2023年7月20日木曜日

根津美術館 企画展「物語る絵画 涅槃図・源氏絵・舞の本・・・」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「物語る絵画 涅槃図・源氏絵・舞の本・・・」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展では、お釈迦さまや聖徳太子の生涯、源氏物語や平家物語の主な場面など、私たちになじみのある歴史上の人物や物語が描かれた掛け軸、絵巻、屏風などが展示されていて、シリアスな場面も、なごめる場面もあって、作品の細部まで見れば見るほど楽しめる展覧会です。


展覧会開催概要


会 期  2023年7月15日(土)~8月20日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
入館料  オンライン日時指定予約 一般 1300円、学生1000円
     *当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
     *障害者手帳提示者および同伴者1名は200円引き、中学生以下は無料。
会 場  根津美術館 展示室1・2

展示構成
 神仏と高僧のものがたり
 源氏絵と平家絵
 御伽草子と能・幸若舞の絵画 

展覧会の詳細、オンラインによる日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館 

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。


神仏と高僧のものがたり


冒頭には、お釈迦さまの生涯の主な場面が描かれた掛け軸が2幅《釈迦八相図》《仏涅槃図》、巻物が1巻《絵過去現在因果経 第四巻》が展示されています。

「神仏と高僧のものがたり」展示風景

《釈迦八相図》は、久遠寺所蔵の3幅とともにもとは8幅であった可能性があるもので、出家した釈迦が6年におよぶ苦行ののち、苦行が無益であったことを知り、山を下りて尼連禅河で沐浴する場面までが描かれています。
いくつもの場面が一つの画面に描かれているので、作品だけ見るとどれがどの場面かわかりにくいのですが、作品の手前の解説パネルに場面説明があるので、作品と解説パネルを見比べながら見るとわかりやすいです。

右 重要文化財《釈迦八相図》日本・鎌倉時代 13世紀
左 重要文化財 行有・専有筆《仏涅槃図》日本・南北朝時代
康永4年(1345) どちらも根津美術館


釈迦入滅の場面が描かれた《仏涅槃図》の中央には左半身を下にして横たわる釈迦、天空には釈迦の元へ向かう釈迦の母・摩耶夫人、釈迦の近くには嘆き悲しむ弟子たち、さらに画面下には悲しむ動物たちの姿が見えます。

「涅槃図」を見るとき、筆者が特に注目するのは動物たち。
日本にはいなかった動物や、想像上の動物など、さまざまな種類の動物たちを見つけることができるからなのです。

重要文化財 行有・専有筆《仏涅槃図》(部分)
日本・南北朝時代 康永4年(1345) 根津美術館

この《仏涅槃図》の画面下にも、全身で悲しみを表わす獅子、嘆き声がこちらにまで聞こえてきそうな白象、さらには龍や虎なども描かれているのがわかります。


続いては、弘法大師(空海・774-835)の伝記と業績を描いた十巻本の絵巻(巻第一を欠く)のうち《高野大師行状図画 巻第二》。

《高野大師行状図画 巻第二》日本・室町時代 16世紀
根津美術館


巻第二には、仏教を極めるため入唐した空海が唐で起こしたさまざまな奇蹟が描かれています。なかでも特に驚いたのは、唐の宮廷の壁に書を書くことを命じられた空海が、両手・両足、口に筆を執って五行の書を同時に書く場面でした(下の写真左上)。

《高野大師行状図画 巻第二》(部分)日本・室町時代 16世紀
根津美術館


真言宗の開祖というだけでなく、嵯峨天皇、橘逸勢と並んで平安初期の三筆のひとりで、優れた書家としても知られる空海ですが、まさかこのような逸話が伝わっていたとは!
真剣な空海の横顔が印象的です。

こちらも誰もが知っている歴史上の人物、聖徳太子の絵伝。
この《聖徳太子絵伝》は6~8幅構成であったものの一部で、廃仏派の物部守屋との息詰まる合戦シーンや、四天王寺の建立、甲斐国から献上された黒駒に乗って富士山に登るエピソードなどが画面いっぱいに描かれています。



《聖徳太子絵伝》日本・南北朝時代 14世紀
根津美術館 

いくつもの場面を順番に追っていくのは難しく、昔は僧が絵を傷つけないように鳥の羽を先端につけた棒で指し示しながら、それぞれの場面について信者に説明していたとのことですが、今では作品手前の解説パネルが頼りになります。


中世の絵巻物には、今で言えば「ゆるキャラ」のようになごめる人物や動物たちを探す楽しみもあります。
《十二因縁絵巻》を見ていたら、国宝《鳥獣人物戯画》(高山寺蔵)にも出てきそうな愛嬌がある動物たちを発見しました。
恐ろしいはずの鬼たちも従順そうで可愛らしく描かれています。

重要文化財《十二因縁絵巻》(部分)日本・鎌倉時代 13世紀
根津美術館



源氏絵と平家絵


日本文学のロングセラー『源氏物語』や『平家物語』は、早くから絵巻物や画帖、屏風などに描かれていましたが、今回の企画展でもさまざまなタイプの作品を見ることができます。

6曲1双の《源氏物語図屏風》には『源氏物語』54帖の中から、右隻、左隻にそれぞれ4つの場面が描かれていますが、物語の順番でなく、各場面が季節の順に配列されているので、季節の移り変わりがよくわかる作品として見ることができます。
ここでも解説パネルで各場面の説明をチェックしてみてください!


《源氏物語図屏風》日本・桃山~江戸時代 17世紀
根津美術館

いくつかの場面がチョイスされる作品がある一方、『源氏物語』の全54帖からおおむね各1場面が白描で描かれた8曲1隻の《源氏物語図屏風》(下の写真右)や、匂宮が浮舟を宇治の山荘から連れ出し小舟に乗せた第51帖「浮舟」のワンシーンが大きくクローズアップされた屏風も展示されています。


右 《源氏物語図屏風》 左 《浮舟図屏風》
どちらも日本・江戸時代 17世紀 根津美術館


『平家物語』の印象的な場面が描かれた《平家物語画帖》は、3帖の折帖に120場面の小型の扇面画を貼り込み、金箔と金泥下絵で装飾した台紙に詞書が書かれた、とても豪華なつくりの画帖です。

《平家物語画帖》(部分)日本・江戸時代 17世紀
根津美術館

小さな画面一つひとつに細部まで丁寧に描かれているので、いつまでも見ていたい気分になってきます。
こちらは那須与一が扇の的を射る有名な場面です。

《平家物語画帖》「下帖-24 那須与一の事」
日本・江戸時代 17世紀 根津美術館


御伽草子と能・幸若舞の絵画


御伽草子などの題材となった酒呑童子が描かれた絵画というと、都で人をさらう悪事を働き、源頼光と頼光四天王に退治されるという凄惨な場面が思い浮かびますが、今回の企画展で展示されている《酒呑童子絵巻 巻第三》は少し趣きが違います。

住吉弘尚筆《酒呑童子絵巻 巻第三》日本・江戸時代 19世紀
根津美術館

『伊吹童子』の物語を前半に加えたこの《酒呑童子絵巻》では酒呑童子の生い立ちから語られているのです。

幼児の頃から酒を好み、酒癖が悪かったので飲酒禁断の比叡山に修業に出された酒呑童子でしたが、帝の前で舞った鬼舞が人々の喝采を浴びて、踊り手たちにふるまわれた酒を呑んだところ、かつての狂気がよみがえり比叡山を追放されることになってしまいました。

赤い仮面をつけて中央で踊るのが酒呑童子。
住吉弘尚筆《酒呑童子絵巻 巻第三》(部分)日本・江戸時代 19世紀
根津美術館

ご褒美の酒を呑みすっかりいい気分になった酒呑童子。
(ここで飲まなければ悲惨な結末を迎えないで済んだのですが。)
住吉弘尚筆《酒呑童子絵巻 巻第三》(部分)日本・江戸時代 19世紀
根津美術館




正面手前は、今回の企画展では唯一の工芸作品《鈴鹿合戦蒔絵硯箱》。
能『田村』で語られる、田村丸(坂上田村麻呂)が千手観音の霊験で鈴鹿山の鬼神を征伐する場面が彫金と象嵌の技法で表された逸品です。


《鈴鹿合戦蒔絵硯箱》日本・江戸時代 19世紀 根津美術館

《鈴鹿合戦蒔絵硯箱》の後方左は、同じく田村丸の鬼退治の場面であることが最近判明した伝 岩佐又兵衛筆《妖怪退治図屏風》。
妖怪に向かっておびただしい数の矢が放たれていますが、よく見ると矢を射っているのは田村丸一人だけ。実はこの矢は千手観音の千の手から射られたものなのですが、千手観音の姿はどこにも見えません。
それは、千手観音の姿は描かないという決まりごとがあったので、《鈴鹿合戦蒔絵硯箱》にも同じ理由で千手観音の姿は見えないのです。

左 伝 岩佐又兵衛筆《妖怪退治図屏風》日本・江戸時代 17世紀 個人蔵
右 《祇王・卒塔婆小町図屏風》日本・江戸時代 18~19世紀 根津美術館 


上の写真右は今回が初公開の《祇王・卒塔婆小町図屏風》ですが、こちらも今回が初公開の《舞の本絵本断簡》。


《舞の本絵本断簡》日本・江戸時代 17世紀
根津美術館

「舞の本」は、「築島」「敦盛」はじめ語りを伴う舞曲「幸若舞」の台本を読み物としたもので、上の写真のように各丁ごとに切り離されて収納箱に保管されていたものです。


同時開催展


展示室5 物語で楽しむ能面


展示室5には、安珍・清姫伝説で知られる「道成寺」、三保の松原の羽衣伝説で知られる「羽衣」など、私たちになじみのある演目で用いられる能面と能装束が展示されています。

展示風景


『羽衣』に登場する天人などが用いるきらびやかな鳳凰天冠(銕仙会蔵)は特別出品です。

《鳳凰天冠》日本・平成時代 21世紀 銕仙会


展示室6 盛夏の茶事


展示室6では涼しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。
なかでも注目は《緋襷耳付水指 備前》(根津美術館蔵)。(左奥右)


展示風景

備前焼の茶道具はたっぷり水で濡らして茶室に置いたので、水が気化する時に吸収する気化熱で周囲に涼感をもたらしました。
ただし、そのまま置いたので畳がびしょびしょになってしまったそうです。
それでもエアコンのない時代に涼をとるためには致し方なかったのかもしれません。


細部まで見て楽しめる企画展「物語る絵画 涅槃図・源氏絵・舞の本・・・」は8月20日(日)まで開催されています。
暑い日々が続いていますが、くれぐれも熱中症にはご注意のうえ、ぜひご覧いただきたい展覧会です。