2025年10月12日日曜日

滋賀県立美術館 企画展「おさんぽ展 空也上人から谷口ジローまで」

滋賀県立美術館では、企画展「おさんぽ展 空也上人から谷口ジローまで」が開催されています。

展覧会チラシ


展覧会のタイトルは、芸術家個人や特定の時代・流派、あるいは美術館・博物館のコレクション展というように、どんな作品が出品されるかある程度は想像できるのですが、今回の企画展のタイトルは「おさんぽ」という、私たちの生活にとても身近なテーマ。
はたしてどのような作品が出てくるのか、ワクワクして心躍らせながら会場に向かいました。


展覧会開催概要


会 期  2025年9月20日(土)~11月16日(日)
  ※会期中一部展示替えがあります。
  前期 9月20日(土)~10月19日(日) 後期 10月21日(火)~11月16日(日)
開館時間 9:30~17:00(入場は16:30まで)
会 場  滋賀県立美術館 展示室3
休館日  月曜日(ただし10月13日(月・祝)、11月3日(月・祝)は開館し、10月14日(火)、
     11月4日(火)は休館)
入場料  一般 1,200円、高大生 800円、小中生 600円
     ※同時開催中の常設展もご覧いただけます。
     ※身体障障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳をお持ちの方と
      その介助者の方は無料

※関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shigamuseum.jp/

展示構成
 第1章 どちらまで?
 第2章 野に出る
 第3章 街へ出かける
 第4章 歩く人たち
 第5章 動物たちも行く
 第6章 散歩で出会う
 第7章 明日も、どこかへ  
 
※展示室内は、一部を除き撮影可です。
※一部撮影不可の作品の写真を掲載していますが、これは美術館より広報用画像をお借りしたものです。

企画展エントランス

「散歩」という言葉から、みなさんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか。
健康のために早朝の川岸を歩くウォーキング、古い街並みをめぐる街歩き、あるいは犬を飼っている方なら犬の散歩。それぞれの趣味やライフスタイルにあわせてさまざまなかたちの「散歩」があると思います。

第1章の冒頭でお出迎えしてくれるのは、菊池契月(1879-1955)の《散策》と玉村方久斗(1893-1951)の《港町寸景》です。

右 菊池契月《散策》1934年(昭和9年) 京都市美術館蔵
左 玉村方久斗《港町寸景》1931年(昭和6年) 京都国立近代美術館蔵
どちらも前期展示(9/20-10/19)

長野県に生まれ、京都で四条派の菊池芳文に学び、娘婿となった菊池契月が描いたのは、新緑の緑の中を2匹の犬を連れて歩く少女。
キャプションにはそれぞれの作品の見どころがキーワードで紹介されていて、《散策》のキャッチコピーは「斜めのライン、縦のライン」。
画面上部のしなやかに伸びる枝が作る斜めのラインと、着物の縞模様の清々しい縦のラインが印象的な作品です。

《港町寸景》の作者は、『パリ旅の雑学ノート』での軽妙なエッセイに感銘を受けてからそのライフスタイルにひそかに憧れている玉村豊男さんの父・玉村方久斗。
現在では画家としても活躍している玉村さんのお父さんが画家ということは知っていましたが、作品を見るのは初めてでしたので、思わぬ出会いがあってうれしかったです。

後期にはもふもふ感たっぷりの白と黒の犬が描かれた金島桂華《画室の客》(京都市美術館蔵)、和装の西洋婦人が犬を連れた粥川伸二《西婦倭装図》(京都国立近代美術館蔵)が展示されます。

金島桂華《画室の客》1954年(昭和29年) 京都市美術館蔵
後期展示(10/21-11/16)


日本で「散歩」という言葉が初めて使われたのは、鎌倉時代から南北朝時代の禅僧、虎関師錬の漢詩文集『濟北集』だと考えられ、「梅花」「春遊」と題した漢詩で、野辺をそぞろ歩きつつ春の訪れを感じる喜びを謳っています。
(第2章には『濟北集』が展示されていますが、撮影不可です。)

「おさんぽ」というテーマから室町将軍家の「東山御物」が見られるとは!
実際には元時代(14世紀)の制作と見られていますが、典型的な対角線構図などから南宋(12-13世紀)の宮廷画家・馬遠の作品の特徴が見られるのが、伝馬遠《高士探梅図》。
画面左上の「雑華室印」は室町幕府第六代将軍・足利義教の鑑蔵印です。

伝馬遠《高士探梅図》14世紀 中国・元時代 岡山県立美術館蔵
前期展示(9/20-10/19) 


ほかにも「野に出る」というというキーワードでは江戸時代の文人画や、近代日本画はじめ自然の中のさわやかな空気が感じられる作品が並んでいます。

「第2章 野に出る」展示風景


第3章では、ヨーロッパの街並みや、タイムスリップして昭和初期の東京の街なかを散歩している雰囲気が味わえます。

「第3章 街へ出かける」展示風景

おさんぽ展のサブタイトルに「空也上人から谷口ジローまで」とあったので、空也上人にお会いするのを楽しみにしていました。

《空也上人立像》14世紀 鎌倉時代 滋賀・荘厳寺蔵
(滋賀県立琵琶湖文化館寄託) 通期展示

左手で鹿杖を持ち、右手の撞木で胸前に下げた鉦鼓を打ち鳴らし、口を開けて念仏を唱える姿は京都・六波羅蜜寺の空也上人立像でおなじみですが、こちらの空也上人像も口の中に針金が残っているので、もとは「南無阿弥陀仏」の6文字が口から阿弥陀如来の姿となって出ていたと考えられています。
空也上人が歩いたのは、諸国を巡り念仏を唱えて布教をするためでした。踏み出した左足の足元が浮いているので、今まさに歩みを進めているところという躍動感が感じられます。


全国の美術館・博物館を巡る楽しみのひとつは、地元ゆかりの作家の作品に出会えることです。
《妖怪(No.31-33)》は、滋賀県甲賀市の障害者福祉施設「やまなみ工房」に所属し、清掃などの仕事に従事しながら制作に取り組んでいる鵜飼結一朗(1995-)の作品。
今までは歩く人間を見てきましたが、ここでは動物や妖怪たちがまるで「百鬼夜行図」のように歩いています。


鵜飼結一朗《妖怪(No.31-33)》2021年(令和3年) 滋賀県立美術館蔵
通期展示

この作品は、「No.31-33」とあるように3つの作品をつなげたものなのですが、2022年の調査では約14mもの長さがあったとのこと。ぜひ全部見てみたいものです。

今回の展覧会で気になった画家のひとりが、地元・滋賀県出身の野口謙蔵(1901-1944)。

野口謙蔵《霜の朝》1934年(昭和9年) 東京国立近代美術館蔵
通期展示

野口謙蔵は初めて知った画家ですが、実は女性初の帝室技芸員になった日本画家・野口小蘋の甥だったのです。
あぜ道を走る犬と、それを追いかける少女、犬に吠え立てられた鳥が描かれたこの作品からは、少女が犬にかける声、犬の吠える声、鳥たちが飛び立つバタバタという音が聞こえてきそうです。
洋画を黒田清輝、和田英作に、日本画を平福百穂に学び、郷里の田園風景を描いた謙蔵は、昭和6年、8年、そして9年の《霜の朝》と、3回も帝展の特選となるという輝かしい功績の持ち主でしたが、1944年(昭和23年)、43歳の若さで病気で亡くなったのが惜しまれます。

野口謙蔵の師・黒田清輝(1866-1924)の油彩画《夕の原》《夕の景》《夕の梨畑》《夕月》(いずれも東京国立博物館、通期展示)もすぐ近くに展示されています。
この4点の作品は、持ち運びがしやすい小さなサイズの板に描かれていて、散歩の途中で目にした風景を描きとめたものなのです。(黒田清輝の作品は4点とも撮影不可です。)

黒田清輝《夕の梨畑》1916年(大正5年)  東京国立博物館蔵
Image:TNM Image Archives 通期展示

漫画家・谷口ジロー(1947-2017)の展示作品は、代表作のひとつ『歩くひと』。
翻訳を機に世界的な評価を得た作品です。
郊外の住宅地のさりげない景色に何とも言えないなつかしさを感じます。
作画のために谷口ジローが撮った写真とともに展示されているので、見比べながら楽しむことができました。

谷口ジロー《『歩くひと』第3話「町に出かける」原画》1990年(平成2年)
一般財団法人パピエ蔵 ©PAPIER/Jiro Taniguchi 通期展示 


展示作品はさわっていけないのが大原則ですが、10歳頃に失明した全盲の作家・光島貴之(1954-)の作品は、様々な素材の感触をさわって楽しむ作品です。

右 《京都まち歩きー学生時代の左京区》 ①アトリエ付近、②市バス、③北大路駅バスターミナル、④楽しいエスカレーター、⑤いまここに、⑥詩仙堂のししおどし、⑦疎水沿いの道(1)、⑧疎水沿いの道(2)、⑨無鄰菴の庭、⑩ウッドノートでアイリッシュ、2025年(令和7年)
左 《セミに惑わされる堀川通》 2020年(令和2年) 
どちらも 光島貴之 制作協力:アトリエみつしま 作家蔵 通期展示

中でも《京都街歩きー学生時代の左京区》の「⑥詩仙堂のししおどし」は、竹を動かすことができるので、「カランッ」という響きも楽しめます。

第7章には、締めくくりにふさわしく、明日に向かう次なる一歩を感じさせてくれる作品が展示されています。

「第7章 明日も、どこかへ」展示風景

上の写真手前の独立ケースに展示されている作品は、金属でできていると思ったのですが、実は《ザムザ氏の散歩》(京都国立近代美術館)で知られる前衛陶芸家・八木一夫(1918-79)の陶芸作品《歩行》(1957年(昭和32年) 京都国立近代美術館 通期展示)でした。
まるで機械仕掛けのようで今にも動きそうな《歩行》を見ていたら、これからも「おさんぽ」を続けていきたいと思いました。

展示室前の廊下では、大きなさいころを振って、展示作品の写真を見ながら「おさんぽすごろく」を楽しむことができます。



出品作品の図版と詳しい作品・作家の解説が掲載されたハンディサイズの展覧会公式図録も好評発売中です。




常設展も充実しています。
展示室1では「滋賀県立美術館 滋賀県立琵琶湖文化館 名品選」開催中(9月13日(土)~11月30日(日) ※一部展示替えあり)。
こちらは撮影不可ですが、同じ展示室1の「小倉遊亀コーナー」は撮影撮影OK、SNSへの投稿もOKです。
これだけ多くの小倉遊亀の作品をまとまって見られるとは思っていなかったので、とてもうれしい気分。小倉遊亀は地元・滋賀県大津市の生まれだったのですね。

「小倉遊亀コーナー」展示風景


展示室2では「滋賀県立美術館 名品選」開催中(9月13日(土)~11月30日(日))。
こちらも撮影不可ですが、現代作家の作品が充実しています。

滋賀県立美術館は、自然豊かなびわこ文化公園の中にあります。緑の中をおさんぽする気分で「おさんぽ展」を見に来てみませんか。きっと素敵な時間が過ごせると思います。 

滋賀県立美術館外観