2019年11月13日水曜日

静嘉堂文庫美術館「名物裂と古渡り更紗」展

いつも豊富な所蔵作品の中から選りすぐりの展示で私たちを楽しませてくれる静嘉堂文庫美術館の今回の展覧会は、同館としては初の「染織展」。
染織というと、あでやかな模様の着物や、大きなタペストリーなどを思い浮べがちですが、今回の展覧会の主役は、小さな小さな「仕覆(しふく)」。



小さい上に、中に包まれている名物茶道具のわき役と見られがちの仕覆。はたして主役が務まるのかと思われるかもしれませんが、どうしてどうして。
金や銀、色とりどりの糸で紡がれた文様、カラフルな草花や吉祥文様、はるか中国の元や明、清の時代、さらには遠くペルシャや中東からやってきた生地だったりで、上の展覧会チラシでご覧のとおり、あでやかな仕覆たちの美の競演。
カラフルさだけではありません。じっくり見れば見るほど細部の模様までわかって、見る人の心を捕えて離さないものばかり。

小さな仕覆に広がる大きなアートの世界。

日ごろ茶道や茶道具とはあまり縁のない方もぜひご覧になっていただきたい展覧会です。

【展覧会概要】
会 期  11月2日(土)~12月15日(日)
休館日  毎週月曜日
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料  一般 1,000円ほか
関連イベントもあります。詳細は同館公式サイトをご覧ください→静嘉堂文庫美術館

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。(ロビーは撮影可)
※展示作品はすべて静嘉堂文庫美術館(書籍は静嘉堂文庫)所蔵です。

内覧会では、茶道具や染織がご専門の五島美術館主任学芸員の佐藤留実さんと、今回の展覧会を担当された静嘉堂文庫美術館主任学芸員の長谷川祥子さんのトークショー、そして、展示室内では長谷川さんのギャラリートークをおうかがいしました。

それでは、お二人にご案内いただきながら今回の展示の魅力をご紹介していくことにしましょう。

プロローグ ~至宝を包む~ 国宝「曜変天目」・重要文化財「油滴天目」の仕覆

入口すぐでお出迎えしてくれるのは、ご存知・国宝《曜変天目》(下の写真手前)。
世界中で三碗しかなく、その三碗とも日本にあってどれも国宝という《曜変天目》。
今年の春、三碗がほぼ同時期に公開されたので三碗コンプリートされた方もいらっしゃるのでは。


プロローグ展示風景


冒頭から《曜変天目》の輝きに魅せられるところですが、今回の主役は名物茶道具を包んでいた仕覆。上の写真奥のケースには《曜変天目》を包む仕覆が2点展示されています。
一つは明時代初期(14~15世紀)の華麗な「金地金襴」が使われた《紺地二重蔓牡丹唐草文金地金蘭仕覆》。長い伝来の間に金の糸は剥落していますが、かつての輝きを偲ばせる逸品です。
もう一つは、かっこ岩﨑家に入った際に新調された《白地雲文金襴仕覆》。昭和時代につくられたとはいえ、こちらも明時代(15~16世紀)の格式高い白地金襴で、金糸がまばゆく輝いています。

Ⅰ ~名物裂、古渡り更紗を愛でる~ 「唐物茶入れ(利休物相)」の次第から

最初の展示ケースには、いくつもの箱や仕覆、それに書物が展示されていますが、これは何でしょうか?
第1章展示風景
中央左には千利休から伝わる《唐物茄子茶入 利休物相(木葉猿茄子)》が、小堀遠州が探してきたとされる菱形の堆朱のお盆に乗っています。
その前にはこの茶入を包む仕覆が5つ、さらに右側には仕覆に包まれた茶入をしまう箱が並んでいます(平たい箱は堆朱をしまう箱)。
手のひらに乗るほどの小さな茶入を、仕覆で包み、さらに木箱やおしゃれな蒔絵の箱まで、大きさの違う箱に幾重に重ねて厳重に保管されていたことがわかります。

第1章展示風景

そして、一番左の書物は、江戸時代後期の松江藩主で茶人の松平不昧が著した『古今名物類聚』(静嘉堂文庫蔵)。
全18冊のうち2冊が名物裂を扱ったもので、この2冊だけがカラー刷り。
「裂は茶会に招かれないと見られないものでしたが、この書物によって一般の人にも柄や色がわかるようになった貴重な書物です。」と佐藤さん。

開かれたページには、その右に展示されている仕覆の一つと同じ柄の見本が載っていて、両方が比較できるようになってます。
「色のリアル感を見比べてみてください。」と長谷川さん。

Ⅱ ~茶入・棗を包む~ 織りの美、「名物裂」の世界

ここにも茶入や仕覆と並んで書物が展示されています。

第2章展示風景
こちらは江戸時代中期に著された『雅游漫録』(静嘉堂文庫蔵)。
「『雅游漫録』には名物裂の模様の説明や値段が記載されています。当時一番高価だった《鶏頭金襴 仕覆》(上の写真左から2つ目)は200両もしたのです。」と佐藤さん。

200両というとかなり高価なものであったと想像しますが、今の値段でどのくらいかはよくわかならいので、日本銀行金融研究所の貨幣博物館に聞いてみることにしました。

日本銀行金融研究所貨幣博物館「お金の豆知識 江戸時代の1両は今のいくら?」

同館の公式サイトを見たのですが、答えは「簡単には言えません」。
とは言っても、目安として知る方法がいくつか書かれていて、1つの例としてそばの代金で換算すると江戸時代後期には1両でそばが約406杯食べられたとのこと。
それに今の駅そばのかけそばの値段約300円を掛けると1両が約12万円。
ということは手のひらに乗るほどのこの仕覆のお値段はなんと約2,400万円!

これが高いか安いかは見る人次第ですが、模様を見ているだけでなく、値段はいくらぐらいするのかなと想像しながら仕覆を見るのも一つの楽しみ方かもしれません。

第2章では、展示室奥のこのコーナーにも注目です。
ここには全部で10点の仕覆が並んでいます。(下にキャプションのパネルがあるのが仕覆です。)
第2章展示風景
この中には、鎌倉時代の禅僧・大燈国師の袈裟裂に由来する「大燈金襴」という名称の仕覆が3点展示されています。
いずれも漢方薬で知られ、中国では幸福をもたらすキノコ・霊芝が描かれていますが、右の展示ケースに並ぶ2つは赤系の裂、左の展示ケースには白地の裂のものなので、色の違いもぜひお楽しみください。

仕覆はその名称にも注目です。
それは牡丹、鶏頭といった草花や兎や龍文といった動物、それに禅僧や能役者といった人物だったりとバラエティに富んでいるので、キャプションのパネルを読むと新たな発見があるかもしれません。

こちらは今回の展覧会の冊子『静嘉堂 名物裂と古渡り更紗 鑑賞の手引き』。


写真もきれいで、丁寧な解説もついてハンディサイズ。お値段も税込350円とお手頃。
ミュージアムショップで販売してますので、こちらを手に取りながら仕覆を見るのもおススメです。

さて、仕覆に使われる裂の年代ですが、どうやって時代を判定するのでしょうか。
佐藤さんと長谷川さんのお話によると、使われている糸によって産地に傾向があって、文様なども時代によって流行があるので、裂をルーペで丹念に調べるという根気のいる作業によって、どの時代のものか判定するとのことです。

また、江戸時代の大名たちは名物茶道具にふさわしい裂を入手するのにも力を注ぎました。
加賀百万石の前田家は、当時海外との窓口だった長崎にまで裂を買いに行かせたり、また、大名の間では裂をお互いに交換したりなどしたとのこと。
お気に入りの裂が手に入った時の喜びようが目に浮かぶようです。

Ⅲ ~茶銚・茶心壷を包む~ 染めの美、「古渡り更紗」の世界

展示の後半は、カラフルなインドの更紗。
仕覆が絹なら、更紗はインドを起源とする木綿布。そして江戸時代中期頃までに輸入されがものが、後世の「新渡り」と区別されて「古渡り更紗」と呼ばれました。

第3章展示風景
第3章展示風景
こちらにも書物が展示されています。
更紗の図柄が描かれた江戸時代中期の『更紗図譜』(静嘉堂文庫蔵)。
開かれたページの「栗鼠手」の図柄と並んで《白地葡萄・栗鼠手更紗袋》が展示されています。
「江戸時代の武士たちの間では、『武道を律する』に通じることから、葡萄と栗鼠の図柄が好まれました。」と佐藤さん。

エピローグ 染織 ~憧れの意匠の広がり~

第3章に続き、エピローグに展示されているのは《桐鳳凰蒔絵箪笥(内、壽地尽・名物裂尽) 梶川作》(下の写真左)。

第3章~エピローグ展示風景

開かれた観音開きの扉の裏には「壽」字チラシの意匠、そして染織デザインの引出が現れてくる豪華な箪笥。蒔絵は、将軍家御抱えの印籠蒔絵師・梶川派によるもの。
一番上の段には、中国・江南地方にある景勝地・西湖が描かれています。
前回の展覧会「入門 墨の美術 -古写経・古筆・水墨画-」でも「西湖図」が展示されていたので、ご覧になられた方もいらっしゃるのでは。

箪笥の上段に目を移してみましょう。
宋代の詩人・蘇軾(蘇東坡)がこの地方の長官として着任していた時に整備した長い蘇堤が目印。湖の中に描かれた山は、鶴と梅を愛した林和靖が隠遁していた孤山では、など想像がふくらみます。

ヨーロッパから伝来した更紗で作られた仕覆や反物も展示されています。
下にはカラフルな赤い生地の反物が敷かれていますが、実はこれも展示作品の一つ《赤地花卉菱文更紗反物》。ヨーロッパで産業革命後に発明されたローラープリントで染織されたもので、長さはなんと16m!

エピローグ展示風景

今回の展覧会では、ロビーは撮影可です。
武蔵野の面影の残る岡本の森を背景に重要文化財《油滴天目》を記念に撮ってみてはいかがでしょうか。

今回とても楽しいトークをお話いただいた佐藤さんが所属されている五島美術館でも、とても興味深い展覧会が開催されてます。


タイトルは「美意識のトランジション」。
社会構造が大きく変化する中、文化的にも過渡期(トランジション)だった16~17世紀の東アジアの絵画・書・工芸・書物の名品が展示されている展覧会です。
公式サイトはこちらです→五島美術館

五島美術館は、静嘉堂文庫美術館の最寄駅二子玉川駅のお隣、東急大井町線の上野毛駅が最寄駅なので「お隣どうし」。二館めぐってアジアの旅をしてみてはいかがでしょうか。