2019年9月17日火曜日

リニューアルオープンした大倉集古館で特別展「桃源郷展」が始まりました!

東京・虎ノ門にある大倉集古館が9月12日(木)にリニューアルオープンしました。
改修のため5年半休館していたので、あの中国風の建物はもう見られないのかな、と思いつ
つ近くまで来てみると、見えてきました!あの懐かしい建物が。



外見を見てホッとしたところで周囲を見渡してみると、今までとは違って水辺もあって広々としたようなたたずまい。

展示を見終わって日も暮れて外に出て見る夜景もまた格別。
うしろには高層ビルも見えるので、中国の西安か上海のような大都市に紛れ込んだ気分。



今回のリニューアルでは、大倉集古館をこの地域のランドマークとするため、建物そのものを曳家工事で後ろに移動させて、地下に事務室や収蔵庫をつくり、前に広々とした水場を新設したとのこと。そして、地震対策のため地下に免震層を設置したとのことです。
建物自体が免震台の上に乗っているようなものなので、地震になっても展示作品も来館者も安心ですね。

さて、今回はリニューアル記念ということで特別展はおめでたいタイトル。
それに中国とも深いかかわりのあるテーマです。

大倉集古館リニューアル記念特別展「桃源郷展-蕪村・呉春が夢みたものー」

展覧会概要
会 期  9月12日(木)~11月17日(日)
 前期 9/12-10/14 後期 10/16-11/17
 (前期後期で展示替えがあります→作品リスト) 
休館日  毎週月曜日(祝日は開館し、翌日休館)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料  一般 1300円ほか
関連イベントもあります。詳細は公式ホームページをご覧ください。



さて、さっそく会場内をご案内していきましょう。
今回ご案内いただいたのは、大倉集古館主任学芸員の田中知佐子さん、そして同館学芸部顧問に就任された安村敏信さん。あの「萬(よろず)美術屋」の安村さんです。

※会場内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で特別に許可をいただいて撮影したものです。

1階正面の入口から入ってエレベーターで2階に上がります(←エレベーターも新設されました!)。

展覧会のタイトルが「桃源郷展」なので、展覧会のチラシも桃の形がデザインされていて、チケットも桃のかたち。


展示の章立ても桃一色です。

第一章 呉春「武陵桃源図屏風」-蕪村へのオマージュ-
第二章 桃の意味するもの-不老長寿・吉祥-
第三章 「武陵桃源図」の展開-中国から日本へ-

第一章では、同館がアメリカのパワーズ・コレクションから購入した新収蔵品の呉春《武陵桃源図屏風》を中心に、呉春とその師・蕪村が描く武陵桃源郷の作品が展示されています。


呉春《武陵桃源図屏風》(大倉集古館)
全期間展示
呉春がこの作品を描いたのは35歳くらいのころ。ちょうど師・蕪村が亡くなった時期と重なります。
「この作品は呉春の師・蕪村への思いが反映されているのでは。」と主任学芸員の田中さん。「右隻の若い漁夫は呉春本人、左隻の正面を向いた老人は陶淵明。陶淵明の姿に敬愛する蕪村への深い思いが重ね合わされていると思われるのです。」

桃源郷といえば陶淵明(365-427)の「桃花源記」に記されている理想郷。

右隻には桃の林が続く小川を漁師が船で上って行く場面が描かれています。

「桃花源記」ではこう記されています。(以下、あらすじです。)
時は東晋・孝武帝の太元年間(376-394)、一人の漁師が谷川に沿って船を漕いでいると、桃花の林に出逢い、川の両岸には桃以外の木は一本もなく、芳しい花が咲きほこり、花びらがひらひらと舞い落ちていました。

林の奥まで見届けようとした漁師はそのまま川を上っていくと、水源のところで林が尽きて、そこにあった山にあった小さなトンネルに入ってしばらく行ってたどり着いたのが「桃源郷」。

左隻には桃源郷で木の下に語らう老人たちの姿が描かれています。

「桃花源記」では桃源郷の様子がこう記されています。
そこには立派な家が立ち並び、よい田畑、美しい池、桑や竹の類があって、鶏や犬の声が聞こえ、老人や子どもまでみなにこにこして楽しそう。
そこで歓待を受けた漁師が村の人たちと話していると、先祖が秦の時の戦乱を避けてこの人里離れた山奥にやってきて、漢も、魏も晋も知らないという。

展示されている与謝蕪村の《桃源郷図》には、漁師が船に乗ったまま小さなトンネルに入ったり、桃が咲いているという記述がないのに桃源郷に桃の木があって花が咲いていたりなど、画家が想像で描いた世界を見てみる楽しさもあります。
呉春の《武陵桃源図屏風》でも桃源郷に桃の木が描かれています。

「桃花源記」はそのあとも続きます。
数日して帰るときに、この地のことは他の人に言わないようにと告げられていたのに、帰りにところどころ目印をつけて、戻った後、郡の太守に告げたところ、太守が人を遣わせて漁師とともに目印に沿ってたどって行ったが道に迷ってしまった。

陶淵明は詩作をしながら酒を友とする悠々自適の生活を送ったとされていますが、実際には苦労の連続でした。
没落した貧困家庭に育った陶淵明は、若いころから文章の才能があり、生活のため官職に就きますが、組織にはなじめなかったようで任退官を繰り返し、晩年は、病苦と生活苦に悩まされました。

陶淵明の現存する詩作は意外と少なく、詩124編、文12編だけですが、その全編が岩波文庫『陶淵明全集(上)(下)』の二冊に収められています。ぶ厚い何冊もの高価な「全集」でなく、文庫で「全集」を読むことができるのがうれしいです。


全作品の原文に訓読文、注、現代語訳があるのでとても読みやく、現実社会とのつきあいに苦しみ、悩みながらも、隠遁生活を実現して、酒を愛し、清貧を貫いた陶淵明の姿が作品や解説から浮かび上がってきます。


第二章では、桃が描かれた中国の絵画や工芸が展示されています。
「ここでは桃源郷や不老長寿・吉祥としての桃が中国ではどのように描かれていたのか見ていただきたいです。」と安村さん。
うしろの中国風の格子窓も健在でした。


第三章では蕪村・呉春以降に日本で桃源郷が描かれた作品が展示されています。
「日本では吉祥といえば桃でなく梅や梅林。桃を意匠化した工芸作品は少ないのです。」と安村さん。谷文晁《武陵桃源図》(個人蔵)や富岡鉄斎《武陵桃源図》(光明寺)(いずれも全期間展示)とともに、探すのに苦労されたという貴重な工芸作品、南紀男山焼の《染付桃源僊居図水指》(三井記念美術館)(全期間展示)もぜひご覧になってください。



1階に移ります。1階は特別展と同時開催の「大倉集古館名品展」が開催されています。
(特別展のチケットで入館できます。前期後期で展示替えがあります→作品リスト)

こちらは大倉集古館の顔ともいえる国宝《普賢菩薩騎象像》。
久しぶりにお目にかかることができました。
これからは今までのように常設しているとは限らないとのことなので、この機会にぜひ普賢菩薩さんの穏やかなお顔と象のひたむきな表情をぜひ拝見しておきたいです。

国宝《普賢菩薩騎象像》(大倉集古館)
全期間展示


こちらは同じく国宝の藤原定実《古今和歌集序》。いままでほとんど開かれていなかったため平安時代のものとは思えないくらいきれいな保存状態です。
《古今和歌集序》は前期展示、後期には国宝《随身庭騎絵巻》が展示されます。

国宝 藤原定実《古今和歌集序》(大倉集古館)
 前期展示(9/12~10/14)

大倉集古館が所蔵する国宝3件は、前期後期ですべて見ることができるので、後期も来たいです。

そしてこちらは大画面で豪華絢爛な横山大観の《夜桜》。

横山大観《夜桜》(大倉集古館)
全期間展示
《夜桜》は、ホテルオークラを設立した大倉喜七郎氏が支援して1930(昭和5)年にローマで開催された「ローマ日本美術展」に出品された作品。
この「ローマ美術展」は、横山大観、速水御舟、下村観山、安田靫彦、前田青邨、小林古径らの院展の画家、川合玉堂、竹内栖鳳、鏑木清方、上村松園などの官展の画家たちの作品177点が出展された大がかりな展覧会でした。

こちらも「ローマ日本美術展」に出品された作品です。
後期には前田青邨《洞窟の頼朝》(重要文化財)が展示されます。
右から下村観山《不動尊》、小林古径《木菟》、
速水御舟《鯉魚》
いずれも前期展示(9/12-10/14)

続いて今回のリニューアルで新設された地階に向かいます。
地階にはミュージアムショップ、広いロビーとその奥に映像コーナーがあります。

右の桃色の冊子が桃源郷展の図録(税込2,200円)。
桃源郷についての論文も充実していて、作品解説も詳しいので、これ一冊あれば「桃源郷通」になること間違いなし!
左の白い表紙の冊子は、約2,500件の美術・工芸品のコレクションから、1917年の開館から百周年を迎えたことにちなんで名品百件を厳選した『大倉集古館所蔵 名品図録百選』(税込3.300円)です。


ロビーには中国・清時代の仏像が展示されていて、奥の映像コーナーでは冒頭紹介した建物のお引越し「曳家工事」の様子も見ることができます。


古いものを残しつつ新しく生まれ変わった大倉集古館。
外観も展示も内装もぜひ楽しんでいただきたいです。