宋のやきものというと足利将軍家の好みだった青磁がすぐに思い浮かんできますが、今回のメインテーマは「磁州窯」という聞きなれない窯元。
副題には「鉅鹿(きょろく)発見百年」、そしてセンセーショナルなキャッチコピー「白黒つけるぜ!」。
磁州窯とは、鉅鹿とは、そして何を白黒つけるのか、チラシを見ただけでは謎が深まるばかり。
はたしてどんな焼き物が展示されているのか。
期待に胸をふくらませながら美術館に向かいました。
【展覧会概要】
会 期 1月18日(土)~3月15日(日)
休館日 毎週月曜日(ただし2月24日は開館)、2月25日(火)
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料 一般 1,000円ほか
講演会や河野館長のおしゃべりトーク、陶芸ワークショップ、クラシックライブ、列品解説も開催されます。詳細は公式サイトでご確認ください→静嘉堂文庫美術館
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。(ラウンジの3点のみは撮影可です。)
内覧会では、創業105年、東洋の古美術の老舗(株)繭山龍泉堂代表取締役の川島公之さん、今回の展覧会を担当された静嘉堂文庫美術館学芸員の山田正樹さん、そしてナビゲーターにアートブログ「青い日記帳」主宰のTakさんという豪華メンバーのトークショー、そして展示室内では山田さんのギャラリートークをおうかがいしました。
展示は三章構成になっています。
Ⅰ.磁州窯の起源 白化粧の陶磁器
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界
Ⅲ.宋磁の美
それではさっそくトークショーの様子からご案内していくことにしましょう。
磁州窯とは?
Takさん はじめに磁州窯についてご説明いただけますでしょうか。
山田さん 磁州窯は中国河北省南部の民間の窯「民窯」で、10世紀以降、現代まで日用に
使われる器を生産していました。
静嘉堂文庫美術館では磁州窯の展覧会は今回が初めてで、10~15世紀にかけて約500
年にわたる期間の磁州窯やその周辺の磁州窯系の器が展示されています。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界 |
鉅鹿(きょろく)とは?
Takさん チラシには「鉅鹿発見百年」とありますが、鉅鹿とは。
川島さん 鉅鹿は河北省の小さな都市で、北宋時代の終わりに川の氾濫によって水没して
しまいました。20世紀の初めになって、その地域が干ばつのため井戸を掘っていたと
ころ、土に埋もれていた都市が発見されました。それが鉅鹿だったのです。
Takさん 磁州窯の器はいい状態で発掘されたのでしょうね。
川島さん 表面に泥の汚れが残っていましたが、それが白地の上のマーブル模様のように
見えて、かえってこれが観賞用にプラスになったのです。
Takさん 今回の展覧会でもそういった作品は見られますか。
山田さん 白無地碗(作品番号№6)、白地線彫魚子地褐泥象嵌牡丹唐草文枕(同№10)など
です。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界 |
枕にもバリエーションがある!
Takさん 白地線彫魚子地褐泥象嵌牡丹唐草文枕(作品№10)は実際に枕として使われていた
のでしょうか。
山田さん 陶製の枕は亡くなった人のためのものだと考えられていましたが、鉅鹿が発掘されたとき、食卓に食べ物が残っていて、その食事をしていた場所のすぐそばの部屋に
枕が出土されたのです。宋時代には生きている人が陶製の枕を使っていたことがわかっ
たので、発掘当時の人たちにとっては大きな驚きでした。
Takさん 発掘でわかった事実ですね。
今回の展覧会では枕が多く展示されています。チラシにある桃の形をした枕は大きい
ですよね。
川島さん サイズも模様もいろいろあります。枕のバリエーションを楽しんでいいただき
たいです。
Takさん こういった枕はマーケットに出ているのでしょうか。
川島さん マーケットには数多く出ています。
Takさん 一般の人でも買えるものはありますか。
川島さん 買えるものもありますが、桃の形をした大きな枕は買えないですね(笑)。
Takさん 磁州窯は日本でも人気があったのですか。
川島さん 鉅鹿が発見された100年前は日本では大正期。茶道具とは別に観賞用として新
進の収集家たちが収集しました。
さて、ここまでで「磁州窯とは」、「鉅鹿とは」というところまではわかったのですが、「白黒つけるぜ!」とはどういうことなのでしょうか。どうやらそれは磁州窯の絵柄のつけ方にヒントがあるようです。
白黒つけるぜ!
山田さん 磁州窯の特徴は「掻落し(かきおとし)」という独特の技法にあります。
Takさん 「掻落し」とはどういう技法なのでしょうか。
山田さん 磁州周辺の土は焼くとグレーっぽくなるので、重要なものは表面に白い土をコ
ーティングして、焼く前にコーティングした白い土を掻いて文様を彫る技法です。白地
に黒い釉薬をコーティングして、黒を掻き落とすものもあります。
川島さん 土や釉薬が乾ききらないうちに、短時間で細かい文様を掻かなくてはならない
ので、相当の技量のある職人の技だったのでしょう。
これでわかりました。
グレー地に白い土、白地に黒い釉薬をコーティングして、短時間のうちに正確に複雑な文様を掻かなくてはならなかった職人さんたちが、作業に取り掛かる前に「よっしゃ!」と気合を入れる言葉だったのです。 ← 私の勝手な想像です。
今回の展覧会の見どころは?
Takさん 最後に今回の展覧会の見どころをご紹介ください。
山田さん 今回の展覧会では、宋時代の陶磁器の名品を展示しています。
Takさん 国宝の曜変天目が脇役になっていますね(笑)。青磁の色もとてもきれいです。
山田さん 磁州窯は庶民のための焼き物。それ以外の焼き物との違いを楽しんでいただき
たいです。
川島さん 磁州窯は、民衆の焼き物。線が生きていて、おおらかさが前面に出ています。
こういった民衆のエネルギー、ダイナミズムを感じ取っていただきたいです。
ギャラリートーク
続いて、山田さんのギャラリートークに移ります。
展示室入口でお迎えしてくれるのは、いきなり「白黒つけるぜ!」の二品。
どちらもチラシの表面を飾っている作品です。
展示室入口 |
左がトークショーでも話題になった桃の形をした枕「白地黒掻落牡丹文如意頭形枕」。
近くで見るとわかるのですが、台座の手前の部分には釉薬が塗られてなくて、白い地肌が見えています。
「寝るときは横にして、普段は立てて観賞していたのでは。」と山田さん。
「如意とは仏具の一つで、その先端部分に形が似ているので如意頭といいます。如意とは何事も思いのままという意味。牡丹は富貴のシンボルなので、お金持ちになるのも思いのままという願いが込められているのでしょう。」
くぼみの中に頭がすっぽり入りますが、そのままだと固いし、冬は冷たそう。枕カバーみたいなものを掛けたのでしょうか。
右は「黒釉線彫蓮唐草文瓶」。
「蓮は子孫繁栄や幸せな結婚生活を、唐草模様は永続性を表します。中国ではおめでたい模様が描かれるのです。」と山田さん。
続いて「Ⅰ.磁州窯の起源 白化粧の陶磁器」
Ⅰ.磁州窯の起源 白化粧の陶磁器 |
唐時代の前半には貴族の副葬品として唐三彩が作られましたが、安史の乱(755-763)を境に貴族文化が崩壊したあとは、一般庶民向けの実用的な白磁や白化粧の陶磁器が日用品として使われるようになりました。このコーナーでは唐~五代時代(7~10世紀)にかけての陶磁器の移り変わりを見ることができます。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界
「窯の燃料には何が使われたと思いますか。」と山田さん。
森に行って木を切ってきて薪にして火にくべたのでは、と思いましたが違いました。
正解は石炭。
「磁州窯には、原料となる陶土、燃料となるコークス、きれいな水の三つの
条件が整っていました。」
10~15世紀は王朝が目まぐるしく変わる激動期でした。
短命の王朝が続いた五代(907-960)から中国を再統一した宋(北宋(960-1127))、宋と対立した北方民族の遼(916-1125)、同じく北方民族で遼と北宋を滅ぼした金(1115-1234)、金を滅ぼしたモンゴル帝国(1206-1368 1271 元と改称)、元を滅ぼした明(1368-1644)。
このような過酷な状況の中でもしぶとく残ったのが、三つの条件が整っていた磁州窯。
こちらのコーナーではまさに五代から明までの磁州窯や磁州窯系の陶器が展示されていて、時代による流行の違いなども見ることができます。
縁起物の図柄の描かれた枕が並んでいます。
この枕の上に頭を置いて寝たらいい夢が見られたかもしれません。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界 |
中には色がついた磁州窯系のバリエーションもあります。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界 |
上の写真左奥の大きな壺は近くで見ると、肩の部分の釉薬が削られているのがわかります。
Ⅱ.磁州窯系陶器の世界 |
「民間の窯では生産効率の向上が求められました。できるだけ多くの器を生産するために、肩の部分に円筒形の窯道具をかぶせて重ねて焼いたのです。」と山田さん。
一番奥のコーナーには、出土品でなく、伝来ものの器が並んでいます。
真ん中の「白地鉄絵紅緑採人物文壺」のこちら側に描かれている人物図は、木の幹に座る「張騫(ちょうけん)乗槎図」。
「これは張騫がいかだ(=槎)に乗って天の川を渡り、織姫と彦星に会ったという伝説に基づいて描かれています。」と山田さん。
張騫(?~前114)は、前漢武帝の時、匈奴挟撃のため西域の大月氏に派遣されたのですが、行きも帰りも匈奴に捕らえられて長年捕虜になりながらも帰国したという初志貫徹の人。これだけ意思の強い人なのでこのような伝説が残っているのでしょう。
Ⅲ.宗磁の美
こちらは日本でもよく知られた景徳鎮窯、龍泉窯の青磁、そして国宝の曜変天目が生まれた建窯ほかで作られた器が展示されています。
「Ⅱ.磁州窯系陶器の世界」が一般庶民の器なら、こちらは教養ある文人士大夫のための器。
どちらがお好みでしょうか?
ぜひ見比べていいただきたいです。
Ⅲ.宗磁の美 |
国宝「曜変天目」もさりげなく展示されていますが、やはり器の中の小宇宙、無限の輝きを放つプラネタリウムもぜひじっくりご覧になっていただきたいです。
Ⅲ.宗磁の美 |
ラウンジ展示の3点は撮影OK!
展示室内は撮影禁止ですが、うれしいことにラウンジ展示の3点は撮影OK!
武蔵野の面影の残る岡本の森を背景にぜひ記念に一枚いかがでしょうか。
ラウンジ |
激動の時代をくぐりぬけてきた磁州窯系の陶器、そして宋磁の美の世界。
ぜひご覧になっていただきたい展覧会です。
ぜひご覧になっていただきたい展覧会です。