山種美術館で開催されている企画展「水を描くー広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしおー」です。
雨に川、海の波やうずしお、それに滝、どの作品も見ているとどこからともなく爽やかな風が吹いてくるようで、すがすがしい気分になってきます。
会期は9月6日(木)まで。
展覧会の詳細はこちらをご参照ください→山種美術館公式サイト
それではさっそく先日開催された特別内覧会に沿って展覧会の様子を紹介したいと思います。
※掲載した写真は、美術館の特別の許可を得て撮影したものです。
1 山種美術館 山﨑館長ごあいさつ
「今回の企画展は江戸後期の広重から近代の川合玉堂や奥村土牛、現代の奥田元宋、千住博まで、雨や川、波や滝など、水の様々な姿を描いた作品を展示しています。暑い夏に清涼感あふれる作品をご覧になっていただきたいと思います。」
「 今回撮影可能な作品は、川端龍子《鳴門》です。」
「Cafe椿では出展作品にちなんだオリジナル和菓子をご用意しています。」
下の写真、中央が松岡映丘《山科の宿》のうち「雨やどり」をイメージした「今昔」、右上から時計回りに「波涛」(橋本関雪《生々流転》)、「涼やか」(小林古径《河風》)、「花の雫」(小茂田青樹《春雨》)、「白波」(川端龍子《鳴門》)(カッコ内はイメージした作品でいずれも山種美術館蔵)。
抹茶とオリジナル和菓子のセットで1,100円、テイクアウトは1個510円(2個から可)。
どれも美味なので、どれにするか迷ってしまいそうです。
広重のクリアファイルは広げるとこうなっています。東海道五拾三次すべての図柄付です。
「次回展覧会は9月15日から始まる企画展「日本美術院創立120年記念 日本画の挑戦者たち-大観・春草・古径・御舟-」です。」
「この展覧会では、9月28日から公開される映画『散り椿』にちなんで速水御舟《名樹散椿》(重要文化財 山種美術館)を10月16日から展示する予定です。また、関連イベントとして宮廻正明氏(日本画家、東京藝術大学名誉教授)の講演会『朦朧体に挑んだ日本画家』を開催します。ぜひこちらもご参加いただければと思います。
」
2 山下裕二氏(山種美術館顧問、明治学院大学教授)見どころ紹介
「今回の展覧会は水がテーマ。古くは《鳥獣戯画》甲巻では、うさぎが水に飛び込む
シーンが描かれていました。また、中世では雪舟《山水長巻》の海面の波の描写、さらに江戸琳派の青の水流の表現など、日本では古くから水が描かれていました。」
「日本は水に恵まれている一方、つい先日も西日本で豪雨があり、大きな被害をもたらしました。」
山下さんは広島県呉のご出身とのこと。地元の呉も大きな被害を受けました。
「子どもの頃からなじんでいた木造の橋が流されたところをテレビで見て、自分の故郷が持っていかれてしまったというつらい気持ちになりました。」としんみりとお話されていました。
さて、作品の紹介に移ります。
はじめに、「第一章 波と水面のイメージ」のうち「川-流れる水」。
今村紫紅《富士川》(1915(大正4)年)は、余白がほとんどなく、画面の下からモチーフを積み上げていく構図、どことなく頼りなさそうな筆致。
「これらの特徴は江戸時代の南画の影響を受けたもので、こういった作風は「大正時代に流行して『新南画』と言わました。」と山下さん。
続いて山元春挙《清流》(1927-33(昭和2-8)年頃)。
春挙は、当時としては珍しくカメラを本格的に使っていて、自分が撮った写真を参考に絵を描くという手法をとっていました。
「崖が画面上部に描かれていて、そこから下は水面下を描き、その水面の上を鳥が飛ぶという大胆な構図の作品です。」
「竹内栖鳳《緑池》(1927(昭和2)年頃)は私の特に好きな作品です。」と山下さん。
「緑の池に一匹の蛙。水中の体はグラデーションで表現されています。栖鳳の作品のおもしろさの一つは落款の位置の絶妙さです。蛙を少し右に配置して落款を左上に置いています。」
次に東山魁夷《緑潤う》(1976(昭和51)年)。
この作品は「京洛四季」の連作で、「今回の展覧会にふさわしい作品なので、展示室の冒頭に展示しました。」と山下さん。
「京洛四季」は、魁夷が川端康成から「京都は今描いといていただかないとなくなります。京都のあるうちに描いておいてください。」という言葉に心を動かされて描いたというエピソードがあります。
「海ー波の躍動感」
橋本関雪《生々流転》(1944(昭和19)年)
「この作品は関雪がどういう意図で描いたのかわからない、6曲2双の謎めいた大作です。
《生々流転》といえば、横山大観の大作の絵巻(1923(大正12)年)を思い浮べますが、それから20年以上経過して、大観への対抗意識であえてこのタイトルをつけたのでしょうか。」と山下さん。
雨は幅広い刷毛で大胆に表現されていて、荒れ狂う波の激しさと相まって、迫力の大画面。関雪の気迫が伝わってくるような作品です。
第二章 滝のダイナミズム
「川合玉堂《松間飛瀑》(1942(昭和17)年頃)は、柔らかみのある《渡頭の春》(1935-43(昭和10-18)年頃)と作風が異なり、狩野派的、中国的なカチッとしたスタイルの作品です。」
川合玉堂《渡頭の春》はこちらです。
川合玉堂《渡頭の春》(山種美術館) |
現在、大阪の堂島リバーフォーラムで千住博&チームラボ コラボレーション展が開催されています。動きのある滝とチームラボは夏らしくて何とも相性のよさそうなコラボですね。
第三章 雨の情景
歌川広重(初代)「東海道五拾三次之内」《庄野・白雨》(1833-36(天保4-7)年頃)
「広重の東海道五拾三次の中でも一番好きな一枚。右から降る雨と左に上がっていく坂の線がほぼ直角になっている構図が素晴らしいです。」
後期(8/7-9/6)に展示される歌川広重(初代)《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》(1857(安政4)年 山種美術館)は「ゴッホが模写したことで知られていますが、雨は平行線に描かれていません。これは急に降った様子を表しているからなのです。」と山下さん。
竹内栖鳳《雨中山水》(1932(昭和7)年頃)
「墨でグラデーションをつけて雨を表現している作品です。この作品も落款の位置に注目です。」
松岡映丘《山科の宿》のうち「雨やどり」(1918(大正7)年)
「個人的には一番ほしい作品です(笑)。この作品では左の軒下に白い線で雨がしたたる様子を表しています。」
この第三章では雨の細やかな描写の違いもじっくり見てみたいですね。
「今回の展覧会では、暑い夏に涼しげな作品を展示しています。涼しい展示室でぜひ作品を楽しんでください。」(拍手)
3 ギャラリートーク(山種美術館特別研究員 三戸さん)
新南画の潮流
「川合玉堂《渡頭の春》、今村紫紅《富士川》、小林古径《河風》の水の表現はプロらしくない描き方に見えないでしょうか。これらは明治の終わりから大正にかけて、南画が見直されてきた時代の作品です。」と三戸さん。
川合玉堂《渡頭の春》(山種美術館) |
左が今村紫紅《富士川》、小林古径《河風》 右は平福百穂《清渓放棹》 (いずれも山種美術館) |
そしてこの時期に今村紫紅らは職業画家でない文人(士大夫)たちのように「プロっぽくない」画風で描きました。
水面の表現
「速水御舟《埃及土人ノ灌漑》(1931(昭和6)年)では、エジプトの暑く乾いた空気を表すため、絹地の裏に金箔を貼る「裏箔」がほどこされています。水は一見すると青でなく、緑色に見えますが、異国情緒が感じられる表現になっています。」
速水御舟《埃及土人ノ灌漑》(山種美術館) |
小野竹喬《沖の灯》(1977(昭和52)年)
「漁火や海面に写る夕陽の単純化された桃色が映えるこの作品は、若々しさが感じられますが、実は竹喬最晩年の作です。『単純化』は琳派に倣ったものといえます。」
小野竹喬《沖の灯》(山種美術館) |
今年1月に東京藝術大学退官記念展を拝見した宮廻正明さんの作品も展示されていました。
薄い紙に裏から彩色していく『裏彩色』で描いた宮廻さんの《水花火(螺)》(2012(平成24)年)。
「海面の表現や投網の表現の細やかさ、このディテールを見てください。」
宮廻正明《水花火(螺)》(山種美術館) |
海の表現
橋本関雪《生々流転》(1944(昭和19)年)
「一見、墨と青色だけの海面に見えますが、水面の表現に銀泥が使われています。」
確かに斜め下から見ると、キラキラ輝いているように見えます。
橋本関雪《生々流転》(部分)(山種美術館) |
川端龍子《鳴門》(1929(昭和4)年)
「最初は神奈川の江ノ浦の景色を描こうとしましたが、自らが青龍社を立ち上げ、この作品を第1回青龍展に出品したときだったので、その高揚感が表されたダイナミックな海の表現となったのでしょう。龍子は実際に鳴門を見たのでなく、想像で描きました。」
高価な群青を6斤(約3.6kg)も使った大作です!
川端龍子《鳴門》(山種美術館) |
奥村土牛《鳴門》(1959(昭和34)年)
奥様に着物の帯をつかんでもらって舟から乗り出すように鳴門の渦を写生したというエピソードがある作品。
「等寸大の下絵を描かなかったので、土牛は鳴門での強烈な体験をそのまま描いたのではないでしょうか。」
龍子の《鳴門》と比べると静かな迫力が感じられます。
奥村土牛《鳴門》(山種美術館) |
川の表現
奥田元宋《奥入瀬(秋)》(1983(昭和58)年)
「70歳になったとき、80歳までが制作の限度と考えて大作の制作を始めた元宋の第一作は元宋のテーマカラーの赤が強調されています。深い青の川と鮮やかな赤のコントラストが見事です。」
奥田元宋《奥入瀬(秋)》(山種美術館) |
滝の表現
奥村土牛《那智》(下の写真左)はじめ、このコーナーには滝の作品が並んでいて、滝の涼しげな音が聞こえてきそうです。
左が奥村土牛《那智》、右は山本丘人《白滝》 (いずれも山種美術館) |
左から、小堀鞆音《伊勢観龍門滝図》、山元春挙《冷夢図》 川合玉堂《松間飛瀑》(いずれも山種美術館) |
「とにかく滝が描きたかった」という千住博氏の滝。
千住博《ウォーターフォール》(山種美術館) |
雨の表現
「墨を刷いたり、雨粒を描いたり、雨の線を描いたりして、パラパラ降る雨、ザーザー降る雨、しとしと降る雨など、雨をどう表現するか、画家たちは工夫してきました。近代でもその試みは続いていています。」
「山本丘人《雨を呼ぶ山野》(1958(昭和33)年) (下の写真右)では、今にも雨が降りそうな様子を、奥田元宋《山澗雨趣》(1975(昭和50)年) (下の写真左)では、しっとり、しとしと降る雨を表現しています。」
右が山本丘人《雨を呼ぶ山野》左が奥田元宋《山澗雨趣》 (いずれも山種美術館) |
最後に
「今年9月には『国際水協会(IWA)世界会議』が東京で開催されます。大きな被害をもたらした今回の西日本豪雨を受けて、自然の中の水にもっと関心をもつ必要があるのでは、と感じました。今回の展覧会も自然と向き合う機会としてご覧になっていただければ幸いです。」(拍手)
さて、企画展「水を描く-広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお-」はいかがだったでしょうか。
外は暑くても、館内も作品もとても涼しげ。その上、Cafe椿で作品にちなんだ和菓子を味わっていただければ、すがすがしい気分になること間違いなしです。
会期は9月6日(木)までありますが、前期展示は8月5日(日)までです。前期のみ展示の作品もお見逃しなく!