コロナ禍がまだまだ収まらない中ではありますが、この時期になると街じゅうがクリスマス気分で盛り上がる今日この頃。横浜みなとみらいにある横浜美術館では国内にある20世紀西洋美術の名品が集まった展覧会が開催されています。
今回の展覧会は、国内有数の20世紀西洋美術コレクションを所蔵する横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の3館のコラボ企画。
コロナ禍の前に企画されたとのことですが、海外どころか、国内の移動も安心してできる状況でない中、一カ所で国内美術館の西洋美術コレクションの名品が見られる、とてもうれしい展覧会です。
展覧会概要
トライアローグ:横浜美術館・愛知県美術館・富山県美術館 20世紀西洋美術コレクション
会 期 2020年11月14日(土)~2021年2月28日(日)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 木曜日(2月11日は除く)、2020年12月29日(火)~2021年1月3日(日)、
2月12日(金)
観覧料(税込) 一般 1,500円ほか
本展の観覧日に限り「横浜美術館コレクション展」も観覧可。
コレクション展については後ほどご紹介します。
※本展は、インターネットでのオンライン日時指定予約が必要です。
※展覧会の詳細、新型コロナウィルス感染症拡大防止の取組み、日時指定予約方法等については同館公式HPをご覧ください⇒https://yokohama.art.museum/
本展覧会は、横浜美術館、愛知県美術館、富山県美術館の3館共同企画展で、以下のとおり巡回します。
愛知県美術館 2021年4月23日(金)~6月27日(日) ※予定
富山県美術館 2021年11月20日(土)~2022年1月16日(日) ※予定
※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。
さて、今回の展覧会のタイトルは「トライアローグ」(以下、「トライアローグ展」)。
ダイアローグは二人の対話ならトライアローグは三人の鼎談。
国内の美術館3館がコラボするとどういった内容になるのか。
ヒントはどうやら数字の「3」と3の二乗の「9」にありそうです。
1 展示構成は20世紀の100年を30年ごとに分けた3章構成
20世紀の西洋美術は第二次世界大戦(1939-1945)前後を一つの区切りにすることが多い中、30年ごとに区切ると何が見えてくるのか?
SectionⅠ 1900s-アートの地殻変動
フォーヴィスム、キュビスム、ドイツ表現主義、ダダ、秩序への回復、ロシア構成主義
SectionⅡ 1930s-アートの磁場転換
シュルレアリスム、抽象表現主義、アール・アンフォルメル
SectionⅢ 1960s-アートの多元化
ネオ・ダダ、ポップ・アート、ヌーヴォー・レアリスム、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アート
2 3館の所蔵作品で9人のアーティストをフォーカス(Artist in Focus)
三館が所蔵する9人のアーティスト(ピカソ、レジェ、クレー、ハンス(ジャン)・アルプ、エルンスト、ミロ、デルヴォー、ジム・ダイン、ウォーホル)の作品を並べてみると何が見えてくるのか?
3 3館の個性を引き出す展示内容
20世紀西洋美術の中でもそれぞれ特徴の異なる3館の作品を並べると何が見えてくるのか?
それではさっそく展示室内に入って見ることにしましょう。
SectionⅠ 1900s-アートの地殻変動
20世紀初頭で最初に名前が思い浮かんでくるのは、19世紀後半の印象派、ポスト印象派の「地殻」を破って出てきたピカソ。
最初のArtist in Focusはピカソです。
上の写真奥から、
《青い肩かけの女》(愛知県美術館)1902年
《肘かけ椅子の女》(富山県美術館)1923年
《肘かけ椅子で眠る女》(横浜美術館)1927年
《座る女》(富山県美術館)1960年。
《青い肩かけの女》は初期の「青の時代」、《肘かけ椅子の女》はキュビスム後の「新古典主義の時代」、《肘かけ椅子で眠る女》はシュルレアリスムに接近した時期、そしてキュビスムに回帰した晩年の作品《座る女》。
このように、3館の所蔵作品を並べると見事にピカソの作風の変遷が見えてくるのです。
第一次世界大戦中(1914-1918)、亡命先のスイスのチューリッヒでダダを立ち上げたハンス(ジャン)・アルプもArtist in Focusの一人。
SectionⅠ 「Artist in Focus #4 ハンス(ジャン)・アルプ」展示風景 |
上の写真右から、
《森》(愛知県美術館)1917年頃
《瓶と巻き髭》(横浜美術館)1923-26年
《鳥の骨格》(富山県美術館)1947年。
右の解説パネルのタイトルは「ふたりのアルプ」。
テキスタイル・デザイナーで、のちにハンスの妻となるゾフィー・トイバーとの共同作業などを通じて生まれた《森》や《瓶と巻き髭》、そして、1943年に不慮の事故でトイバーを亡くし、悲しみを越えてふたたび彫刻に向き合った作品が《鳥の骨格》。
ここではアルプの波乱の人生と作品の変遷が浮かび上がってきます。
ちなみに、ここに出てくる数字は「2」ですが、この時期は女性作家が少ない中、今回の展覧会を担当された「9人」の学芸員の方が女性作家の位置づけを考えたとのこと。
やはり「3の二乗」が出てきました。
女性作家といえば、第一次世界大戦前にミュンヘンを中心に活躍したドイツ表現主義のグループ「青騎士」のメンバーの一人、ガブリエーレ・ミュンターの作品にめぐり会えたのもうれしかったです。
SectionⅠ 展示風景 |
上の写真左が、温かみが感じられるミュンターらしい作品《抽象的コンポジション》(横浜美術館 1917年)。ミュンターは、青騎士の画家たちの作品を地下室に隠してナチスの略奪を防いだ勇気の人。おかげで私たちは今でもミュンヘンのレンバッハハウス美術館で彼らの作品を見ることができるのです。(ミュンヘンにはいつかまた行きたい!)
右は同じく「青騎士」の主要メンバーだったカンディンスキーの《網の中の赤》(横浜美術館 1927年)。バウハウス時代の作品です。
ドイツ表現主義の先駆となった「ブリュッケ」結成の中心メンバーのひとりがキルヒナー。
下の写真右は、ドイツ表現主義に強い愛知県美術館のキルヒナー《グラスのある静物》(1912年)。
SectionⅠ 展示風景 |
そして、キュビスムや未来派の影響を受けて1915年頃に興ったロシア構成主義に強いのが横浜美術館。下の写真手前がアレクサンドル・ロトチェンコ《非具象彫刻》(1918年(1994年再制作))、奥がウラジーミル・タトリン《コーナー・反レリーフ》(1915年(1979年再制作))(いずれも横浜美術館)。
SectionⅡ 1930s-アートの磁場転換
「地殻変動」の後は、第二次世界大戦を契機にアートの中心がパリからニューヨークに移った「磁場転換」。
中でもこの時代の苦難を体現したのがマックス・エルンスト。
ドイツ人のエルンストは、第二次世界大戦開戦時にパリにいたのですが、「敵性外国人」ということで収容所に入れられ、収容所から出てドイツに戻ったらナチスに退廃芸術家としてゲシュタポに追われ、辛くもニューヨークに亡命するという波乱に満ちた人生を送った画家。
エルンストもArtist in Focusの一人。
SectionⅡ 「Artist in Focus #5 エルンスト」展示風景 |
上の写真は右から、
《森と太陽》(富山県美術館)1927年
《少女が見た湖の夢》(横浜美術館)1940年
《ポーランドの騎士》(愛知県美術館)1954年。
3館の所蔵作品を並べると、第二次世界大戦前、大戦中、そしてニューヨークで描いた作品と、ものの見事にエルンストの画風の変化が見て取ることができます。
そして20世紀が30年ごとに区切られているので、エルンストの作品が第二次世界大戦前後で流れが途切れることなくつながっています。
SectionⅡのハイライトは何といってもシュルレアリスム。
エルンストはじめ、サルバドール・ダリ、マグリット、デルヴォー、ミロ。
オールスターキャスト勢ぞろい!
パリで名声を得たダリも第二次世界大戦を機にアメリカに亡命して「アートの磁場転換」を体現した画家の一人。
下の写真右が《ガラの測地学的肖像》(横浜美術館)1936年、《アメリカのクリスマスのアレゴリー》(富山県美術館)1943年頃。
SectionⅡ 展示風景 |
アメリカの写真家で、パリとアメリカを行き来したマン・レイの写真《ガラスの涙》(1932年頃)、《メレット・オッペンハイム(ソラリゼーション)》(1933年)と、鉄と釘で制作したアイロンのオブジェ《贈物》(1921年(1970年再制作))(下の写真右から、いずれも横浜美術館)。
マン・レイといえば、ピンッととがった口ひげのダリの写真も思い浮かんできます。
そして、マン・レイのモデルとなったドイツ生まれでスイス人画家のメレット・オッペンハイムが制作した毛皮のふわふわしたオブジェ《りす》2点(横浜美術館、富山県美術館 いずれも1969年(1970年再制作))。(下の写真左、ガラスケースの中)
SectionⅡ 展示風景 |
マン・レイをはじめとしたシュルレアリスムの写真も横浜美術館の強みです。
SectionⅢ 1960s-アートの多元化
1960年代に入ると、大量生産・大量消費の時代を反映して、ネオ・ダダ、ポップ・アート、ヌーヴォー・レアリスムなどが出てきて、展示室内も「多元化」。
そして、今までアートのモデルは女性が多かったのですが、ここに展示されている作品は、手前に展示されているアルマン《バイオリンの怒り》(富山県美術館 1971年)を除き、すべてモデルが男性という珍しい空間。
SectionⅢ 展示風景 |
そしてニューヨークを中心に展開するアートシーンの中で真っ先に名前が思い浮かんでくるのが、アンディ・ウォーホル。
SectionⅢ 「Artist in Focus #9 ウォーホル」展示風景 |
ウォーホルもArtist in Focusの一人。
上の写真右から、
《マリリン》(富山県美術館)1967年
《ムハメド・アリ》ほか(横浜美術館)1977年ほか
《レディース・アンド・ジェントルメン》(愛知県美術館)1975年。
既存の写真を使った1960年代の《マリリン》のシリーズに始まって、自らがスターを撮影するようになった《ムハメド・アリ》ほか、そして性的マイノリティをモデルとした《レディース・アンド・ジェントルメン》。
ここでも作者の制作手法や対象の変遷を見て取ることができます。
そして、締めくくりは、最近、作品が高額で落札されて一躍注目を浴びたゲルハルト・リヒター。
上の写真左は、1980年の開館当初から20世紀後半の作品収集に力を注いだ富山県美術館のリヒターの大作《オランジェリー》(1982年)。
ボリュームたっぷり、見どころいっぱいのトライアローグ展はここまでですが、展示はまだまだ続きます。
続いて横浜美術館のコレクション展です。
横浜美術館コレクション展 「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」
トライアローグ展とあわせて開催されるコレクション展のテーマは音楽用語で多声音楽を意味する「ポリフォニー」。
セザンヌから、藤田嗣治、川瀬巴水、そして岡田謙三、イサム・ノグチをはじめとしたアーティストまで、1910年代から1960年代に横浜で展開されたアートシーンをたどりながら、横浜にゆかりの作家や作品から聴こえてくる響きに耳を傾けたくなる展覧会です。
展覧会概要
横浜美術館コレクション展 「ヨコハマ・ポリフォニー:1910年代から60年代の横浜と美術」
会 期 2020年11月14日(土)~2021年2月28日(日)
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 木曜日(2月11日は除く)、2020年12月29日(火)~2021年1月3日(日)、
2月12日(金)
(以上はトライアローグ展と同じです。)
観覧料(税込) 一般 500円ほか
企画展ご観覧当日に限り、企画展の観覧券でコレクション展もご覧いただけます。
※本展は、インターネットでのオンライン日時指定予約が必要です。
※展覧会の詳細、新型コロナウィルス感染症拡大防止の取組み、日時指定予約方法等については同館公式HPをご覧ください⇒https://yokohama.art.museum/
※コレクション展は撮影可です。
展示構成
序章 憧れの西洋美術
第1章 横浜美術協会創設前後-川村信雄とその周辺
第2章 フランスへの旅立ち
第3章 関東大震災からの復興
第4章 新版画の興隆-鏑木清方から石渡江逸まで
第5章 横浜懐古-川上澄生の世界
第6章 横展写真部創設
第7章 ニューヨークでの活躍-岡田謙三とイサム・ノグチ
第8章 前衛美術のパイオニア-斎藤義重
第9章 ハマ展の洋画家と彫刻家
第10章 「今日の作家展」
[特集展示Ⅰ] 宮川香山
[特集展示Ⅱ] 林 敬二
セザンヌが横浜に来た!
展示会場入口でお出迎えしてくれるのは、横浜生まれの画家・有島生馬、そしてセザンヌ。
文芸誌『白樺』でセザンヌを日本でいち早く紹介たのが、1910年に欧州留学から帰国した有島生馬でした。
日本の美術界に大きな影響を与えたセザンヌですが、当時の人たちは、まさかセザンヌの原画が横浜で見られるとは思わなかったことでしょう。
下の写真左の有島生馬がフランス滞在中に描いた《背筋の女》(1909年)とあわせて、フランスの雰囲気を伝えるとても贅沢な空間です。
アーティストは横浜港からフランスを目指した!
1859(安政6)年に横浜が開港して以来、横浜港は長らく海外への玄関口でした。
1913(大正2)年に横浜港からフランスに旅立った藤田嗣治、1918(大正7)年に渡仏した横浜生まれの長谷川潔はじめ、フランスに学んだ画家たちの作品が中心に展示されています。
第2章 フランスへの旅立ち |
ニューヨークで活躍した横浜生まれの岡田謙三も横浜港からフランスを目指した画家のひとり。岡田謙三の作品は、青春期を横浜で過ごしたイサム・ノグチの作品とともに「第7章 ニューヨークでの活躍-岡田謙三とイサム・ノグチ」に展示されています。
新版画も横浜から始まった!?
新版画運動を推進した版元の渡辺庄三郎は、若いころ横浜の浮世絵店で外国向けに浮世絵を販売していました。そして、伊藤深水の木版画にひかれ、東京・京橋に版画店を開いた渡辺庄三郎のもとで木版画制作を始めたのが、情緒あふれる作品でおなじみの川瀬巴水。
横浜画壇の基礎を築いたのが、岸田劉生らとともに結成した個性的な美術家集団「フュウザン会」解散後、横浜に移り住んだ洋画家・川村信雄。
川村信雄は、1919(大正8)年の横浜美術協会創立に携わり、1925(大正14)年、横浜・弘明寺に画塾を開設して多くの後進を育てました。
第1章 横浜美術協会創設前後-川村信雄とその周辺 |
横浜美術協会による横浜美術展は、主催や形式、会場などを変えながら、関東大震災、第二次世界大戦による中断を経て、「ハマ展」として現在でも続いている公募展です。
横浜の超絶技巧といえばこの人、初代宮川香山
明治期に輸出促進のために振興された工芸品は、今では明治の超絶技巧としてアートファンの間ではすっかりおなじみになっていますが、横浜の超絶技巧といえば、やはり何といっても明治に入って横浜に窯(かま)を開いた初代宮川香山の真葛焼。
横浜美術館は、1989年の開館以来、初めての大規模改修工事のため2021年3月1日から長期休館に入ります(リニューアルオープンは2023年度中の予定)。
横浜赤レンガ倉庫では恒例のクリスマスマーケットも開催されることになり、この冬も横浜は見どころいっぱい。
休館前最後の展覧会をぜひお楽しみください。