今年で7回目を迎えた「上野アーティストプロジェクト2023」のテーマはいきもの。
東京・上野公園の東京都美術館では「いのちをうつすー菌類、植物、動物、人間」が開催されています。
今回登場するのは、私たちの身の回りに生きるある特定の「いきもの」を「うつす」ことにこだわった6人のアーティストたち。そしてこだわった対象は、きのこ、植物、鳥、牛、馬、ゴリラとさまざま。
展示されている作品からはどれも作者の愛情が伝わってきて、自然と心が和んでくるとても心地よい雰囲気の展覧会です。
展覧会開催概要
会 期:2023年11月16日(木)~2024年1月8日(月・祝)
会 場:東京都美術館 ギャラリーA・C
休室日:2023年12月4日(月)、12月18日(月)、12月21日(木)~2024年1月3日(水)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:2023年12月1日(金)、12月8日(金)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
観覧料:一般500円、65歳以上300円、学生以下無料
※展覧会の詳細、展覧会関連イベント等については展覧会公式サイトをご覧ください⇒上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつす ー菌類、植物、動物、人間
※一部撮影不可のエリアがあります。撮影の注意事項等は会場内でご確認ください。
⇒東京展は終了しました。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
最初にご紹介するのは、本にきのこの挿絵を描いたのがきっかけできのこに興味を持ち、きのこにこだわって描き続けた小林路子さんの作品です。
今回は、今まで小林さんが描いた850点以上の作品の中から、未発表作品を含む36点が展示されいていて、ご覧のように、きのこの特徴や地面の苔や落ち葉まで細かく描かれた作品が並ぶ様はまさに「きのこ博物館」。
そして、小林さんご本人の軽妙な解説もそれぞれの特徴をとらえていて、とてもわかりやすかったです。
いくつか解説を抜粋して例を挙げると・・・
ヤナギマツタケ
「街路樹から出ることもある。一方、深山や高山ではまだ見ない。都会派なのだろうか。」
ドクツルタケ
「全身純白の致命的猛毒きのこ。味もよいというのが恐ろしい。」
そして上の写真の《アメリカウラベニイロガワリ》は、「色のインパクトが凄いイグチ。触った所が瞬時に濃青色に変わるのでよけいに毒々しい。出ていても採る人もない。だが、このきのこは食用になる。きのこは外見だけでは判らない。」
(イグチとはカサの裏側がひだ状でなく、多くの孔が集まった「管孔」という形状をしているのが特徴のきのこの一種)
きのこそのものも「いのち」ですが、日々の食卓にのぼり、私たちの「いのち」を育む食用きのこもあれば、私たちの「いのち」を奪うこともある猛毒きのこもあって、先人たちは外見だけでは毒があるか判らないきのこを、きっと大きな犠牲を払いながら見分けていたのだろうなどと考えながら、いつのまにか小林さんの「きのこワールド」に引き込まれていきました。
続いては、明治末から昭和にかけて活躍した西洋画家の辻永(つじひさし)さん(1884-1974)の植物のスケッチ。
戦前の帝展や戦後の日展の審査員などを務め、油彩画を制作するかたわら、少年時代から植物を愛好し、日々出会った植物を描くことを続けた辻さんは生涯2万点以上描いたとされ、今回の展覧会では、現在残されている4500点を所蔵する水戸市立博物館から97点が展示されています。
展示風景 |
作品は年代順に展示されていて、キャプションにはそれぞれの植物画に書き込まれた写生年月日や場所、辻氏がのちに編纂した『万花図鑑』などの作品解説の抜粋が掲載されているので、描かれた時代背景などを思い浮かべながら作品を楽しむことができます。
例えば、せいようにんじんぼく「1943年7月27日 中村研一君宅よりのものを写した。」、ふくりんじんちょうげ「1937年6月5日 岡田三郎助邸において写生したものである。」からは同時代の洋画家たちとの交流がうかがえ、のげし「1944年4月21日 戦争たけなわの折、省線目黒駅付近の土手にはえてるものを写した。」からは戦時中の緊張感が伝わってきました。(実際に翌年5月には空襲で渋谷の自宅が焼失しています。)
ほかにも東京都美術館のある上野公園で写生した植物もあるので、展覧会を見たあとに上野公園を散策してみてはいかがでしょうか。
展示風景 |
先ほどのきのこの作品のエリアにも展示されていましたが、辻永さんの油彩画の向かいに鳥の彫刻が見えてきました。
こちらは日本バードカービング協会の会長を務め、バードカービングによる鳥類保護に取り組んでいる内山春雄さん(1950-)の作品。
これらはFRPで型抜きしてアクリル絵の具で彩色したもので、作品として飾るだけでなく、同じ型を使って製作されたデコイ(模型)が鳥を繁殖地へと誘導する保護活動に使われるなど、鳥獣保護の活動に役立っているのです。
そして内山さんがもう一つ意欲的に取組んでいるのが、目の不自由な人たちに鳥の姿かたちを知ってもらうための「タッチカービング」の活動です。
展示風景 |
展示の最後のエリアでは、実際に作品に触って、触感でそれぞれの鳥の姿かたちを実感することができます。
それだけでなく、その場で貸出しているタッチペンを台座の左下の穴に差し込むとその鳥の鳴き声を聞くことができるので、ぜひお試しください。
ヤンバルクイナがかなりけたたましい声で鳴くことは初めて知りました。
写真家 今井壽惠さん(1931-2009)の馬との出逢いは衝撃的でした。
タクシー乗車中に交通事故に遭い一時的に視力を失い、視力が回復して最初に見た映画が「アラビアのロレンス」。そこでスクリーンに映し出される馬たちの生命力に魅せられたのが、その後馬を対象とするきっかけになったのです。
展示風景 |
今井さんの作品には、競走馬がレースで走る場面もありますが、自然の中の牧場で躍動する姿を撮った作品も多く、水しぶきを上げて疾走する馬の集団や、夕陽を背景にシルエットのように浮かぶ馬の作品など、幻想的な光景に思わず見入ってしまいました。
木版画家の冨田美穂さん(1979-)がモチーフとしているのは牛。
武蔵野美術大学在学中に北海道の酪農牧場でアルバイトをした時に、初めて牛に身近に接したことが衝撃として残り、それが、牛をモチーフにした木版画を制作するきっかけだったのです。
展示風景 |
冨田さんの作品には背景は描かれず、牛だけが描かれ、それも前から横からとさまざま。
中にはこちらをじっと見つめている牛もいて、思わず「私たちのために乳製品をありがとう。」と拝みたくなる作品もあります。
《701全身図》の牛は横目でちらりとこちらを見てますね。
冨田さんのすごいところは、北海道に移住し、酪農業に従事し、同時に木版画の制作を行うようになったこと。だからこそ、私たち人間の「いのち」ために生きる動物への愛情がひしひしと感じられるのです。
画家の阿部知暁さん(1957-)がこだわって描くのはゴリラ。
絵の制作に迷いがあった時期、自分が好きなものは何かと考えた時に頭に浮かんだのが、子どものころ、檻の中にいた小さなゴリラに笑われた経験。
それから日本各地や海外の動物園、さらにはアフリカでは野生で暮らすゴリラを訪ねてゴリラを描き続け、現在では「ゴリラ作家」と呼ばれるようになったのが阿部さんでした。
阿部さんの《座るブルブル》もカンヴァスに描いた油彩画なのですが、何となく日本画のテイスト、特に琳派のテイストが感じられるのは気のせいでしょうか。
阿部知暁《座るブルブル》1994年 作家蔵 |
ところが、実は気のせいではありませんでした。上野動物園のゴリラ・ブルブルの背景はなんと日本画の屏風などで見られる金箔を貼っているのです。
もちろん金箔の屏風は琳派以前からありますが、そこに体格のいいゴリラが描かれていると、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と続く《風神雷神図屏風》の系譜を連想してしまうのです。
ほかにもゴリラに長年接してきた阿部さんらしく、一頭一頭表情もしぐさも違う個性的なゴリラたちの姿が楽しめました。
コレクション展「動物園にて 東京都コレクションを中心に」同時開催中!
都立の博物館、美術館のコレクションを展示するコレクション展の今回のテーマは、「いのちをうつす」展との関連で、東京都美術館に隣接する日本最古の「動物園」上野動物園に焦点を当てる「動物園にて 東京都コレクションを中心に」。