2014年9月18日木曜日

ドイツ世界遺産とビールの旅(1)まえがき

9月3日(水)から8日(月)にかけて、わずか6日間でしたがケルンを中心にドイツを旅してきました。
行程は、羽田からフランクフルトに入り、フランクフルトからはライン川沿いにケルンまで列車で行き、ケルンに滞在して周辺の街にも足を伸ばして、帰りはデュセッルドルフから成田に戻るというものでした。
今までは、2011年「旧東ドイツ紀行」、2012年「ドイツ・ゲーテ紀行」、2013年「バイエルン美術紀行」とテーマを決めて旅をしてきましたが、今回は、「ドイツ・ビール紀行」かな、でもビールを飲むだけのためにドイツに行くわけでもないしな、と思いつつも、出発まで特にテーマは頭に浮かばなかったのですが、ケルンに行く列車がライン川沿いを走っているとき、「そうだ、今走っているライン川沿いは世界遺産だ。ケルン大聖堂もそうだし、足を伸ばそうと思っているアーヘンの大聖堂もそうだ。」とひらめいたので、ケルンとデュッセルドルフのビール飲み比べとからめて今回のドイツ旅行のタイトルを表題のように決めました。
今までのようにいつ終わるかわかりませんが、どうか最後までお付き合いください。

写真はライン川側らか見たケルン大聖堂です。

2014年8月29日金曜日

最近行った美術展(3)「デュフィ展」 「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」

「最近行った美術展」の第3弾は、少し前になりますが、7月の終わりに行った「デュフィ展」と「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」です。
残念ながら「デュフィ展」は東京会場では終わってしまいましたが、今は大阪のあべのハルカス美術館で開催中です。
このパンフレットは、あべのハルカス美術館バージョンです。



海や空、草木や花、そしてパリや南フランス、デュフィの生まれ育ったル・アーブルの街角や広場、さらにはアトリエの中。
会場いっぱいに明るい色彩のデュフィの世界が広がっています。
こういった風景を見にヨーロッパの街に行ってみたい、そんな気持ちにさせてくれる展覧会でした。

10月9日からは愛知県美術館にも巡回します。
詳細はこちらをご参照ください。
 ↓
http://event.chunichi.co.jp/dufy/


次の「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」は、現在、世田谷美術館で開催中です。
圧巻はなんといってもパンフレットの表紙になっているモネの「ラ・ジャポネーズ」。
鮮やかな色彩と着物の柄になっている刀を抜こうとする武者の立体感は必見です。

印象派の画家たちが日本の浮世絵から強い影響を受けたのはよく知られていますが、今回の展覧会では両方を並べて展示しているので、どれだけの影響を受けたかがよくわかります。
それにしてもモネの「積みわら」が広重の東海道五十三次「鞠子宿」の構図からヒントを得たとは知りませんでした。
でも、いくらモネといえども鞠子宿のとろろ飯の味は知らないでしょうね。1時間以上待ってでも食べるだけの価値がある美味しさでした。

この展覧会も京都、名古屋と巡回します。詳細はこちらをご参照ください。

http://www.boston-japonisme.jp/top/










2014年8月24日日曜日

最近行った美術展(2) 特別展「台北 國立故宮博物院」

「メトロポリタン美術館 古代エジプト展」で古代エジプトの世界に迷い込んだあとは、東京国立博物館で開催中の特別展「台北 國立故宮博物院」で中国皇帝の芸術コレクションにため息をついてきました。

こちらは東京会場バージョンのパンフレットです。 


今回の展覧会は、台北 國立故宮博物院の約70万点の収蔵品の中からよりすぐりの186作品が展示される豪華なもので、自らも筆をとり、書画や古器を愛し、文化事業を保護奨励した北宋の第8代皇帝 徽宗(1082-1135 在位 1100-1125)、その徽宗を敬愛し、学術を奨励した清の第6代皇帝 乾隆帝(1711-99 在位1735-1795)のコレクションを中心に、歴代皇帝の蒐集した美術品がずらりと並んでいます。

特別展だけではありません。
本館やアジア・ギャラリー(東洋館)でも「台北 國立故宮博物院」とコラボした作品が展示されているので、こちらも見逃せないです。
詳細はこちらでチェックしてみてください。
 ↓
http://www.tnm.jp/?mobile_view_mode=pc&tnm_session=0jisgfdnikc6qit4oes5qe1ch2

これだけの素晴らしい作品を見ると、もっと他のものも見てみたいという気になってきます。
ぜひとも近いうちに現地に行って、今回は見逃してしまった大人気の翠玉白菜や、日本に来なかった所蔵品も見に行きたいですね。

東京国立博物館での開催は9月15日(月・祝)まで、その後は会場を九州に移し、10月7日から11月30日までは九州国立博物館で開催されます。
九州会場だけで公開される作品もあり、話題の「肉形石」は10月7日~10月20日まで限定公開されます。
10月はちょうど九州に行く用事があって九州会場にも行く予定ですので、今から楽しみです。



こちらはパンフレットの裏面で、九州会場バージョンです。


2014年8月21日木曜日

最近行った美術展(1)「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」

先週のことになりますが、8月12日~17日は夜9時まで開館していたので、仕事帰りに東京都美術館で開催中の「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」に行ってきました。

会場に入るとすぐにハトシェプスト女王がお出迎え。




続いて、ハトシェプスト女王のスフィンクス、ひざまずくハトシェプスト女王像と並び、さらには当時の様子を再現したハトシェプスト葬祭殿の模型まで来ると、まるで時空を越えて古代エジプトの世界に迷い込んだような気分になってきます。

展示品のレイアウトも工夫されてます。
シストラムや弧状ハープといった古代の楽器の前に来るとその音色が聞こえたり、「王族の装身具」のコーナーでは照明を暗くして輝く金の装飾品がより一層きらびやかに見えるようにしたり、見る人を飽きさせません。
夏休みなので親子連れも見かけましたが、子どもたちも楽しそうに展示品を見てましたね。

古代エジプトでは神様がさまざまな動物たちの姿になって現れてきます。
牛、猫、ハヤブサ、ライオン、コブラ、そしてユーモラスな姿のカバまでも。
カエルやハエといった小動物や昆虫もその生命力からお守りになっていました。
1センチにも満たないかわいいカエルの護符をさがして見てください。

こちらは出口近くにある記念撮影スポットです


手前はハトシェプスト女王のスフィンクス。後方は首都テーベ(現在のルクソール郊外)にあるハトシェプスト女王葬祭殿の写真です。

このように最初から最後まで古代エジプトの世界を楽しませてくれる展覧会でした。
会期は9月23日(火・祝)までです。
毎週金曜日は夜9時まで開館しているので(入場は8時30分まで)、仕事帰りにふらりと古代エジプトを散歩してみてはいかがでしょうか。
展覧会の詳しい情報はこちらをご参照ください。

http://www.tobikan.jp/exhibition/index.html


下は11年前にハトシェプスト女王葬祭殿に行ったときの写真です。とても懐かしいです。





2014年8月18日月曜日

バイエルン美術紀行(18)アルテ&ノイエ・ピナコテーク

平成25年9月8日(日) ミュンヘン
ミュンヘン最終日はアルテ・ピナコテークとノイエ・ピナコテーク。

アルテ・ピナコテークは1836年に設立された美術館で、ヴィッテルスバッハ家によって集められた14世紀から18世紀にかけての西洋絵画の名品がずらりと並んでいる。
アルテ・ピナコテークの向かいに建っているノイエ・ピナコテークは1953年にオープンした美術館で、こちらは19世紀の西洋絵画が展示されている。

夕方の4時の飛行機で日本に帰らなくてはならなかったので、あまり時間はなかったが、それこそ「駆け足」で2つの美術館をはしごした。
入館料は、日曜日だとアルテが3ユーロ、ノイエが1ユーロと、とてもお得。

最初に入ったのが、アルテ・ピナコテーク。
今回のバイエルン美術紀行のメイン・テーマであるデューラーの作品は見逃すわけにはいかなかったので、まずは2階の第2の間(SaalⅡ)に向かった。

こちらは西暦1500年、29歳の時に描いた「自画像」。
この2年前に出版された木版連作「ヨハネ黙示録」によって一躍ヨーロッパじゅうに名を広めた若きデューラーではあるが、血気にはやるという風でもなく、悟りの境地にたどり着いたかのような静かな表情を見ていると、こちらもなんとなく心が落ち着いてくる。
それにしてもこのしなやかな右手の人差し指!




「四人の使徒」


左から「カーネーションの聖母子」、「オスヴォルト・クレルの肖像」、「若い男の肖像」。



左から「キリスト哀悼」、「ルクレティア」、「キリスト降臨」、「悲しみの聖母」。


さすがヴィッテルスバッハ家、イタリア・ルネッサンスの作品も充実している。
左はフィリッポ・リッピの「受胎告知」、一番右はダビンチの「カーネーションの聖母子」。

右から2番目はラファエロの「カニージャの聖母子」。


そして圧巻はルーベンスの巨大な作品群。
昨年、渋谷のbunkamura ザ・ミュージアムで開催された「ルーベンス展」でもルーベンスの筆使いの迫力を感じたが、これだけ大きいと迫力も並大抵ではない。


こちらはエルグレコの「聖衣剥奪」。

(今回のブログの原稿を書くためアルテピナコテークのホームページをあらためて調べましたが、今年から2017年までリニューアル工事のため順番で閉鎖される部屋が出てくるようです。今はエルグレコの部屋は閉鎖されています。この時期にアルテピナコテークに行かれる方はご注意ください。)

駆け足といいつつアルテ・ピナコテークでかなり時間をとったので、ノイエ・ピナコテークは本当に駆け足になってしまった。
それでも、私は今回の旅行で多くの美術作品を見ることができた満足感にひたりながら、ミュンヘン中央駅に向かって歩いていった。

これはグスタフ・クリムトの「マルガレート・ストンボロー=ヴィトゲンシュタイン」(ノイエ・ピナコテーク)


さて、今回の旅行は、夕食を部屋で食べてばかりいて、それはそれで美味しいパスタやビールにありつけたのでよかったが、前日の夜は、ミュンヘン最後の夜ということで外で食べることにした。
とはいっても、足が向くのはやはりイタリアン・レストラン。
宿泊しているホテルに併設されていて、その名もヴェネツィアの「黄金の館」からとった「カドーロ」。



ミュンヘン最後の夜も地ビールとパスタで心地よく更けていった。
(バイエルン美術紀行終わり)

今回のドイツ旅行のレポートも1年かかってしまいましたが、気長にお付き合いいただきありがとうございました。
今年は、来月の3日から8日までケルンを拠点にその周辺の都市を回ってくる予定です。
帰ってきてから旅行記を紹介していきたいと思いますので、どうかご期待のほどよろしくお願いいたします。


2014年7月16日水曜日

バイエルン美術紀行(17) レンバッハハウス美術館

平成25年9月7日(土)続き

ミュンヘン市立レンバッハハウス美術館は、フランツ・マルク、ヴァシリー・カンディンスキー、アウグスト・マッケ、パウル・クレー、ガブリエレ・ミュンターといった20世紀初頭にミュンヘンで活躍した前衛的な芸術家集団「青騎士」の世界最大のコレクションで知られている。

中でも、カンディンスキー(1866-1944)の作品は特に多く、1896年に画家になることをめざしてモスクワからミュンヘンに移住してきたカンディンスキーが、1901年に芸術家集団「ファランクス」を結成してから(1904年に解散)、ガブリエレ・ミュンターとともにミュンヘン郊外のムルナウで制作活動をしていた時期を経て、1911年に結成した「青騎士」の時代まで、変化していくカンディンスキーの作風の変遷をたどっていくことができるのもこの美術館の大きな特徴になっている。

レンバッハハウス美術館が改修のため閉館している間、「レンバッハハウス美術館所蔵『カンディンスキーと青騎士』」展(2010年11月23日~2011年2月6日)が三菱一号館美術館で開催されていたが、行こうかどうか迷っているうちに会期末になり見逃してしまったので、今回の旅行ではぜひとも訪れたい美術館の一つだった。

展示室に入って最初に目に付くのは「青騎士」といえばこの絵と言っていいくらい有名なフランツ・マルクの「青い馬」。



ここはフランツ・マルクのコーナー。一番左は日本に来た「虎」

アウグスト・マッケもいい味を出している。下の絵は「トルコのカフェ」


ムルナウ時代のカンディンスキーと仲間たちの作品。
このあたりまではまだなごみ系の作風。


それでもムルナウの時代からカンディンスキーは少しづつ抽象画の世界に足を踏み入れていく。
一番左はやはり日本に来た「山」。


「青騎士」の時代になると作品はさらにはじけてくる。
中央は「インプロヴィゼーション19」(1911年)。


「青騎士」は、1911年に結成され、その後、2回の展覧会を開催し、2冊の『年鑑』を出版するが、1914年に勃発した第一次世界大戦でフランツ・マルクとアウグスト・マッケが出征して戦場に散り、カンディンスキーもミュンヘンを離れ、「青騎士」の活動はわずか3年で幕を閉じてしまった。

その後、カンディンスキーはヨーロッパ各地を転々としたあと、ロシア革命後のモスクワに戻り芸術の振興に力を注いだが、自身の作風が受け入れられず、1921年、再びドイツに戻り、ワイマールやデッサウのバウハウスを拠点として制作活動を再開した。
しかし、1933年にナチスが政権を取ると、バウハウスは閉鎖され、カンディンスキーはパリに逃れたが、1940年にはドイツ軍がフランスに進攻し、パリもドイツ軍に占領されたため、カンディンスキーはピレネー山脈のコトレに疎開し、1944年12月、ヌイイ・シュル・セーヌで78歳の生涯を閉じた。

歴史の波に翻弄され続けたカンディンスキーの人生と同じように、彼の作品もナチス時代にあやうく没収される危機に瀕したが、カンディンスキーをはじめとした「青騎士」たちの作品を自宅の地下室に隠し続けたガブリエレ・ミュンターの努力により難を逃れることができた。
そして、それらの作品は彼女が80歳の誕生日を迎えた1957年、ミュンヘン市に寄贈された。

私たちが「青騎士」たちの作品をこの場で楽しむことができるのは、ガブリエレ・ミュンターの努力と好意のおかげだったのだ。
ミュンターさんありがとうございます。

こちらは「青騎士」以降の作品で、戦後、ミュンヘン市が独自に入手したもの。
後半のこういった作品は、これぞカンディンスキー!といった作品。


中央は赤い斑点2(1921年)

こちらは私の好きなパウル・クレーのコーナー。



レンバッハハウスを正面から見たところ。
レンバッハハウスは、19世紀後半、肖像画家フランツ・フォン・レンバッハがアトリエ兼住居として建てたもので、彼が亡くなった後、夫人がミュンヘン市に売却したもので、1929年にはミュンヘン市立美術館として公開された。
第二次世界大戦では大きな被害を受けたが、戦後修復され、1957年には前述のように青騎士の作品が寄贈され、一躍有名になった。

最寄駅のケーニッヒス・プラッツ駅の一部は新レンバッハハウス美術館になっていて、チケットはレンバッハハウス本館と共通で10ユーロ。

実は、ホテルからレンバッハハウスまで600mほどだったので歩いてきたが、近くまで来て矢印が示す方向に向かって階段を下りて行ったら、間違えて新美術館の入口に来てしまったというのが本当のところ。
チケット売り場の女性は「階段を上がって交差点を渡ればれすぐ目の前が本館ですよ」と親切に教えてくれた。
「でも、本館は夜8時まで開いていますが、ここは6時までなので、あと20分ぐらいあるからこちらも見て行ってはどうですか」
時計を見たら5時半過ぎ
「そうですね。ありがとうございます」

新美術館には現代画家の作品が展示されている。
作品が倉庫のような広いスペースにゆったりと展示されていることもあって、開放的な気分になり、難解な作品も難しく考えさせられることなく気軽に楽しむことができる。



レンバッハハウスに来たら、新美術館もぜひ寄ってみてください。
(次回に続く)

2014年7月15日火曜日

バイエルン美術紀行(16) ミュンヘン新市庁舎

平成25年9月7日(土)続き

朝からずっと建物の中にいたので、外の空気が吸いたくなってきた。
強い日差しの中、マリエン広場まで歩き、新市庁舎の塔を仰ぎ見る。
ドイツの夏らしく湿気はなく、空はどこまでも青い。


新市庁舎の塔はエレベーターで上まで登ることができる。
高いところから見るミュンヘンの街並みもまた素晴らしい。
二つのねぎの頭の塔が特徴のフラウエン教会。


 

こちらはペーター教会。向こうの展望台にもたくさんの人が登っていてミュンヘンの街並みの眺めを楽しんでいる。



今回初めてカメラのミニチュアライズ機能を試してみた。
こうやってみると、建物も通りを歩く人たちも、本当にミニチュアの模型みたいだ。


こんなに出来栄えがいいとは思わなかった。結構気に入って写真を何枚も撮った。

17時からは仕掛け時計が始まる。
これはドイツで一番大きな仕掛け時計だ。
上のステージでは、1568年に行われたバイエルン領主ヴィルヘルム5世の結婚式の場面が再現されている。
下のステージで踊っているのは、ミュンヘンの桶屋組合の面々。
街がペストに襲われたあと、こわがって外に出るのをためらっていた街の人たちを元気づけるため、桶屋組合の人たちが通りに出て踊ったのがはじまりという「桶屋踊り」。
それ以来、桶屋踊りは7年に一回、行われている。



上のステージでは結婚式のセレモニーが続いている。
マリエン広場で行われた槍を持った騎士の一騎討ち。
勝つのはいつも馬に青色の衣装をまとわせたバイエルンの騎士。
相手方の騎士が倒れたところで見物客たちは拍手喝采。




夕方になって街にくり出す人も多くなってきた。


次はカンディンスキーをはじめとした「青騎士」たちの絵画を展示しているレンバッハハウスだが、さすがに疲れてきたので、ホテルに戻って少し休むことにした。
(次回に続く)