山の熱狂ー景色を楽しむー」展示風景

ここからは和製の焼き締め陶がずらりと並んでいるので、偶然が器の表面にもたらす景色を楽しむことができます。

焼成によって土の色が変化する「火色」、焼成中に周囲の器物がひっついた痕跡「ひっつき」、燃料である薪の灰が窯の中で器物に降りかかり、土の中の珪酸(ガラスの原料)に反応して流れ、自然に釉薬のようになった「自然釉」など、焼き締め陶の鑑賞用語を解説したパネルが展示室内に掲示されているので、まずは解説パネルをご覧いただきたいです。

表面がごつごつした感じなのは「ひっつき」の《備前種壺型水指》。現代なら不良品とみなされて、返品になってしまうかもしれません。

《備前種壺形水指》備前 日本・桃山~江戸時代 16~17世紀
根津美術館蔵



メインビジュアルの《緋襷鶴首花入》は、揺れる船内でも倒れないように底を平たく作った「船徳利」ですが、左側の首の付け根に他の器物が当たった痕跡があるので、これによって少し傾(かし)いだ姿になっているものです。
この歪みは偶発的とも意図的ともいわれ、意見が分かれているとのことですが、その名のとおり鶴が少し首を傾げたような姿をしているので、近くで見るととても可愛らしく感じられます。

《緋襷鶴首花入》備前 日本 江戸時代・17世紀 根津美術館蔵 

独立ケースに入っているやきものは、360度ぐるりと回って表面の焼き色が変化する様子をご覧いただくことができます。


「3 桃山の熱狂ー景色を楽しむー」展示風景


江戸時代に入っても焼き締め陶の人気は衰えませんでした。
京焼の祖とされ、色絵陶器を得意とした野々村仁清も、焼き締め陶風の素朴な土肌の水指を作っています。

《信楽写芋頭水指》京都 野々村仁清作 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵

昭和30年代には中世の窯で作られた古陶磁ブームが到来し、水や酒、肥料などの貯蔵・運搬を目的とした実用品が近代のコレクターたちに好まれ、花を生けるなどして居住空間に飾り付けられ、鑑賞されるようになりました。

「5 中世の壺・甕の再発見ー土の炎を見つめるー」展示風景

上の写真手前の独立ケースに入った作品は《常滑甕》(常滑 日本・鎌倉時代 13世紀 個人蔵)。
一見すると壊れたように見えますが、これは窯の中で転倒して炎と灰を受けたもので、自然釉が重力に従ってまっすぐに流れ落ち、各所に見られる小さな膨らみは、土を十分に練らなかったため中に残った空気が焼成の熱で膨らんだもので、やきものの作りの工程とアクシデントが見られる、とても貴重なものなのです。


特別企画「現代3作家による 茶室でみる焼き締め陶の現在」

根津美術館庭園内の茶室では、期間限定で現代作家3名による焼き締め作品が展示されるので、こちらも楽しみです。詳しくは同館公式サイトでご確認ください⇒根津美術館          


同時開催展


展示室5 中世の絵巻物

展示室5では今回、根津美術館が所蔵する歌仙絵、縁起物、お伽草子など、多様な絵巻物が展示されています。
至って真面目なのに、今で言うゆるキャラのような人物や動物が描かれていたり、ヘタウマだったりと、思わず和(なご)んでしまうものがあるのも中世の絵巻物の大きな魅力ではないでしょうか。


「中世の絵巻物」展示風景


こんなにニヤけた表情の酒吞童子は初めて見ました!

《酒呑童子絵巻》(部分)日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵


展示室6 菊月の茶事

9月の異名である菊月にふさわしく、菊の文様があしらわれた棗や鉢など、この時季の風情を楽しむ茶道具が展示されています。

「菊月の茶事」展示風景

菊花7つを透かし彫りであらわした野々村仁清の鉢はとてもおしゃれです。

《御深井写菊花透文深鉢》京都 野々村仁清作 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館蔵


自然豊かな庭園散策もおすすめです。
池にある舟の上部構造物がリニューアルされていました。



ようやく涼しさが感じられるようになってきたこの時期にふさわしく、とてもいい雰囲気の空間が広がっています。ぜひご覧いただきたい展覧会です。

2025年9月17日水曜日

東京国立博物館 特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」

東京・上野公園の東京国立博物館では特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」が開催されています。

 


普段は非公開の奈良・興福寺北円堂(ほくえんどう)から、鎌倉時代を代表する仏師・運慶晩年の傑作として知られるご本尊の国宝《弥勒如来坐像》が、修理完成を記念して約60年ぶりに東京に来られました。
両脇を固めるのは、同じく運慶作の国宝《無著菩薩立像》、《世親菩薩立像》。そして今回の特別展では、かつて北円堂に安置されていた可能性が高い《四天王立像》(国宝)を合わせた7軀の国宝仏が一堂に会して、鎌倉復興当時の北円堂内陣が再現されるという奇跡の空間が実現しているのです。

どれだけすごい展覧会なのかは見てのお楽しみですが、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年9月9日(火)~11月30日(日)
休館日  9/29(月)、10/6(月)、10/14(火)、10/20(月)、10/27(月)、11/4(火)、
     11/10(月)、11/17(月)、11/25(火)
開館時間 午前9時30分~午後5時
     *毎週金・土及び10/12(日)、11/2(日)、11/23(日)は午後8時まで開館
     *入館は閉館の30分前まで
会 場  東京国立博物館 本館特別5室 [上野公園] 
展覧会の詳細、チケットの購入方法、イベント等は展覧会公式サイトをご覧ください⇒特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」

※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、報道内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。


今回の見どころのひとつは、約60年ぶりに東京で公開されることになった北円堂のご本尊《弥勒如来坐像》。令和6年度の修理後初公開です。


手前 国宝《弥勒如来坐像》、奥左から《世親菩薩立像》、《無著菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 
奈良・興福寺蔵 北円堂安置

展示室内のしつらえも素晴らしいです。
仏像を囲むように朱塗りの柱や梁が造られ、北円堂内陣の八角須弥壇とほぼ同寸の八角形のステージの上に《弥勒如来坐像》と両脇に《無著菩薩立像》、《世親菩薩立像》が鎮座しているので、まるで北円堂の中に入ったような雰囲気に一気に引き込まれます。

さらに北円堂ではできないことですが、弥勒如来や無著・世親像の後ろに回って背中まで拝むことができるのです。
通常は《弥勒如来坐像》の背中には光背が立てられているので、少しほっそりとして、それでいて安定感のある背中を拝むことができるのも今だけです。

左から、《無著菩薩立像》、《弥勒如来坐像》、《世親菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
奈良・興福寺蔵 北円堂安置



弥勒如来は、弥勒菩薩が釈迦入滅後56億7000万年後の未来に成仏した姿でこの世に下り、衆生を救う仏さま。気が遠くなるほど待たなくてはならない仏さまですが、目の前に立つと温和なお顔に思わず心が和んでくるから不思議です。

左から、《世親菩薩立像》、《弥勒如来坐像》、《無著菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
奈良・興福寺蔵 北円堂安置

以前、北円堂の特別公開の時に見て特に印象に残ったのが、目には玉眼を嵌め、まるで生きている人のように見えた無著と世親、北インドで活躍したふたりの兄弟の立像でした。
少し右に顔を傾けた《無著菩薩立像》と、左を向いた《世親菩薩立像》と目が合った瞬間、「よく来たな。」と声をかけられたような気がしたこと思い出したのです。
今回も「またお会いできました。」と心の中であいさつをさせていただきました。


興福寺北円堂は、興福寺の創建者・藤原不比等の追善のため721年に建立されましたが、1049年の火災、1180年の平氏による南都焼き討ちで二度にわたって焼失してしまいました。
復興には長い年月が費やされ、1210年頃には堂が完成し、造像は運慶一門が総力をあげて手がけ、1212年頃には北円堂諸仏が再興されています。
堂内に安置されていた仏像は、弥勒如来、両脇侍菩薩、四天王、二羅漢(無著、世親)の9軀で、そのうち四天王立像は長い間失われたものとされてきましたが、近年では現在、中金堂に安置されている四天王立像がこれにあたるという説が支持を集め、その優れた造形から運慶一門の作とも考えられています。
(現在、北円堂では両脇侍菩薩は後世のもの、四天王立像は平安時代のものが安置されています。)

今回の特別展のもう一つの見どころは、北円堂の弥勒如来像と無著・世親像、中金堂の四天王立像を組み合わせて展示することで、鎌倉復興当時の北円堂内陣が再現されていることです。

東を「持国天」、南を「増長天」、西を「広目天」、北を「多聞天」、どれも勇壮なお顔をして東西南北を守る《四天王立像》は近くで見るとこのとおり、ものすごい迫力が伝わってきます。

奈良時代の広目天は筆と巻子を持つのが通例でしたが、右手を腰にあて、左手に身の丈より長い矛(ほこ)を持ち、「どうだ!」と言わんばかりの堂々とした広目天の姿には新しい時代の息吹が感じられます。


国宝《四天王立像(広目天)》鎌倉時代・13世紀
奈良・興福寺蔵 中金堂安置

右手に矛を持ち、左手で宝塔を高々と掲げる姿の多聞天も、新しい時代の到来を高らかに宣言しているようで、こちらも好きなポーズです。


国宝《四天王立像(多聞天)》鎌倉時代・13世紀
奈良・興福寺蔵 中金堂安置

展覧会特設ショップでは、出品作品にちなんだ個性的なオリジナル商品が盛りだくさん。
「フィギュア多聞天」は小さいながらも迫力満点!
ほかにもほしいグッズが並んでいるので、どれにしようか迷ってしまいます。


展覧会特設ショップ


気鋭の写真家・佐々木香輔氏が堂内で撮り下ろした写真が60ページ以上にわたって続き、通常の図録よりも大判のB4サイズで、まるで写真集のような公式図録もおすすめです。
今回の特別展で紹介される7軀の像のX線断層(CT)調査の成果や、弥勒如来坐像の像内納入品、墨書などの記録や詳しいコラムも収録されています。
そして、この図録はなんと「本編」!
別冊図録「展示風景編」は10月下旬に発売予定ですので、こちらも楽しみです。


公式図録「本編」



運慶仏7軀が織りなす鎌倉期北円堂の奇跡の空間が目の前に広がります。
この秋おすすめの展覧会です。







【VR作品『興福寺 国宝 阿修羅像 』のご案内】

VR(バーチャルリアリティ)によるデジタルならではの新しい文化財鑑賞方法が体験できるTNM&TOPPANミュージアムシアターでは、9月23日(火・祝)から12月21日(日)までVR作品『興福寺 国宝 阿修羅像』が上映されます。
2009年に東京国立博物館平成館で開催された「国宝 阿修羅展」で空前の人気を博した国宝《阿修羅像》(興福寺蔵)の謎に迫る内容です。
詳しくはこちらをご覧ください⇒東京国立博物館ミュージアムシアター


『VR作品『興福寺 国宝 阿修羅像』
総監修:法相宗大本山興福寺 監修:金子啓明・鈴木嘉吉
 制作・著作:株式会社朝日新聞社・TOPPAN株式会社  


東京国立博物館本館1階11室「彫刻」の部屋では、特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」に合わせて、9月30日(火)から12月21日(日)まで、運慶の同世代や弟子たちが制作した彫刻が中心に展示され、慶派仏師の流派としての特徴や各仏師の作風の個性が紹介されるので、お見逃しなく!

2025年9月13日土曜日

泉屋博古館東京 特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語(メルヘン) ー現代マイセンの磁器芸術ー

東京・六本木の泉屋博古館東京では、特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語(メルヘン) ー現代マイセンの磁器芸術ー が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス

今回の特別展は、夢の世界へと誘う魅力的なデザインで現代マイセンを代表する数々の磁器の名作を生み出した巨匠ハインツ・ヴェルナー(1928-2019)の日本で初めての回顧展。
《アラビアンナイト》、《サマーナイト》、《ブルーオーキッド》のシリーズをはじめ、彼がデザインを手がけた多彩なサービスウェアやプラーグ(陶板画)などの作品を通じて、その魅力を体感できる展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名 特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語 ー現代マイセンの磁器芸術ー 
会 期  2025年8月30日(土)~11月3日(月・祝)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日、9月16日・10月14日(火) ※9/15・10/13・11/3(月・祝)は開館
入館料  一般1,500円、学生800円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/

展示構成
 プロローグ 名窯の誕生
 第1章       磁器芸術の芽吹き
 第2章   名シリーズの時代
 第3章   光と色彩の時代
 エピローグ 受け継がれる意志

※撮影はホール内および、№28《森の木の葉》ディナーサービス・№31《狩り》大燭台のみ可能です。館内で撮影の注意事項をご覧ください。
※掲載した写真は、プレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

ホール内の独立ケースに展示されている《アラビアンナイト》宝石箱は撮影可です。

《アラビアンナイト》宝石箱 装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ケンドラー
1966年頃 個人蔵


プロローグ 名窯の誕生


展示は、巨匠ハインツ・ヴェルナーが活躍したマイセンと日本との深いつながりの紹介から始まります。

《色絵龍虎図輪花皿》 肥前有田 1670-90年代 愛知県陶磁美術館

1650年代、明末清初の動乱期にあった中国から磁器を輸入できなくなったオランダ東インド会社は日本に眼を向け、多くの色絵磁器が伊万里港(現:佐賀県)からヨーロッパに渡るようになりました。

一方、現在のドイツ東南部にあたるザクセンには熱心な東洋磁器愛好家の領主がいました。
その名は、「アウグスト強王」と呼ばれたザクセン選帝侯国の選帝侯フリードリッヒ・アウグスト1世(1670-1733)。

そのアウグスト強王の旧蔵品であったことがわかる日本磁器も展示されています。
《色絵柴垣松竹梅鳥図皿》と《色絵松竹梅図碗》には、それぞれ高台内に「N:74.□」、「N:75.□」と番号が記され、アウグスト強王の旧蔵品であったことがわかかります。「□」の記号は、日本陶磁として分類された印と考えられています。

左《色絵柴垣松竹梅鳥図皿》、右 《色絵松竹梅碗》どちらも肥前有田
1670-1700年代 個人蔵 

アウグスト強王がマイセンに王立磁器製作所を設立したのが1710年。その後、ヨーロッパ初の硬質磁器の焼成に成功したマイセンは、「柿右衛門様式」の色絵を愛するアウグスト強王の願いが叶い、シノワズリ(中国趣味)の色彩豊かな絵付にも成功し、西洋的な器の形と融合した多くの名品を世に送り出したのでした。
マイセン窯でつくられたこの《色絵梅竹虎図皿》は、絵の題材も色合いも、器の白も見事な出来栄えで、解説パネルを見なければ日本でつくられたものと信じてしまうくらいです。

《色絵梅竹虎図皿》1740年代 マイセン 愛知県陶磁美術館


第1章 磁器芸術の芽吹き


1928年にマイセン近郊の町コズヴィッヒで生まれたハインツ・ヴェルナーは、早くから絵の才能を見出され、1958年のライプツィヒ・メッセで装飾デザイナーとしてデビューしたのち、マイセン磁器製作所が創立250周年を迎えた1960年、「芸術の発展を目指すグループ」の設立メンバーに選ばれました。
「第1章 磁器芸術の芽吹き」では、ヴェルナーのデビュー作から「芸術の発展を目指すグループ」のひとりとして歩み始めた直後の1960年代初期の作品が紹介されています。

右《エンゼルフィッシュ》花瓶 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ハンス・メルツ 1958年、
左《森と動物たちの絵》プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:エーリッヒ・エーメ 1958年頃 どちらも個人蔵 

ここで1928年から1960年代までヴェルナーの足跡を駆け足でご紹介しましたが、この30年余りの間は、ナチス政権誕生(1933年)、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次世界大戦勃発(1939年)、ドイツの敗戦と米英ソ仏による分割占領(1945年)、米英仏占領地域にドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ソ連占領地域にドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立(1949年)してドイツは東西冷戦の最前線に立つことになったというドイツ史の中でも特に激動の時期でした.。

こういった中、ヴェルナーのデザイナーとしての歩みは決して平坦なものではなかったのでしょうが、紫色の花で囲まれるように仲睦まじいカップルが描かれている《ハネムーン・サービス》コーヒーサービス(1964年)を見て、戦後、磁器製作所が国営になり、安住の地を得たことがヴェルナーにとって大きな救いだったのかもしれないと想像しながら作品を鑑賞していました。


《ハネムーン・サービス》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1964年 個人蔵



第2章 名シリーズの時代


1960年代のマイセンでは、マイセンの長い伝統を守った製品も求められていました。
そこで誕生したのが、ドイツでは古くから親しまれ、日本でも『ほら吹き男爵の冒険』でよく知られた物語をモチーフにした《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》です。
黄色地に円形の枠を描き、その中に絵付けをする絵柄は、当時、ヴェルナーが熱心に研究したアウグスト強王時代の絵付師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(1696-1775)が創出したとされるマイセン初期のシノワズリ様式から着想を得たと伝わっています。


《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》コーヒーサービス
装飾:ハインツ・ヴェルナー、器形:エアハルト・グローサー、
アレクサンダー・シュトルク、ルードヴィッヒ・ツェブナーの共作
1964年 個人蔵

ヴェルナーは、円形の枠の中に「ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵の冒険)」から抜粋した様々な場面を各アイテムに描いています。例えば中央のポットに描かれているのは長いひもを使って一度に多くの野鴨を捕まえた男爵が空を飛んで自邸に帰る場面で、一つひとつの器の絵を見ていると楽しい気分になってきます。


ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)の国章が描かれたプレートを見つけました。
中央には労働者を表すハンマーと知識人を表すコンパス、それを取り囲むのが農民を表す小麦の穂、その下にはドイツ国旗の黒、赤、金の帯。
これは東ドイツ建国20周年記念に製作された特注品で、国の貢献者に贈呈されたというとても貴重なものです。

「東ドイツ建国20周年記念」プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー
1980年 個人蔵

このプレートを見て、東ドイツに行った時のことを思い出しました。
1989年8月下旬、東ベルリンとドレスデンに行ったのですが、現地では道行く人たちはよそよそしく、レストランでは客が誰も入っていないのに「席はない!」と追い払われ、ホテルのバウチャーを受け取りに旅行会社のカウンターに行ったら「ここにはない」と言われ(結局そこにあったのですが)、あげくのはては保育園帰りの子どもたちにもにらみつけられる始末。
あとになって悪名高きシュタージ(国家保安省)による密告網が一般市民にまで浸透していて、西側の人間と話していると「あの人は西側のスパイだ」と密告されて不利益を被ってしまうことが理由だとわかったのですが、当時はそんなことはわからず、あまりに印象がよくなかったので、帰りの飛行機の中で「こんな国、二度と来るものか!」と心の中で叫んでしまいました。
ところがその2ヶ月少し後の11月9日にベルリンの壁が「実質的に」崩壊して、翌1990年10月に東ドイツは「ドイツ再統一」の名のもとに西ドイツに吸収合併されて消滅してしまったので、当時は、まさか本当に二度と行かれなくなるとは夢にも思いませんでした。
(統一後もドレスデン、ワイマールはじめ旧東ドイツ地域の都市を訪れましたが、町の人たちは親切で、レストランで入店を断られることなどはないのでご心配なく。)


さて、本題に戻ります。
《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》の成功がきっかけとなって、ヴェルナーは物語(メルヘン)からインスピレーションを得た代表作《アラビアンナイト》、《サマーナイト》はじめ新たなシリーズを次々と生み出しました。

《アラビアンナイト》の作品群はヴェルナーの夢の世界。
よく知られている「空とぶ絨毯」はじめ、どのアイテムにも物語の一場面が描かれていて、ヴェルナー直筆の陶板画もロマンチックで思わずうっとりしてしまいます。

展示風景

実は、陶板画がヴェルナーの直筆というだけでなく、マイセン製品は一点一点、職人によって丹念に描き上げられた手描きによるものなのです。
画面上の幕の表現の細やかさなどは驚くほかありません。

右から 《アラビアンナイト》チュリーン、ポタージュスープ皿
装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1966年
《アラビアンナイト》プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー 1966年
(1985年制作) どちらも個人蔵



シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」がモチーフの《サマーナイト》は、「芸術の発展を目指すグループ」のアーティストのひとりが第二次世界大戦時に捕虜としてイギリスの地でシェークスピアに出会ったことがきっかけでした。
焼き物だからこそ平和への思い、生きる喜びを表現することができるという思いが込められた《サマーナイト》に登場する人物たちはとても生き生きとしています。


《サマーナイト》ティーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 人形造形:ペーター・シュトラング
1969年(1974年以降制作) 個人蔵


それぞれのアイテムには花や虫、鳥などが散りばめられ、登場人物の体まで花の集まりで表現されているのです。
妖精王オーベロンの体も花でいっぱい。背中には目を閉じた可愛いミミズクがいるので、ぜひみ見つけてみてください。


《サマーナイト》ティーサービスのうち「妖精王オーベロン」
 装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー
人形造形:ペーター・シュトラング 1969年(1974年以降制作) 個人蔵



第3章 光と色彩の時代


1980年代後半頃から、一見すると抽象絵画のような表現が登場してきます。
新機軸を打ち出したデザインの《ヴィジョン》コーヒーサービスのうちプレートには、まるでだまし絵のようにバラの花が隠されているので、ぜひ探してみてください。

《ヴィジョン》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1990年 個人蔵


ヴェルナーの70歳および勤続55年を記念して製作されたのが「アフロディーテ」のシリーズ。年齢を感じさせない大胆な筆さばきに感動しました。


《アフロディーテ》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1998年 個人蔵



エピローグ:受け継がれる意志


ヨーロッパの宮殿の食卓を再現した豪華な大燭台と、手前のディナーセットはともに撮影可。
こんな素晴らしい雰囲気の食卓で食事をしたらさぞかし豊かな気分になれるのではと思う一方、食器を割ってしまったらどうしようとひやひやしてしまうかもしれません。

奥 《狩り》大燭台 装飾:ハインツ・ヴェルナー、ルディ・シュトレ
器形:ペーター・シュトラング 手前 《森の木の葉》ディナーサービス
装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー
どちらも1973年 個人蔵

1990年代になると、ヴェルナーは若いアーティストたちの育成に力を注ぎ、教え子たちとの共作をいくつも手がけています。
青色が印象的な《祝祭舞踏会》コーヒーサービスは、ヴェルナーのもとで絵付を学んだザビーネ・ヴァックス(1960-)が手がけた「波の戯れ」の器形にヴェルナーがヴェネツィアのカーニバルから着想を得て装飾を施したミステリアス感あふれる作品です。

《祝祭舞踏会》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ザビーネ・ヴァックス 1998年 個人蔵




展示の最後にとてもいい作品を見させてもらいました。
特別出品《飾り皿》です。

1970年代の東西対立緩和の世界的流れの中、1972年に東西ドイツが相互の主権・国境等の尊重を決めた基本条約を締結し、翌1973年には東西ドイツが同時に国連に加盟しました。
同じ1973年には日本と東ドイツの国交が成立し、それが日本におけるマイセン製品の需要が高まる大きなきっかけとなり、1975年に初来日を果たしたヴェルナーは、日本の美しい風景に魅了され、その後も日本におけるマイセン展に伴いたびたび来日しました。
来日中にヴェルナーが見た風景が描かれたこの作品からは、マイセンで磁器を製作するきっかけとなった日本に対する愛が感じられました。


特別出品《飾り皿》ハインツ・ヴェルナー 1970年代 個人蔵


出品作品のカラー図版や拡大写真、詳しい解説や関連年表も掲載された展覧会図録もおすすめです。

展覧会公式図録


現代マイセンを代表する巨匠ハインツ・ヴェルナーの名作、代表作の数々が見られる、とても華やいだ雰囲気の展覧会です。
この機会にヴェルナーが描いた物語(メルヘン)の世界を楽しんでみませんか。


【巡回展情報】
 福島会場 郡山市立美術館     2025年11月22日(土)~2026年1月18日(日)
    愛知会場 愛知県陶磁美術館 2026年5月30日(土)~9月27日(日)(予定)
 京都会場 細見美術館       2026年11月21日(土)~2027年1月31日(日)