2020年1月22日水曜日

山種美術館「上村松園と美人画の世界」展

東京広尾の山種美術館では広尾開館10周年記念特別展「上村松園と美人画の世界」展が開催されています。


今回の展覧会の一番の見どころは、何といっても山種美術館が所蔵する上村松園の作品18点が3年ぶりに一挙公開されること。
そして、鏑木清方はじめ近代、現代の画家たちの美人画や女性を描いた作品が全部で約60点展示されていて、それぞれの画家たちの特徴ある女性像の数々を楽しむことができるのも大きな魅力です。

【展覧会概要】
会 期  1月3日(金)~3月1日(日) *会期中、一部展示替えあり
開館時間 午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日(ただし、1/13(月)、2/24(月)は開館、1/14(火)、2/25(火)は休館)
入館料  一般 1200円ほか
展覧会の詳細は公式サイトでご確認ください→山種美術館
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※紹介した作品は☆印の作品以外は、すべて山種美術館所蔵です。

内覧会では、明治学院大学教授、山種美術館学芸部顧問の山下裕二さんのスライドトーク、山種美術館特別研究員の三戸信恵さんのギャラリートークをおうかがいしましたので、上村松園の作品を中心に、お二人のお話を交えながら展覧会の様子を紹介していきたいと思います。

展覧会は3章構成になっています。それでは、まず第1章から。

第1章 上村松園-珠玉の美-

展示室に入ってすぐにお出迎えしてくれるのは、雪の重みに耐えながら、着物の裾をめくり、雪でぬかるんだ道をひたむきに前に進む二人の女性が描かれた《牡丹雪》。
昭和19年に開催された芸術院会員陸軍献納画展に出品された作品です。
戦局が悪化する中、日本の先行きを案じたかのように耐え忍ぶ女性たちの姿を見ると、ぐっと胸に迫るものがあります。

ちなみに画面の上半分に描かれた雪は、日本絵具の中でも特に剥落しやすい「胡粉」。
「展示するときに神経を使ったのでは。」と山下さん。

上村松園《牡丹雪》(1944(昭和19)年)

上村松園の魅力その1 女性を際立たせるため背景は控えめ

「上村松園は、生涯にわたって女性の中に「真、善、美」を求め、理想の女性美を描き続ました。」と三戸さん。
「この《牡丹雪》に見られるように、松園は女性を際立たせるため、背景を描かないことが多く、白い牡丹雪の質感も控えめ。それでも緊張感が緩まず、画面全体が引き締まっているのは松園の技量の見事さなのです。」


花を描いたとしても、白系の目立たない色の花。
《桜可里》で後ろの女性が手に持つのは透き通るような白い桜です。

上村松園《桜可里》(1926-29(昭和元-4)年頃)

上村松園の魅力その2 細やかに気を配った小道具にも注目

女性だけでなく、描かれた小道具にも注目です。
同じ御簾を描いても、色合いの違いがわかりますでしょうか。

上村松園《新蛍》(1929(昭和4)年)
上村松園《夕べ》(1935(昭和10)年)
《新蛍》では、夜に出てくる蛍を際立たせるため御簾は緑系の暗めのトーン。そして《夕べ》では、夕陽に映えるオレンジ系の明るい色で御簾が描かれています。
《夕べ》の黄色と白のうちわは、夕方に出てきた月。そして、右下には秋草。
こういったさりげなく時刻の変化や季節感を表現するところが松園の持ち味なのです。

《新蛍》は、ホテルオークラの創始者、大倉喜七郎男爵の支援で、横山大観、速水御舟、川合玉堂、竹内栖鳳をはじめとした当時の日本画を代表する画家たちの作品177点が展示されたローマ日本美術展に出品された作品。松園は大観らの訪欧団には参加しませんでしたが、この気品ある美女はきっとローマの人たちを魅了したことでしょう。

上村松園の魅力その3 人物も細部までこだわりがある

《春のよそをひ》では、首の後ろあたりの少しへこんでいる襟に注目です。
この襟や女性が簪(かんざし)に手を添えるポーズは、喜多川歌麿などの浮世絵の影響がうかがえます。

上村松園《春のよそをひ》(1936(昭和11)年頃)
松園は表装にもこだわりました。
《詠哥》では、女性の髪型が後頭部から襟足にかけて丸みを帯びた「葵髱(あおいづと)」と呼ばれる公家の女性に結われた髪形。
絵の周囲の表装(「中廻し」)は、葵の紋がデザインされたものを使っています。

上村松園《詠哥》(1942(昭和17)年)
上村松園が女性として初めて文化勲章を受章した1948(昭和23)年に描かれた《庭の雪》。
亡くなる前年の作品です。
髪の毛の生え際の表現など、細やかな表現にさらに磨きがかかっています。
冒頭紹介した戦時中の作品《牡丹雪》の女性と比べると、同じく雪降る中を歩いているのですが、《庭の雪》の女性は、ホッとした表情をしているように見えるのは、やはり平和が訪れたからなのでしょうか。

上村松園《庭の雪》(1948(昭和23)年)

第2章 美人画の精華

第2章には上村松園の大正期の作品《蛍》《夕照》が展示されています。

《蛍》は大正2年の作品。
寝る前に蚊帳を吊っている女性が、飛んできた蛍に気が付いて目を止める場面。
浮世絵でもよく見かける女性のポーズですが、女性の穏やかな表情やアールヌーボー風の百合模様の浴衣が大正デモクラシー期の明るい世相を反映しているようです。

上村松園《蛍》(1913(大正2)年)
第2章の展示風景です。
上村松園と、それぞれ時代の異なる美人画の名手たちの競演をお楽しみください。
右から、渡辺省亭《御殿山観花図》(19世紀(明治時代))☆、
上村松園《夕照》(1912-26年頃(大正時代))、小林古径《河風》(1915(大正4)年)、
小早川清《美人詠歌図》(20世紀(昭和時代))、伊藤小坡《虫売り》(1932(昭和7)年頃)

第3章 物語と歴史を彩った女性たち

第3章に展示されている上村松園の作品は、謡曲「砧」に取材した《砧》。
国元を離れた夫の帰りを待ち、毎晩砧を踏む女性の物語です。
上村松園《砧》(1938(昭和13)年)

「女性の顔は能面のように無表情に見えても、遠くにいる夫を思う毅然とした内面が表現されています。」と山下さん。

この作品が描かれた昭和13年は、前年に始まった日中戦争の戦線が拡大していた時。
この女性が見ている先はどこなのでしょうか。

松園作品、再発見!

今まで見たことがある上村松園の作品でも、あらためて間近に見てみると新たな発見がありました。

まず最初の印象は、「こんなに鮮やかな色だったのか。」と驚くくらい、女性の着物の色彩が鮮やなこと。
ギャラリートークの冒頭に三戸さんがお話しされていました。
「山種美術館の特徴は、作品を間近に見ることができる薄手のアクリルケースです。」
鼻やおでこをアクリルケースにくっつけないように気を付けて、できるだけ近くで細部まで作品をご覧になってください。

そしてもう一つは、女性の表情が時代背景を色濃く反映していること。
山種美術館が所蔵する18点の作品は、大正時代から戦後まで幅広い期間に制作されたもの。時代による女性の表情の変遷がよくわかりました。

第3章には、ほかにも「最後のやまと絵師」と言われた松岡映丘はじめ、古典に取材した女性たちの作品が展示されています。

左から、小堀鞆音《伊勢観龍門滝図》(20世紀(大正-昭和時代))、
松岡映丘《斎宮の女御》(1929-32(昭和4-7)年頃)、
森村宜永《夕顔》(1965-88(昭和40-63)年頃)、
守屋多々志《葛の葉》(1983(昭和58)年)

第2会場

そして、山下裕二さんこだわりの展示が第2会場。
インド・アジャンタ石窟の菩薩像を思わせるこの女性は、様々な女性の要素を取り入れて精神的な美しさを表現したもので、広い展示スペースなので、ほかの作品と並べて展示しようとしたのですが、この1点でないとおさまりがつかなかったとのこと。
「場を制するとはまさにこのこと。村上華岳渾身の作品です。」と山下さん。
村上華岳《裸婦図》(重要文化財)
(1920(大正9)年)
オリジナル和菓子も展覧会グッズも充実してます!

山種美術館恒例の「Cafe椿」オリジナル和菓子は、今回も充実しています。
いつもながら見た目も凝っています。もちろんどれも美味。
下の写真中央が「花の色」(《春のよをひ》)、右上から時計回りに「春のかぜ」(《春風》)、「誰が袖」(《春芳》)、「雪輪」(《庭の雪》)、「雪の日」(《牡丹雪》)。
(カッコ内はイメージした作品で、いずれも上村松園作、山種美術館蔵です。)


関連グッズも充実。


今回の新製品は、ピンバッジ「庭の雪」(700円+税)。



美人画を見て、美人画にちなんだ和菓子を味わって、美人画がデザインされたグッズを買って、何倍にも楽しめる展覧会。
新春おススメの展覧会です。