その上、料理のサンプルまで見たらとても我慢できなくなって、「何か美味しいものが食べたい!」と思わず口に出してしまいそうになります。
東京・墨田区にあるすみだ北斎美術館では、そんな美味しそうな展覧会が開催されています。
「美味しそう」なだけではありません。
美術館周辺のカフェとのコラボ企画で江戸グルメが体験できるという「美味しい」展覧会なのです。
さて、どれだけ美味しい展覧会なのかは、先日開催された内覧会の様子をお伝えしながら紹介したいと思います。
※掲載した写真は、美術館から特別の許可をいただいて撮影したものです。
館内は今回の展覧会を企画されたすみだ北斎美術館学芸員の山際さんにご案内いただきました。
「今回の展覧会は、ユネスコの無形文化遺産に登録された『和食』のルーツ、『江戸の食』がテーマです。」
「展示は4章構成になっていて、第1章が食の背景である農業や漁業といった生産の場面、第2章は食材、第3章は料理をする人、料理本、再現レプリカ(料理のサンプル)、第4章は江戸の人気料理、江戸のファストフード、北斎のグルメに関するエピソードです。」
「そして今回の展覧会では照明を通常より暖かい色合いにしてみました。みなさんどのように感じられますでしょうか。」
それではさっそく3階の第1展示室から入ってみることにしましょう。
第1展示室に入ってすぐは「第1章 江戸グルメ繁栄の背景」。
はじめに農業のコーナー。
「葛飾北斎《百人一首うはかゑとき 天智天皇》は、稲刈りの様子を詠った天智天皇の和歌にちなんで描かれていますが、江戸時代の農業の様子がよくわかります。」
「『北斎漫画』三編では、稲刈りの様子、千歯こきで脱穀する様子が描かれています。」
壁には丁寧な解説のパネルが掛かっています。
「江戸時代は肉食は避けられ、野菜と魚介類が中心でした。(下の写真左から)海女がアワビを取る様子を描いた葛飾北斎《百人一首乳母か絵と起 参議篁》、『四つ手網』で漁をする漁師が描かれている葛飾北斎《千絵の海 総州利根川》です。」
「蔀関月「『山海名産図会』三 広島牡蠣畜養之法」(下の写真左)では牡蠣の養殖の様子が描かれています。」
江戸時代から牡蠣を養殖していたのですね。
(下の写真右は「斎藤月岑ほか筆 長谷川雪旦画『江戸名所図会』十九 中川釣鱚)
そして調味料の生産のコーナー。
葛飾北斎《五十三次江都の往かい 蒲原》では製塩の様子が描かれています。
「『北斎漫画』十三編 砂糖製」では砂糖づくりの様子が描かれています。
次に「第2章 江戸の食材」です。
はじめに「魚」。
「葛飾北斎《鮟鱇図》では鮟鱇の質感をご覧になってください。やわらかい腹の部分は水分の多い墨で描き、硬いえらは硬い筆で描いています。」
写実的な表現は、この作品が描かれた文化年間(1804-1818中期頃)当時、北斎が意識していた西洋絵画の影響もうかがえるとのことです。
こちらは写実性より見た目の面白さを求めた『北斎漫画』二編。
あんこうは逆さになって腹をふくらましていますが、実際には上の《鮟鱇図》のように腹は平たいのです。
続いて「野菜、果物」。
ここでの注目は魚屋北渓《つれつれ艸 土おほね》。
「土おほね」とは大根のことで、大根は輪郭線を摺らないで凹凸を出す空摺(からずり)で表現しています。
「食材の流通」
葛飾北斎《五十三次江都の往かい 日本橋》では、江戸時代に魚市場があった日本橋の賑わいが描かれています。
横11.1㎝、縦17.3㎝の小さな作品ですが、4階の第2展示室入ってすぐの大きなパネルを見るとこの迫力!
さて、食材の生産の場面と、食材を見たところで次はいよいよ江戸のグルメです。
「第3章 江戸の料理帖」
まずは料理人たちの姿を描いた作品。
左からいずれも葛飾北斎「『北斎漫画』九編 士卒英気養図」、「『北斎漫画』八編」、「『絵本庭訓往来』初編」。
「現在の便利になったキッチンとは違って、江戸時代には、水は井戸から汲んだり、火は自分でおこしたりしていました。」
次に「レシピ本」のコーナー。
今回の展覧会は公益財団法人 味の素食の文化センターと東京家政学院生活文化博物館の協力によって、江戸時代のレシピ本や、そのレシピ本に基づいて再現された料理の再現レプリカやレシピのパネルが展示されています。
こちらは100種類の豆腐の料理方法が記された醒狂道人何必醇著『豆腐百珍』。
これは味の素食の文化センターの所蔵です。
続いて『豆腐百珍』に基づいて再現された料理の再現レプリカとレシピのパネル。
こちらが「鶏卵様」。料理の再現レプリカは東京家政学院生活文化博物館の所蔵です。
江戸時代の資料には分量や味付けなどが記載されていないので、再現には苦労されたとのこと。こちらは「鶏卵様」のレシピの拡大。
作り方の詳しい説明があるのでぜひご自宅でお試しを!
とはいっても一つひとつメモしていたら大変です。
1階ミュージアムショップでは「江戸料理簡単レシピ付 大江戸グルメと北斎」という8ページのリーフレットを税込300円で販売しているので、ご興味のある方はこちらをお買い求めください。
卵料理もあります。
右が「源氏卵」、左が「茶巾卵」。
大根を使った料理もあります。こちらは「揚げ出し大根」です。
そして第1章から盛り上がってきた勢いそのままに第4章 江戸の人気料理「江戸のいちおしグルメ」に突入します。
「このコーナーでは、まず料理を食べる場面の絵のあとに料理の再現レプリカを見るという構成になっています。」と山際さん。
このコーナーも味の素食の文化センターと東京家政学院生活文化博物館の美味しそうなコラボ企画が続きます。
「歌川国芳《縞揃女弁慶 安宅の松》(味の素食の文化センター)では、女性の手にする箱に『あたけ 松のすし』との文字が見えます。これは当時の高級すし店「松ヶ鮨」のもので、隣には鯛の香物鮓の再現レプリカ(東京家政学院生活文化博物館)。
こちらは鯛や刺身が描かれた三代歌川豊国《三長寿人》(味の素食の文化センター)と「鯛の刺身・煎り酒」の再現レプリカ(東京家政学院生活文化博物館)。
続いて「味噌田楽」。
左は田楽売りが描かれている「『新編女水滸伝』二之巻 好花堂野亭著 葛飾北雲画」。
右は「豆腐田楽」の再現レプリカ。
「江戸時代の田楽用の豆腐は今より固く、扱いやすかったのです。画面左下では屋内で焼いている場面が描かれています。」
4階の第2展示室に移りましょう。
第4章の続きで、はじめが「季節のグルメ」。
「右から、葛飾北斎《正月の台所》では後ろにぶら下がる新巻鮭に注目、三代歌川豊国《十二月之内 水無月 土用干》ではすいかが四角く切られて皿に盛られています。すいかは今ほど甘くなかったので砂糖をかけて食べていました。」
「勝川春亭《江戸大かばやき》ではうなぎを食べる人が後ろに描かれています。主役はつくる人たちなのです。」
そして食事の後はスイーツ。「江戸のスイーツ」のコーナーです。
ひとつ拡大してみましょう。
くるみ、黒胡麻、醤油を使った焼き菓子「けんぴん」です。
今回の展覧会とコラボしているカフェは、3階ホワイエにあるパネルやその左隣の台に置いてある緑色の縦長のパンフレットでご確認ください。
そして最後は「江戸の高級料亭グルメ巡り」。歌川広重が背景を、三代歌川豊国が人物を描くという豪華コラボ《東都高名会席尽》のシリーズ。
「背景と人物は、たとえば「万久 髯の意休」では背景の料理屋万久(まんきゅう)と歌舞伎に登場する髯の意休(いきゅう)とをかけあわせていたり、関連を持たせています。」
「今回の展覧会は江戸のグルメを紹介しています。ぜひ江戸の食を楽しんでください。」(拍手)
最後に3階ホワイエにある撮影スポットをご紹介します。
展覧会チラシにある「鰻登り」です。
この原画は第4章の「季節のグルメ」のコーナーに展示されている『北斎漫画』十二編「鰻登り」(下の写真)で、それに着色をしているものです。
後ろの看板には「千客万来」と書かれています。
鰻をつかまえるポーズをとって記念に写真をとれば運勢も上昇するかも!?
あっ、もう一ヶ所ご案内するのを忘れていました。
4階のAURORA(常設展示室)です。
せっかくすみだ北斎美術館に来たのですから北斎師匠にご挨拶をしましょう。
手前が北斎、奥が娘の阿栄(おえい)です。
常設展示室内には北斎の高精度複製画が年代順に展示されていて、一部の作品を除き撮影できます。北斎の画業の軌跡を予習するにはちょうどいいので、企画展を見る前に常設展示を見てもいいかもしれません。
さて、駆け足で紹介してきましたが、おなかがすいてきましたでしょうか?
本当に美味しい展覧会です。ぜひ美術館にお越しいただいてその場でご覧になっていただければと思います。
会期は来年の1月20日(日)までありますが、前期後期で展示替えがあって、前期は12月16日(日)までなので、お早めに!
展覧会の詳細は公式ホームページをご覧ください。➡すみだ北斎美術館