東京・丸の内の三菱一号館美術館では「”カフェ”に集う芸術家—印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」が開催されています。
| 展覧会ポスター |
飲食や娯楽を楽しむだけでなく、新たな芸術が生まれる場所となってきた19世紀後半のパリの"カフェ"。
三菱一号館美術館とひろしま美術館の共催で開催されている「"カフェ"に集う芸術家」展は、印象派をはじめ多くの芸術家たちが集った"カフェ"に迷い込んだ気分になって、当時の雰囲気が楽しめる展覧会です。
それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2026年6月13日(土)~9月23日(水・祝)
※8/4(火)以降一部作品の展示替があります。
開館時間 10:00~18:00
但し、金曜日、第2水曜日、7/25(土)、9/19(土)~9/23(水・祝)は20時
まで開館。入館は閉館時間の30分前まで
・夜間開館時間(18~20時)限定特別企画を予定
・スペシャルトークフリーデー:7/25(土)15~20時(予定)
休館日 祝日を除く月曜日 但し、トークフリーデー(6/29、7/27、8/31)は開館
観覧料 一般:2,300円、大学生:1,300円、高校生:1,000円、中学生以下:無料
※展覧会の詳細、チケット購入方法、夜間開館時間(18~20時)限定特別企画などの各種イベントは展覧会特設サイトをご覧ください⇒https://mimt.jp/ex_sp/cafe/
※この展覧会では撮影禁止マークついている作品を除き写真撮影ができます。展示室内で撮影の注意事項をご覧ください。
展示構成
第一章 カフェを描く—レアリスムから印象派へ
第一節 近代絵画の誕生とカフェ
第二節 メディアとしての版画の隆盛とカフェ
第二章 夜のカフェ—シェレ、ロートレックの世紀末
第一節 広告芸術に現れるカフェ—シェレのポスター
第二節 ロートレックとカフェ
—〈ムーラン・ルージュ〉とモンマルトル界隈
第三章 〈シャ・ノワール〉の登場とその後の展開
―パリとバルセロナの往還
第一節 「パリの頭脳」と呼ばれた〈シャ・ノワール〉とその影響
第二節 〈シャ・ノワール〉から〈クアトラ・ガッツ〉へ
第三節 〈クアトラ・ガッツ〉からピカソ、そしてモンパルナスへ
第一章 カフェを描く—レアリスムから印象派へ
マネが常連であった〈カフェ・ゲルボワ〉に、マネを慕ってモネやルノワール、ドガが集まり、のちの印象派展につながったことはよく知られています。
最初の展示室には、マネをはじめ、印象派展に参加した画家たちの作品が展示されています。
| 右 アルマン・ギヨマン《ロバンソンの散歩》1878年頃 ポーラ美術館 左 アルフレッド・シスレー《サン=マメス》1885年 ひろしま美術館 |
ギヨマンは、生計を立てるため働きながら絵を描いていたので〈カフェ・ゲルボワ〉に出入りする時間はなかったようですが、セザンヌやピサロらとの交流があり、1874年から1886年まで8回開催された印象派展には6回参加しています。
ギヨマンはのちに宝くじで大金を手にしてからは絵画に専念したというエピソードでも知られています。
一方、印象派の中でも特に風景画家として知られるシスレーは、印象派展には4回参加しています。
三菱一号館美術館の展示室に入ると、いつもヨーロッパの貴族の邸宅に入ったようなゴージャスな気分が味わえるのが楽しみなのですが、今回もマントルピースとその上に飾られた絵画のコンビネーションがいい雰囲気を醸し出しています。
| 展示風景 |
続いては、マネや印象派による近代絵画に先立ち、レアリスムの画家・版画家であるドーミエやガヴァルニらによって描かれたカフェや、カフェの中の人間模様の版画作品が展示されている部屋へ。
| 展示風景 |
思わず吹き出してしまいそうな場面もありますが、このように日常を題材にしたカリカチュアは新聞や諷刺雑誌を通じてパリ市民の間に広まりました。
さらに、写真左、ドーミエ《〈音楽のクロッキー〉17悲劇上演中のオーケストラ》のように、 画面上部に演者、下部に観客あるいはオーケストラを配置する上下構造は、のちにマネやドガによるカフェ・コンセールの表現に影響を与えた点でも重要なことでした。
第二章 夜のカフェ—シェレ、ロートレックの世紀末
賑わう夜のカフェを背景に展示されているのは、鮮やかな色彩で生き生きとした女性たちを描いた売れっ子芸術家、ジュール・シェレのポスター作品です。
今にも人々の会話が聞こえてきそうな雰囲気の中、公演を宣伝するポスターを見ていると、気分はすっかり19世紀末の夜のパリ。これはもうたまらない演出ですね。
| ジュール・シェレ 左 《「ロータスの花」フォリー・ベルジェール》 1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.3363)(前期展示) 右《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》 1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.3346)(前期展示) |
ロートレックとゴッホの作品が並んで展示されていました。
これは珍しいと思いましたが、ゴッホは1886年から2年ほどパリに住んで、コルモンの画塾でロートレックと知り合ったので、二人はいわば「同門」だったのです。
| 右 フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》 1886年 石橋財団アーティゾン美術館 左 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《『ルイ13世風の椅子の リフレイン(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)》1886年 ひろしま美術館 |
ゴッホが描いた風車は有名なダンスホール〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉。
ロートレックが描いたのは、芸術キャバレー〈シャ・ノワール〉が引っ越した跡地にシャンソン歌手アリスティド・ブリュアンが支配人を務めた〈ル・ミルリトン(葦笛)〉。タクトを振りながら歌っているのがブリュアンで、彼の後ろの柱の左、黒い帽子の人物がロートレック。この作品にはゴッホも描かれているという研究もあるのですが、はたしてどの人物でしょうか。作品を前に想像してみるのも面白いかもしれません。
ロートレックは、〈ムーラン・ルージュ〉の宣伝用ポスターを制作しています。
(下の写真左の《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年 三菱一号館美術館)
これは彼のポスター第1作でしたが、大胆な色彩と構図などから、このポスターが街に貼り出されるとたちまち話題になり、ロートレックはポスターデザイナーとして一躍有名になったという記念すべき作品になったのです。
それにしても、背景の赤色の壁や奥の小窓など展示の演出が絶妙で、ポスターの良さをさらに引き出しているように感じられました。
第三章 〈シャ・ノワール〉の登場とその後の展開―パリとバルセロナの往還
さて、ここまではなんとなく猫に導かれているような気がしていたのですが、第三章に来てようやくその理由がわかりました。
第三章で焦点を当てているのは、1881年にロドルフ・サリスによってモンマルトルに開かれ、ボヘミアン芸術家たちが集った芸術キャバレー〈シャ・ノワール(黒猫)〉だったのです。
第三章の看板には、今までなかった猫のシルエットがぶら下がっています。
ロートレックと同じように、スランタンもこのポスターの成功で、以後多くのポスターの注文を受けるアール・ヌーヴォーを代表するデザイナーの一人となっていったので、まさに出世作といえるでしょう。
《エッフェル塔の建築現場》は、1887年に着工し、1889年パリ万国博覧会に向けて急速に建設された塔の工事風景を描いたもので、リヴィエールは葛飾北斎の《冨嶽三十六景》に着想を得て、1902年には《エッフェル塔三十六景》として刊行しています。
一方で、リヴィエールは1890年代初頭にブルターニュの海を観察した木版連作《海ー波の習作》を制作し、その延長として版画集『レスタンプ・オリジナル』に《波》を寄稿しました。
この作品を見た瞬間、「東山魁夷の海だ!」と思ったのですが、もちろん東山魁夷はリヴィエールよりあとの世代の人。図録の解説を読むと、ブルターニュの海がモチーフになっているので、これは北斎の《冨嶽三十六景》のうち「神奈川沖浪裏」へのオマージュではと思いました。それにしても、実際には刷らない紙の白い部分を飛沫として生かすところがすごい!
アンリ・リヴィエールの影絵芝居は、巡業によってヨーロッパ各地に伝播していきました。
その具体例の一つが、1897年にバルセロナで開店した〈クアトラ・ガッツ(4匹の猫)〉で、若き日のパブロ・ピカソもこの店に出入りしていました。
〈クアトラ・ガッツ〉の開店に関わった一人、ラモン・カザスが描いた《マドレーヌ》は、モンマルトルの〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に出入りしていた実在の人物で、今回の展覧会のメインビジュアルになっています。
そして、気になるのは彼女の不自然なポーズ。
マドレーヌは壁際に一人で座り、足先は画面右へ、上半身はテーブルに傾き、顔は正面を向きながら視線は画面左に流れています。
彼女は長い間このような姿勢を取っていたのではなく、今まさに何かに気がつき、左の方に視線を向けた瞬間をとらえたのではないかと感じられました。視線の先が気になります。
マドレーヌが表紙になっている展覧会公式図録もおすすめです。展示作品のカラー図版や詳しい解説満載です。
19世紀末のパリの雰囲気が楽しめる展覧会です。
趣向を凝らしたイベントも盛りだくさんなので、展覧会公式サイトをチェックしてぜひお楽しみください!