東京・六本木の泉屋博古館東京では、特別展「没後100年記念 住友春翠—仕合せの住友近代美術コレクション」が開催されています。
| 泉屋博古館東京エントランス |
これまでも同館では、中国古代青銅器をはじめ、近代日本画家の木島櫻谷、近代洋画家の鹿子木孟郎、近代陶磁器、茶道具、能面・能装束など住友コレクションの幅広いジャンルの展覧会を拝見してきましたが、住友コレクションの多くは、現在の住友グループの礎を築いた住友家第15代当主・住友春翠氏(1864-1926)によって明治中期から大正時代にかけて買い求められらものでした。
住友春翠氏の没後100年を記念して開催される今回の特別展では、春翠氏の経歴とともに、関心を寄せた近代美術作品の購入の歴史が時系列順に紹介されるので、どのような背景で、また、どのような思いで作品を収集したのかがよくわかるとても興味深い内容の展覧会です。
それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2026年8月29日(土)~10月12日(月・祝) *会期中展示替えあり
前期:8月29日(土)~9月23日(水・祝)、後期:9月25日(金)~10月12日(月・祝)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日、9/24(木)(9/21・22・23は開館)
入館料 一般1,500円、学生800円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/
巡 回 泉屋博古館(京都東山・鹿ケ谷) 2026年10月31日(土)~12月20日(日)
展示構成
序章 「住友春翠」になるまで
第1章 ノブレス・オブリージュの目覚め (明治25~36年、28~39歳)
第2章 フィランソロピーの実践 (明治37~大正4年、40~51歳)
第3章 「家」と「私」を貫くもの(大正5~15年、52~62歳)
※撮影は《サン=シメオン農場の道》《モンソー公園》のみ可能です。撮影の注意事項は館内でご確認ください。
※上記以外の展示室の写真は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。
序章 「住友春翠」になるまで
序章では、春翠氏の作品収集の経緯に大きな影響を与えた生い立ちが紹介されていますが、なぜ住友コレクションが幅広いジャンルの美術作品によって形成されているのかがよくわかりました。
春翠氏は、公家の家格のうち摂関家につぐ名門の清華家(せいがけ)に列せられる徳大寺家の第五子(幼名 徳大寺隆麿)として生まれました。
幼少より父・公純(きんいと)の薫陶を受け、漢学や国学などの学問に加え、書画や和歌、茶の湯、能楽といった公家文化の素養を幅広く見につけ、一方、実兄で、首相を二度務めた「最後の元老」西園寺公望の欧米文化に対する深い理解や、陶庵と号した中国文人的な生き方からも大きな影響を受け、明治25年(1892)に住友家の養嗣子となってからも父と兄からの学びは心の中に息づいていたのでした。
第1章 ノブレス・オブリージュの目覚め 明治25~36年、28~39歳
公家から実業家に転身した春翠氏が明治30(1897)年に行なった約8か月に及ぶ欧米視察では、事業で得た利益を社会に還元する欧米実業家の姿勢(ノブレス・オブリージュ)に感銘を受け、その後の社会貢献や文化支援を志す契機となりました。
欧米視察中に春翠氏が購入したモネの《サン=シメオン農場の道》(1864)は、《モンソー公園》とともに日本に請来された最初期のモネの実作で、求めに応じて日本の洋画家たちの鑑賞に供したとのことです。海外の美術館に行って西洋絵画を見ることが現代ほど容易ではなかった当時の洋画家たちにとって実作を見る貴重な機会だったのではないでしょうか。
| 右 クロード・モネ《サン=シメオン農場の道》1864年 左 クロード・モネ《モンソー公園》1876年 どちらも泉屋博古館東京 通期展示 |
住友コレクションには中国・日本書画の名品だけでなく、西洋絵画や日本の洋画家の作品が多く含まれていることが大きな特徴ではないかと感じているのですが、その背景には黒田清輝や山本芳翠への資金援助を打診した兄・西園寺公望の影響があったのです。
日本画から転じ、山本芳翠らの指導を受け、渡欧後に洋画界の中心的存在となった藤島武二の《幸ある朝》は、明治44(1911)年の第5回文展に出品され、大正3(1914)年に鹿子木孟郎の取り次ぎによって購入された作品です。
これらの作品をはじめ住友家の近代洋画は、明治36(1903)年に竣工した須磨別邸に飾られていましたが、さながら「邸宅美術館」の様相を呈して、広く世に知られることになったとのことです。
第2章 フィランソロピーの実践 明治37~大正4年、40~51歳
明治36(1903)年に須磨別邸を建設した春翠氏は、約280年にわたり住友家の本邸であった鰻谷邸に代わり、大阪・茶臼山に邸宅の建設をはじめましたが、これは春翠氏の美術収集にも影響を与え、茶臼山邸の近代和風建築を飾るにふさわしい作品が選ばれました。
木島櫻谷の「四季連作屛風」と同じく、茶臼山邸を飾るために注文されたとされる大画面の華やいだ雰囲気の屛風が展示されています。
香田勝太(1885-1946)の《春秋草花図》は、一見すると日本画のように見えますが、実は総銀地の屛風に油彩で描いた作品です。東京美術学校の同級生であった藤田嗣治が、香田が在学中に「東洋の花卉の画を油絵で日本屛風に描くことを発明した。」と回想し、また、香田は光琳に私淑していたことを知って納得しました。
| 香田勝太《春秋草花図》右隻 大正6~7(1917~18)年頃 泉屋博古館東京 前期展示(8/29-9/23) |
一方、欧米視察でシカゴの実業家マーシャル・フィールドによる美術館への高額寄付を目の当たりにした春翠氏は、明治37(1904)年に開館する大阪図書館(現 大阪府立中之島図書館)の建設費と図書購入費を一括寄付し、さらに明治40年代には大阪に美術館を新設する構想を抱き、明治42(1909)年から大正3(1914)年にかけて文展や巽画会などの展覧会出品作を集中的に購入していきました。
後期に展示される大画面の屛風は、2024年に泉屋博古館東京で開催された特別展「オタケ・インパクト 越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズム」ですっかりおなじみになった尾竹三兄弟のひとり、尾竹竹坡の《九冠鳥》。明治45(1912)年に開催された第12回巽画会に出品され、同年、購入された作品です。
特別展「オタケ・インパクト」ではまさに強いインパクトを感じたので、尾竹竹坡の作品に再会できるのが楽しみです。
| 尾竹竹坡《九冠鳥》左隻 明治45(1912)年 泉屋博古館東京 後期展示(9/25-10/12) |
| 尾竹竹坡《九冠鳥》右隻 明治45年(1912)年 泉屋博古館東京 後期展示(9/25-10/12) |
この時期に収集された作品も、絵画に限らず彫刻、工芸など幅広いジャンルにわたっています。
山崎朝雲(1867-1954)は、明治から昭和にかけて活躍した近代木彫を代表する彫刻家。
《竹林の山濤》は竹林の七賢のひとり山濤の木彫像で、俗世間を避けて竹林に集まった隠者の超然とした風格が伝わってくる作品です。この作品は、大正元(1912)年に開催された第6回文展京都会場の審査員出品作で、同年、購入されました。
見事な蒔絵の硯箱は、明治から昭和にかけて活躍した漆芸家の迎田秋悦(1881-1933)の作。秋悦は本阿弥光悦に私淑していたので、やはり琳派の雰囲気が出ています。
この作品は、大正9(1920)年、同意匠の文台とともに購入されました。
第3章 「家」と「私」を貫くもの 大正5~15年、52~62歳
大正4(1915)年に住宅部分がほぼ完成し、本邸の移転を終えた茶臼山邸は、その後も洋館の増築などが進められ、大正8(1919)年に全体が完成しましたが、その2年後に春翠氏は美術館建設を条件に茶臼山の敷地を大阪市に寄付することになりました。
茶臼山の敷地にはのちに大阪市立美術館が建設され、筆者もしばしば訪れて展覧会を拝見しているので、感謝の気持ちでいっぱいです。
晩年になると、春翠氏の趣向は床の間に映える瀟洒で典雅な作品に移っていきます。
上島鳳山(1875-1920)は、大阪の絵師西山完瑛らに師事し、大規模な公募展に関わることは少なく、今ではあまり知られていない画家ですが、鳳山の代表作《十二ヵ月美人》は、春翠氏の好みに応じて描かれた作品で、今回の特別展では「四月郭公」「九月菊花」が展示されます。(「四月郭公」は後期展示(9/25-10/12)です。)
近代陶芸史上初となる重要文化財に指定された板谷波山の《葆光彩磁珍果文花瓶》は、第57回日本美術協会展で最高賞を受賞し、同協会の名誉会員であった春翠氏によって購入されたものです。
出品者は販売価格の一部を同協会へ寄付することが義務付けられていたため、破格の値段で買い上げられた背景には、購入を介して作家と協会双方を支援する意図があった可能性があることが指摘されています。
今回の特別展を機会に、住友コレクションの奥行きの深さをあらためて実感することができました。
多くのみなさまにぜひご覧いただきたい展覧会です。