2019年3月23日土曜日

4月19日(金)ロードショー!映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」

ヨーロッパ全土を戦火に巻き込み、ホロコーストの嵐が吹き荒れた、歴史上とりわけ特異な時代だっただけに、ヒトラーやナチスの時代は今まで多くの映画で描かれてきました。

最近でも、「ゲッベルスと私」「ナチス第三の男」「小さな独裁者」はじめ多くのナチス関連の映画が公開されています。

そういった中、アートファンにとって気になる映画が、4月19日から公開されるイタリア、フランス、ドイツ合作の映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」です。
今回はその試写会に参加しましたので、この映画のもつ魅力や関連する情報などを紹介したいと思います。

「ヒトラーvs.ピカソ」は、イタリア映画界の名優トニ・セルヴィッロの渋いナレーションの進行で物語が進んでいくドキュメンタリー映画。

ナチスに美術品を略奪された画商やユダヤ人一族の遺族たち、その略奪された美術品を追跡する弁護士、歴史学者たちの証言、さらにはナチスの党大会やヒトラーの演説、長い間ナチ・ナンバー2の座にあったゲーリング、SS(ナチス親衛隊)隊長ヒムラー、宣伝相ゲッベルス、建築家でのちに専門外の軍需相に就任したシュペアーといったナチ・エリートたちの映像によってナチスによる美術品略奪の実態が浮き彫りにされていきます。

美術品を略奪するナチスの特殊部隊「全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の活動や、略奪された美術品を取り戻すために組織された連合軍側の特殊部隊「モニュメンツ・メン」の活躍も紹介されます。
(「モニュメンツ・メン」は、2013年のアメリカ映画「ミケランジェロ・プロジェクト(原題はずばり"The Monuments Men")」をご覧になられてご存知の方もいらっしゃるのでは。)

映画の中にはよく知られた名画や教会の祭壇画も出てきます。

ヒトラーがフェルメールを好んでいたのは知られていますが、こちらはフランス占領後にフランスのロスチャイルド家から奪った「天文学者」。
戦後、ロスチャイルド家に返還され、現在ではルーブル美術館が所蔵しています。


そして、フェルメール自身が生涯手離さなかったという「絵画芸術」。
こちらはオーストリア併合後の1940年にオーストリアのツェルニン伯爵家からヒトラーが強制的に購入したもので、現在ではウィーン美術史美術館に所蔵されています。

(上2枚の画像は、昨年そごう美術館で開催された「フェルメール 光の王国展2018」で展示されたリ・クリエイト作品です。)

そして、最後にようやくピカソとヒトラーの対決が実現します。それは直接対決でなく、ピカソとヒトラーの手先であるゲシュタポ将校とのやりとりを通じてですが。
(ゲシュタポは、ドイツ語のGeheime Staatspolizei(国家秘密警察)の略称で、ゲーリングが創設し、のちにSS(ヒトラー親衛隊)の一組織となり、反ナチス運動、ユダヤ人弾圧などを行った組織。トップはヒムラー。)

ピカソのアトリエを訪れたゲシュタポの将校が、机の上に置かれた「ゲルニカ」の絵はがきを見て「これはあなたの作品か。」ときいたのに対して、独裁者に対する怒りに満ちた芸術家の良心から発した言葉が、私たちの心に強く響いて映画はエンディングを迎えます。

「ヒトラーvs.ピカソ」は、「ミケランジェロ・プロジェクト」のように派手なアクション・シーンは出てきません。
ホロコーストの犠牲者の名前が刻まれた記念碑の映像が、ナチスの残虐行為の悲惨さを暗示しますが、ホロコーストの悲惨な現場のシーンも出てきません。

それでも、アートのもつ魔力、名画がたどった数奇な運命、などなどアートファンにとって、とても興味を惹かれる魅力的な映画であることは間違いありません。

アートファン必見の映画です!

さて、ここまで映画「ヒトラーvs.ピカソ」の紹介をしてきましたが、当時の歴史的な背景を知らなければ映画の良さもわからないのでは、と思われる方もいらっしゃるのでは。
もちろん知っているに越したことはありませんが、ほんの少しの予備知識があればこの映画のもつ魅力を感じることができるので、少しだけ紹介したいと思います。

背景その1
ナチスが略奪した美術品は約60万点、そのうち約10万点は現在でも所在不明

ナチス時代に略奪した美術品は約60万点というからものすごい数です。
そして、そのうち約10万点は現在でも所在不明ですが、これもまたものすごい数です。
どのくらいすごいのかというと、東京国立博物館の所蔵品数が約11.7万件以上(同館ホームページより)なので、すでに滅失してしまったものもあるかもしれませんが、もしすべて発見されたら大きな国立博物館がひとつ建ってしまうくらいの数なのです。

さらに時代的な背景を知っていると、映画の展開を理解するのに役立ちます。
「ヒトラーvs.ピカソ」に関連する項目に絞って、ナチスの時代にヨーロッパではどのような出来事があったか、リストアップしてみました。

背景その2
ヒトラー率いるナチス・ドイツが全ヨーロッパを席捲

ヒトラー率いるナチスがドイツを支配していたのは、1933年1月のヒトラー政権誕生から、ドイツが降伏する1945年5月までの約12年間。
その間、周辺諸国を併合し、さらには第二次世界大戦を引き起こし、ついにはドイツ全土を破滅に陥れました。
映画「ヒトラーvs.ピカソ」に関連する主な出来事は次のとおりです。

1933年1月30日 ヒトラー内閣成立(ナチス政権の始まり)
1937年4月26日 スペイン内乱でフランコ将軍を支援するドイツ空軍がスペイン北部の町
       ゲルニカを無差別爆撃
1938年3月13日 オーストリア併合
1939年3月15日 ドイツ軍、プラハ占領(チェコスロバキア解体)
1939年9月1日 ポーランド侵攻(その後英仏がドイツに宣戦布告し第二次世界大戦勃発)
1940年4月9日 ノルウェー、デンマーク侵攻
1940年5月10日 オランダ、ベルギー侵攻
1940年6月22日 パリ占領
1941年6月22日 ソ連に侵攻
1943年1月末 スターリングラードでドイツ軍敗北
1943年7月~8月 クルクスの戦いでドイツ軍がソ連軍に敗れ、以後、東部戦線後退
1943年9月3日 イタリアが連合国に降伏
1944年6月6日 連合国軍がノルマンディー上陸
1944年8月25日 パリ解放
1945年4月30日 ヒトラー自殺 
1945年5月7日 ドイツが連合国に降伏

続いて、ナチス時代の美術品略奪についてもっと知りたいという方のために、おススメの書籍や雑誌を紹介します。

ナチスによる美術品略奪関連資料

篠田航一著『ナチスの財宝』講談社現代新書 2015年
ナチスによる美術品略奪から、戦後の各国による争奪戦までカバー。まるでサスペンス小説のようなスリルが感じらる、とても読みやすい新書です。


「芸術新潮」1992年9月号


「芸術新潮」1996年9月号

いずれも古いバックナンバーですが、私は地元の図書館で借りて読みました。

最後に、ヒトラーが登場する映画を二本紹介しましょう。

ひとつは2004年の作品「ヒトラー、最期の12日間」。
(原題はドイツ語で Der Untergang、没落、日没といった意味)


この映画でヒトラー役を演じたのは、今年2月15日に77歳で亡くなられたスイスの俳優 ブルーノ・ガンツさん。独裁者ヒトラーの熱演ぶりが印象的でした。
ご冥福をお祈りいたします。

次に紹介する映画は、ヒトラーが現代によみがえり、テレビに出演して世相を斬るというコメディ映画「帰ってきたヒトラー」(原作は2012年、映画化は2015年)。


原題は、"Er  ist wieder da"。直訳すると「彼が戻ってきた」。ドイツではこの髪型とちょび髭だけで、「彼」が誰を指すのかわかるのです。


この映画は1945年に自殺したヒトラーが2011年によみがえったという設定。

この当時はまだドイツでもコメディとして受け入れられる余裕がありました。
しかし、2015年秋に内戦が続くシリアなどから押し寄せた100万人もの難民を受け入れてから情勢が変わりました。
ドイツではユダヤ人迫害の過去の反省から、政治的に迫害された難民を積極的に受け入れてきましたが、この時は政治的難民だけでなく、ドイツで豊かになりたいという経済的な理由による難民も、十分な審査もなく受け入れてしまったとの疑惑がもたれています。

それ以来、反移民・反難民を唱えるAfD(ドイツのための選択)という政党が台頭し、AfDの政治家の中にはナチスを擁護するような発言まで出てきています。そして、外国人排斥の動きはドイツだけでなく、いまやヨーロッパ全土に広がっているような状況です。

「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」の試写会に参加して、「非寛容」が広まる危うい今の時代だからこそ、アートファンははもちろん、多くに人に見ていただきたい、と思いました。

東京・有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町ほかで4月19日(金)からロードショー。
シアター情報は公式サイトでご確認ください
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映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」公式サイト