2016年4月18日月曜日

はるかなるシリア(2)~パルミラ

平成6年12月30日(金)続き

パルミラに着いたのは夕刻。
それでもまだ夕陽の明るさが残っていたので、私たち一行はマイクロバスでパルミラ遺跡を臨む丘の上にある城塞(アラブ城)に登ることにした。
平坦な道を走っているうちはよかったが、坂道になってからはかなりの悪路でマイクロバスはガタガタ揺れながら登って行く。
このくらい大変な思いをした方が、舗装された道をスイスイ登るよりは、探検気分が味わえて、ワクワクしてくる。

苦労して登ったアラブ城からの景色はまた格別である。
目の前に広がるのは、夕闇迫る幻想的なパルミラ遺跡。

列柱道路の柱が右下から画面中央に伸びているのが列柱道路の柱。そして中央はベル神殿。


翌12月31日(土)は一日パルミラ遺跡の観光。
約2000年前にシルクロードの中継点として繁栄したパルミラ。
何しろスケールが大きい。「これぞ世界遺産!」と唸るほど壮大な景観だ。

ベル神殿

列柱道路の柱、奥の丘の上がアラブ城



先月26日に「はるかなるシリア(1)」をアップした翌日、アサド政権軍が過激派組織「イスラム国(IS)」からパルミラを10か月ぶりに奪還したという記事が新聞に出ていた(平成28年3月28日(月)朝日新聞朝刊)。
続いて4月13日(水)の朝日新聞の記事によると、ベル神殿の本殿と列柱、それにバール・シャミン神殿がISによって爆破され、遺跡地区や街中心部にはISによって埋設された約3000個の地雷が残っているという。

この広大な世界遺産の復興はいつになるのだろうか。そしていつになったらシリアの人たちに平和が訪れるのだろうか。
(次回に続く)








2016年3月26日土曜日

はるかなるシリア(1)~ダマスカス・ウマイヤドモスク

昨年12月のブログで、今から20年以上前に行ったシリア・ヨルダン旅行のことを紹介します、と書いてから3か月が過ぎてしまいました。
シリアでは和平交渉の先行きが不透明な状況が続いていますが、シリアに再び平和が訪れることを願って、「はるかなるシリア」と題して、主にシリア紀行を中心に連載していきたいと思います。

はるかなるシリア

平成6年当時は、アラブ圏に興味をもち始め、アラビア語もかなり熱心に勉強していた頃だったので、冬休みの旅行先に選んだのが、当時、中東ではゴールデンコースだったシリアのパルミラとヨルダンのペトラを回る旅。
12月28日(水)、成田空港からエジプト航空でバンコクを経由して翌12月29日(木)にカイロに着いてホテルで仮眠したあと、ギザの三大ピラミッドとスフィンクスを観光して(これはオプショナルツアーで別料金)、その日の夜遅くシリアの首都ダマスカスに到着した。
宿泊したホテルは空港の近くで、空港が街の中心から離れていたせいか、暗がりの中にも周囲には砂漠が広がっているのが分かった。中東に来た、という実感が湧いてきた。

平成6年12月30日(金)

この日の午前中はダマスカス市内観光。

国立博物館、そして8世紀初頭に建てられ、現存する最古のモスク、ウマイヤドモスクやそれに隣接するサラディーン廟、アゼム宮殿を観光して、アラブらしい街の空気を感じたが、何より「アラブに来た」と感じたのは嗅覚からだった。

アラブレストランに入ると、料理に使う香料の香りが漂っている。
スーク(市場)に行けば、大きな麻袋に入った香料が無造作に置かれていて、いい香りを漂わせている。

アラブ圏の料理はそれほど辛くない。
だから、香辛料というより香料といった方がぴったりくる。

写真はウマイヤドモスクの中庭。


ウマイヤドモスク近くにあるアラブ情緒たっぷりの「ウマイヤパレスレストラン」で昼食をとった後、私たち一行はバスで一路パルミラに向かった。パルミラまでは約230km。途中は見渡す限りの砂漠だ。


(次回に続く)


2016年2月13日土曜日

箱根で琳派、箱根で印象派

今日は2月にしては暖かい陽気だったので、思い立って箱根の美術館めぐりに行ってきました。
はじめは岡田美術館「-琳派400年記念- 箱根で琳派 大公開~岡田美術館のRIMPAすべて見せます~」です。




現在は第二部:江戸・大坂編が開催されていて、江戸後期の酒井抱一、鈴木其一、中村芳中から、上坂雪佳、木村武山、菱田春草、下村観山といった琳派の影響を受けた近代日本画家の作品までずらりと並んでいて、琳派ファンにはたまらない展示になっています。

「箱根で琳派大公開」第一部は、昨年9月5日に開催されたブロガーナイトに参加させていただきました。その時、岡田美術館の所蔵作品の充実ぶりに圧倒されて、絶対に第二部も行く、と心に決めていましたが、ちょうど冬の寒い時期なのでいつ行こうかな、春になってからでは終わってしまうし、どうしようかなと迷っていたところに季節外れのポカポカ陽気、とてもラッキーでした。
とはいってもそこは箱根、国道沿いに雪が残っていたのには驚きました。いつ降った雪なのでしょうか。

「箱根で琳派大公開」第一部のブロガーナイトの様子はこちらです。

http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html


江戸や大坂、近代の琳派の絵画を見るだけでも十分満足していたのですが、思いもかけず11時30分から学芸員さんのギャラリートークを聴くことができました。
おかげで、尾形乾山の陶器について、年代による署名の違い、当時の乾山作品の人気ぶりや絵付けのこだわり、などなど、楽しい解説をいただき、乾山の作品もより深く味わうことができました。

それに2階に展示されている酒井抱一《月に秋草図屏風》は右上の月に照明を当て、秋草が本当に月明かりに照らされていているように工夫しているとのお話をいただいたので、帰り際にもう一度この作品の前にたたずみ、耳を澄まして鈴虫の音を聴いていました(聴こえたつもりで)。

岡田美術館「-琳派400年記念- 箱根で琳派 大公開~岡田美術館のRIMPAすべて見せます~」第二部は会期が4月3日まで延長されています。
詳しくは岡田美術館の公式ホームページをご覧ください。


岡田美術館ホームページ


軽くお昼を食べてから向かったのがポーラ美術館。
現在は企画展「自然と都市 印象派からエコール・ド・パリ」が開催されています。
写真は会場入口の撮影スポットにあるデュフィー《パリ》のパネルです。



久しぶりにモネの《ルーアン大聖堂》を見ました。30点ほど制作された連作ですが、そのうちの1点が国内で見ることができるなんて夢のようです。
今回の企画展はパンフレットも凝っています。パリの地図が掲載されていて、まるでパリを散歩しているような気分にさせてくれる展覧会です。
こちらは3月13日までです。詳しくはポーラ美術館公式ホームページをご覧ください。

ポーラ美術館ホームページ

箱根で琳派、箱根で印象派、みなさんもぜひふらりと箱根に行ってみてはいかがでしょうか。














2016年1月3日日曜日

2015年 私が見た展覧会ベスト10

あけましておめでとうございます。
おかげさまでこのブログも6年目を迎えることができました。
これからも旧東ドイツをはじめとしたドイツ関連の記事や美術展関係の記事を掲載していきたいと考えていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

昨日はさっそく都内の美術展めぐりをしてきました。
サントリー美術館で「水-神秘のかたち」を見たあと、東京国立博物館「博物館に初もうで 猿の楽園」では今年の干支の猿の絵をたくさん見てきました。


《猿猴図》狩野山雪

今年の第1回目のブログは、昨年に引き続き「私が見た展覧会ベスト10」の2015年版を紹介します。
今回も昨年同様、首都圏開催のものに限定しました。どれも良かった展覧会を10に絞るのは大変な作業でしたが、ふりかえってみると去年もいい展覧会にめぐり会えてよかった、とあらためて実感しています。


第1位 「鳥獣戯画 京都高山寺の至宝」 東京国立博物館
一昨年は京都国立博物館で前期展示、去年は東京国立博物館で後期展示と、京都と東京にまたがり2年越しで「鳥獣戯画」甲巻、乙巻、丙巻、丁巻を全巻見ることができました。
「鳥獣戯画」は理屈抜きで楽しめる作品でした。

第2位 「セザンヌ展」 箱根・ポーラ美術館

タイトルは「セザンヌ展」だったのですが、箱根山の警戒レベルが上がったため他館から借りていたセザンヌの作品は返却して、その代わりにポーラ美術館所蔵のモネの作品を展示していたので「モネ展」といった感じでした。モネの絵はどれも好きなタッチの作品だったので、かえって得した気分でした。

第3位 「歌川国芳展」 横浜・そごう美術館

武者絵に始まり、忠臣蔵、妖怪退治、おなじみの猫、役者絵や粋な女性、さらには洋風表現の風景画と、これだけで国芳の生涯をたどることができる展覧会でした。前期後期とも行きました。

第4位 「根津青山の至宝」 根津美術館

タイトルどおり根津美術館のコレクションの充実ぶりに圧倒されました。久しぶりに拝見した「那智瀧図」、しばらく見とれていました。

第5位 「藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美」 サントリー美術館

こちらもタイトルの「至宝」にふさわしく、充実した内容でした。曜変天目茶碗は照明効果が良くて、中をのぞくと、まるでプラネタリウムのように星が輝いていました。

第6位 「マグリット展」 国立新美術館

会場いっぱいに広がる不思議な絵の数々。しばしマグリットのワンダーワールドの中をさまよっていました。

第7位 「躍動と回帰-桃山の美術」 出光美術館

一度見た絵でも大好きな長谷川等伯の絵は見逃せない、というのが最初の動機でしたが、茶道具も見ごたえありました。前期後期とも行きました。

第8位 「国立カイロ博物館所蔵 黄金のファラオと大ピラミッド展」 森アーツセンターギャラリー

10年以上前にエジプトに旅行して、ギザのピラミッド、ルクソール、アブシンベルに行ったときのことを思い出しました。黄金のマスクと静かに対面してきました。

第9位 「琳派と秋の彩り」 山種美術館

昨年は京都で盛り上がった琳派400年のおかげで、関東近辺でもいつもより多くの琳派の作品を見ることができました。宗達と光悦のコラボ、良かったです。

第10位 「ボッティチェリとルネサンス」 Bunkamuraミュージアム

イタリアが好きで以前よく旅行をしていたので、その時のことを思い出しながら作品を見ていました。ボッティチェリ最盛期の大作「受胎告知」見ごたえありました。

昨年はブロガー特別内覧会に6回も参加させていただきました。主催していただいたみなさん、どうもありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

① 「ワシントンナショナルギャラリー展」 三菱一号館美術館
② 「チームラボ 踊る!アート展と学ぶ!未来の遊園地」 日本科学未来館
③ 「大英博物館展」 東京都美術館
④ 「画鬼暁斎」 三菱一号館美術館 
⑤ 「琳派の夕べ」 箱根・岡田美術館
⑥ 「プラド美術館展」  三菱一号館美術館

どの展覧会も内容は上記ベスト10と甲乙つけがたく、順位をつけるのが難しかったのでベスト10には入れませんでした。展覧会の様子はこのブログで紹介していますので、ぜひご覧になってください。

《番外編》

去年は故宮博物院設立90周年ということで北京と台北の両方の故宮博物院に行ってきました。年末は一昨年と同じく中国江南地方に旅行して、上海博物館にも行ってきました。
中国旅行の様子は、もう一つのブログで順次紹介していきますので、時々のぞいてみてください。
今は一昨年の「中国上海・江南紀行」がようやく終わったところです。

「ぶらり気ままな散歩道」

2015年12月23日水曜日

2015年のドイツを振り返って

おととい(12月21日)、6月に買い込んでいた極甘のドイツワインのボトルを開けた。



極甘というだけあって、辛口ワインが好きな人にとっては卒倒してしまうほど甘いかもしれないが、このまったりとした口当たりが何とも言えず心地よい。

さて今年も余すところあと1週間。

今年はドイツ統一から25周年の記念すべき年。
統一から25年が経過したのに東西ドイツ市民の間にはいまだに「心の壁」があることは10月のブログで紹介したが、10月3日の統一記念日を見届けるかのように、統一当時大きな役割を担った2人の関係者が相次いでこの世を去った。

一人は11月1日に亡くなった旧東ドイツ政府政治局員ギュンター・シャボウスキー氏。

もう一人は12月19日に亡くなった元ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団の楽団長クルト・マズア
氏。

二人に共通するのは、東ドイツ全土で市民のデモが激化して、いつ流血の惨事が起こるかわからない、という状況の中、それぞれ政府の代表、市民の代表という立場の異なる二人の言動が最悪の事態を避ける結果となっということ。もちろん、前者はそれを意図したわけではないが。

(ベルリンの壁崩壊の状況及び二人の演じた役割については、このブログで2011年9月10日から12月18日まで10回連載した「ベルリンの壁崩壊」で紹介しているので、ぜひご覧になってください)


そして今、統一を実現したドイツに大きくのしかかってきたのが、シリアからの難民受入とシリアへの軍事介入の問題。

ドイツ政府は12月4日に対IS軍事行動に参加することを決め、18日には国連の安全保障理事会がシリアの和平をめざす決議案を全会一致で採択したが、アサド政権、自由シリア軍などの反体制派、ヌスラ戦線などアルカイダ系、そしてISが入り乱れて内戦状態になっているシリアに、どのように和平をもたらしていくのか先行きは全く不透明である。

新聞やテレビのニュースでは、連日シリアの惨状が報道されるが、今から21年前(1994年)、シリアに旅行をして、モスクや遺跡の素晴らしさに感動しただけよけいに心が痛む。

当時、アラブ圏に興味をもち、アラビア語を勉強していた私が最初に行きたいと思ったのが、広大な大地に遺跡が広がるパルミラだった。
そこで当時、JTBが企画したシリア・ヨルダンを巡る11日間のツアーに参加した。

カイロ経由でダマスカスまで飛行機で飛び、そこからバスでパルミラに向かい、パルミラに到着したのは夕刻。夕闇が迫り、静けさに包まれたパルミラの廃墟の光景は、今でも私の心の中に印象深く残っている。

そこで、全く微力かもしれないが、「今、戦場になっているのはこんなに素晴らしい所だったのだ」ということを少しでも多くの人に伝え、関心をもってもらいたいと思い、来年から少しずつ21年前のシリア・ヨルダン旅行の様子を紹介したいと考えている。

(今年一年ご愛読ありがとうございました。来年もご愛顧のほどよろしくお願いいたいします。それではみなさまよいお年を)


2015年11月21日土曜日

プラド美術館展(三菱一号館美術館)ブロガー特別内覧会

11月11日(水)に開催された「青い日記帳×プラド美術館展ブロガー特別内覧会」(三菱一号館美術館)に参加してきました。

美術館入口の前に浮かぶイルミネーション広告

この美術展は、2013年に国立プラド美術館で開催され、2014年にバルセロナに巡回した展覧会を再構成したもので、7つの章で構成されています。

Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活
Ⅱ マニエリスムの世紀:イタリアとスペイン
Ⅲ バロック:初期と最盛期
Ⅳ 17世紀の主題:現実の生活と詩情
Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅
Ⅵ ゴヤ
Ⅶ 19世紀:親密なまなざし、私的な領域


それではまず第一章から。

Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活

会場に入るとまるで礼拝堂のような静けさに包まれた空間が広がります。
正面は今回の展覧会では唯一のテンペラ画(他はすべて油彩)。
作品リストによると、作者は「聖カタリナ伝説の画家」で、携帯用三連祭壇画の一部、とあって、表は《聖母の婚約》、裏は《苦しみのキリスト》です。



この展覧会のパンフレットですっかり有名になったヒエロニムス・ボスの《愚者の石の除去》(右)もこの部屋に展示されています。
左のハンス・メムリンク《聖母子と二人の天使》は、空の青と咲き乱れる花がとてもきれいです。
中央は偽ブレスの三連祭壇画《東方三博士の礼拝》、《12部族の使者を迎えるダビデ王》、《ソロモン王の前のシバの女王》。こちらも背景の空の青がとてもきれいです。


続いて狭い廊下を抜けると第二章です。

Ⅱ  マニエリスムの世紀:イタリアとスペイン

第二章はルネサンスを超克しようと試みたマニエリスム。曲線を多用した複雑な構図や、デフォルメされた人体の描写などが特徴です。
左がティツィアーノ・ヴェチェッリオ《十字架を担うキリスト》、右がソフォニスバ・アングイッソーラ《クレモナの詩人、ジョバンニ・バッティスタ・カゼッリ》。


エル・グレコも小品ながらいい味を出しています。
《エジプトへの逃避》(右)は、近くで見ると御者のひく細い手綱が白く描かれているのがわかります。左は《受胎告知》。エル・グレコらしくマリアがとても優しく綺麗に描かれています。



次の小部屋からこれに続く大きな部屋は第三章です。

Ⅲ バロック:初期と最盛期

第三章の部屋には、小品の多い今回の展覧会の中にあって、比較的大きめの作品が展示されています。
右から、ムリーリョの《ロザリオの聖母》、ルーベンスの《聖人たちに囲まれた聖家族》、コルネリス・デ・フォス《アポロンと大蛇ピュトン》。

ほどなくすると、ムリーリョ《ロザリオの聖母》の前でギャラリーツアーが始まりました。

はじめに高橋館長さんから歓迎のごあいさつ。


「今回の展覧会は三菱一号館美術館にぴったりの小さい作品を集めたので、小さい作品ばかりではないか、というご意見をいただくかと思いましたが、今までこのようなお叱りの声はお客様からは聞こえてきません。」
とユーモアを交えてお話を始められました。

「小さい作品はディテールを見るのにエネルギーを使います。先日、黒柳徹子さんがお見えになりましたが、じっくり2時間見られました。みなさんもぜひじっくり見てください。」
「バロック時代の大きな作品は、工房で制作し、画家本人は少し手を入れる程度でしたが、小さい作品は画家本人の手によることが多いという特徴があります。」

続いて担当学芸員の安井さん(左)からの作品解説。
特別内覧会のモデレーターTakさん(右)が手にしているのは展覧会の図録。
表紙はベラスケスの《ローマ、ヴィラ・メディチの庭園》。高橋館長がおっしゃてましたが、コローと言っても通用する印象派のはしりとも言える作品です。


安井さん
「この展覧会では、王室のプライベートコレクションから、大きな宮殿の中の小ぶりな部屋に合ったキャビネット・ペインティングを集めて構成したものです。」
「小さいものは大きなものより劣るのか、大きくないと美は宿らないのか、美とは何かと問うのが今回の展覧会のコンセプトです。ぜひとも、よく見て、よく感じていただければと思います。」

「こちらはルーベンスが王室の狩猟休憩塔の装飾用下絵(手前)に基づいてコルネリス・デ・フォスが描いた《アポロンと大蛇ピュトン》。アポロンとキューピットの目が合っていないとか、デ・フォスが原画と異なる表現をしているところが注目です。」


「ムリーリョもルーベンスもベネチアで勉強しました。ルーベンスの《聖人たちに囲まれた聖家族》は、原画はアントワープにありますが、この絵はルーベンスが自分用のコピーとして描いたものです。筆使いから見て、この絵は100%ルーベンスの筆によるものでしょう。」


第三章の作品が展示されているこの部屋には小品の静物画も展示されています。
手前はパンフレットに掲示されているファン・バン・デル・アメン《スモモとサワーチェリーの載った皿》。サワーチェリーの透明感が素晴らしいです。



Ⅳ 17世紀の主題:現実の生活と詩情
第四章には、展覧会図録の表紙になっているベラスケス《ローマ、ヴィラ・メディチの庭園》(左)、そしてクロード・ロラン《浅瀬》が展示されています。
こうやって見ると確かに初期印象派と言っても通用する絵のタッチです。
それにこのマントルピースが絵の良さを一層引き立てています。


こちらはヤン・ブリューゲル(2世)《豊穣》(左)とヤン・ブリューゲル(1世)《森の中のロバの隊列とロマたち》(右)が並んでいます。右の作品の空の青色がとてもきれいなのが印象的でした。


Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅

第五章には、美術館入口のイルミネーション広告を飾るメングスの《マリア・ルイサ・デ・パルマ》が展示されています。両脇のルイス・パレート・イ・アルカーサルの《花束》がまさに華を添えている心憎い演出です。

風景を描いた作品も素晴らしいです。
左からミシェランジュ・ウアス《エル・エスコリアル修道院の眺望》、ガスパーレ・ヴァンヴィテッリ《ポジリポ(ナポリ)のグロッタ》、フィリップス・ワウウェルマン《タカ狩りの一団》。



Ⅵ ゴヤ
第五章は、ずばりゴヤ。
さすがに18世紀スペインを代表する画家だけあって、ゴヤだけで一章を構成しています。
左から《傷を負った石工》、《目隠し鬼》、《トビアスと天使》。
天使の光がまばゆいばかりです。



Ⅶ 19世紀:親密なまなざし、私的な領域
そして第七章も小品が続きます。
左からイグナシオ・ピナーゾ・カマルレンチ《ファウヌス(子供のヌード)》、マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル《日本式広間にいる画家の子供たち》と《ポルティチの浜辺のヌード》。



最後はマリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサルとライムンド・デ・マドラーゾ・イ・ガレータの《フォルトゥーニ邸の庭》(左)、ライムンド・デ・マドラーゾ・イ・ガレータ《セビーリャ大聖堂のサン・ミゲルの中庭》(右)。



写真右の作品は縦15.8㎝、横10㎝ととにかく小さいですがよく描き込まれています。

とても内容の充実した展覧会です。
みなさんもぜひ、作品一つ一つをじっくりご覧になっていただきたいと思います。

※掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

最後になりましたが、このたびは内覧会に参加させていただきありがとうございました。



2015年10月10日土曜日

ドイツの10月

ドイツで10月といえば9月下旬から始まっているオクトーバーフェスト、それに10月3日の統一記念日。
急に涼しくなったせいか10月に入って風邪をひいてしまい、10月3日にドイツ統一を祝えなかったが、喉の具合もだいぶ良くなったので一週間遅れの祝杯。
ビールはサントリーのプレミアムモルツ「香るプレミアム」。



最近ではビールはもっぱらサントリー。
サントリーは文化事業に力を入れていて、サントリー美術館にはよく行くので今回初めてメンバーズ・クラブに入会した縁もあって、応援したいという気持ちが強い。

今日から始まった久隅守景展。
狩野派の枠を飛び出して独自の世界を築いた久隅守景の作品をこれだけまとめてみる機会は滅多にないのではないだろうか。いつ行こうかな、と思いを巡らせている。今から楽しみである。

さて、ビールの話に戻ると、サントリーは「ビール製造には大麦、ホップ、水、(のちに酵母)だけが使用されなくてはならない」というドイツのビール純粋令をしっかりと守っているところがいい。
さらに、この「香るプレミアム」は私の好きな上面発酵のエールタイプのビールなので何しろ口に合う。

ということで今宵も「香るプレミアム」。

ドイツは今、シリアからの難民問題、フォルクスワーゲンの排ガス規制をめぐる不正問題などで大きく揺れている。こういった中、ドイツ統一25周年を迎える今年も、東西ドイツの間には壁が依然として残っているという新聞記事を見かけた(朝日新聞平成27年10月4日)。

新聞記事を引用すると、

 昨年の失業率は旧西独5.9%、旧東独9.8%
 東の平均所得は西の約8割にとどまっている
 9月の世論調査で「統一は未完」と答えた人は、旧東独人が77%、旧西独人64%

さらに、統一後に旧西独から旧東独に移動した人が約210万人に対して、旧東独から旧西独に移動した人が約330万人、その差約120万人。
東西を隔てる壁が建設される前の10年間に約100万人もの人たちが東から西に逃れたが、その時に匹敵する民族の大移動である。

さらに「人々の心の壁も消えていないようだ」とも書かれている。
ドイツの経済誌が一昨年ネット上で調査したところ、
「旧東独人は標準独語が話せない、文句ばかり言っている」
「旧西独人は傲慢、金のことだけ考えている」
といった回答が上位を占めていたとのことである。

ベルリンの壁は崩壊しても、東西の人々の「心の壁」が残っているという問題意識からこのブログを始めたのが4年前。それからドイツに旅行したりもして、東西の違いについてウォッチしてきた。
今年はドイツに行く機会がなかったが、この新聞記事を読んであらためて行ってみたいと思うようになった。
ドイツに行っても昼間は街なかを散歩して、夜になったらビールを飲んでいるだけかもしれないが、それでも統計だけでは見えてこない何か街の雰囲気のようなものが見えてくるかもしれない。

そんなことを考えながら2本目の缶ビールのプルトップをプシュっと開けた。