2025年8月19日火曜日

大倉集古館 特別展「藍と紅のものがたり」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「藍と紅のものがたり」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、古くから日本で親しまれてきた藍と紅のふたつの色と染料技術の歴史、そこから生まれた衣類や反物などが紹介されて、その魅力を見つめなおす展覧会です。

江戸時代から現代まで約100点の作品(会期中展示替えあり)が同じ空間に展示されているので、「藍と紅のものがたり」が時間軸でよく伝わってくる内容になっています。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。 


展覧会開催概要


会 期  2025年7月29日(火)~9月23日(火・祝)
     前期:7月29日(火)~8月24日(日)
     後期:8月26日(火)~9月23日(火・祝)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(ただし9/15は開館)、9/16(火)
入館料  一般:1,500円、大学生・高校生:1,000円、中学生以下無料
※各種割引料金、ギャラリートークなどのイベント、展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。


1階展示室内に入ってすぐに目に入ってきたのは大きな「満月」でした。

福本潮子《時空 Time Space》1989年 染・清流館蔵【通期展示】


これは、日本を代表する藍染美術家・福本潮子(1945~)のインスタレーション作品《時空 Time Space》。
縦210cm、横200㎝の藍染め布12枚を等間隔に連続して吊った作品で、白い大きな円が時間の経過とともに少しずつ藍色に染まっていく様子が表現されています。
展示方法もすごくよかったと思います。
これが人間の目線の位置に展示されていてはあまり感動しなかったかもしれませんが、天井から吊り下げられているので、まるで夜空を見上げるように作品を見ることができたからです。

紅のものがたり


3世紀頃に中国から日本に伝来したとされる紅花の花びらには2種類の色素(黄色・赤色)が含まれていて、赤色はわずか1%未満というとても貴重な染料で、古くから大切にされてきました。

1階展示室には、江戸時代から現代までの美しい紅の着物や、関連する資料が展示されていて、とても華やいだ雰囲気です。

松と鶴の模様が繰り返されるおめでたいデザインの着物は《絹地紅板締め松樹鶴模様下着(胴抜き)》【前期展示】。
「紅板締め」とは、花や鳥などの模様を彫った版木(型板)に薄絹(江戸時代は縮緬地が多い)を挟み、そこへ赤い染料液をかけ、紅色地に白い模様を染め出す技法で、江戸中期から明治にかけて流行しました。
紅板締め用の版木も参考展示されていますが、彫りの細やかさに驚かされます。


《絹地紅板締め松樹鶴模様下着(胴抜き)》江戸時代・個人蔵
【前期展示】

後期に展示される《絹地紅板締め花鳥松皮菱模様着物》もとても華やいだ雰囲気のデザインです。


《絹地紅板締め花鳥松皮菱文様着物》江戸時代・個人蔵
【後期展示】



江戸時代における紅花の一大産地は山形県の最上川流域で、生花から上質の紅花染料「紅餅」を作って京都へも運ばれていたのですが、明治以降、化学染料の普及などで衰退し、昭和に入り再興の機運が高まりました。平成30年には山形の紅花栽培と紅花交易が日本遺産「山寺が支えた紅花文化」として認定され、現在では、栽培から製品化までの一貫制作を行う人たちが活躍しています。
今回の展覧会では、一度衰退しながらも再興した現代の紅花染めの作品が多く見られるのも大きな見どころの一つです。

夜明けの様子をイメージした《国産真綿引袖「朝陽」》は後期展示。いくつもの色のグラデーションが見事です。



株式会社新田《国産真綿引紬「朝陽」》2024年
株式会社新田蔵【後期展示】


今回の展示にふさわしい屏風が展示されていました。
右隻には豊作を祈る春祭り、種蒔き、花摘み、花踏み、花寝かせの作業を経て紅餅ができるまでが描かれ、左隻には、紅餅の出荷の様子と北前船のルートを通って敦賀港(現:福井県)に入る20艘の紅花船、そして最後に京都の紅花問屋の店先で販売されるまでの様子が描かれています。
描かれた人たちはみんな明るい表情をしていて、活気が感じられる屛風です。そして、帆に風をいっぱいに受けて港に入る紅花船の堂々とした姿が印象的でした。

青山永耕《紅花屏風》(右隻)江戸時代後期~明治時代、山寺芭蕉記念館蔵
【通期展示】


青山永耕《紅花屏風》(左隻)江戸時代後期~明治時代、山寺芭蕉記念館蔵
【通期展示】


藍のものがたり


2階展示室は「藍のものがたり」の部屋。華やいだ1階展示室とは対照的に、明治の頃、「ジャパンブルー」と称された藍染の落ち着いた雰囲気の世界が広がっています。

藍を染める布地のうち、木綿が普及したのは江戸時代中期以降で、それ以前は古くから麻や絹が使われてきました。
《縹絹地青海波模様唐衣(采女装束のうち)》は、天皇のそばで食事や身の回りの世話をする下級女官である采女(うねめ)が着用した腰高の上着で、藍染の生絹(精製していない生糸)の地に貝殻を粉末状にした胡粉で青海波文様が描かれています。


《縹絹地青海波模様唐衣(采女装束のうち)》江戸時代、奈良県立美術館蔵
【前期展示】


《納戸麻地熨斗目取り紋散し模様被衣》は後期に展示されます。
「被衣(かずき)」とは、女性が外出する際に頭からかぶって顔を隠すための着物のことです。

《納戸麻地熨斗目取り紋散し模様被衣》江戸時代、
松坂屋コレクション J.フロントリテイリング史料館蔵
【後期展示】
 



白の木綿に藍染で蔦の模様をあらわした《白木綿地下がり蔦模様浴衣》は、紺と白の蔦の葉が交互に配置されていてとてもリズミカルなデザインです。
葉の下に蔓が伸びているのでまるで風船が空に飛んでいくようにも見えてきます。


《白木綿地下がり蔦模様浴衣》江戸時代後期~明治時代、
松坂屋コレクション J.フロントリテイリング史料館蔵
【前期展示】

木綿地に藍染で市松模様をあらわした《紺木綿地市松模様絞り浴衣》の白地の部分は真っ白でなく、絞り染めで文様を表しているところがいいアクセントになっています。

《紺木綿地市松模様絞り浴衣》、明治時代、今昔西村蔵
【前期展示】


藍染も現代作家の作品を多く見ることができます。
「長板中形」とは木綿の浴衣地を染めるのに用いられた模様型のことで、「長板中形」の技術は人間国宝となった松原定吉(1893~1955)、定吉の4人の息子「松原四兄弟」の一人・松原利男(1929~2005)に師事した息子の松原伸生(1965~)に引き継がれています。
細やかな文様が特徴の「長板中形」の制作過程は、地下1階のモニターで上映されている映像「長板中形ー松原伸生のわざ」で見ることができます。


松原伸生《紺麻地長板中形漣模様浴衣》2019年、個人蔵
【後期展示】

琉球織物の復興に携わった沖縄出身の秋山眞和(1941~)は、太平洋戦争時に沖縄から疎開した宮崎で独自の織物の制作を目指して活動しています。
こちらはシンプルなデザインの良さが感じられました。

秋山眞和《絹地藍染花織着物》2015年頃、個人蔵
【後期展示】


江戸時代から現代まで続く藍と紅のものがたりが楽しめる特別展「藍と紅のものがたり」。
この夏おすすめの展覧会です。