2023年9月13日水曜日

泉屋博古館東京 企画展「楽しい隠遁生活ー文人たちのマインドフルネス」

東京・六本木の泉屋博古館東京では、「楽しい隠遁生活 ー文人たちのマインドフルネス」が開催されています。
泉屋博古館東京エントランス

いつも内容の充実した展覧会が開催されている泉屋博古館東京。今回は「隠遁」というタイトルに惹かれ、どのような内容の展示なのか特に楽しみにしていました。

展示室に入るともうそこは都会の喧騒から離れた別世界。タイトルどおり田舎に隠遁したようなとても心地のよい空間が広がっていました。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2023年9月2日(土)~10月15日(日)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19時まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日 ※9/18(月・祝)・10/9(月・祝)は開館、翌9/19(火)・10/10(火)は休館
入館料  一般 1,000円、高大生 600円、中学生以下無料
展覧会の詳細、イベント情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京


展示構成
 §1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」
 §2 理想世界のイメージ
 §3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし
 §4 時に文雅を楽しむ交遊
 同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」

 ※撮影はホール及びホール内に展示されている北村四海《蔭》のみ可能です。
 ※館内は撮影不可です。掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

展覧会を紹介する時はハッシュタグ #楽しい隠遁生活 で発信お願いします。


§1 自由へのあこがれ「隠遁生活と隠者たち」


第1展示室に展示されているのは、許由、竹林七賢、西行、芭蕉、鴨長明はじめ隠遁生活を送った歴代の先達たちが描かれた掛軸や工芸作品です。

§1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」 展示風景

中国古代の伝説上の人物・許由は、堯(ぎょう)帝から帝位を譲ろうと言われると、汚れたことを聞いたので潁水で耳を洗い清めたという逸話が知られていますが、これはまた別のエピソードが主題になっています。

橋本雅邦《許由図》明治33年(1900) 泉屋博古館東京

ここに描かれているのは、隠遁して物を持つのを好まない許由が水を飲むのも、酒を呑むのも手を使っていたので、ある人から盃瓢を贈られ、許由がそれを松の枝に懸けたら風に揺られて音を立てたので、松林を吹き抜ける風の音を聞くのに邪魔になり川に捨ててしまったという場面。
よく見ると瓢箪が川面に浮かんでいるのがわかります。

この《許由図》は描かれた年代にも注目したいです。
明治31年(1898)の「東京美術学校騒動」で橋本雅邦とともに同校の創設に尽力して校長に就任していた岡倉天心が追放されると、雅邦も天心とともに同年の日本美術院設立に加わったという近代日本画界にとって激震が走った時期だったのです。
そういった背景をもとにもう一度この作品を見ると、瓢箪(過去)をポイッと捨てて、これから先に広がる未来を見つめているようにも思えてきます。
(もちろんこの時は、その後、日本美術院がたどる苦難の道のりは想像できなかったことでしょう。)

江戸から明治にかけての掛軸が多い中、モノトーンの画面が俗世を離れた草庵のわびしさを引き立ているのは現代作家・丸山勉さんの作品《庵(あん)》。

丸山勉《庵》令和4年(2022) 個人蔵


京都・下鴨神社の禰宜の家に生まれ、下鴨神社の摂社・河合社の禰宜への推挙が同族の反対によって実現しなかったため、失意の中、50歳頃に出家した鴨長明の庵が描かれたこの作品は、『方丈記』の作者の心情が反映されているように感じられました。


§2 理想世界のイメージ


中国・東晋末~宋の詩人、陶淵明の『桃花源記』に登場する「桃源郷」は理想世界のイメージとして古くから絵画に描かれてきていました。

§2 理想世界のイメージ 展示風景

『桃花源記』は、武陵の漁夫が川をさかのぼるうちに桃の林の中を行くと山に突きあたり、舟を置いて小さな穴の中を通ると、戦乱を逃れて平和に暮らす人々の村にたどり着くというストーリー。
中国・清時代の童基の《桃源図》には、手前に山の洞窟、遠方にのどかな山村の光景が描かれています。

童基《桃源図》中国・清時代 泉屋博古館


村に数日滞在した漁師は帰る途中に目印をつけていったのですが、漁師がもう一度その村に行こうとしたところ道に迷って二度とたどり着くことはできませんでした。
そんな理想郷はどのようなところだったのでしょうか。
想像をふくらませながら洞窟の穴から遠くの村を覗きこんでみました。


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし


今回の展示で特によかったのは、掛軸と文房具が絶妙にマッチングした展示室内のしつらえでした。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景

中央に鎮座するのは太湖石。

《太湖石》中国・清時代 泉屋博古館




太湖石は中国・江南地方の蘇州近くにある太湖からとれる石灰岩で、長年の浸食で独特の形状をしているのが特徴です。
中国では古くから庭園の中庭に大きな太湖石が置かれたり、盆石として室内に飾られたりしていました。

壁には山水図や観瀑図がかかり、その前には中国の文人たちの文房具が並べられているので、まるで中国文人の書斎に紛れ込んだような、まさにマインドフルネス(安寧な心理状態)な気分になってきます。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


「§2 理想社会のイメージ」に戻りますが、掛軸に描かれたものと同じ形をした青磁も展示されているので、ぜひ見比べてみてください。

下の写真右、田能村竹田《梅渓閑居図》(泉屋博古館)とその前に展示されている茶道具や青磁です。

§2 理想世界のイメージ 展示風景



§4 時に文雅を楽しむ交流


ここでは主に古代の文人たちが集まった宴席が描かれた「雅集図」や、文人たちが書斎で山水図を眺めて自然の雰囲気を楽しんだ「臥遊図」が展示されています。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし~§4 時に文雅を楽しむ交遊 展示風景


上の写真手前の展示ケースに酒器とともに展示されているのは、小田海僊《酔客図巻》。
最初はまじめに文雅について語り合っていた高士たちですが、酔いがまわってくるとともに横になったり、帰り際には足元がおぼつかなくなったりする様子が描かれています。

手前 小田海僊《酔客図巻》(部分)文政7年(1824) 泉屋博古館


ゆるい感じがとてもいい味を出しているこの絵巻を見ていたら、仲間に加わたい気分になってきました。

同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」


第4展示室では、特集展示「住友コレクションの近代彫刻」が同時開催されています。

「特集展示「住友コレクションの近代彫刻」展示風景

明治期を代表する洋画家のひとり、山本芳翠の現存する唯一の石膏像《虎石膏像》は、《猛虎一声》(東京藝術大学蔵)制作のためのマケット(準備習作)と思われる作品。
暗がりの中、咆哮する虎の声が聞こえてきそうな油絵《猛虎一声》も虎の迫力が伝わってくる作品ですが、こちらも小さいながらも眼光の鋭さに圧倒される逸品です。

山本芳翠《虎石膏像》明治時代 泉屋博古館東京


会期は10月15日(日)まで。
都会のど真ん中にいながらにして隠遁生活の雰囲気が味わえる展覧会です。
ぜひお楽しみください!