前回は様々なジャンルの美術品の競演で私たちを楽しませてくれた静嘉堂文庫美術館の今回の展覧会は「能をめぐる美の世界」。
日本の仮面劇のルーツ、伎楽面や舞楽面にはじまって、翁面、男面、女面、鬼面などさまざな種類の、それもそれぞれの表情がどれも微妙に違っている面が展示されていて、さらには能面を包むきらびやかな面袋や、面のウラまで見られるという、まさに奥行きの深い能の世界にいつの間にか引き込まれていく展覧会です。
【展覧会概要】
会 期 2020年10月13日(火)~12月6日(日)
前期 10月13日~11月8日 後期 11月10日~12月6日
(前期後期で展示替えがあります。)
休館日 毎週月曜日(ただし、11月23日は開館)、11月24日(火)
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料 一般1000円ほか
新型コロナウィルス感染防止対策及び展覧会の詳細は同館公式HPでご確認ください⇒http://www.seikado.or.jp/
※掲載した写真は、展示室内の撮影が可能であった10月31日までに来館した際に撮影したものです。11月1日以降は展示室内は撮影不可です。
※ラウンジの作品は会期中撮影可です。
さて、「能の展覧会」と聞かれて、能に興味のある方は「これは行かなくては!」と思われるでしょうが、能に興味のない方、能の演目はいくつか知っているけどそれほど詳しくないという方は「今回はパスかな。」と思ってしまうかもしれません。
ところが今回の「能をめぐる美の世界」は、能に興味のない方、詳しくない方(私もその一人です)も能をめぐる美の世界にすーっと入り込んでいける、とても楽しい展覧会なのです。
能とは、能楽とは、能面とは
さてはじめに能とは何なのか、おさらいしてみましょう。
能は、室町幕府第三代将軍 足利義満(1358-1408 在職1368-94)の庇護のもと、観阿弥、世阿弥父子によって大成された歌舞劇で、600年以上の歴史をもつ伝統芸能なのです。
能楽と総称される能と狂言は、1957年に国の重要無形文化財(芸能)に指定され、2008年にはユネスコの無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。
そして、能の主役である「シテ」がつけるのが面(能面)。シテの相手をする「ワキ」は面をつけずに現実の男性を演じます。伴奏は、謡曲を斉唱する地謡(じうたい)と、能管(笛)、小鼓、大鼓、太鼓からなる囃子(はやし)。
「では、どうぞ。」と、応接室にご案内されたような心地よい気分で展覧会は始まります。
仮面劇のルーツ 伎楽面、舞楽面はエキゾチック!
展示室に入ってすぐに目に入るのは、能面よりゴツゴツしていて、サイズも大きなお面。
私たちが知っている能面とは少し趣きが違います。
それもそのはず、ここに展示されているのは、7世紀・推古天皇(※)の時代に中国から伝えられた仮面劇、伎楽で使われた伎楽面と、劇ではありませんが、奈良時代以降日本に伝わり、平安時代からは宮廷や寺社の儀式として行われ、現在でも皇室行事はじめ各地の寺社等で受け継がれている舞楽に使われる舞楽面なのです。
※『日本書紀』第二十二巻 推古天皇二十年(611年)に、百済人の味摩之が「呉に学びて、伎楽の儛を得たり」と言って、桜井に少年たちを集めて伎楽の儛を習わせたとの記述があります(『日本書紀(四)』(岩波文庫 1995年)P124)。
当時は大陸の国際色豊かな文化を積極的に取り入れていた時期で、面の胡人(アーリア人)やインド人など、彫りの深いエキゾチックな顔立ちなのが特徴です。
伎楽は飛鳥・奈良時代に最盛期を迎え、法隆寺(現在は東京国立博物館法隆寺宝物館蔵)、正倉院、東大寺などには飛鳥・奈良時代の伎楽面が多く残され、天平勝宝4(752)年の東大寺大仏開眼供養でも盛大に演じられましたが、平安時代には衰退し、舞楽がそれに代わりました。
これらの伎楽面・舞楽面を蒐集、修理し、後世に伝えたのは明治~大正時代の彫刻家、加納鉄哉(1845-1925)。
展示室の最後のエリア、第4章には、加納鉄哉制作の仮面が展示されています。
岩﨑彌之助氏との交流がご縁で、加納鉄哉が制作した仮面や、蒐集した仮面は現在、静嘉堂に収蔵されています。
下の写真でご覧のとおり、「模古」というだけあって、彫りも古さの感じも本物と間違えてしまうくらいの精巧さです。
能面を収納する箪笥、面袋にも注目!
さて、いよいよ能面の展示ですが、今回展示されいてるのは、越後国新発田藩主溝口家が旧蔵していた能面コレクション全67面。そして、そのすべてが今回初公開なのです。
(67面のうち33面は三菱財団の助成により修復し、公開可能になったもので、修復の様子などが展示室内のパネルで紹介されいてるので、こちらもぜひご参照ください。)
「第3章 能面の世界」展示風景 |
ここからは能面がずらりと展示されているのですが、最初に展示されているのは、江戸時代中期~後期(18~19世紀)に制作された、能面を収納する《黒漆塗面箪笥(4棹のうち)》(上の写真右)。左右それぞれ三段の引出しがあって、引き出しには面の名が3つ記されているので一段に3面が収納されていたことがわかります。
そして、能面の隣に展示されているのは、金の糸で吉祥紋様を織り込んだ金襴(きんらん)や、中国から伝わった絹織物の錦や緞子(どんす)といった高級感あふれる面袋(上の写真の能面の左)。
どちらも能面とセットになってお目にかかる機会は多くないかもしれないので、ぜひこちらにも注目です。
能面にも表情がある!
表情の変わらない人のことを「あの人は能面のようだ。」と表現することがありますが、能面にも表情があります。
もちろん一つひとつの能面は木でできているので表情は変わりませんが、例えば長いあごひげが特徴の翁面でも、こうやって見比べてみると、どちらもにこやかな笑顔を浮かべていますが、少し控えめな笑顔だったり、満面の笑みだったりと、受ける印象が微妙に違うのがわかります。
右が《翁(福来)》(室町時代後期 16世紀)、左が《翁(日光)》(江戸時代後期 18-19世紀)。
(カッコ内の福来、日光は面の作者。どちらも通期展示。)
男面にも少年から中年男性を表す面が展示されていて、それぞれの面の特徴がよくわかる展示になっています。
少し憂いを帯びた青年の面「中将」、見るからに強そうな武将の面「平太」、神や神霊を表す面「三日月」、能の中では神性を帯びた存在として扱われることが多い「童子」など、パネルの解説と面ごとのキャプションを読みながら面を見ていくと、「だからこういう表情をしているんだ!」と納得できます。
「第3章 能面の世界」 男面の展示風景 |
能面のウラを見たことがありますか?
能面の場合、壁面に掛けられたり、棚の上に展示されて、見る人は能面のオモテを見ることになりますが、個別ケースに立てられて展示されるとどうなるでしょうか。
こちらは表から見たところですが、裏に回ると、そこは漆黒の世界。
ガラスに顔がくっつかないように注意して、できるだけ近くに寄ってみてください。
そうすると、視界は狭く、小さな穴から鼻と口で呼吸するだけの窮屈な世界。
この面をつけて演じるシテ役の役者さんの大変さがわかるような気がしてきました。
能面は使われてこそ完成品-面打師 新井達矢さんの映像は必見!
地階講堂では映像「面打 新井達矢」が上映されています。上映時間は約15分。
伝統芸能の担い手なので人間国宝級の方を想像していたのですが、この映像に登場する面打師 新井達矢さんはいかにも好青年といった感じの若い方。
生木から彫って、色を塗って、毛をつけて面を完成させるまでの場面はもちろん出てくるのですが、遠慮気味にお話される新井さんの言葉一つひとつが心に響いてきました。
その一つが「能面は使われてこそ完成品」。
「第3章 能面の世界」 女面の展示風景 |
今回展示されている能面のうち、女面の「曲女(曲見) (増阿弥)」(上の写真左)は、今年9月2日に国立能楽堂(東京都渋谷区)で実際に使用された面。
江戸中期の作とされる能面が息を吹き返し、現代の舞台によみがえったのです。
その感動の場面を報じた新聞記事が館内に掲示されていますので、ぜひお読みいただきたいです。
映像では能面を使う側、シテ役の役者さんのコメントも出てきます。
「新井さんが作る面は、おさまりもよく、視界も確保されている。」
先ほど紹介した面の裏側を思い出して、ものすごく納得がいきました。
新井さんは「面を作るだけでなく、お話をする機会があれば広めていきたい。」とも発言されていました。
11月8日(日)の午後には新井達矢さんの面打ち実演会が2回に分けて開催されるので、ご興味のある方はぜひ。
参加方法などの詳細は展覧会公式HPでご確認ください⇒能をめぐる美の世界
迫力十分!鬼のお面も登場
能面の最後のコーナーは、節分の時に使う鬼の面とは少し趣きが違いますが、こわい顔をした鬼面。
こわい顔といっても、やはり一つひとつはそれぞれ特徴のある表情をしていて、大きく分けて3種類の面があるとのことです(解説パネルより)。
最初が憤怒の様相をした「悪尉(あくじょう)面」。悪とは尋常ならざる強さを示す言葉とのこと。
続いて口をへの字にギュッと結んだ「癋見(べしみ)面」。
見ている方も自然と顔の筋肉に力が入ってきそうです。
莫大なエネルギーを発揮する力強い神などに使用される、大きく見開いた目が飛び出している「飛出(とびで)面」。
「第4章 能面の世界」 鬼面の展示風景 |
どの鬼面も、眼や歯が金色に輝いていますが、これは鍍金銅版(金メッキした銅版)をはめているからで、それが強い霊力をもっていることを示しているとのこと。
私たちもパワーのおすそ分けがいただけるかもしれません。
ほかにも初世梅若実自画賛の扇や、見事な蒔絵の小鼓など、能に欠かせない小道具も展示されています。
また、先ほどご紹介した面打師 新井達矢さんの面打ち実演会はじめ関連イベントも盛りだくさん。
ぜひ会場にお越しいただいて、能をめぐる美の世界を堪能していただければと思います。
関連イベント
(今後開催されるものを記載しました。詳細はこれから発表されるものもあるので、展覧会公式HPでご確認ください⇒能をめぐる美の世界)
1 講演会 11月14日(土) 「日本彫刻史上における能面の魅力」
早稲田大学教授 川瀬由照氏
2 宝生和英(ほうしょうかずふさ)氏(宝生流宗家)トーク 11月21日(土)
3 新井達矢氏による面打ち実演会
11月8日(日) A:13時30分~14時20分(50分)
B:14時40分~15時30分(50分)
4 列品解説
11月7日(土) 午前11時~ 11月19日(木) 午後2時~
11月28日(土) 午前11時~