2017年7月8日土曜日

東京国立博物館 日タイ修好130周年記念特別展「タイ ~仏の国の輝き~」

東京国立博物館で7月4日から始まった日タイ修好130周年記念特別展「タイ ~仏の国の輝き~」報道内覧会に参加してきました。

タイには今まで3回行く機会がありました。
バンコク市内の寺院めぐりはもちろん、チェンマイ、アユタヤー、スコータイといった主だった観光地はおさえ、東北部(イサーン)地方の遺跡めぐりや、カンボジア領にありながらタイ側からしか入れないカオプラヴィハーン遺跡まで足を伸ばして雄大なカンボジア大平原を眺めたりしました。
思い返してみたら、最後にタイに行ったのはなんと18年前。
ずいぶんご無沙汰していましたが、このたびタイの仏像さんや象さんたちがはるばる東京までやって来てくれました。

久しぶりに感じた熱帯の心地よい生暖かい風(もちろん会場内は冷房が効いて快適です)、
そして微笑みの国タイから来た仏像さんたちの笑顔。
とてもゆったりとした気分になれる、暑い夏にぴったりの展覧会です。
みなさんもぜひトーハクでなごんでみてはいかがでしょうか。

さて、展覧会の紹介に移ります。

展示は年代順に5章構成になっています。

第1章 タイ前夜 古代の仏教世界
第2章 スコータイ 幸福の生まれ出づる国
第3章 アユタヤ― 輝ける交易の都
第4章 シャム 日本人の見た南方の夢
第5章 ラタナコーシン インドラ神の宝蔵

第1会場の第1章と第2章は、東京国立博物館学芸企画部主任研究員の猪熊兼樹さん、第2会場の第3章~第5章は同館学芸研究部主任研究員の末兼俊彦さんのギャラリートークでご案内いただきました。
(とても興味深いお話しばかりでしたが、すべては紹介しきれないので、適宜編集しました。ご了承ください。)

「日タイ修好130周年の今年、東京国立博物館として何かできることはないか、と考えて開催した今回の特別展です。」と猪熊さん。

第1会場の入口では《ナーガ上の仏陀坐像》がやさしい微笑みでお出迎え。

猪熊さん
「日本と同じ仏教国でも、仏像の感じは日本とはまったく異なります。そこでこの仏像を入口に展示しました。」
「お顔を見てみると、現代的な顔で端正でハンサムは顔をしていないでしょうか。」

《ナーガ上の仏陀坐像》(バンコク国立博物館)
とぐろを巻く蛇の神ナーガの上に座って瞑想する仏陀。
7頭の蛇の頭が仏陀を風雨から守っています。 
「手前が《法輪》で後ろが《法輪柱》です。これらはセットで発掘され、もともとは柱の上に法輪が乗っていたことがわかりました。」
手前が《法輪》、奥が《法輪柱》(ウートーン国立博物館)

「モン族の国・ドヴァ―ラヴァティー時代(7~11世紀)の仏像は鼻が横に広いのが特徴です。」
《仏陀立像》(バンコク国立博物館)
「この時代は観音像でなく菩薩像が作られていたのが特徴です。腰をまげたポーズも特徴的です。」

右から《菩薩立像》《菩薩立像》(バンコク国立博物館)
《クベーラ坐像》(クベーラはインド古来の神)(プラパトムチェーディー国立博物館)

第2章 スコータイ 幸福の生まれ出づる国

猪熊さん
「タイ人最初の王朝・スコータイ朝(13世紀~14世紀)は、タイの文化が定まった時代です。」
「座っている足は重ねるだけで、左手は軽くおなかの前に添えて、右手は下に垂らしています。この右手は悪魔を追い払うポーズで、降魔(ごうま)印と言います。頭にはラッサミーという火炎飾りが乗っているのが特徴です。」


右《仏陀坐像》(ラームカムヘーン国立博物館)
左《仏陀坐像》(サワンウォーラナーヨック国立博物館)
「こちらは日本では見かけない「ウォーキング・ブッダ」です。後ろから見るとこの仏像のしなやかさがよくわかりますので、ぜひ後ろからもご覧になってください。」
《仏陀遊行像》(サワンウォーラナーヨック国立博物館)

「こちらも日本であまり例のない《仏足跡》です。」

《仏足跡》(バンコク国立博物館)
「こちらは仏足跡とウォーキング・ブッダがセットになっています。」

左《仏陀遊行像・仏足跡》(バンコク国立博物館)
右はインド由来の想像上の怪獣《マカラ像》(カムペーンペット国立博物館)
第1会場出口近くには各曜日仏のコーナーがあります。
タイでは生まれた曜日によって守ってくれる仏像が決まっています。
右のパネルに自分の生年月日を入れると生まれた曜日がわかるようになっているので、ぜひお試しください。



ここからが第二会場。


第3章 アユタヤ― 輝ける交易の都

末兼さん
「こちらの金象はよく見ると首がはずれるようになっているのがわかります。実際にはずしてみると内側には錘がぶら下がった糸が両耳につながっていて、錘が揺れると両耳がパタパタと動く仕組みになっています。とても精巧な作りですが、タイから日本に輸送する側としてはとても神経を使うので、とんでもないことをしてくれたという思いでした(笑)。」

《金象》(チャオサームプラヤー国立博物館)
第3章は金ピカの展示品が並んでいます。
「タイでは王権の象徴である5種の神器(冠、靴、団扇と払子、王杖、剣)が代々伝わっていました。こちらは団扇と払子、杖のミニチュアです。」

左《団扇、払子、杖(神器ミニチュア)》(チャオサームプラヤー国立博物館)
右は打ち延ばした金に仏陀や菩提樹を打ち出した《金葉》(チャオサームプラヤー国立博物館)
「光るもの担当の私ですが(笑)、一押しはこの鏡です。」
「いずれもインドネシア・ジャワ島で制作され、右の鏡はタイと日本との交易の過程で日本にもたらされたもので、豊臣秀吉所用と伝わっています。」
右《素文透入柄鏡》(京都・妙法院)
左《素文透入柄鏡》(チャオサームプラヤー国立博物館)

 第4章 シャム 日本人の見た南方の夢

16世紀末から17世紀にかけて戦乱の世が治まってくると、タイとの交易も盛んになりました。活躍の場を失った浪人たちもタイに渡り傭兵として重宝がられたとのことです。

末兼さん
「こちらは描かれた年代は幕末ですが、シャムに派遣された朱印船が描かれています。」

手前が《末吉船図衝立》(大阪・杭全神社)
奥は《山田長政奉納戦艦図絵馬写》(静岡浅間神社)
鎧兜をつけた武士たちが甲板上に見えます。
「こちらの像はタイのチーク材で作られています。」

《天部形像(白衣観音坐像台座部材のうち)》(京都・萬福寺)
第5章「ラタナコーシン インドラ神の宝蔵」の入り口には高さ約5.8m、幅約1.4mの「ラーマ2世王作の大扉」がドーンと展示されています。
(「ラタナコーシン」とは「インドラ神の宝蔵」という意味で、現在のバンコク王朝の別名です。)

この大扉だけは写真撮影可能なので、後ろの大きな仏像さん(こちらは写真です)とともにぜひ記念写真を。 


《ラーマ2世王作の大扉》(バンコク国立博物館)

末兼さん
「扉の右側は火災で炭化してしまいました。展示している左側も下の方は少し黒ずんでいます。この大扉は住友財団が保存修理費用の助成をしました。大扉の出品が実現したのは、住友財団のご協力によるものです。これは新たな日タイ交流の姿と言えるのではないでしょうか。」

大扉の先に進むと、会場の真ん中にはなんと川の中を進む象が!
もちろん象は模型ですが、象鞍がどのように背中に乗っているかよくわかります。

「タイで象に乗りましたが、とても揺れてこわかったです。」と末兼さん。

私もタイでは象に乗りました。
小さい象だったせいかあまり揺れませんでしたが、乗っている間象にあげるようにバナナの房を渡されて、こちらに向けられた鼻の先にあげると器用にはさんで口に入れいていましたが、あげるのをやめると「バナナをよこせ」とばかりに鼻の先をこちらに向けて息を吹きかけてきたのには驚きました。

象の上に乗っているのが《象鞍》(バンコク国立博物館)

「私はこれを超・超絶技巧と呼んでいます。」

右《蓮華型銀器》(バンコク国立博物館)、左《香炉》(京都・萬福寺)
近くで見ると本当に凝った装飾がほどこされています。
以上、駆け足でタイ展の様子をご紹介しました。
タイ展の見どころや関連イベントは公式サイトをご覧ください。
 ↓
タイ展公式サイト

平成館前庭では「トーハク BEER NIGHT」が開催されて、タイ料理の屋台や「樽出し」のシンハービールも出ます(4日間限定です。日程等は上記公式サイトでご確認ください)。

とても素晴らしい展覧会です。
それに関連イベントも充実。
この夏はトーハクでタイにひたってみてはいかがでしょうか。
見逃せない展覧会です。

※掲載した写真は東京国立博物館の特別の許可をいただいて撮影したものです。

2017年7月2日日曜日

山種美術館「特別展 没後50年記念 川端龍子 ー超ド級の日本画ー」

山種美術館で開催中の「特別展 没後50年記念 川端龍子 -超ド級の日本画ー」特別内覧会に参加してきました。

今回の展覧会のタイトルで特に目を引いたのが「超ド級の日本画」。

1906年12月、イギリス・ポーツマス海軍工廠で竣工した新型戦艦「ドレッドノート」の出現に驚愕した列強はその後、ドレッドノートに並ぶ「弩級」(当時の表現)、さらには「ドレッドノート」を超える「超弩級」戦艦の建造を競い合いました。

まさに川端龍子の作品は超ド級。
いかに大きな衝撃を当時の日本画壇に与えたか、展覧会を見て納得しました。
今回の特別展は、初期から晩年の作品まで、豪快な大作から四条派、琳派風の繊細な作品まで、龍子芸術のすごさ、素晴らしさ、幅の広さがよくわかる展覧会です。

それでは内覧会の進行に沿って展覧会の様子をご紹介します。

はじめに山種美術館の山﨑妙子館長からご挨拶がありました。

 ○ 今回の特別展では、没後50年を記念して大田区立龍子記念館、東京国立近代美術館
  ほかのご協力をいただいて、龍子の初期から晩年までの作品を展示しています。
 ○ 今回も写真撮影可能な作品があります。前期は《真珠》、後期は《八ッ橋》です。
 
川端龍子《真珠》1931年(山種美術館)
右隻左側の女性が手にする一粒の真珠は何を意味するのか?
謎めいたところに惹かれる作品です。

○ 「Cafe椿」では龍子の作品にちなんで、五種類の和菓子をご用意しています。

左上から時計回りに「涛々」、「夏の思い出」、「竹取」、
「東くだり」、そして中央が「花のすがた」。
私は《鳴門》をイメージした「涛々」をいただきました。
淡雪のふわふわ感が心地よくてとても美味でした。
○ 川端龍子展にちなんで開催される7月8日(土)の山下裕二先生の講演会はすでに定員に
 達しましたが、次回の企画展「上村松園」にちなんで9月9日(土)に開催される芥川賞受
 賞作家 朝吹真理子さんの講演会は受付中です。
  (詳細はこちらをご覧ください)
   http://www.yamatane-museum.jp/event/shoen2017.html

続いて、明治学院大学教授で山種美術館顧問の山下裕二さんから、スライドを使って展覧会の見どころを解説していただきました。

○ 展覧会のポスターには大きく「RYŪSHI」という文字を入れました。
  川端龍子(1885-1966)は、生前は横山大観、菱田春草、上村松園、鏑木清方らと並ん
 で著名な日本画家でしたが、没後は忘れ去られた存在で、名前に「子」がつくので女
 性だと思っている方もいるかもしれないので、今回の展覧会では、まずは川端龍子の名
 前を知ってもらおうと考えて、この文字を入れました。

○ 今回は大田区立龍子記念館から多くの作品をお借りしました。
  同館は龍子が亡くなる3年前に自分で建てた個人美術館で、11月3日から没後50年特別
  展を開催するので、ぜひこちらも見ていただきたい。

○ 龍子は小さいころから絵が上手でした。
  《狗子》は14歳の頃に学校の授業で描いた作品で、円山応挙や長沢芦雪の模写です。
  先生の評価が書かれていて、この作品は「上」ですが、評価が「中」の作品もありま
 す(笑)。

川端龍子《狗子》19世紀(明治時代)(右)、《四季之花》1899年(中央)、
機関車》1899年(左)、(いずれも大田区立龍子記念館)
《狗子》の右下の名前の上には赤く「上」と書かれていますが、
《機関車》の評価は「中」です。龍子は大の犬好きで、
画室内で飼い犬が遊んでいても注意しなかったそうです。

○ 龍子は、最初は洋画家を目指していました。
  《女神》は、壺を掲げる女性と背景の珊瑚から、青木繁《わだつみのいろこの宮》(ブ
 リヂストン美術館蔵)の影響がうかがえます。

川端龍子《女神》20世紀(明治時代)(大田区立龍子記念館)
 ○ 若くして結婚した龍子は、生活のため新聞や雑誌の挿絵を手がけました。
  ここでジャーナリズムの世界にかかわったことが、のちになってタイムリーなテーマ
 を取り上げるジャーナリズム感覚を身に着けるきっかけになったと言えます。
川端龍子《漫画東京日記》1911年(左下)(大田区立郷土博物館)、
川端龍子、鶴田吾郎の共作《大和めぐり》1915年(上)、
《スケッチ速習録》第1号1915年(右下)
(いずれも大田区立龍子記念館)
○ 龍子は洋画の勉強のために渡米しますが、早々に帰国して、その後は日本画家に転向
 しました。
  こちらが第8回再興院展に出品した《火生(かしょう)》です。
  発表当時、この作品は批評家たちから「会場芸術」と批判されましたが、龍子はこれ
 を逆手にとって、自分の作品を「会場芸術」と称して大作を次々と発表します。

川端龍子《火生》1921年(大田区立龍子記念館)
全身炎に包まれた体。ものすごい迫力!
○ 龍子は、昭和3年(1928年)に再興院展を脱退し、翌年、青龍社を立ち上げ、第一回青
 龍展を開催します。
  その時に出品されたのが《鳴門》です。
  青龍社は、再興院展に対抗して、ダイナミックさ、スケール感、スピード感をもった
 作品を目指していました。この作品では、日本画の絵の具の中ではもっとも高価な群青
 を6斤(約3.6Kg)も使って、鳴門の荒波を表現しています。  

川端龍子《鳴門》1929年(山種美術館)
海のうねる音が聞こえてきそうな迫力です。
○ 《草の実》は1931年の作品で、前年に発表した《草炎》(東京国立近代美術館)の評判
 が良く、もう一枚書いてほしいとの要望があって製作されたものです。
  この作品には、紺紙金字一切経(神護寺経) (12世紀(平安時代) ロンドンギャラリ
 ー)など紺紙金泥経の影響がうかがえます。
  独学で日本画を勉強してきた龍子ですが、この時期になると上手になってきました 
 (笑)。自信をもって線を描いています。また、何種類もの金やプラチナを使っていて、
 手前を濃く、奥を薄く描いて、奥行きがあるように見せています。
  酒井抱一《夏秋草図屏風》(東京国立博物館)の影響も見て取れます。

川端龍子《草の実》1931年(大田区立龍子記念館)

《草の実》の解説です。
紺紙金字一切経(神護寺経)の写真も掲示されています。
 ○ 龍子は、画風の振れ幅が大きく、多面性をもった画家で、それが龍子の魅力と言えま
 す。
  《黒潮》は、第2回個展に出品された作品で、すきっとした切れ味の鋭い作品に仕上が
 っています。

川端龍子《黒潮》1932年(山種美術館)
 ○ 《龍巻》は、第5回青龍展に出品された作品です。
  この作品は、下図の段階で天地を逆にしたもので、竜巻で舞い上がった海の生き物が
 天から降ってきています。

川端龍子《龍巻》1933年(大田区立龍子記念館)
1933年といえば日本が国際連盟を脱退し、ドイツではヒトラーが政権をとった年。
当時の不穏な空気が感じられる作品です。
 一方で、《鶴鼎図》のように円山四条派風のオーソドックスな作品も描いています。

川端龍子《鶴鼎図》1935年(山種美術館)
○ 龍子は、軍の嘱託画家として中国戦線に行っています。その時、龍子は偵察機に同
 乗して、その体験をもとに《香炉峰》を描きました。
  龍子は高所恐怖症だったようですが(笑)。

○ 描かれた戦闘機の機体が半透明で、背景の山が透けて見えています。こんな発想はど
 こから出てきたのでしょうか。やはり異色な画家です。
  パイロットはしっかり自分の顔を描いています(笑)。
  画面に広がりをもたせるため、機体をわざとはみ出させています。これは俵屋宗達
 《風神雷神図屏風》で雷神の太鼓が枠からはみ出ているのと同じ効果ですね。 

川端龍子《香炉峰》1939年(大田区立龍子記念館)
描かれているのは零戦の一代前の九六式艦上戦闘機。
縦2.4m、横7.2mの大作です。

○ 《爆弾散華》は第17回青龍展に出品された作品です。
  龍子の自宅は終戦の2日前に米軍の爆弾が落ちて大きな被害を受けました。そのときの
 菜園の野菜が吹き飛ぶ様子が描かれています。

川端龍子《爆弾散華》1945年(大田区立龍子記念館)
飛び散る金箔が戦争の悲惨さを物語っているように感じられます。

○ 時代をとらえるジャーナリストとしての視線も活かされています。
  《夢》は1950年に中尊寺金色堂に安置されている藤原四代のミイラの学術調査が行わ
 れた際、実際に現地に取材して描いたものです。

川端龍子《夢》1951年(大田区立龍子記念館)
○ 《松竹梅のうち「竹(物語)」》は、横山大観、川合玉堂、川端龍子の三巨匠が、3回
 開催された「松竹梅」展でそれぞれ描いた松竹梅のうち、第3回展で龍子が描いた作品で
 す。
  院展脱退以降、大観との間に確執があった龍子ですが、こういった交流もありまし 
 た。大観と龍子の関係はこれからの研究テーマではないでしょうか。

川端龍子《松竹梅のうち「竹(物語)」》1957年(山種美術館)
○ 龍子は仏教への関心の高さを示す作品も描いています。
 《十一面観音》は、龍子が自邸内に設けた持仏堂に安置していた本尊を描いた作品で
 す。

川端龍子《十一面観音》1958年(大田区立龍子記念館)
そして最後に山下さん。
「川端龍子は、作風の振れ幅が広く、多面的な側面をもった画家です。このスケール感の大きさをぜひ体感してください。」

7月16日(日)にはNHK「日曜美術館」で川端龍子展が紹介される、とのことです。

続いて会場では担当学芸員の南雲さんのギャラリートークをおうかがいしました。

第1章 龍子誕生 ー洋画、挿絵、そして日本画ー

○ 龍子は、旧制中学中退後、白馬会洋画研究所に入り洋画を学びました。
  古事記の海幸彦、山幸彦の神話を題材にした《女神》は20歳前後の習作で、《風景(平
 等院)》は激しい筆致の作品で、光を取り入れ明るい色彩で描いているところは外光派
 (戸外に出て外光のもとで制作した画家のグループ)の影響を受けている可能性もありま
 す。
 

川端龍子《風景(平等院)》1911年(大田区立龍子記念館)
○ 21歳で結婚した龍子は、生活のため国民新聞に勤務し、新聞の挿絵や「少女の友」の
 イラストなどを描いていました。
  国民新聞では、大相撲の取組を現場に行ってスケッチして、徹夜でそれを木版画
 にして、翌日の新聞の印刷に間に合わせるということもしていました。その仕事を通じ
 て龍子は相撲好きになりました。

第2章 青龍社とともに ー「会場芸術」と大衆ー

○ 昭和3年に脱退した再興院展への対抗意識が強かった龍子は、第一回青龍展を再興院展
 の会場の隣の会場で開催しました。
  第一回青龍展に出品された《鳴門》では金がふんだんに使われています。
  《爆弾散華》でも金箔が今までになかったような独特な使い方がされています。

川端龍子《鳴門》(部分)1929年(山種美術館)
下から見上げると金がキラキラ輝いているのがよくわかります。
第3章 龍子の素顔 -もう一つの本質ー

○ 《千里虎》は出征する息子のために描いた作品です。虎は一日のうちに千里を往復す
 ると言い伝えられていて、息子を思う父親の気持ちが表れている作品です。

川端龍子《千里虎》1937年(大田区立龍子記念館)
父親の願いはかなわず、息子さんは外地で帰らぬ人となりました。
見ていて胸がジーンとする作品でした。
そして最後に南雲さん。
「今回の展覧会は、川端龍子を知らない方にぜひ知ってもらいたいと考えて企画しました。大作だけでない龍子の魅力をぜひご覧になってください。」

(みなさんから大変興味深いお話をたくさんおうかがいしましたが、とても全部は紹介しきれないので、適宜編集しました。ご了承ください。)

展覧会のタイトルどおりまさに「超ド級」の日本画展。
前期は7月23日(日)まで、後期は7月25日(火)から8月20日(日)までです。
前期に行くか、ポスターにもなっている《金閣炎上》(1950年 東京国立近代美術館)が出る後期に行くか、それとも両方行くか悩ましいところですが、いずれにしても川端龍子のスケールの大きさが実感できる、またとない絶好の機会です。
お見逃しなく。

展覧会の詳細はこちらです。
 ↓
http://www.yamatane-museum.jp/

※掲載した写真は、山種美術館の特別の許可を得て撮影したものです。

2017年6月24日土曜日

静嘉堂文庫美術館「~かおりを飾る~珠玉の香合・香炉展」トークショー&ブロガー内覧会

6月18日(日)の午後、静嘉堂文庫美術館「~かおりを飾る~珠玉の香合・香炉展」トークショー&ブロガー内覧会に参加してきました。
国宝・曜変天目(稲葉天目)~高さ70cmの台に乗せて展示したのは初めての試み

はじめに地下一階の講堂で、ゲストの陶磁研究家 森 由美さん、静嘉堂文庫美術館学芸員 長谷川祥子さん、ナビゲーターに 青い日記帳のTakさんのトークショーをおうかがいしました。

Takさんの「今回の展覧会のタイトルは『香合・香炉』。はじめに香合と香炉の違いをご解説お願いします。」との投げかけから始まったトークショー。とても楽しく、とても参考になる内容でしたので、ここでみなさんのお話の概要を紹介したいと思います。
(筆者の判断で編集しました。文責は筆者にあります。トークショーの雰囲気だけでもつかんでいただければと思います。)

長谷川さん 香合は、貴重なものを入れる蓋付き容器。香炉は香りを焚く器。
     中に練香(ねりこう)や香木を入れて焚きます。
      静嘉堂文庫では漆の香合を約130点、焼物の香合を約120点、香炉を約百数
     十点所蔵していて、その中から100点ほどを厳選して展示しました。
      歴史的には香炉の方が先ですが、展覧会のタイトルには所蔵点数の多い香合
     を先にもってきました。
Takさん 香合は千利休の侘び茶の時期に注目度が上がったのでは?
森さん  堆朱(ついしゅ)といって漆を重ね塗りして文様を彫刻した漆の香合が室町時代
    に流行して、桃山時代以降には焼物の香合が流行して江戸時代にブームを迎えま
    した。
長谷川さん 漆の香合は、明時代のものが特に貴重でした。もとはおしろい入れなどだっ
     たのでしょうが、日本にやってきて香合に見立てられました。
Takさん 室町時代から桃山時代にかけて価値観の変化があったのでは?
森さん  室町時代には、「君台観左右帳記」に記載されているように、中国から来た、
    茶碗、青磁、香合、香炉といった唐物(からもの)が室町将軍家によって重要なも
    のとなりました。それは権力者に必要なものだったのです。
     安土桃山時代に書かれた「山上宗二記」には以前とは違うものが「名物」とし
    て掲載されいてます。
Takさん そういった意味では、室町時代に貴重だった「曜変天目(稲葉天目)」は人寄せパ
    ンダでなく、当時の人たちの価値観の変化の中に位置づけられますね。
長谷川さん 人寄せパンダというところもありますが(笑)、唐物にちなんだものとして展
    示しています。
     曜変天目は、最近、積極的に展示するようにしていますが、出会うたびに見え
    方が違います。
     高い台に展示すると上から見えにくいので、今回は初めての試みとして、高さ
    70㎝の台に展示してみました。
     この高さなら子どもや車いすの方でも茶碗の内側を見ることができます。
     他館からお借りしたものでは、低い台に展示すると価値を低くするようで抵抗
    がありますが、当館の所蔵品なので遠慮せずにできました(笑)。
森さん  青磁の香炉も展示されていますが、曜変天目と同じくらい貴重なものです。
    唐物趣味の出発点ですね。
長谷川さん 今回は曜変天目のレプリカも展示しています。重さは本物より6グラムだけ軽
     いものなので、ぜひお手にとって曜変天目の感触を実感してみてください。
      今回の展覧会のために九代・長江惣吉さんに、土も福建省の建窯から取り寄
     せていただいただき、曜変天目の寸法と重量に近づけた天目茶碗を作成してい
     ただきました。

曜変天目とほぼ同寸、同重量で作られた茶碗、重さは270g
天目茶碗の感触が何ともいえずいいです。

Takさん 価値観が変わる2つめの転換点は江戸後期ですね。
森さん  安政2年(1855年)に名古屋の道具商を中心に作られた番付「形物香合相撲」に
    は、江戸初期にめでられたものと違うものが並んでいます。
     ただし、いいものは大関に位置づけられていますが、下の前頭の方は道具商側
    が売り出したいという思惑もあったようです。
     

壁にかけられた番付のパネル
この番付に静嘉堂コレクション35点が確認され、そのうち
今回は32点が展示されていて、展示作品には青字で展示番号がふられています。
森さん  番付の東方上位には交趾と書かれた香合が多いですが、交趾とは現在のベトナ
    ム北部のことで、ベトナム方面からの「交趾船」でもたらされたものです。
     現在では中国福建省産ということがわかっていますが、黄、紫、緑に彩られて
    いるのが特徴です。

右が「交趾鹿香合」、左が「交趾狸香合」

解説にはふたを開けた状態の写真が掲載されていて、
中の構造がわかるようになっています。

Takさん 交趾は香入れだったのでしょうか?
森さん  薬や軟膏、紅などの化粧品、またはアクセサリーといった貴重なものを入れて
    いた可能性があります。
     茶の湯で重要なのは「見立て」です。小さくてかわいいものを香合に見立てて
    茶の湯に取り入れたのでしょう。
     19世紀には海外で日本ブームがおこり、香合をコレクションした外国人もい
    て、中には3000点も蒐集した人もいました。
     香合ではありませんが、マリー・アントワネットは蒔絵と香箱のコレクターで
    した。

吉野山蒔絵十種香道具
Takさん  こちらの香道具は一度出すと、しまうのが大変では。
長谷川さん 決められたとおりしまわないと納まらなくなってしまいます(笑)。
      しまい方がわからなくならないよう写真に撮っていて、それを見ながらしま
     うのです。
      この香道具はおそらく大名家の嫁入り道具だったと思われます。金づくし
     で、絵も素晴らしいです。
      数種の香をたき、その香の名を言い当てる「組香(くみこう)」では源氏物
     語、伊勢物語などの古典や和歌の素地が必要でした。文学の素養がないと上
     流階級のサロンにはいられませんでした。
森さん  「香を聞く」と「お茶のお点前」は感覚が違うということをあらためて感じ
     ました。
      お茶席に出されるものの中では色どりがある香合の季節は冬とされ、例え
     ば、夏にふさわしい涼しげな川の模様も、雪景色に見立てられました。
Takさん 茶道具というと敷居が高いと思ってしまいますが、実際に展覧会を見ると、小さ
    くて色とりどりのものあがって、見ていて楽しくなって、「かわいい」を連発し
    てしまいました。ご来場のみなさんもぜひこの印象をお持ち帰りいただきたい。
長谷川さん 香合は「かわいい」と読めませんか?(笑)
Takさん 香合・香炉の展覧会ですが、匂いがわかりませんが。
長谷川さん 香老舗 松栄堂さんのご協力をいただいて、匂い香づくり体験ができるワー
     クショップを7月1日(土)に開催しますので、ぜひご参加ください。
      また、ミュージアムショップでも、松栄堂さんのお香を販売しています。
      お香の匂いを体験していただいて、ぜひとも平安時代からつながる薫物(たき
     もの)の文化につながっていただきたい。
森さん  焼物を見ると、それを作った人、愛でた人、「かわいい」といって集めた人、
    そういった人たちが見えてきて話しかけてくるように思えます。
     この展覧会は内容がとても素晴らしいので、焼物の楽しみ方の入門にしてい
    ただきたいと思います。

トークショーの後は、学芸員の長谷川さんのギャラリートーク。
展示作品を丁寧に解説していただきました。

「こちらは平安時代の香炉です。仏教伝来とともに香料が伝えられ、香炉は仏教の必需品でした。」
正面が瓶鎮柄香炉(銅製鍍金) 平安時代
続いて中国・明時代に作られた青磁の香炉。
船に乗っている人や、家の中にいる人、それに上に乗っている獅子もかわいいです。
右の李白の顔が赤いのは、やはり大酒飲みだったから?
右から「青磁李白香炉」、「青磁獅子人物火燈香炉」、「青磁舟形香炉」
いずれも明時代
 次に同じく明時代の彩色の香炉が続きます。
船の上の人も、飛び跳ねる馬もかわいいです。
京焼の鳥兜もかわいいです。
右から「五彩人物文三日月形香炉」、「古染付雲鶴馬文香炉」(いずれも明時代)、
「色絵鳥兜香炉」(京焼(小清水) 江戸時代)
 続いて、漆芸(しつげい)香合(塗物(ぬりもの)香合)。
右から「紅花緑葉太公望香合」、「堆朱桃形牡丹香合」、「屈輪冠香合」
(いずれも明時代)

日本の焼物も頑張っています。こちらは香炉です。
右から「俵に猫香炉」、「彩色備前鵜香炉」(以上、備前焼 江戸時代)
「黄瀬戸獅子香炉」(美濃焼 桃山時代)
こちらは同じく日本の香合です。
右から「朱漆塗蒔絵柿香合」、「小手毬形蒔絵香合」(江戸時代)
こちらは野々村仁清の作品です。
法螺貝は近くで見ると金を使っているのがよくわかります。
重要文化財 色絵法螺貝香炉(野々村仁清 江戸時代)
左の香合の白くて小さい蝸牛がかわいい!
右から「仁清羽子板香合」、「仁清蝸牛香合」(いずれも京焼「仁清」印 江戸時代)
長谷川さんには時間いっぱいまで会場内をまわって解説していただきました。
どうもありがとうございました。

大きい作品もありますが、とても小さくて、かわいい作品がたくさん並んでいて、細部までじっくり見れば見るほど楽しめる展覧会です。

先ほど紹介した、匂い香づくりが体験できるワークショップ、講演会や学芸員さんによる列品解説に参加してみるのはいかがでしょうか。
詳細は静嘉堂文庫美術館の公式サイトをご覧ください。
  ↓
 静嘉堂文庫美術館 ~かおりを飾る~珠玉の香合・香炉展 

ミュージアムショップで販売している文庫サイズの小さなガイドブックも、主な作品が掲載され、解説も丁寧なのでとても参考になります。

ガイドブックとクリアファイル


 最後に会場で河野元昭館長さんにお話をおうかがいする機会があって、「曜変天目は最初はもっと照明が暗かったが、開会直前に私の判断でもっと明るくした。」とのお話をお聞きすることができました。
 みなさまどうもありがとうございました。


※掲載した写真は美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。