2018年11月22日木曜日

古代中国の青銅器が面白い―泉屋博古館分館「神々のやどる器―中国青銅器の文様」

古代中国の青銅器はこんなに面白かった!
東京・六本木の泉屋博古館分館で開催されている「神々のやどる器-中国青銅器の文様-」に注目です。


今までも美術館で青銅器は大きいものから小さいものまでいくつも見て、何千年も前にこんなすごいものを作っていたんだと驚いていましたが、今回の展覧会では、展示されている青銅器の質も量も充実しているのはもちろんのこと、展示解説も工夫がこらされていたり、実際に触ったり叩いて音が出せるレプリカの青銅器があったりして、何倍も楽しめる内容になっています。

さて、どれだけ楽しめる内容なのかは、開会に先がけて開催されたブロガー内覧会の様子をお伝えしながら紹介したいと思います。
※掲載した写真は、美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

はじめに野地耕一郎分館長からご挨拶がありました。

「泉屋博古館の青銅器コレクションは、世界的に知られているコレクション。細かい文様や形の面白さを楽しんでください。」

第一展示室はこのように青銅器がずらり。
すごい青銅器コレクションです!



拡大写真のパネルも充実。
青銅器の後の壁には拡大写真が掛けられていて、描かれた文様がデジタル処理で色付けされていて目立つようになっています。
拡大写真のパネルを見てから実物を見ると、どこにどういった文様が描かれているのかがよくわかります。

続いて、京都・泉屋博古館の廣川守副館長から展覧会の見どころを解説していただきました。

「今から三千数百年前から約七百年間、中国では青銅器が作られました。これらは日常生活に使うものでなく、先祖を手厚く祀る儀式のために使われていたものです。」
「青銅器の表面には様々な模様が描かれています。その多くが動物で、人物はあまり描かれていませんでした。当時は動物の姿を借りて神を表していたのです。」
「大きな特徴は、実在の動物だけでなく、実在しない動物も表現されていたことです。実在の動物でも、たとえば虎はデフォルメされていたり、変なパーツがついていたりして、実在の動物とは異なっていました。実在しない動物の代表は、龍や鳳凰でした。」

「今回の展覧会のもう一つの見どころは、青銅鏡です。」
「約二千五百年ぐらい前から製造が始まり、漢代以降大流行しました。」
「青銅鏡は青銅器と異なり、官僚クラスの個人も所有していました。当時、鏡は姿見としてでなく、魔力、霊力があったと考えられていたので、不老長寿、子孫繁栄、そして、この鏡を持っていれば大臣にまでなれる、といった現生での願いをかなえるための幸せのアイテムだったのです。」
「その魔力、霊力の源が鏡に描かれた文様です。当時の人々の願いがこめられた文様をぜひご覧になってください。」

第一展示室は青銅器でしたが、第二展示室には青銅鏡が展示されています。


こちらも後ろの壁にはデジタル処理で文様が色分けされた拡大写真のパネルが掛けられているので、実物を見たときにどういった文様が描かれているかわかるようになっています。


そして解説パネルも年代ごとに色分けされています。
これは、描かれたモチーフごとにまとめて展示しているので、年代がわかるようにするための工夫です。

作品名のパネル(下の写真の左)の下の帯が薄緑色は戦国時代の鏡。


帯の色が黄色は漢・三国時代の鏡。


帯の色がピンクは隋・唐時代の鏡。


そしてロビーにはレプリカの青銅器。


こちらは本物の青銅器からシリコンで型をとり鋳造した実物大の復元模型です。
このレプリカは写真撮影可です。ぜひ記念撮影を!
そして触ることもできます。ぜひ青銅の質感を実感してみてください。

そして第二展示室の入口には、レプリカの鐘(しょう)が展示されています。
木槌で叩いてみて古代の音を体感してみてください。
叩く位置によって違う音階の音が出ます。
春秋戦国時代には10~20個セットで並べて演奏したそうです。



さてここで、古代中国王朝のおおまかな年代をおさらいしてみましょう。

まず、青銅器が盛んにつくられたのが、商と周の時代。
殷ともいわれる商王朝は年代について諸説ありますが、紀元前1600年頃に成立して紀元前11世紀頃、周に滅ぼされたとされています。
次の周王朝(西周)は紀元前770年頃、一度滅んで、翌年再興しますが(東周)、勢力は衰え、以後、春秋時代(前770年~前403年)、戦国時代(前403~前221年)と続きます。

そして秦の始皇帝が中国を統一したのが前221年。
それ以降は次のとおりです(王朝交代時などの混乱で年代が空いたり、重複したりします)。

秦(~紀元前206年)
前漢(紀元前202年~紀元後8年)
新(8年~23年)
後漢(25~220年)
三国時代(220年~280年)
西晋(280年~316年)
五胡十六国時代(304年~439年)
南北朝時代(439年~581年)
隋(581年~618年)
唐(618年~907年)

続いて泉屋博古館学芸員の山本尭さんのギャラリートークをおうかがいしました。

今回のチラシの表面を飾るのが「虎卣(こゆう)」(商後期)。
「青銅器のコーナーは3つのモチーフに分けて展示しています。一つめが『実在の動物』です。」

「虎の口の中にいるのは人の顔です。今にも食べられそうですが、怖がっている表情ではなく、何となく安心した顔をしていませんでしょうか。きっと虎に抱かれて守らている様子を表しているのでしょう。」

「この『虎卣』にはいろいろな動物がいます。人のお尻には蛇、取っ手は鹿、持ち手の根本はバク?、尻尾は象のような鼻といった具合に。後ろのパネルを見ながら動物を探してみてください。青銅器には動物をさがす楽しみがあります。」

これが壁のパネルです。


続いて「戈卣(かゆう)」(商後期)。


「これは大きな耳があるのでフクロウでなくミミズクでしょう。二匹のミミズクが背中合わせになっています。すでに泉屋博古館分館のスタッフの間では『内股ぎみの足がかわいい』と評判です(笑)。」
この写真だとよく分かりませんが、ミミズクの正面からご覧になってみてください。

「よく見ると首のところに龍が、足には鳥が描かれています。」

「2つめのモチーフは饕餮文(とうてつもん)です。饕餮とは首だけの姿で、人を食べる怪獣とされています。」

「この『平底爵(へいていしゃく)』(商中期)は、もっとも古いタイプで、くりっとした目、左右に広がる胴体が特徴です。」


「続いて『饕餮文瓿(とうてつもんほう)』(商後期)です。時代が新しくなると、牙が生えてきます。」
近くで見ると口の下から牙が左右2本ずつ出ているのがわかります。

こちらはロビーにレプリカが展示されていた「犧首方尊(ぎしゅほうそん)」(商後期)の本物。
「顔のパーツは浮き彫りになっていますが、背景の渦巻きはフリーハンドで描いたのですが、角がきちんと揃っています。とても精巧です。」

「『方彛(ほうい)』(西周前期)では、脚があって爪も描かれています。爪は猛禽類のものに似ています。」

「3つめのモチーフは龍です。中国では龍は皇帝の象徴ですが、この原点は青銅器にあります。」
「『鬲父乙盉(れきふいつか)』(西周前期)は二股に分かれた角に注目です。」

「『直文方座簋(ちょくもんほうざき)』の龍は、角が牛?面長なところは馬?このように想像上の動物でも実際の動物のパーツをとることがあります。」
「このように同じ龍でも違いがあります。青銅器には、古代中国の人たちの想像力を読みとる楽しみがあります。」


ロビーの展示ケースに移ります。
ここでは、酒器、食器、楽器と、器の種類ごとに展示キャプションの色を変えていてます。

左から「饕餮文爵(とうてつもんしゃく)」(商後期)、「饕餮文觚(とうてつもんこ)」(商後期)。
「爵は酒を温めるための器で、底の部分に黒い煤がついています。温めた酒を入れるのが隣の觚です。」
「酒器は商時代に流行しました。商の人たちはお酒が好きで、お酒を飲み過ぎて周に倒されたという噂もあるくらいです(笑)」


「これは上下二つのパーツに分かれていて、下の器に水を入れて、下から火を焚いて蒸し料理をつくる器『饕餮文甗(とうてつもんげん)』(西周前期)です。」


「周時代に作られた楽器『兮仲鐘(けいちゅうしょう)』(西周後期)です(下の写真中央)。複数セットでいろいろな音階を奏で、祖先をもてなしていました。」

第二展示室には、描かれたモチーフごとに青銅鏡が展示されています。

最初のモチーフは「龍」
「商や周の時代、政治はまつりごとで、そのために青銅器が作られてきましたが、紀元前221年に秦の始皇帝が中国を統一して官僚制を整備してから青銅器はすたれ、代わって青銅鏡が流行しました。」
「文様は吉祥文様で、それを持っている人のラッキーアイテムでした。」

ここでは時代によって描かれる龍の変化に注目です。

「『(四螭文鏡(しちもんきょう)』(戦国後期)ではポケモンに出てきそうな龍が描かれています(笑)。」

こちらはパネルの写真です。龍が蛇のように細身ですね。

「こちらは『細線獣帯鏡(さいせんじゅうたいきょう)』(前漢後期)です。鏡には人物も描かれるようになります。龍は仙人の乗り物と考えられていました。」
(写真だけではわかりにくくてすみません。ぜひ現地でじっくりご覧になってください。)


「『雲龍八花鏡(うんりゅうはっかきょう)』(盛唐)ではたなびく雲と龍が描かれています。龍は恵みの雨をもたらすと考えられていました。唐時代になると私たちにもお馴染みの龍になります。」
(太い体の龍がくねっているのがわかりますでしょうか。)


次のモチーフは鳳凰。
「鳳凰は徳の高い聖人が政治を行っているときに出てくると考えられていました。」
「こちらは『四鳳文鏡(しほうもんきょう)』(戦国中期)です。戦国時代の鏡には4羽の鳥が描かれていました。」


「次に『双鸞瑞花八花鏡(そうらんずいかはっかきょう)』(盛唐)。
唐代に入ると私たちのイメージの鳳凰が描かれるようになります。」



続いて四神です。
「『貼銀鍍金舞鳳狻倪八稜鏡(ちょうぎんときんぶほうさんげいはちりょうきょう)』(盛唐)は青銅の鏡の上に銀の板を貼ったもので、鳥と獅子が描かれています。重さは3㎏あります。」


青銅器、青銅鏡とも解説パネルには寸法だけでなく重さも記載されています。


「後漢以降は神仙思想が広まり、仙人への憧れから、人物が描かれるようになりました。」

「『神人龍虎画像鏡(しんじんりゅうこがぞうきょう)』(後漢中期)には、徳の高い皇帝を祝福しに現れると考えられていた西王母とその対になる東王父が描かれています。」





「また、この時代には民間の工房が盛んになり、鏡は商品として売られ、『大臣になれる』『長生きできる』といったキャッチコピーも考えられるようになりました。」
「『重列神獣鏡(じゅうれつしんじゅうきょう)』(後漢後期)には、「君宜高官(あなたは高官になれる)」といった文言が書かれています。」
こちらもぜひ現地で目を凝らしてごらんになってください。


ここからは鏡に描かれた人物や動物の位置にも注目です。

「『建安廿二年重列神獣鏡(けんあんにじゅうにねんじゅうれつしんじゅうきょう)』(後漢)
には人物と獣が描かれていて、雛壇のようにならんでいます。」


こちらが解説パネルです。



「『建安廿四年対置式神獣鏡(けんあんにじゅうよねんたいちしきしんじゅうきょう)』(後漢)では、下の文様は上向き、上の文様は下向きに対置させるように配置されています。




「『黄初二年同向式神獣鏡(こうしょにねんどうこうしきしんじゅうきょう)』(魏・黄初二年(221年))では、人物は丸く並んでいますが、みんな上を(=同じ方向)を向いています。」



青銅鏡の最後のコーナーには、京都府・久津川車塚古墳から出土された重要文化財の鏡が展示されています。

「『三角縁四神四獣鏡(さんかくえんししんしじゅうきょう)』(三国時代)は、日本でしか出土されていない三角縁の鏡で、『魏志倭人伝』に伝えられている卑弥呼に与えられた鏡100枚のうちの1枚である可能性もあります。」


「『画文帯同向式神獣鏡(がもんたいどうこうしきしんじゅうきょう)』の上段には、自分の演奏を完全に理解した友人・鐘子期の死後、琴の弦を自ら断ったという言い伝えのある琴の名手・伯牙が描かれています。」




「一粒で何度も美味しいのが中国の青銅器です(笑)。ぜひじっくりご覧になって楽しんでください。」(拍手)


建物の入口には記念撮影用のパネルがあります。
虎卣の口の中から顔を出して記念撮影をするのもお忘れなく。


さて、「神々のやどる器」展はいかがだったでしょうか。
じっくり見れば見るほど面白さがわかる展覧会です。
この冬おススメの展覧会です。
12月24日(月・祝)までなので、あと1ヶ月しかありません。お見逃しなく!

ギャラリートークはじめ関連イベントも開催されますので、時間を合わせて行ってみてはいかがでしょうか。
展覧会の公式サイトをぜひチェックしてみてください。→神々のやどる器