『バスキア、10代最後のとき』は、1970年代後半から80年代にかけてニューヨークで活躍して27才の若さで夭逝した天才アーティスト、ジャン=ミッシェル・バスキアと交流のあったアーティストや友人たちのインタビューで彼の創作活動や生きざまを浮き彫りにしていくドキュメンタリー映画です。
バスキア・ファンの方にも、名前ぐらいは聞いたとこがあるという方にもおすすめしたい映画なので、公開に先がけて開催された試写会&トークショーの様子をネタバレにならない程度にご紹介したいと思います。
映画のチラシ
オフィシャルサイトはこちらです→映画『バスキア、10代最後のとき』
そこには、アメリカンフットボールのヘルメットをかぶって歩いたり、頭の上から後ろ半分だけに髪を伸ばした奇抜なヘアスタイルをしていてもなに食わぬ顔をしていたり、まだ10代の、あどけなさが残った素顔のバスキアも登場してきます。
そして、次から次へと続く関係者たちのコメント。
スピード感があって、いつの間にかバスキアの世界に引き込まれて、最後には、この時代のこの混沌とした空間だからこそあのエネルギーのある作品が出てきたのだなと納得する自分に気がつくという仕掛けになっていることが後からわかってきます。
試写会に続いて、ミヅマアートギャラリーのエグゼクティブディレクター、三潴末雄さんと、アートブログ「青い日記帳」主宰のTakさんの楽しいトークショーがありました。
トークショーの内容については、すでに他の方ブログなどで詳細に紹介されているので、特に私の印象に残ったやりとりをお伝えしたいと思います。
Takさん「 バスキアは若くしてなくなったので神格化されたのでしょうか。」
三潴さん「作品自体にすでに思想的なものがあった。神格化はメディアがつくる虚構。」
「自分がペインティングしたTシャツに1万ドル、2万ドルという値をつけていた。本人は自分の作品の未来の価値をつけていたのでしょう。」
ジミ・ヘンドリクスがロックの表舞台で活躍したのは1966年から1970年にかけてのわずか4年間。
その間に”Purple Haze”や”Voodoo Chile(Slight Return)”に代表されるアグレッシブなギタープレイや、ギターを床にたたきつけて壊したり、火をつけたりと過激なパフォーマンスで当時のロックファンやミュージシャンのド肝を抜き、今でも多くのロック・ギタリストに大きな影響を与え続けているものすごいギタリスト。
私がバスキアの作品を初めて見たとき、ちょうどウッドストックでのライブの”Purple Haze”をFMラジオで初めて聴いたときと同じくらい頭の中に直接「ズシーン」と来る衝撃を受けました。
それは、2017年に「ZOZO TOWN」前澤友作社長が約123億円で落札したことで一躍有名になったバスキアの作品でした。
当時の新聞記事の写真を見たときは、正直「この落書きのような作品が123億円?」と思いましたが、ガラス越しでなく生の作品を前にすると、不思議なことに作品のもつパワーというかインパクトというか、そういったものが体全体に響いてきたのです。
この作品が公開されたのは、前澤社長が創設し、会長を務める現代芸術振興財団が主催する「第4回CAF賞展」(2017年10月31日~11月5日 代官山ヒルサイドフォーラムで開催)でのこと。
入場は無料!つまり123億円の作品を無料で見ることができたのです!
2016年には同じくバスキアの作品を約63億円で落札し、今年にはDIC川村記念美術館から長谷川等伯『烏鷺図屏風』(重要文化財)を収蔵(譲受金額は非公開)してアートコレクターとしても話題にこと欠かない前澤社長。
トークショーでは、アートコレクターとして前澤社長のことも話題になりました。
「前澤社長には日本のアートシーンも買ってほしい」と三潴さん。
過去を振り返ってみても、静嘉堂文庫美術館、三井記念美術館、出光美術館、根津美術館、などなど例をあがたらきりがないくらいですが、私たちが身近に内外の美術品を見ることができるのも、明治時代に財閥や財界の人たちが大切に蒐集・保存していたからこそ。
プライベート美術館建設の構想があるという前澤社長。
「前澤美術館」も楽しみですが、来年9月には六本木の森アーツセンターギャラリーでバスキア展が開催されて、前澤社長所蔵の作品も出展されるようなので、こちらも楽しみにしています。
映画「バスキア、10代最後のとき」は1月以降も全国各地の映画館で順次公開されます。
バスキアがより身近な存在に感じられる映画です。バスキア展の予習にもなりますので、ぜひご覧になっていただければと思います。
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