2024年7月30日火曜日

根津美術館 企画展「美麗なるほとけ-館蔵仏教絵画名品展-」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「美麗なるほとけー館蔵仏教絵画名品展-」が開催されています。

展覧会チラシ


今回の企画展は、同館が所蔵する約200件もの仏教絵画の中から、国宝「那智瀧図」をはじめ国宝・重文19件を含む選りすぐりの約40件が展示される超豪華な内容の展覧会です。
サブタイトルにあるように、まさに名品揃いの展覧会なので、特に説明なしでも楽しむことができますが、それぞれの作品の背景などを知れば楽しさが増すこと間違いなし。
開幕前に開催された記者内覧会に参加しましたので、作品の見どころをご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年7月27日(土)~8月25日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日 ただし8月12日(月・振替休)は開館し、翌8月13日(火)休館。
入館料  オンライン日時指定予約
     一般1300円、学生1000円
     *当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
      ください。
     *障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き、中学生以下は無料。
会 場  根津美術館 展示室1・2・5

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。
*展示作品は、すべて根津美術館所蔵です。


展示室1に入って最初にご紹介するのは、今回の企画展のメインビジュアルになっている【重要文化財】「大日如来像」。

左 【重要文化財】「大日如来像」、右 【重要文化財】「普賢十羅刹女像」
どちらも日本・平安時代 12世紀

平安時代後期の12世紀に制作された現存最古の大日如来像にもかかわらず、信じられないくらい保存状態が良いのに驚かされます。
それには理由があって、もとは奥州平泉・中尊寺の丈六仏の胎内に長い間納められていたからなのでした。
印象的なのは、きらびやかな彩色と截金の繊細な装飾。
頭光や蓮弁に施された、グラデーションのように同色で段階的に濃淡をつける繧繝彩色(うんげんさいしき)が落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
中尊寺の大伽藍を造営した奥州藤原氏初代・清衡(1056-1128)が京から求めたものと考えられ、白河天皇(のちに上皇 1053-1129)らが院政を行った院政期の仏画の中でも彩色が最もよく残る優品なので、ぜひじっくりご覧いただきたいです。

続いては大画面の曼荼羅。
下の写真中央の【重要文化財】「金剛界八十一尊曼荼羅」は、9世紀半ばに天台僧・円仁が唐から請来した大曼荼羅を写したものと伝わるもので、その特徴はほとけさまたちのエキゾチックなお顔と筋骨隆々とした上半身。
特に画面中央の大日如来に注目です。

中央 【重要文化財】「金剛界八十一尊曼荼羅」日本・鎌倉時代 13世紀、
右 「尊勝曼荼羅」日本・鎌倉時代 13-14世紀
左 【重要文化財】「愛染曼荼羅」 日本・鎌倉時代 13世紀

最澄の高弟・円仁は、838年に入唐しましたが、道教を信仰した皇帝・武宗の「会昌の廃仏」による寺院の廃止・財産の没収を目の当りにしてやむなく帰国しました。
「会昌の廃仏」によって当時の唐の仏教美術の多くは失われ、さらに円仁が請来した原本も失われているので、この作品は当時の唐の仏画の雰囲気を伝える意味でも貴重な作品なのです。

貴重な作品が続きます。

【重要文化財】「愛染明王像」は、光背は日輪でなく宝珠型の火焔光、台座は宝を出す宝瓶でなく蓮華座という形式的に特殊というだけでなく、白河天皇の御願寺のひとつ法勝寺円堂に安置されていた彫像を写したもので、彩色の作品としては唯一のものなのです。
法勝寺は応仁の乱で壊滅的な打撃を受けて廃絶され、モデルとなった彫像も現存していません。

【重要文化財】「愛染明王像」日本・鎌倉時代 13世紀


平安時代後期に起こった浄土信仰は、法然の浄土宗の開宗によって一般民衆にも広まり、阿弥陀仏とその脇侍(きょうじ)、観世音菩薩、勢至菩薩が浄土からお迎えに来る来迎図は多く描かれました。
画面左上から右下に向かって描かれることが多い阿弥陀三尊来迎図ですが、今回展示されている「阿弥陀三尊来迎図」は正面を向いています。阿弥陀仏の謹厳な表情や両脇侍が抱く宝冠の形状などが、中国の宋元画が源流であることを示す作品です。

「阿弥陀三尊来迎図」日本・鎌倉時代 14世紀

浄土信仰に対して、民衆を救済するのは釈迦入滅から56億7千万年後に下生(げしょう)する弥勒菩薩であると説いたのが奈良を中心とした南都仏教。そして、弥勒菩薩が住む兜率天浄土を描いたのが「兜率天曼荼羅」です。

「兜率天曼荼羅」日本・南北朝時代 14世紀

地面は緑でおおわれ、天女が空を舞い、楽器を奏でる音が聴こえてくるようで、浄土らしくとても居心地がよさそうです。
画面中央少し上の楼閣には弥勒菩薩が鎮座し、弥勒菩薩からは光が放たれています。
そして注目したいのは、楼閣の上層の宝珠から放たれている光条がカーブを描いていること。
どちらの光も截金で表現されているのですが、細く切った金箔を直線でなくカーブを描いくように貼り付けていくのはかなりの高度な技術を要するのではないでしょうか。
細部まで丁寧に描かれているので、じっくり見ていたい作品です。

今回の企画展は貴重な作品ばかりですが、斜め構造の兜率天曼荼羅は珍しく、真正面構造のものを含めてもわずかしか現存していないので、この「兜率天曼荼羅」はとても貴重で、なおかつ華麗な彩色が残った名品なのです。

多くの春日宮曼荼羅を所蔵する根津美術館のコレクションの中からも、現存する春日宮曼荼羅の中で最も古い社殿の様子が描かれ、なおかつ本殿を正面から描くのはこの作品だけという【重要文化財】「春日宮曼荼羅」、春日社と補陀落浄土を組み合わせたのは唯一という【重要文化財】「春日補陀落山曼荼羅」が展示されています。

展示風景



そしていよいよ【国宝】「那智瀧図」。

【国宝】「那智瀧図」日本・鎌倉時代 13世紀

何回見てもうっとりと見とれるばかりの作品ですが、やまと絵の技法で描かれた画面上部の月輪となだらかな山の景色、北宋後期以降の山水画の皴法(しゅんぽう)で描かれた切り立った崖という、やまと絵と宋代絵画が融合した山水図としても重要な作品であることは初めて知りました。

【国宝】「那智瀧図」と比較される北宋の作品は、北宋山水画の大家・氾寛(はんかん)の大作「谿山行旅図」(台北・國立故宮博物院)でした。
9年前の2015年に公開された時、台北まで見に行ってそのスケールの大きさに圧倒されたことを思い出しました。


展示室2には、京都・東福寺の画僧・吉山明兆筆「五百羅漢図」50幅対のうち根津美術館が所蔵する2幅(第48号、第49号)が展示されています。
昨年(2013年)に東京と京都の国立博物館で開催された特別展「東福寺」は、どちらも見に行ったのですが、展示期間の関係で第49号は見られなかったので、今回の企画展で2幅とも見ることができてうれしかったです。

いずれも吉山明兆筆
 右から「白衣観音図」日本・室町時代 15世紀、
【重要文化財】「五百羅漢図」(第48号、第49号)
日本・南北朝時代 14世紀

展示室2には、【国宝】「布袋蒋魔訶図」(因陀羅筆、楚石梵琦賛 中国・元時代 14世紀 下の写真右)をはじめ、元や高麗から請来した仏画も展示されています。

展示風景


今回は2階の第5展示室にも白描の仏画や、【重要文化財】「絵過去現在因果経 第四巻」ほかの絵巻など、企画展の作品が展示されています。

毘沙門天の頭上に注目です。
【国宝】「鳥獣戯画」(京都・高山寺蔵)で見覚えのある「高山寺」の印が押されているので、高山寺に伝来した図像であることがわかります。

【重要美術品】「毘沙門天図像」日本・平安時代 12世紀


登場人物が軽妙なタッチで描かれている【重要文化財】「絵過去現在因果経 第四巻」は好きな絵巻のひとつです。

【重要文化財】「絵過去現在因果経 第四巻」
(画)慶忍・聖衆丸筆、(写経)良盛筆 日本・鎌倉時代 建長6年(1254)




【同時開催】


展示室4 古代中国の青銅器 青銅鏡展示「和鏡と鏡箱」

古代中国の青銅器が展示されている展示室4の青銅鏡展示のコーナーでは、企画展に合わせて可愛らしい文様の和鏡や、山水の蒔絵が見事な鏡箱が展示されています。

展示風景

展示室6 追善の茶事

展示室6では、お盆の時期に合わせて故人を供養するための茶道具が展示されています。

本来は経典を収めて経塚に埋めるための経筒は、大正11年(1922)に初代根津嘉一郎氏が催した追善の茶会では、大山蓮華が一輪入れられ、花入れとして用いられました。


「経筒花入」日本・平安時代 12世紀


菓子器として用いられた「華籠」は、元はほとけを賛嘆・供養するために散らす花びら(散華)を盛る器でした。
木型に紙を貼り、八葉の蓮華の形に成形後、型を抜いて、全面に黒漆を塗ったものに、見込みに胡粉で下地を整え彩色し、蓮弁の間に三鈷を配すという複雑な工程を経て完成する「華籠」は以前見て印象深かったので、再会できてうれしかったです。

「華籠菓子器」日本・鎌倉時代 14世紀


ミュージアムショップでは新商品発売中です!

「根津美術館 新蔵品選」の第7冊、約200件の館蔵仏画の中から78件を厳選して収録した「仏画」編(税込2,800円)は新商品。「美麗なるほとけ」展展示作品のうち、36件が掲載されているので展覧会図録としても活用できます。
全152ページ。表紙は先ほどご紹介した「兜率天曼荼羅」の楼閣部分のアップです。
さっそく購入しました。

根津美術館 新蔵品選「仏画」

「美麗なるほとけ」で展示中の重要文化財「大日如来像」にちなんで、密教世界を司る「如来の王」とされるその華麗な姿をイメージしたオリジナル香「大日如来」(税込1,400円)と、はがき「大日如来」(税込100円)も新発売です。

ミュージアムショップ


作品保存のため会期はおよそ4週間、さらに次に展示されるのはかなり先では、という作品もあります。
この貴重な機会をお見逃しなく!

2024年7月22日月曜日

大倉集古館 特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ―絵画をめぐって」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエ ―絵画をめぐって」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、スイスに生まれ、フランスを拠点に活動した建築家として知られるル・コルビュジエ(1887-1965)の主に絵画作品が約130点も展示される展覧会です。
世界有数の所蔵作品をもつ大成建設コレクションの中から、油彩、素描、パピエ・コレ(*)、版画、タピスリー、彫刻などの作品がまとまって見られるのはおよそ30年ぶりとのことなので、開会前から楽しみにしていました。
(*)パピエ・コレ:フランス語で「糊付けされた紙」という意味で、画面に新聞、壁紙、楽譜などの断面を貼り付けること。キュビスムの画家によって始められ、のちにコラージュに発展。


展覧会開催概要


会 期  2024年6月25日(火)~8月12日(月・休)
開館時間 10:00~17:00 金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
※展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/  

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。

展示構成
 1 ピュリスムから
 2 女性たち
 3 象徴的モチーフ
 4 グラフィックな表現


展示室に入って驚いたのは、ル・コルビュジエの油彩や版画、素描などの作品が展示ケース壁面の全面にびっしり展示されていることでした。
どこを見てもル・コルビュジエ、ル・コルビュジエ。

その上、ル・コルビュジエの作品が初期から晩年までバランスよく展示されていて、画業の変遷もよく分かる展示になっているのも今回の特別展の大きな見どころのひとつです。

展覧会チラシ


そして意表を突くのが展示の順序。
たいていは1階から始まって2階に続いていくのですが、今回は、1階に上記展示構成の3と4、2階に上記展示構成の1と2が展示されているので、1階の円熟期の作品を見て、2階でそれに至るまでの過程の作品を見るもよし、2階から時系列順に見るもよし、といった具合に見る人の選択にまかされているのです。


1階展示室ですぐに目についたのが高さが2m以上、幅が約3.6mもある巨大なタピスリー作品「奇妙な鳥と牡牛」でした。

ル・コルビュジエ「奇妙な鳥と牡牛」(タピスリー、1957)大成建設所蔵


「なぜタピスリーが?」と思いましたが、ル・コルビュジエは、第二次世界大戦後、油彩に加えて版画やパピエ・コレ、タピスリーの制作にも取り組んでいたのでした。
この「奇妙な鳥と牡牛」は1957年に制作されましたが、モチーフの抽象化が進み、ここには描かれているのはなんだろうと考えさせられる作品です。

作品のタイトルから、画面左半分には大きな角と広げた鼻の穴でそれとわかる牡牛、頭の上には奇妙な白い鳥が乗っているのがわかりますが、右上の暗黒光線?のような黒い帯状のものは何を表しているのでしょうか。右下には何が描かれているのかすらわかりませんが、このようにミステリアスなところがル・コルビュジエの作品の魅力なのかもしれません。


「奇妙な鳥と牡牛」と並んで展示されているのは大判の版画作品「行列」。
「行列」は、ル・コルビュジエが制作した7つの版画集のうちのひとつで、15枚のシートのうち、下のカラーバージョンの作品と同じ構図のモノクロバージョン、そしてもう一組のカラーとモノクロバージョンの作品の4枚が展示されています。

ル・コルビュジエ「行列」(リトグラフ、1962)大成建設所蔵

食卓の上には食前酒と3つのグラスが置かれ、手前には飼い犬が座っていて、奥からは妻イヴォンヌがちょうど中に入ってきたところのようで、さきほどのタピスリー作品と比べると、何が描かれているのかは比較的よくわかりますが、ここで注目したいのは色の付け方です。
カラーバージョンといっても、全体に色を着色したり、輪郭線に沿って彩色しているのでなく、赤、黄、青色のセロハン紙を切って貼り付けているように一部分にしか色が塗られていません。
なぜなのかはわかりませんが、最低限の色によって効果的に全体にいろどりを加えているようにも思えてきました。


こちらは1947年から1955年まで7年の年月をかけて制作された版画集『直角の詩』の表紙。
『直角の詩』はAからGまで7つの層に、A環境、B精神、C肉体、D融合、E性格、F贈り物(開いた手)、G道具というタイトルが付けられ、各層は1から5の章に分かれ、合計19の章で構成されていますが、今回はそのうち9章の作品が展示されています。

ル・コルビュジエ「直角の詩 表紙」(リトグラフ、1955)大成建設所蔵


牡牛、翼のある一角獣、開いた手、イコンなど、ル・コルビュジエの作品には象徴的なモチーフが繰り返し登場してきます。

一連の牡牛シリーズの絵画はタイトルに番号がついているものだけで20点あり、それ以外にも似通った作品が多く描かれているとのことですが、この「牡牛ⅩⅧ」には、どこに牡牛が描かれているのか考えてしまいました。

画面左に描かれているのは牡牛の大きな角のようですが、右下半分は牡牛の顔なのでしょうか。
それとは別に、右下のサインの上に描かれた牡牛のくつろいだ姿がとてもチャーミングです。

ル・コルビュジエ「牡牛XVIII」(油彩、1959)大成建設所蔵


この「コンポジション」に描かれているのは、実は牡牛でした。
中央が大きな鼻の孔、そして上に生えているのは角と考えると、牡牛のように見えてきて、作品の目の前に立つと、牛の鼻息が感じられてきそうです。


ル・コルビュジエ「コンポジション」(素描、1951)大成建設所蔵


「チャンディガール」に描かれているのは大きな手。
「チャンディガール」はインド北西部パンジャブ州の州都で、ル・コルビュジェはその都市計画に関わり、インドを訪れています。
(ル・コルビュジエが牡牛を繰り返し描くようになったのはインド滞在を経験してからとのことなので、インドとの出逢いはその後の制作活動に大きなインパクトを与えたことがうかがえます。)

ル・コルビュジエ「チャンディガール」(素描、1951)大成建設所蔵



機械を肯定し、工業製品を美しいと語ったル・コルビュジェにとって、機械をつくる手はものづくりの基本だったのです。
雄大なヒマラヤ山脈を背景に、大きな開いた手がそびえていますが、現在では鉄板でつくられた開いた手のモニュメントがチャンディガールの街中の広場に建てられ、ル・コルビュジエの功績がたたえられています。


「女のいるコンポジション」は、新聞記事を貼り付けたパピエ・コレの作品。
体の上には横を向いて三日月型をした女性の顔、そして胸の下には長くて繊細な指が描かれているのがわかります。



ル・コルビュジエ「女のいるコンポジション」
(パピエ・コレ、1952)大成建設所蔵

1階には、ル・コルビュジエが制作に関わった椅子などの家具、ル・コルビュジエの絵画をもとに立体化した彫刻も展示されていて盛りだくさん。

2階にはキュビスムから装飾性、感情性を排除して、幾何学的な形態に単純化していく「ピュリスム」を追求した1920年代からの作品や、その後のシュルレアリスムの影響を受けた作品が展示されています。
さらに1920年代以降、ル・コルビュジエが描いた女性像の油彩や素描が展示されているので、女性像の変遷がよくわかります。

建築ファンの方、ご心配なく。
地下1階には、国立西洋美術館はじめ「ル・コルビュジエの建築作品」として世界遺産に登録された建物の建築模型や建築関係の著書が展示されている建築関係のコーナーもあります。

建築家であり、画家としても才能を発揮したル・コルビュジエ。
特別展のタイトルにあるように「もうひとりのル・コルビュジエ」がたっぷりと楽しめる内容です。この夏おすすめの展覧会です。 

2024年7月19日金曜日

国立西洋美術館 企画展「内藤コレクション 写本ーいとも優雅なる中世の小宇宙」

東京・上野公園の国立西洋美術館では、企画展「内藤コレクション 写本ーいとも優雅なる中世の小宇宙」が開催されています。

展覧会チラシ

活版印刷術がなかった中世ヨーロッパで羊や子牛などの動物の皮を薄く加工して作った獣皮紙に聖書などのテキストを筆写した「写本」の優雅な世界は、国立西洋美術館の版画素描展示室で2019年から2020年にかけて三期に分けて開催された小企画展で楽しませてもらいました。
そこでは筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏が収集し、国立西洋美術館に寄贈した「内藤コレクション」のカラフルな装飾の華やかさに驚かされましたが、今回の企画展ではその「内藤コレクション」を中心とした約150点もの中世ヨーロッパの写本が一挙に見られる豪華な内容の展覧会なのでとても楽しみにしていました。

すでに大人気で多くの方が訪れている展覧会ですが、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月11日(火)~8月25日(日)
開館時間 9:30~17:30(金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日、7月16日(火)
     ただし7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、8月13日(火)は開館
観覧料  一般 1,700円、大学生 1,300円、高校生 1,000円
展覧会の詳細、関連プログラム等は同館公式サイトをご覧ください⇒国立西洋美術館

※会期中、一部作品の展示替えがあります。

展示構成
 1章 聖書
 2章 詩編集
 3章 聖務日課のための写本
 4章 ミサのための写本
 5章 聖職者たちが用いたその他の写本
 6章 時祷書
 7章 暦
 8章 教会法令集及び宣誓の書
 9章 世俗写本


会場内はどこを見渡しても写本、写本、写本。
写本から祈りの言葉が聞こえてくるように感じられて、中世ヨーロッパの修道院の中に迷い込んだような心地よい空間が広がっています。

展示風景


中世ヨーロッパの写本の見どころはなんといっても、色鮮やかな装飾。
『旧約聖書』の中の「創世記」の物語が描かれた《聖書零葉(※)》の金のまばゆいばかりの輝きに目を奪われてしまいます。
※「零葉(リーフ)」とは本や冊子から切り離された1枚の紙のことです。


《聖書零葉》イングランド 1225-35年頃 彩色、インク、金/獣皮紙
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

イニシャル(※)の装飾が見事な聖書零葉ですが、周囲の枠にも注目したいです。
枠を飾るのは右下のドラゴンの口や尾から伸びた蔦のような植物。
無邪気にえさをついばむ鳥とは対照的に、懸命に植物を支えるドラゴンのひたむきな表情が印象的です。
宗教に用いられた写本ですが、遊び心が感じられる装飾を探す楽しみがあるのも写本の魅力のひとつかもしれません。
(※)イニシャルとは、文頭の文字のことで目立つような装飾がされています。

聖王ルイ伝の画家(マイエ?)彩飾《『セント・オールバンズ聖書』零葉》フランス、パリ
 
1325-50年 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


今でいう「ゆるカワ」なキャラクターを見つけました!
『旧約聖書』の中の150編の詩からなる「詩編」のテキストに聖歌や祈祷文などが合わせて収録されている「詩編集」のうち、この作品に描かれた鳥たちはその表情もしぐさもどことなくユーモラス。なんとなく親しみを覚えます。

《詩編集零葉》南ネーデルラント、おそらくヘント 1250-60年頃 
彩色、インク、金/獣皮紙 
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


写本が大判になる理由は、その使用法にあることがわかりました。

展示風景

こちらは聖務日課のための写本《典礼用詩編集零葉》。
聖務日課とは、日々8回、定刻に行われる礼拝のことで、その祈りで唱えられる全テキストをまとめて収録した書物が聖務日課書で、中でも聖務日課聖歌集は、何人もの人が写本を囲んで同時に見ることができるように大型化したのでした。
大型化にともなってイニシャルも大きくなっているので、その華やかさが一層引き立って見えてきます。
ジョヴァンニ・ディ・アントニオ・ダ・ボローニャ彩飾《典礼用詩編集零葉》イタリア、ボローニャ
 
1425-50年 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

ミサで歌われる聖歌を楽譜とともに収録したのがミサ聖歌集。
楽譜を見ていると、修道院や教会の中でこだまする聖歌の歌声が聴こえてくるようです。

パヴィアのサン・サルヴァトーレ聖堂のミサ聖歌集の画家彩飾《ミサ聖歌集零葉》イタリア、パヴィア
 
1480-85年頃 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

零葉の両面が見られるように工夫された展示もあります。

展示風景


太い枠に絵本のような楽しいイラストが描かれているのは《祈祷書零葉》。

描かれた絵にもユーモアが感じられます。
右下の人はフライパンの中の料理に向けてスプーンのようなものを弓で射って、飛んできたスプーンに入っている料理を口に入れているように見えますが、当時は実際にこんなことする人がいたのでしょうか。



《祈祷書零葉》ドイツ南部、アウクスブルクもしくはニュルンベルク(?) 1524年頃 
彩色、インク、金、銀/獣皮紙
 内藤コレクション 国立西洋美術館蔵


中世ヨーロッパでは聖職者や修道士の聖務日課に倣い、一般の信徒たちも日々8回、毎日定められた時間に礼拝を行っていましたが、その時に用いられた書物が「時祷書」でした。
内容も一般信徒向けに簡略化されていたとのことですが、一方、王侯貴族や高位聖職者の注文で制作された時祷書の写本の中には、当時の有名作家が挿絵やページ余白の装飾を手掛けた豪華なものもありました。

リュソンの画家彩飾《時祷書零葉》フランス、パリ 1405-10年頃 
彩色、インク、金/獣皮紙 
内藤コレクション 国立西洋美術館蔵

中世の人たちの祈りが文字や装飾となって1ページに込められた彩飾芸術の世界はまさに「中世の小宇宙」。
中世ヨーロッパの写本の美しさが実感できる展覧会です。

展示風景

美術館券売窓口にて中学生以下の方にジュニア・パスポート(鑑賞ガイド)を配布しています。
ちょうど夏休みの時期ですので、親子で気軽に中世ヨーロッパの写本の世界を楽しんでみませんか。

ジュニア・パスポート