2020年8月20日木曜日

静嘉堂文庫美術館「美の競演-静嘉堂の名宝-」

いつも豊富な所蔵美術品の中から選りすぐりの展示で私たちを楽しませてくれる静嘉堂文庫美術館の今回の展覧会は「美の競演-静嘉堂の名宝-」


新型コロナウィルスがなければ今頃は東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されて、日本じゅう、世界じゅうが盛り上がっているところでした。
この世界最大のスポーツの祭典が開催される時期に合わせて、静嘉堂が所蔵する茶道具、陶磁器、山水画、花鳥画、仏画、仏像、刀剣、浮世絵などなど、様々なジャンルの美術品が一堂に会して競演するという趣旨で企画された「美の競演-静嘉堂の名宝-」
東京2020オリンピック・パラリンピックは来年に延期されましたが、こちらは幸いにも開催されて、暑い夏のなか、まさに静嘉堂の名宝たちの熱い競演が繰り広げられています。

現在開催されているのは後期展示。展覧会の概要はこちらです。
【展覧会概要】
会 場 静嘉堂文庫美術館(東京都世田谷区岡本)
会 期 6月27日(土)~9月22日(火・祝)
休館日 毎週月曜日(ただし9月21日は開館)
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料 一般 1000円ほか
展覧会の詳細及び新型コロナウィルス感染拡大防止対策については同館公式サイトでご確認ください⇒静嘉堂文庫美術館

そして関連イベントも開催されます。

河野元昭館長のおしゃべりトーク
9月19日(土)午前11時~午後12時30分頃
「競演・対決・ハーモニー 日本東洋絵画の美」饒舌館長口演す
地階講堂にて、各回とも定員50名。※当日開館時より整理券配布

そして今回は幅広いジャンルの美術品を展示するということで、今回初めての企画として、静嘉堂文庫美術館の学芸員さんたちの競演によるテーマ別スライドトークが開催されます。

学芸員によるテーマ別、スライドトーク
 午後2時から(各回約40分) 地階講堂にて 定員50名
①7月26日(日)「静嘉堂の作品にみる、東アジアの絵画交流」(吉田恵理さん)
②8月16日(日)「岩﨑家深川別邸を飾ったやきもの」(長谷川祥子さん)
③8月20日(木)「岩﨑家と近代絵画」(浦木賢治さん)
④9月12日(土)「静嘉堂茶道具の漆芸-天目台と茶入盆」(小池富雄さん)
⑤9月17日(木)「静嘉堂の刀剣コレクション」(山田正樹さん)

列品解説 9月3日(木)午前11時から 地階講堂にてスライド解説 定員50名

私は前期に開催された①と、先日開催された②に参加しました。

「東アジア山水画の競演!」は前期に終了しましたが、①のスライドトークでは、楼閣山水の名手として知られた中国・元時代の孫君沢ほかの中国・朝鮮の画家たちの解説をおうかができたので、孫君沢「楼閣山水図」(重要文化財 修理後初公開)はじめ、東アジアの山水画が一段と味わい深いものに見えました。
(②のスライドトークについては、のちほど紹介します。)

「美の競演-静嘉堂の名宝-」の展示の概要を知るには、見開き両面で6ページの案内パンフレット(税込100円)がおススメ。展示作品の写真も多く、見どころもわかりやすく解説されています。ミュージアムショップで販売しています。



それではさっそく展示室内の様子をご紹介していきましょう。

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、美術館から特別の許可をいただいて撮影したものです。


国宝・曜変天目が展示されている!

今回の展覧会では、碗の中の小宇宙が光輝く国宝《曜変天目》が特別出品されています。

手前 国宝・曜変天目「稲葉天目」南宋時代(12-13世紀)

完全な形で残っているのは世界に三碗しかなく、その三碗とも日本にあっていずれも国宝という曜変天目
昨年の春、ほぼ同時期にその三碗が静嘉堂文庫美術館、奈良国立博物館(藤田美術館所蔵のもの)、MIHO MUSEUM(京都・大徳寺龍光院所蔵のもの)で公開されたので、三碗制覇された方もいらっしゃるのでは。

この曜変天目、実はこの時期には東京・丸の内にある三菱一号館美術館「三菱創業150年 三菱の至宝展」で展示されているはずでした。ところがこの「三菱創業150年 三菱の至宝展」が来年に延期されたため、静嘉堂文庫美術館で展示されることになったのです。

三菱一号館美術館では、開催されていた「画家が見たこども展」がコロナ禍で2月に中止になりましたが、その後6月に再開、9月22日(火・祝)まで会期を延長して開催されています。こちらもおススメです。
展覧会の様子はこちらで紹介しています。
祝・再開 三菱一号館美術館 画家が見たこども展


茶道具の名品の競演!

展示室に入ってすぐは、落ち着いた雰囲気の茶道具のコーナー。
右の展示ケースには、前期は天目茶碗が展示されていましたが、後期は唐物と和物の茶入れが2組展示されています。一組は瓢箪の形をした瓢箪茶入れ、もう一組が茶入れの肩が角ばっている肩衝茶入れ。唐物と和物それぞれの形や大きさの違いが楽しめます。

「茶道具名品の競演!」展示風景

こちらは重要文化財《油滴天目》(南宋時代 12-13世紀)。
先ほどご紹介した国宝《曜変天目》が展示されることになったので、期せずして天目茶碗の競演が実現しました。
左は朱漆を厚く塗り重ねて牡丹・芍薬・菊などの花々が唐草状に彫られた明時代(15世紀初期)の《堆朱花卉文天目台》。こちらも花の紋様が見事です
右 重要文化財《油滴天目》南宋時代(12-13世紀)
左 《堆朱花卉文天目台》明時代(15世紀初期)

信仰の造形・祈りの競演!

続いて仏画、仏像のコーナー。
先ほどの茶道具のコーナーと対照的に色彩豊かな春日曼荼羅図や普賢菩薩像・文殊菩薩像が並んでいます。
「信仰の造形・祈りの競演!」展示風景

中でも特に目を引かれるのは、赤や朱色が印象的な大画面の《文殊菩薩像》《普賢菩薩像》
修理後初公開で、鮮やかな色遣いや細かな衣服の紋様がきれいによみがえりました。
もとは《釈迦如来像》と三幅で京都・東福寺が所蔵していたもので、伊藤若冲が模写したことで知られています。
若冲は、この模写を原画として《釈迦三尊像》を描き、《動植綵絵》30幅とともに京都・相国寺に寄進しました(現在、《釈迦三尊像》は相国寺蔵、《動植綵絵》は三の丸尚蔵館蔵)。

左の二幅が《文殊菩薩像》(右)、《普賢菩薩像》(左)
いずれも元時代(14世紀)

さて、東福寺旧蔵の《釈迦如来像》はどこへ行ったのでしょうか。
なんと今では太平洋を渡り、アメリカ・クリーブランド美術館が所蔵しているのです。2014年に東京国立博物館で開催された「クリーブランド美術館展-名画でたどる日本の美」で来日したときに見に行ったはずなのですが、その時は静嘉堂文庫美術館の《文殊菩薩像》《普賢菩薩像》とは頭の中で結びつきませんでした。
一度でいいので、三対が揃って展示されているところを見てみたいです。

続いて明治維新後の廃仏毀釈の嵐の中を生きぬいた凛々しいお姿の仏像二軀。

右は、江戸時代までは大伽藍を誇っていたのですが、明治維新後にその大伽藍は跡形もなくなり、所蔵していた仏像、障壁画、仏画等も散逸した内山永久寺旧蔵の《木像広目天眷属像》(康円作 重要文化財)。
左は京都・浄瑠璃寺旧蔵《木像十二神将像》のうち「子神像」(全12軀、静嘉堂所蔵7軀のうち 重要文化財)。今年は子年なので「子神像」ですね。

全12軀のうち5軀は東京国立博物館が所蔵しているので、散逸しないで12軀すべてが都内に残っているのは貴重なことかもしれません。
2017年に東京国立博物館で開催された興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」で、12軀そろい踏みを見て以来のご対面です。
右 重要文化財 康円《木造広目天眷属像》鎌倉時代・文永4年(1267)
左 重要文化財 木造十二神将像のうち「子神像」
(全12軀、静嘉堂所蔵7軀のうち)鎌倉時代・安貞2年(1228)頃

旧襖絵・屏風の競演!

前期は室町時代の京都を舞台にした〈大和絵系〉土佐派と〈漢画系〉狩野派の競演でしたが、後期は舞台を江戸に移し、江戸狩野繁栄の基礎を築いた狩野探幽《波濤水禽図屏風》、江戸琳派の祖ともいわれる酒井抱一《波図屏風》の競演。
狩野探幽《波濤水禽図屏風》は金箔ではありませんが、銀箔の酒井抱一《波図屏風》と並べて見てみると、金と銀の競演のようにも見えます。
《波図屏風》に付属する自書の書状に「少々自慢心」と書いた抱一。
でもこの迫りくる波の前に立つと、本心は「少々」ではなかったようにも思えてきます。

右 重要美術品 狩野探幽《波濤水禽図屏風》江戸時代(17世紀)
左 酒井抱一《波図屏風》江戸時代・文化12年(1815)頃
そして、大きな二双の屏風の間に展示されている白鷺と雁の香炉にも注目です。
波の屏風と水禽の香炉はまさにピッタリのコンビネーション。白鷺や雁が屏風の波の上に浮かんだり、波の上を飛んでいるところを想像しても楽しいかもしれません。
右 野々村仁清《銹絵白鷺香炉》江戸時代(17世紀)
左 彩色備前雁香炉 江戸時代(17-18世紀)

同一モチーフの競演!

この展示ケースの中は、右三点が魚の競演。左三点が孔雀の競演。

「同一モチーフの競演!」展示風景

上の写真一番右は、重要文化財 渡辺崋山《遊魚図》
渡辺崋山(1793-1841)は、米国の商船モリソン号を砲撃して退去させた幕府に対して、対外情勢の疎さを批判する書を出したため捕えられ(蛮社の獄)、その後、国元の三河国田原藩に蟄居を命じられましたが、2年後に自刃しました。
正論を貫いたがゆえに悲劇的な最期を遂げた崋山の作品を見るたびに心を痛めるのですが、亡くなる前年の1840年に描かれたこの作品にも惹かれるものがあります。

一見すると魚たちが波に戯れるところを描いた《遊漁図》ですが、西洋の画法と同様、海外情勢を積極的に取り入れた崋山が《遊魚図》に描いた荒波は、その後、欧米列強に翻弄される江戸幕府に警鐘を鳴らしていたのではと読み取るもこともできるのです。

渡辺崋山《遊漁図》の左隣は渡辺崋山に師事し、蛮社の獄で逮捕された崋山の救援運動の中心となった椿椿山《嫩荷遊魚図》。「嫩荷」とは若くて柔らかな蓮のことで、体をくねらせて気持ちよさそうに泳ぐ魚は、自由に泳いでほしかった師・崋山へのオマージュでは、と勝手に想像してしまいます。

その左隣は朝鮮時代(19世紀)の《黒漆螺鈿桃花魚亀文盆》
満開の桃の花の下には多産を意味する魚、長寿を意味する亀、側面には「福」「寿」「貴」「易」といった文字が描かれ、螺鈿の輝きがまばゆい吉祥づくしのおめでたい作品です。
《黒漆螺鈿桃花魚亀文盆》朝鮮時代(19世紀)

刀剣・漆芸・絵画・浮世絵-美と技の競演&共演!

岩﨑家コレクションの中でも、最も早くから蒐集が始まったのが刀剣。
数ある静嘉堂の刀剣コレクションから、日本刀最上級の切れ味を誇る(←すごい!)二振の競演!

右 長船元重 《脇指 銘「備州長舩住元重/文和二二年十二月日」》 南北朝時代・文和4年(1355)
左 長曾祢虎徹 《刀 銘「長曾祢興里入道乕徹」》 江戸時代(17世紀)

刀剣の展示の時に刀剣とともに楽しみにしているのが、それぞれ趣向を凝らした彫刻が施されている鐔(つば)なのです。柄を補強するための縁頭(ふちがしら)も展示されています。

亀乗り寿老、飛瀑猛虎、象使い、大鯰退治、老樹に蝉、韃靼人狩猟。

タイトルを見るだけでも楽しくなってきます。
近くでよく見ると、虎のしぐさが可愛かったりして、小さなスペースに細かく丁寧に彫られているのがよくわかります。

右の二枚が鐔、左の四個が縁頭
まだまだ競演は続きます。こちらは蒔絵の箱の競演。

右 清水九兵衛《浪月蒔絵硯箱》江戸時代(17世紀)
左 柴田是真《柳流水蒔絵青海波塗重箱》江戸時代末~明治時代(19世紀)

右のケースは、清水九兵衛《浪月蒔絵硯箱》
蓋には螺鈿がふんだんに使われていて、角度を変えると違った輝きが見えてきます。
左のケースは、明治初期に漆芸の新境地を拓いた柴田是真の《柳流水蒔絵青海波塗重箱》。5段の重箱に蓋がかぶさっているのに、左にもなぜ蓋が?と思いましたが、これは替え蓋。重箱の段の高さも、模様も色合いも変えていて、三段重にもできる凝ったつくりです。変え蓋は三段重の時のものだったのです。

酒井抱一の「一人競演」もあります。
私淑した尾形光琳の作品だけでなく、狩野派、土佐派、円山四条派、中国絵画、さらには伊藤若冲の絵まで、さまざまな流派を取り入れた抱一らしい《絵手鑑》
どの絵も細かく丁寧に描かれていますが、一番手前の黒樂茶碗の胴体は太い筆でグイッと一気に描いていて、力強さが感じられます。

酒井抱一《絵手鑑》江戸時代(19世紀)
後期には浮世絵も登場。
美人画と役者絵の名手・三代歌川豊国(国貞)と、風景画の名手・歌川広重が競演した《双筆五十三次》。一枚の絵の中で歌川派のスーパースター二人の競演が楽しめます。
色合いも、新しく摺ったばかりではと思えるくらいきれいです。

三代歌川豊国(国貞)・歌川広重「双筆五十三次」のうち
「平塚」「大磯」「御油」「赤坂」
江戸時代・安政元年~2年(1854-55)

岩﨑家 深川別邸(清澄園)洋館の、古伊万里、清朝陶磁の競演!

ラウンジには、この日のスライドトークで長谷川さんからお話をおうかがいした「岩﨑家深川別邸を飾ったやきもの」が展示されています。
(ラウンジに展示されている作品は撮影OKです!)

ラウンジ展示風景

現在の都立清澄庭園内にあった岩﨑家の深川別邸の洋館を設計したのは、「日本近代建築の父」と称された英国人建築家ジョサイア・コンドル。
日比谷にあった鹿鳴館はじめ日本で多くの洋館を建築しただけでなく、日本画を画鬼・河鍋暁斎に学び「暁英」という号までもっていた日本文化通の人です。

そして、深川別邸の陳列室(ギャラリー)を飾ったのが、岩﨑家が明治22-23年(1889-90)頃、「御雇い外国人」として来日した英国軍人フランシス・ブリンクリーから一括購入した中国や日本の陶磁器コレクション。
その数は、大正十二年に制作された「清澄園蒐蔵陶磁器目録」によると、日本陶磁289件、中国陶磁172件の計461点もの数にのぼるとのこと。

ブリンクリーが蒐集したコレクションは、西洋人の眼で選ばれたものなので、日本陶磁では地方窯の個性ある作品が多く、中国陶磁では、茶道具に見られる「侘び寂び」の世界とは対照的に、当時の日本人には好まれなかった華美な清朝陶磁が大部分を占めていました。

カラフルな柄の有田窯の鉢と皿。
右 重要美術品 《色絵龍鳳文鉢 「元禄十二年 柹」銘》 江戸時代・元禄12年(1699)
左 《色絵花卉丸文菊形皿》 江戸時代(18世紀前半)
地方の美術館・博物館が地元の窯のやきものの展覧会を開催するときは、静嘉堂文庫美術館に照会があるそうです。それだけ地方窯の所蔵作品が充実しているということですね。

後期に展示されているのが、同径45㎝もある景徳鎮窯の大きな水甕《釉裏紅龍濤文缸》。


《釉裏紅龍濤文缸》清時代(17-18世紀) 
見た目にもズシリと重そうで、荒波の上を舞う派手な紅色の堂々とした龍。
それにこの大きな水甕は、清朝全盛期の基礎を築いた第四代皇帝・康熙帝の時代につくられたもの。さらに下の台は康熙帝、雍正帝に続き清朝の全盛期に君臨した乾隆帝の時代につくられたもの。
まさに清朝が権勢を誇った時期の二人の皇帝の競演なのです。

こちらも気品漂う清時代の作品。
《藍釉粉彩桃樹文瓶》清時代(18世紀)
展示を見終わって荷物をまとめていたら、若いカップルの会話が聞こえてきました。
「静嘉堂のいろいろな分野の美術品が見られて楽しかったね。」

まさにオールスターキャストの美の競演です。
静嘉堂のよりすぐりの名宝を、ぜひお楽しみください。


【次回開催の展覧会】
次回は、10月13日(火)から12月6日(日)まで開催される「能をめぐる美の世界」です。


そして、新型コロナウィルスの影響で中止になった「江戸のエナジー 風俗画と浮世絵」が12月19日(土)から2021年2月7日(日)まで開催されることになりました。

これからも楽しみです。