国立西洋美術館[東京・上野公園]では、企画展「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展ールネサンスからバロックまで」が開催されています。
今回の企画展は、質、量ともに充実した最高峰の素描コレクションで知られるスウェーデン国立美術館から厳選約80点が来日する豪華な内容の展覧会です。そして、素描は環境変化に弱く、これだけの規模で西洋素描の展覧会が開催されるのは日本初。とても貴重な機会でもあるのです。
デューラー、ルーベンス、レンブラントはじめ、ルネサンスからバロックまで、よく知られた芸術家たちの技量と構想力、試行錯誤の痕跡、本作では残らない筆の勢いなど素描ならではの魅力が実感できるまたとない展覧会なので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年7月1日(火)~9月28日(日)
会 場 国立西洋美術館[東京・上野公園]
開館時間 9:30-17:30(金・土曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日、9月16日(火)
(ただし、 9月15日(月・祝)、9月22日(月)は開館)
観覧料(税込) 一般 2,000円、大学生 1,300円、高校生 1,000円
※中学生以下、心身に障害のある方及び付添者1名は無料
※入館の際に学生証または年齢の確認できるもの、障害者手帳を
ご提示ください。
※観覧当日に限り本展の観覧券で常設展もご覧いただけます。
※最新情報は展覧会公式サイトでご確認ください⇒https://drawings2025.jp
展示構成~各章は地域ごとに分かれています
Ⅰ イタリア
Ⅱ フランス
Ⅲ ドイツ
Ⅳ ネーデルラント
Ⅰ イタリア
「Ⅰ イタリア」では、ルネサンスからバロックまでイタリア美術史の流れをたどりながら作品を見ることができます。
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展ールネサンスからバロックまで」 展示風景、国立西洋美術館、2025年 |
「素描」とひとことで言っても、ルネサンス期には制作プロセス順に、概略的に構想を描いたスケッチ(スキッツォ)、個々のモティーフや構図の習作、完成作の雛型(モデッロ)、雛型を拡大した原寸大下絵(カルトーネ)に分類されることを初めて知りました。
これを押さえながら作品を見ていくと、素描というものがより深く味わえるようになってきました。
構想の初期の段階で複数の人物を集合的に配置して、個々の人物のポーズや人物同士の結びつきを研究した習作のひとつと考えられているのが、ヴェネツィアに生まれ、ルネサンス期に同地で活躍したヴィットーレ・カルパッチョの《人物群習作》。
ヴィットーレ・カルパッチョ《人物群習作》1510-11年頃 スウェーデン国立美術館 |
1520年頃からルネサンスの巨匠たちに倣うマニエリスム期に移行したイタリアの代表的な画家のひとりがパルミジャニーノ。
彼が晩年に手掛け、未完のまま残した《長い首の聖母》の参考図(右のパネル)とともにその習作が展示されているのでとても参考になります。
16世紀に入り、ヴェネツィアがフィレンツェ、ローマと並ぶイタリア美術の中心地と存在感を示す頃のヴェネツィア派の画家たちの素描の特徴は、細部にこだわらないことでした。
この背景には、他の都市に先駆けてヴェネツィアに普及した油彩画が、制作の途中での修正が容易な技法であったことが指摘されています。
細部にこだわらず、劇的な場面を素早い筆さばきで描いた迫力がこの習作からでもよく伝わってきます。
ドメニコ・ティントレット(本名ドメニコ・ロブスティ) 《ウィルギニアの死》 スウェーデン国立美術館 |
16世紀末頃になって、再び自然観察が重視されるようになり、その中心的役割を演じたのが、ボローニャ出身のカラッチ一族でした。
アンニーバレ・カラッチ《画家ルドヴィーコ・カルディ、通称チゴリの肖像》 1604-09年頃 スウェーデン国立美術館 |
今回の企画展のアイコンになっているこの作品は、当時の画家がどのように素描を描いていたのかがわかる点でも貴重な作品なのです。
Ⅱ フランス
フランスの画家で特に注目していたのは、戦争の悲惨さや市井の人たちを描いた17世紀の銅版画家・ジャック・カロでした。
左 ジャック・カロ《聖アントニウスの誘惑》スウェーデン国立美術館 右 ジャック・カロ《聖アントニウスの誘惑(第二作)》1635年頃 国立西洋美術館 |
上の写真左はスウェーデン国立美術館所蔵の習作で、右は国立西洋美術館所蔵の版画。
版画と習作が並んで、その違いが比較できるのは国立西洋美術館ならではの展示だと思いました。
ほかにもメインビジュアルになっているルネ・ショヴォー《テッシン邸大広間の天井のためのデザイン》はじめ、宮廷が置かれ、芸術振興が盛んだったパリの華やいだ雰囲気を伝える作品が楽しめました。
右から ルネ・ショヴォー《テッシン邸大広間の天井のためのデザイン》 シャルル・ル・ブラン派《ヴェルサイユ宮殿の噴水のためのデザイン》、 セバスティアン・ブルドン《紅海渡渉》 いずれもスウェーデン国立美術館 |
Ⅲ ドイツ
この章では、ドイツをはじめオーストリア、スイスなどドイツ語圏の画家たちの作品が展示されています。
中でも楽しみにしていたのはドイツ・ルネサンスを代表する画家デューラーでした。
|
中央がデューラー、左にはグリューネヴァルト、右にはバルドゥングと、ドイツ・ルネサンス期を代表する画家の三役揃い踏み。筆者はデューラーをはじめとしたドイツ・ルネサンス期が大好きなので、まさに「壮観!」とも言ってもよい光景を目の当たりにすることができました。
デューラーらとほぼ同時期に活躍した肖像画家ハンス・ホルバイン(子)のステンドグラスのための素描は、これだけでも部屋に飾りたいくらい素晴らしい作品です。
Ⅳ ネーデルラント
ルーベンス、ヴァン・ダイク、レンブラント。
現在のオランダ、ベルギーにおおよそ該当するネーデルラントも巨匠たちの素描が目白押し。
それでも紙の普及が遅れたこともあり、16世紀初頭以前に制作された素描の現存例は少なく、そういった意味でリュカス・ファン・レイデンの肖像素描は貴重なものなのです。
ルーベンス《アランデル伯爵の家臣、ロビン》では、余白にルーベンス自身によって書き込まれた衣装の色や素材についてのメモに注目したいです。
さらにこの素描を元に制作された作品もパネル展示されているので、素描がどのように完成作品に反映されていくのかがよくわかります。
そして、この作品を制作するために人物の姿勢や服装、犬を紙に素描したことが当時の手紙から確認されているのですが、現存しているのは今回出品されているこの素描のみとのこと。巨匠たちの作品制作の手掛かりとなる素描は、残っているだけでも奇跡なのかもしれません。
そして展示を見終わって、巨匠たちが残したこれだけ多くの名品の数々を見ることができるのは、ものすごく貴重な機会ではないかとあらためて感じました。