2019年4月14日日曜日

藝大コレクション展2019 in 東京藝術大学大学美術館

東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館では、4月6日(土)から「藝大コレクション展2019」が開催されています。

春らしい装いの展覧会チラシ

藝大コレクション展は、同館が所蔵する約3万点のコレクションの中からテーマごとに選ばれた作品を見ることができる貴重な機会なので、毎年楽しみにしている展覧会の一つです。

今年も西洋画あり、日本画あり、浮世絵ありのバラエティに富んだ充実の内容。
会期は6月16日(日)までですが、第1期と第2期で大幅な展示替えがあります。
国宝の奈良時代の絵巻《絵因果経》、重要文化財の狩野芳崖《悲母観音》、さらには江戸時代中期の文人画家・池大雅(1723~1776)の特集は第1期のみなので、まずは第1期が終了する5月6日(月・休)までに訪れてみましょう!

それでは、さっそく特集テーマを中心に展覧会の様子をご紹介したいと思います。
※館内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。
※内覧会では、同美術館の熊澤弘准教授、古田亮准教授に作品の解説をしていただきました。今回のレポートは、おうかがいしたお話をもとに、私の感想などを織り混ぜながら構成したものです。


特集テーマ1 池大雅(第1期のみの展示です!)
 -名作《富士十二景図》が初めて12か月一堂に展示されます!-

池大雅《富士十二景図》(第1期のみ展示)


十二景図なので、1月から12月まで12か月分あって当然なのでは?
と思われるかもしれませんが、実はそうではなかったのです。

《富士十二景図》は12幅のうち、東京藝術大学大学美術館が7幅、芦屋市にある滴翠美術館が4幅所蔵していて、1幅だけは所在不明でした。2018年に京都国立博物館で池大雅展が開催された時も、両館が所蔵する11幅が展示されました。
ところが、その後、不明だった1幅(「九月 緑陰雑紅」)の所在が明らかになり、奇跡的なめぐり合わせで東京藝術大学大学美術館が所蔵することになり、今回めでたく12幅そろって展示されることになったのです。

大正14(1925)年には12幅そろっていたことが確認されていたので、90年以上たって再びそろったことになるのですが、所在が明らかになったあとも慎重な調査が行われ、描写や筆法などが他の月と共通すること、表装が同じであること、軸の部分が陶製であることなどから、大雅の真筆間違いなしという結論に至りました。

また、調査では単独で売り立てに出すのに不都合だったためか、軸装上巻部の外題の「九月」の箇所が切り取られていたこと、クリーニングにより他の作品にあるような雨だれあとがなく、サイズも少し小さくなっていることなども判明しました。

《富士十二景図》をめぐる興味深い物語については、こちらの図録に古田さんが書かれていますので、ぜひご覧になっていただければと思います。
館内のミュージアムショップで販売しています。税込500円。値段もボリュームもとてもお手頃です。
図録『池大雅筆 富士十二景図』

《富士十二景図》が収められていた箱裏には、天明2(1782)年に書かれた大雅の妻・玉瀾(1727~1784)の書があって、大雅の没後も玉瀾の手元にあったことがわかります。


玉瀾の没後、《富士十二景図》は人の手に渡りますが、図録『池大雅筆 富士十二景図』では、この作品は、大雅が同じく画家であった玉瀾の絵手本として、そして、自分の死後に売って生活費にあてることも考えて制作したのではという説も紹介されいてます。

《富士十二景図》は、もちろん絵そのものも素晴らしいのですが、一人だけ旅をしていた「九月君」が他の十一人の兄弟たちと再会した喜びや、大雅の妻への思いをかみしめながら見ると、また一段と味わい深いかもしれません。
人物も、動物も、花や木の葉も細部まで丁寧に描かれています。ぜひゆっくりご覧になっていただければと思います。

展示ケースの中には池大雅の絵手本が展示されています。
右が、池大雅、伊孚九『山水画譜』、
中央と左が池大雅『大雅堂画法』『大雅堂画譜』
(第1期のみの展示)
池大雅の作品は他にも3点展示されています。

池大雅《三上孝軒・池大雅対話図》
(第1期のみ展示)


右から、池大雅《荷仙姑図》《秋下荊門図》
(第1期のみ展示)
特集テーマ2 イギリスに学んだ画家たち(第1期第2期で展示替えがあります!)

もう一つの特集は、イギリス帰りの西洋画家たちの作品展示。
明治期にはフランスに留学する学生が多かったのですが、イギリスを留学先に選んだ学生たちもいました。
その一人が首都ロンドンのナショナル・ギャラリーでレンブラントの模写に励んだ原撫松。左の《ヴァイオリンを弾く男》はいかにも「レンブラント!」と思える陰影のある作品。右の《裸婦》は、光と影のコントラストが見事!
後期には原撫松が模写したレンブラントの《使徒パウロ》が展示されます。

左から、原撫松《ヴァイオリンを弾く男》(第1期のみ展示)
裸婦》(通期展示)
「あれはラファエル前派のロセッティの作品では?」

そうです。
下の写真左の作品は、明治末期にイギリスに滞在した高木背水がダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ原作の《ベアタ・ベアトリクス》を模写した作品です(通期展示)。
海外から入ってくる本物の西洋絵画が多くなかった明治期には、模写作品は、国内にいる画学生たちにとって貴重な教材だったのです。


「イギリスに学んだ画家たち」展示風景

さて、順番は前後しますが、展示会場入口には東京美術学校(現在の東京藝術大学)西洋画科の初代教授・黒田清輝と、黒田清輝がフランスに留学していたときの師・ラファエル・コランの作品が並んでお出迎えしてくれます。

右 黒田清輝《婦人像(厨房)》
左 ラファエル・コラン《田園恋愛詩》
(いずれも通期展示)

師弟といっても、幻想的で浮世絵にでも出てくるような構図で、ジャポニズムの影響が感じられるコランと、重厚でいかにも西洋絵画らしい黒田清輝の対比に興味がひかれます。

正面の右側から展示室内に入ると、先に紹介した特集のコーナー。右側が池大雅、左がイギリスに学んだ画家たちの作品が並んでいて、そこを通りすぎて会場の突き当りが浮世絵のコーナーになっています。

浮世絵コーナーの展示風景

ここでの注目は初代歌川広重「名所江戸百景」のうち《大はしあたけの夕立》。
画面右の河岸に舟が浮かんでいますが、舟がないバージョンもあるのでこちらは貴重なバージョン。ぜひ近くでよくご覧になってください。

初代歌川広重「名所江戸百景」のうち《大はしあたけの夕立》
(第1期のみの展示)


浮世絵の手前の展示ケースには、冊子になっている初代歌川広重の「東海道五十三次」のシリーズ(左)と、高橋由一のスケッチブック(右)が並んでいます。
どちらも開いているページは静岡・島田の大井川の渡しの場面なので、江戸末期と明治初期の描き方や景色の違いが比較できます。

右 高橋由一「スケッチブック」
左 初代歌川広重「東海道五十三次」
(いずれも第1期のみ展示)


ケースの反対側には、狩野派の作品が展示されています。
こちらは江戸前期の狩野派を代表する狩野探幽の《名所図巻》。
京都・二条城襖絵のように、いかにも狩野派らしい大胆な絵もいいのですが、探幽の落ち着いた大和絵もいい雰囲気出してます。春らしく桜がきれいに咲いています。

狩野探幽《名所図巻》(第1期のみ展示)

隣には、江戸中期、八代将軍吉宗に仕えた狩野古信筆と伝えらえる《熱海温泉地取》。熱海温泉の情景をスケッチしたもので、写真がなかった当時としてこういったスケッチが貴重な資料でした。

伝 狩野古信《熱海温泉地取》(第1期のみ展示)

浮世絵コーナーの反対側には、奈良時代の絵巻物、国宝の《絵因果経》が展示されています。
こちらの作品は東京美術学校が創設されたときにはすでに所蔵されていて、美術教育の教材としても貴重なものだったとのことです。
やさしい仏様たちのお顔に心がなごみます。

国宝《絵因果経》(第1期のみ展示) 

続いて会場内を折り返して、右側に目をむけると狩野芳崖の遺作《悲母観音》が目に入ってきます。
神々しく輝く観音様と観音様の救いを求めるかように振り向く赤子。
描かれたのは、観音様なので仏教が主題の絵なのですが、キリスト教の聖母子像のイメージも感じさせてくれる作品です。

右から、狩野芳崖《悲母観音》(重要文化財)、荒木寛畝《振威八荒》、
狩野友信《羅漢》(いずれも第1期のみ展示)
日本画の向かい側は西洋画のコーナー。

右から、和田英作《思郷》、高橋由一《鮭》(重要文化財)、
ハンス・ホルバイン原作 岡田三郎助 摸本制作
《カンタベリー大司教ウィリアム・ウォーラム像》
(いずれも通期展示)

高橋由一の《鮭》は子供のころ見た日本史図鑑に載っていたので、「明治の日本の西洋絵画といえば《鮭》」と条件反射的に思うほど強烈な印象をいまだに持っている作品です。

《鮭》といえば、美術館の建物に入って正面のチケット売り場前の床に注目です。

床に鮭が描かれています。

ここだけは撮影可なので、みなさんの足元と一緒にぜひ記念に一枚!



池大雅に代わる第2期の特集は「東京美術学校日本画科の風景画」。
絵巻の風景をもとに新たな風景画を描いた松岡映丘、大和絵のように現代の風景を描いた山口蓬春はじめ美校卒業生たち新しい風景画の特集です。

さらに狩野芳崖《不動明王》、橋本雅邦《白雲紅樹》、川合玉堂《鵜飼》ほかの作品もアナウンスされているので第2期展示も楽しみです。

さて、「藝大コレクション展2019」はいかがだったでしょうか。

これからゴールデンウィークに向けて、すがすがしい天気が続く季節になります。
ぜひとも春の上野公園にお越しいただいて、藝大コレクションを楽しんでいただければと思います。

展覧会の概要はこちらです。

会 場  東京藝術大学大学美術館 本館地下2階 展示室1
会 期  第1期 4月6日(土)~5月6日(月・休)
     第2期 5月14日(火)~6月16日(日)
     第1期と第2期で大幅な展示替えがあります。
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日(4月29日、5月6日は開館) 
観覧料  一般 430円(320円) 大学生 110円(60円)
*高校生以下及び18歳未満は無料
*(  )は20名以上の団体料金
*団体観覧者20名につき1名の引率者は無料
*障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料

今回、池大雅《富士十二景図》について解説していただいた古田准教授の著書『日本画とは何だったのか』(株式会社KADOKAWA 角川選書 2018年)は、昨年「いまトピ~すごい好奇心のサイト」のコラムで紹介させていただきました。


コラムの中で紹介した展覧会はすでに終了していますが、古田准教授の他の著書の紹介や、北茨城の五浦(いづら)や横浜の観光案内も兼ねていますので、ぜひこちらのコラムもご覧になっていただければと思います。

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