東京虎ノ門の大倉集古館では、特別展「浮世絵の別嬪さんー歌麿、北斎が描いた春画とともにー」が開催されています。
大倉集古館外観 |
江戸時代に華開いた浮世絵をテーマにした展覧会は多くの美術館・博物館で開催されていますが、今回の特別展の見どころは、何といっても前期後期合わせて90点近くの作品のほとんどがこの世に1点しかない肉筆美人画という超豪華なレパートリーが楽しめること。さらに、浮世絵の誕生から江戸後期まで、主な浮世絵師たちの名作で美人画の歴史をたどることができるのも大きな魅力のひとつです。
展覧会開催概要
会 期 2024年4月9日(火)~6月9日(日)
前 期 4月9日(火)~5月6日(月・休)
後 期 5月8日(水)~6月9日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
*金曜日は19:00まで(入館は18:30まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌平日)
入館料 一般 1,500円 大学生・高校生 1,000円 中学生以下無料
展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/
*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用にお借りしたものです。
展示構成
第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀
第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画
第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画
第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画
第5章 めくるめく春画の名品
第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀
浮世絵は、室町~桃山時代の狩野派や土佐派の風俗画の影響を受けて起ったので、展示は日常の生活風俗を描く屏風から始まります。
(前期は《遊楽図屏風》、後期は《舞妓図屏風》(どちらも無款 個人蔵)が展示されます。)
続いては、浮世絵の歴史を語るうえで欠かせないこの方、「浮世絵の祖」といわれる岩佐又兵衛の作品が展示されているのもうれしいです。
岩佐又兵衛 重要美術品《伊勢物語図「梓弓」(樽屋屏風)》 江戸時代、17世紀前期 個人蔵 【前期展示】 (後期には岩佐又兵衛《連舞之図》江戸時代、17世紀中期 個人蔵 が展示されます。) |
「長頬豊頥(ちょうきょうほうい)」と言われ、頬や頥(=あご)が長く特徴的な人物を描いた岩佐又兵衛は、和漢の物語や故事などの題材を当世風にアレンジして独特の画風を確立して、次に出てくる菱川師宣以降の浮世絵の基礎を形成した絵師とされています。
岩佐又兵衛の父、戦国武将の荒木村重は織田信長に仕えていましたが、のちに信長に反旗を翻し、現在の伊丹市にあった有岡城に籠城。
その後、村重は一族や家臣たちを残し、大切にしていた茶道具を持って自らは脱出。有岡城は落城し一族や家臣たちは信長によって処刑されましたが、又兵衛はからくも救出され生き延びました。
歴史に「もし」は禁物ですが、もしこのとき又兵衛が処刑されていたら、浮世絵の歴史はどうなっていたのか。岩佐又兵衛の作品を見るたびにこのような思いが頭の中に浮かんできます。
さて、いよいよ浮世絵草創期を代表する絵師、菱川師宣の登場です。
菱川師宣《紅葉下立美人図》元禄元~7年(1688-94) 個人蔵 【通期展示】 |
代表作《見返り美人》(東京国立博物館蔵)に見られるような動きの中の一瞬をとらえた優雅なたたずまいが見事な作品です。
第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画
菱川師宣の次に登場するのは、懐月堂安度と宮川長春。
豪華な衣装、斜めを向いて体を「く」の字にそらしたポーズ、はっきりとした太い輪郭線が特徴の安度の作品は、浮世絵界に新風を吹き込みました。
安度率いる懐月堂工房は、のちに「懐月堂美人」と言われた肉筆美人画を量産しましたが、正徳4(1714)年に江戸城大奥で起こった絵島生島事件に連座して安度は伊豆大島に配流され工房は解体、安度はその後許されて江戸に戻ったようですが、晩年の活動が明らかにされていないのが残念です。
この時期を代表するもう一人の浮世絵師、肉筆画のみを描き、菱川師宣や懐月堂安度の影響を大きく受けた宮川派の祖・宮川長春の優雅な美人画が展示されているので、両者のそれぞれの特徴を比較することができます。
先ほどご紹介した安度だけでなく、長春の人生も安穏たるものではありませんでした。
寛延3(1750)年暮れ、日光東照宮の修復に参加した際の画料が不払いであったため、宮川派の画工らが画料を着服した稲荷橋狩野家を襲撃し、狩野春賀を殺害するという事件を起こしました。
長春はその後まもなく亡くなり、弟子の一笑は伊豆新島に配流、残された春水は宮川の画姓を勝川と名乗り、春水の門人、勝川春章が勝川派の祖として次の世代を担うことになりました。
第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画
18世紀後期になると、肉筆画と並んで浮世絵の技法の二本柱の一つ、版画表現に大きな変化がありました。それまでは彩色のない「墨摺絵」や1色から2~3色を用いた「丹絵」「紅絵」「紅摺絵」でしたが、多色摺の「錦絵」が登場したのです。
今までカラフルな浮世絵は肉筆画の独壇場でしたが、浮世絵の主流は肉筆画から版画に移ってきました。
そういった中でも、宮川派の流れをくむ勝川春章は優美な美人画を描き続け、肉筆美人画の第一人者となりました。
後期には、三幅対の勝川春章《雪月花図》(重要文化財 MOA美術館蔵)が見られるので楽しみです。
天明7~8年(1787-88) MOA美術館蔵 重要文化財 【後期展示】
画面に大きく女性の半身像を描いた大首絵を制作した喜多川歌麿と、すらりとした十二頭身の女性の全体像を描いた鳥文斎栄之はライバルとしてしのぎを削りました。
第3章では春章、歌麿、栄之の美人画だけでなく、普段はあまりなじみのない上方の浮世絵師たちの名品も見られます。
第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画
そしてポスト歌麿として登場したのは葛飾北斎。
北斎は「冨嶽三十六景」をはじめとした風景版画などで国内外で人気を博していますが、こんなに優雅な美人画を描くのですから、破門されたとはいえ勝川春章門下で学んだことは無駄ではありませんでした。
第5章 めくるめく春画の名品
江戸時代の人たちのおおらかな性の表現が近年評価されるようになった春画も展示されています。春画は地階に展示されていて、性的表現を含むので15歳未満の方はご遠慮いただくエリアになっています。
喜多川歌麿《歌満くら》12図のうち、天明8年(1788) 個人蔵 【通期展示】(頁替えあり) |
4月9日(火)に開幕したこの特別展は5月6日(月・休)で前期展示が終了しましたが、ほとんどの作品が前期と後期で入れ替わりますので、前期に行かれた方も、前期に行かれなかった方も、後期展示を見逃すわけにはいきません。
肉筆美人画の華やいだ雰囲気をぜひお楽しみください!