2024年9月30日月曜日

相国寺承天閣美術館 企画展「禅寺の茶の湯」

京都・相国寺承天閣美術館では、企画展「禅寺の茶の湯」が開催されています。


展覧会チラシ


今回の企画展は、室町幕府第三代将軍・足利義満により夢窓疎石を開山として創建された臨済宗相国寺派大本山の相国寺と、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)をはじめとした塔頭寺院の協力のもと、国宝1件、重要文化財6件を含む相国寺派寺院の名品全203作品が期間中に展示される超豪華な内容の展覧会です。
(Ⅰ期のみ49作品、Ⅱ期のみ49作品、通期105作品)

実は知っているようで知らなかった禅寺と茶の湯の深いかかわりがわかるとても興味深い展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


展覧会名   企画展「禅寺の茶の湯」
会 期    [Ⅰ期]2024年9月14日(土)~2024年11月10日(日)
       [Ⅱ期]2024年11月17日(日)~2025年2月2日(日)
休館日    展示替休館 2024年11月11日(月)~11月16日(土)
       年末年始休館 2024年12月27日(金)~2025年1月5日(日)
開館時間   10時~17時(入館は16時30分まで)
拝観料    大人800円、シニア(65歳以上)600円、大学生600円、
       中学生・高校生300円、小学生200円
       ※大人の方に限り、20名様以上は団体割引で各700円
       ※障碍者手帳をお持ちの方と介護者の方一名様は無料
会 場    相国寺承天閣美術館

展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒相国寺承天閣美術館

展示構成
 第一章 茶の湯の名品
 第二章 仏教儀礼と茶の湯
 第三章 寛政の茶会 慈照院頤神室
 最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で特別に許可を得て撮影したものです。



【第一展示室】

第一章 茶の湯の名品


「茶の湯」というと、茶道具の名品をめぐって争奪戦を繰り広げ、権力の誇示のために茶会を行った戦国武将たちのイメージが強いのですが、実は禅との深いかかわりがありました。
仏教行事の中ではご本尊に茶を供え、書院などで参列者に茶がふるまわれていたのです。

第一展示室の冒頭に展示されているのは、中国や朝鮮から伝来した茶道具の名品です。


「第一章 茶の湯の名品」展示風景


最初にご紹介するのは、中国から伝来した唐物の茶入《唐物茄子茶入 銘珠光(別名兵庫) 大名物 添利休消息》。


《唐物茄子茶入 銘珠光(別名兵庫) 大名物 添利休消息》
一口 中国・元時代 相国寺蔵 Ⅰ期展示


さまざまな形をした茶入がありますが、丸い形をしたものは野菜の茄子にたとえて「茄子茶入」と呼ばれています。
ここでは主役の茶入だけでなく、代々作り替えられてきた象牙の蓋や茶入を包む名物裂の仕覆(しふく)、茶入を保存する棗形の木の器・挽家(ひきや)、茶入を入れる黒漆の箱の蓋付などの付属品があわせて展示されているところにも注目したいです。
茶入はさらにいくつもの大きさの違う木箱に入れられているので、この小さな茶入がいかに大切に保存されていたのかがよくわかります。

そして蓋の箱書には千利休以前に選定された「名物」を表す「大名物」の文字が見えます。銘の「珠光」「兵庫」は、この茶入に添えられた利休の文から付けられたものでした。


続いては、黒釉の中にある細かな線条文が、兎の毛並みのようにも、稲の穂先の禾(のぎ)のようにも見える重要美術品《禾目天目茶碗》。
細かい模様をぜひ近くでじっくりご覧いただきたいです。

重要美術品《禾目天目茶碗》一口 中国・宋時代
相国寺蔵 Ⅰ期展示

日本で作られた「和物」の名品も頑張っています。

「第一章 茶の湯の名品」展示風景

利休の判がすえられている黒漆の天目台「尼ケ崎台」とともに展示されているのは「黄瀬戸珠光天目茶碗」。口縁には真鍮の覆輪がはめられているので、より一層引き締まった感じがします。
(天目茶碗とは鎌倉時代、中国浙江省天目山に留学した禅僧が持ち帰り広めたため、広い口に窄まった高台をもつ形の茶碗を指すことになりました。)


《黄瀬戸珠光天目茶碗 添尼ケ崎台利休在判》
一口 室町時代 慈照寺蔵 通期展示


江戸時代初期の茶人で、金森流茶道の開祖・金森宗和の作と伝わり、鹿苑寺境内に建つ「夕佳亭(せっかてい)」を復元した茶室にも名品の数々が展示されいて、茶室の雰囲気をさらに盛り上げています。

「第一章 茶の湯の名品」展示風景


【第二展示室】

伊藤若冲の水墨画の傑作、重要文化財「鹿苑寺大書院障壁画」の一部を移設した第二展示室に移ります。
第二展示室の展示は、仏教儀式と茶の湯のかかわりがよくわかるのが特徴です。


第二展示室 展示風景



第二章 仏教儀礼と茶の湯


第二章には、昭和12年(1937)に相国寺第二世・春屋妙葩(しゅんおくみょうは 普明国師)の五五〇年遠忌の法要が相国寺で盛大に行われた際、相国寺本山や塔頭の茶室で設けられた茶席で用いられた春屋妙葩の墨蹟や茶道具が展示されています。


「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー祖師の遠忌」展示風景

相国寺法堂で行われた献茶会には約500名が参列したといわれ、塔頭の茶室でも茶席が設けられ、参拝者たちが訪れたとのことですが、そのときのにぎわいが伝わってくるようです。

「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー祖師の遠忌」展示風景


今回の展示で特に興味深かったのが、京都五山の僧が江戸時代に幕府から朝鮮修文職に任ぜられて対馬に輪番で赴いていたことでした。
将軍の代替わりの際に江戸に赴いた朝鮮通信使はよく知られていますが、約100名ほどの規模の訳官史が江戸時代に57回も対馬を訪れていたことはあまり知られていません。
その訳官史と交流したのが相国寺はじめ京都五山の僧たちだったのです。

「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー以酊庵の茶礼」展示風景

当時の文書には、対馬にあった以酊庵(いていあん)で行った訳官史への茶の湯の饗宴の記録などが記録されているので、京都五山の僧たちが外交儀式において重要な役割を担ったことがわかります。
あわせて、約二年の任期で対馬に赴いた僧たちが持ち帰った茶道具も展示されています。


第三章 寛政の茶会 慈照院頤神室


寛政年間(1789-1801)に相国寺の塔頭慈照院の茶室・頤神室(いしんしつ)で行われた茶会の様子が再現されているのが第三章。

「第三章 寛政の茶会 慈照院頣神室」展示風景

頤神室は、千利休の孫で千家第三世、千宗旦好みの茶室で、茶会の際に狐が宗旦に成りすまして参加したところ、宗旦本人が遅れて登場したので狐はあわてて下地窓を突き破って逃げたというの逸話が残されています。
下の写真左は宗旦に化けた狐が描かれた《宗旦狐図》(慈照院蔵 通期展示)。今でも頤神室の床掛けに用いられている一幅で、今回が初公開です。

「第三章 寛政の茶会 慈照院頣神室」展示風景


最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事


最終章には、平成16年(2004)に、鹿苑寺の客殿と常足亭の落慶に際して、表千家不審庵、裏千家今日庵、武者小路千家官休庵、藪内燕庵、遠州茶道宗家、山田宗徧流不審庵の六家元を招いて連会茶事が行われた時の様子が再現されています。

「最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事」展示風景


茶事の流れに従って展示が進んで行くので、それぞれの場面でどの什物が用いられたのかがよくわかります。
 寄付(よりつき 書院)~客が寄付(よりつき)で身支度を調え、湯を飲み案内を待つ。
 本席 初座(ほんせき しょざ 常足亭小間)~茶室に入り、亭主による炭手前が始まる。
 懐石(かいせき 客殿)~客は客殿に移し、懐石料理を楽しむ。
 本席 後座(ほんせき ござ 常足亭小間)~再び茶室にて濃茶がふるまわれる。
 薄茶席 常足亭広間(うすちゃせき 常足亭広間)~小間から広間に移り、薄茶がふるまわれる。

足利義満が造営した山荘、北山殿を母胎とする鹿苑寺で行われたこの茶事は、義満の六〇〇年遠忌事業の一つでもあったので、足利将軍家を意識した什物が随所に登場します。

ただの木の枠のように見える炉縁ですが、実は金閣寺に実際に使われていた木なので、一部にはうっすらと金箔が残っていたりするすごいものなのです。

《国宝金閣欄干古材》一口 現代 大光明寺蔵
通期展示

足利義政が所持していた大名物として珍重された蟹の蓋置。
なぜこれが蓋置?と思ってしまいますが、もとの用途とは違う用途で用いるのは茶道具ではよくあることです。唐物茶入も中国では油壷や薬壺などとして使われていたのです。
この蟹も、もとは義政が庭に置くために制作したものなのです。

《蟹蓋置》一口 室町時代 大光明寺蔵
通期展示


本国中国ではあまり知られていなくても、日本では絶大な人気のあった中国禅僧の画家・牧谿が描いた《江天暮雪図》は、画面右下に義満の「道有」品がある東山御物でした。

《江天暮雪図》牧谿筆 一幅 中国・宋時代
鹿苑寺蔵 通期展示

他にも、唐時代に山中の隠者王休が、来客に川に張った氷を砕いて茶を煎じてもてなしたという故事を描いた円山応挙の《敲氷煮茗図》(通期展示)はじめ数多くの名品が展示されています。

「最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事」展示風景



今回の企画展のメインビジュアルになっている国宝《玳玻散花文天目茶碗》はⅡ期の展示です。

国宝《玳玻散花天目茶碗》一口 中国・宋時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示

重要文化財《唐津鉄斑文水指》もⅡ期展示。
肥前国で窯場で焼かれた陶器のことを唐津焼と呼びますが、鉄釉によって斑文がつくりだされているのでこの名が付いている水指です。


重要文化財《唐津鉄斑文水指》一口 桃山時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示


「禅寺の茶の湯」展のポスターやチラシは、明るくて親しみがもてて、思わず来てみたくなるデザインです。




国宝《玳玻散花文天目茶碗》のまわりを楽しそうに踊っている男女は、重要文化財《花下遊楽図屏風》の登場人物たちでした。この屏風もⅡ期展示です。

重要文化財《花下遊楽図屏風》六曲一隻 江戸時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示


ミュージアムショップでは、展示作品の図版やわかりやすい解説が掲載された「禅寺の茶の湯」展の図録販売中です(税込1,200円)。




Ⅰ期展示も名品ぞろいですが、Ⅱ期展示も見逃せません。
初公開の作品も多数あるので、Ⅰ期もⅡ期もどちらもご覧いただきたい展覧会です。

2024年9月26日木曜日

根津美術館 企画展「夏と秋の美学 鈴木其一と伊年印の優品とともに」

東京・南青山の根津美術館では企画展「夏と秋の美学 鈴木其一と伊年印の優品とともに」が開催されています。


展覧会チラシ

今回の企画展は、今の季節にあわせて同館が所蔵する【重要文化財】鈴木其一《夏秋渓流図屏風》と、俵屋宗達の工房で制作されたことを表す伊年印が捺された《夏秋草図屏風》を中心に、色とりどりの草花や風物詩など夏から秋にかけての風情が感じられる作品が展示される展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


開催期間  2024年9月14日(土)~10月20日(日)
開催時間  午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
休館日   毎週月曜日
      ※ただし9月19日(月・祝)、9月23日(月・振替休)、10月14日(月・祝)は
       開館、それぞれ翌火曜日休館
入館料   オンライン日時指定予約
      一般 1300円、学生 1000円
      *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
      *当日券(一般1400円、学生1100も販売しています。同館受付でお尋ね
       ください。)
会 場   根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。
*企画展の展示作品は、すべて根津美術館所蔵です。


展示は夏から秋にかけて移り行く季節とともに進んで行きます。
はじめに「夏のおとずれ」から。



夏のおとずれ


「夏のおとずれ」展示風景

上の写真右の作品は、幕末に活躍した復古やまと絵の絵師・冷泉為恭の筆による《時鳥(ほととぎす)図》ですが、夏を告げるほととぎすの姿は描かれていません。

冷泉為恭《時鳥図》日本・江戸時代 19世紀
植村和堂師寄贈

夏が近づく頃、ほととぎすのきれいな鳴き声が聞こえて振り返ってもその姿は木の葉の蔭に隠れて見えない、ということがよくありますが、これはまさに平安後期の公卿、歌人の徳大寺実定の和歌「ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる」の情景を描いたものだったのです。
烏帽子を被った公卿が眺める視線の先には月が浮かんでいるだけで、その前の「ほとゝぎすなきつるかたを」の文字は残された鳴き声を表しているように思えました。


真夏の情趣


「真夏の情趣」展示風景

上の写真中央の屏風は、尾形光琳《夏草図屏風》。

尾形光琳《夏草図屏風》日本・江戸時代 18世紀


夏を中心に30種近い草花が下からモクモクと湧き上がるように対角線に配置されているこの構図は「さすが光琳!」というセンスの良さを感じます。

今回の企画展では、次の「夏から秋へ」のコーナーで弟・乾山の色絵角皿も展示されていて、兄弟のコラボが実現しているのもうれしいです。

右から 尾形乾山《色絵桔梗図角皿》《色絵桐図角皿》(5枚のうち1枚)
《色絵紫陽花図角皿》いずれも日本・江戸時代 18世紀


光琳の弟子・立林何帛の作と伝わる掛軸は、現代の私たちにとっては少し意外な題材ですが、コウモリが描かれています。

伝 立林何帛《橋蝙蝠図》日本・江戸時代18世紀
小林中氏寄贈

ドラキュラのモチーフになったり、イソップ物語では鳥とけもののどっちつかずで「ずるい」というイメージがあったりで、西洋ではあまり良くないイメージがありますが、中国では「蝙蝠」の「蝠」の字が「福」に通じることから幸福を招く縁起物とされているのです。
コウモリが飛んでいるあたりに夏の夕暮れをあらわす金泥の帯がうっすらと描かれています。


夏から秋へ


「夏から秋へ」展示風景

桜と紅葉のように春と秋の情景の組み合わせは古くから描かれていましたが、夏と秋の組み合わせが目立つようになったのは江戸時代に入ってからのことでした。
そのルーツともいえるのが伊年印《夏秋草図屏風》。

伊年印《夏秋草図屏風》日本・江戸時代 17世紀

画風から、俵屋宗達の2世代後の後継者・喜多川相説周辺で制作されたとみられるこの屏風には、夏から秋にかけての草花が高さを変えてまるで音符のようにリズミカルに配置されているので、目の前で見ていると優雅な音楽が聞こえてくるように感じられます。

続いては江戸琳派の異才・鈴木其一の重要文化財《夏秋渓流図屏風》。

【重要文化財】鈴木其一《夏秋渓流図屏風》
日本・江戸時代 19世紀


酒井抱一の内弟子時代を経て、抱一没後に独自の境地を切り開いた其一の代表作であるこの屏風は、現実の景色を描いているはずなのに、渓流はあまりに青く、緑苔はあざやかな緑一色。背景の金地と相まって現実とはかけ離れた空間にいるような雰囲気を醸し出しています。
右隻には檜にとまる蝉が描かれています。
画面全体に蝉の鳴き声が響いているようで、この作品のシュールがさらに増してくるように感じられました。


涼秋の候


「涼秋の候」展示風景

今回の企画展は絵画が中心ですが、独立ケースに展示されている焼物がおしゃれなアクセントになっています。
上の写真の手前は、江戸初期の京焼の陶工・野々村仁清作《御深井写菊花透文深鉢》。

秋の涼し気な空気感が墨の濃淡で表された水墨山水画を描いたのは、師・狩野山楽から京狩野を引き継ぎ、独創的な画風の作品を描いた狩野山雪。
水墨山水ファンにはたまらない逸品です。

狩野山雪《秋景山水図》日本・江戸時代 17世紀


秋の叢


「秋の叢」展示風景


和歌に詠われた武蔵野が描かれた屏風を見ると、ススキの影に隠れている月をつい探してしまいますが、《武蔵野図屏風》(下の写真)の左隻に描かれている月は大きくてすぐに気が付きました。そのうえ右隻には月と同じくらい大きな太陽まで描かれています。
この屏風は、中世やまと絵の日月山水図の伝統を受け継ぐものと思われている作品なのです。

《武蔵野図屏風》日本・江戸時代 17世紀


今回展示されている作品の中で一番驚いたのが《秋野蜘蛛巣蒔絵硯箱・料紙箱》でした。
箱一面に秋の草花が施された見事な蒔絵の箱のうち右の箱の蓋には繊細な蜘蛛の巣が張めぐされているので、そこにはどのような蜘蛛が描かれているのかと覗きこんでみると、蜘蛛の巣の中心には「蜘」という一文字が書かれていたのです。
蒔絵の箱には和歌の文字を「散らし書き」のように配置することはありますが、これだけ堂々とした説得力のある「散らし書き」の文字を見たのは初めてでした。

《秋野蜘蛛巣蒔絵硯箱・料紙箱》日本・江戸~明治時代 19世紀


【同時開催】

展示室5 やきものにみる白の彩り

展示室5では、白い陶磁器の数々が展示されているのですが、さまざまな色の「白」があって、どれもがそれぞれ特徴ある美しい輝きを持っていることに気が付かされます。

展示室5展示風景

どうすればこれだけ精巧で、白く滑らかな焼物を作れるのだろうと驚いたのが、中国・福建省の徳化窯で制作された《白磁千手観音坐像》。
獅子や猿、鳥などの動物を象った置物や観音像、神像に優れた徳化窯の白磁がヨーロッパで人気を博したことがよくわかりました。

《白磁千手観音坐像》徳化窯
中国・明時代 16世紀



展示室6 名残の茶

11月以降は新茶が出る季節なので、一年間楽しんだ前年の茶葉や、初夏から慣れ親しんだ風炉は10月で使い納め。展示室6には、その名残を惜しんだ茶道具が展示されています。

展示室6展示風景

「柿の蔕」とは茶碗を伏せた姿や色調が柿の蔕に似ていることによるもので、割れて繕われた姿が、分かれても合流する急流にたとえ「瀧川」という銘がつけられました。
近くでよく見ると繕われた跡がよくわかりますが、割れた茶碗に詩的なものを見出す昔の人たちの美意識に感銘を受けました。

《柿の蔕茶碗 銘 瀧川》朝鮮・朝鮮時代 16世紀




ミュージアムショップ

せっかくの機会ですので、【重要文化財】鈴木其一《夏秋渓流図屏風》の関連グッズをご自宅に飾ってみてはいかがでしょうか。

ミュージアムショップ


私は絵はがきを畳模様のシールを貼ったコレクションケースに入れて部屋に飾り、毎日眺めています。



企画展「夏と秋の美学 鈴木其一と伊年印の優品とともに」の会期は10月20日(日)まで。
夏から秋への季節の移ろいが感じられる、この秋おすすめの展覧会です。

2024年9月19日木曜日

静嘉堂@丸の内 特別展「眼福ー大名家旧蔵、静嘉堂茶道具の粋」

東京駅すぐ近くの明治生命館1階にある静嘉堂@丸の内では、特別展「眼福ー大名家旧蔵、静嘉堂茶道具の粋」が開催されています。

展覧会チラシ


今回の特別展は、三菱第2代社長・岩﨑彌之助氏(1851-1908)と三菱第4代社長・岩﨑小彌太氏(1879-1945)の父子によって蒐集された約1,400件にものぼる静嘉堂の茶道具コレクションの中から、将軍家や大名家が旧蔵していた茶道具の名品をはじめ選りすぐりの79件が展示される超豪華な内容の展覧会です。
そのうえ、静嘉堂が丸の内のギャラリーに移転してからは初めて、静嘉堂としても8年ぶりとなる茶道具展ですので、開幕を心待ちにしていました。

特別展のタイトルは「眼福」。
貴重なものや珍しいもの、美しいものなどを見ることができた幸福感に浸ることができる展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2024年9月10日(火)~11月4日(月・振休)
  ※会期中一部展示替えあり 前期:9/10-10/6 後期:10/8-11/4
会 場  静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)
休館日  毎週月曜日(ただし、9/16、9/23、10/14、11/4は開館し翌火曜休館予定)
開館時間 午前10時~午後5時
  ※土曜日は午後6時まで/第4水曜日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)
入館料  一般1,500円※お着物の方は一般料金の200円引。他の割引との併用不可。
     大高生1,000円 中学生以下無料
※展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp/ 

展示構成
 Gallery1:”眼福”をー岩﨑彌之助・小彌太父子蒐集の名碗から
 Gallery2:憧れの茶入ー”大名物”、”中興名物”の賞玩
 Gallery3:静嘉堂茶道具の粋ー大名家の名宝、”眼福”の逸品
 Gallery4:名宝を伝えゆく”茶の湯”ー淀藩主 稲葉家から岩﨑家へ

※国宝《曜変天目》(Gallery4)以外は携帯電話、スマホ、タブレットで撮影OKです。ただし、カメラでの撮影、動画撮影、フラッシュ撮影はできません。館内で撮影の注意事項をご確認ください。
※記事内では国宝《曜変天目》の写真も掲載していますが、報道内覧会で主催者より特別に許可を得て撮影したものです。
※展示されている作品はすべて静嘉堂所蔵です。
※前期展示の作品はその旨記載しました。無印の作品は全期間展示です。


Gallery1 ”眼福”をー岩﨑彌之助・小彌太父子蒐集の名碗から



Gallery1に展示されているのは、中国から伝来した天目茶碗、朝鮮半島でつくられた高麗茶碗、千利休が創始したとされる樂茶碗の優品の数々。
そして。ホワイエには和物(国焼)茶碗が展示されていて、まさに東アジアの名碗オールスター勢ぞろいの感があります。


Gallery1 展示風景 

冒頭に展示されているのは中国福建省にあった建窯で焼かれた重要文化財《油滴天目》。
「油滴」は「曜変」に次いで評価の高かった天目茶碗で、油の滴(しずく)が水面に細かく散ったような斑紋は、まるで夜空に煌めく星のよう。幻想的な光景が広がっています。

※天目茶碗とは、もとは中国浙江省天目山等に留学した僧侶たちが日本に持ち帰ったことからこのように呼ばれたもので、現在では広い口に窄まった高台をもつ「天目形」の碗で黒釉のかかった茶碗の総称として用いられています。

重要文化財「油滴天目」南宋時代(12-13世紀)
(付属)「堆朱花卉天目台」明時代(15世紀初期)

明時代の堆朱の天目台は水戸徳川家に伝来したもの。
厚く塗り重ねた朱漆の層にいくつもの種類の花卉が彫り表されている優品ですので、こちらもあわせてご覧いただきたいです。


ホワイエに展示されている和物茶碗は、美濃焼の一種で茶人・古田織部(1544-1615)の好みを受けた陶器とみなされることからその名がついた「黒織部茶碗 銘 うたたね」。茶道具の銘にはさまざまな由来がありますが、「うたたね」の銘の由来は不明とのこと。
それにしても、この茶碗の前に立つと気持ちが落ち着いて、うとうとしてしまいそうになるから不思議です。

「黒織部茶碗 銘 うたたね」江戸時代(17世紀)
前期展示(9/10-10/6)


Gallery2 憧れの茶入ー”大名物”、”中興名物”の賞玩


Gallery2には茶入の名品が並んでいるのですが、いつもと様子が違います。
茶入の展示ではたいていは茶入だけがぽつんと展示されているのですが、今回はご覧のとおり茶入を包む仕覆(しふく)や箱など付属品も所狭しと並んで展示されているのです。

Gallery2展示風景

古くから由緒のある、すぐれた茶道具のことを「名物」といいますが、特に千利休(1522-91)以前に選定されたものを「大名物(おおめいぶつ)」、江戸初期の茶人・造園家として知られる小堀遠州(1579-1647)の時代に評価されたものを「中興名物(ちゅうこうめいぶつ)」といいます。
今回の特別展では、静嘉堂が所蔵する「大名物」の茶入7点、「中興名物」の茶入5点すべてが展示されています。こんな贅沢な空間は二度と再現されないかもしれないので、必見です!

大名物の中でも特に注目したいのは、大名物「唐物茄子茶入 付藻茄子」と、室町末期の豪商・茶人で千利休の師、竹野紹鴎(1502-55)が所有していたことから「紹鴎茄子」とも呼ばれる大名物「唐物茄子茶入 松本茄子(紹鴎茄子)」。

右 大名物「唐物茄子茶入 付藻茄子」
左 大名物「唐物茄子茶入 松本茄子(紹鴎茄子)」
どちらも南宋~元時代(13-14世紀)

足利将軍家からの伝来を誇る「付藻茄子」は、戦国時代に所持した松永久秀が織田信長に献上して大和国一円の領地を安堵されたというエピソードでも知られています。掌に乗るくらいの小さな茶入ですが、当時の戦国武将にとっては一つの国に匹敵するぐらいの価値があったのです。
「付藻茄子」も、「松本茄子」も、信長、秀吉が所有し、どちらも大坂夏の陣で大坂城が落城したあと家康が焼け跡を捜索させ、見つかった破片を集めて修復させて家康の手に渡ったという激動の時代を生き抜いた茶入ですが、明治17年(1884)にこれらの茶入を入手できる話が持ち込まれた時、当時若かった彌之助氏はあまりに高価だったため、会社から年末の給与を前借りして購入したというエピソードも残されています。
この小さな茶入の中には多くのドラマがぎっしりと詰め込まれていることがわかりました。


元時代の「内赤外青漆四方盆(若狭盆)」の上に乗っているのは大名物「唐物肩衝茶入 瘤肩衝(佐々肩衝)」。
茶入を収納する「挽家(ひきや)」と呼ばれる硬い木材を用いた筒型の容器、明時代やインドなど国際色豊かな名物裂で作られる、箱を包む風呂敷や茶入を包む仕覆(しふく)、そして茶入を何重にも保護するいくつもの木箱。
このような展示を見ていると、茶入だけでなく、名品の茶入を保護する「次第(しだい)」と呼ばれる付属品を含めたすべてが一つの美術作品であるように思えてきました。


大名物「唐物肩衝茶入 瘤肩衝(佐々肩衝)」
南宋~元時代(13-14世紀)

Gallery3 静嘉堂茶道具の粋ー大名家の名宝、”眼福”の逸品


仙台藩主伊達家、加賀藩主前田家、丸亀藩主京極家はじめ、大名家ゆかりの名宝を数多く所蔵するのが静嘉堂の茶道具コレクションの特徴です。

Gallery3展示風景


今回の見どころのひとつは、展示スペースが広くなった丸の内のギャラリーだからこそ実現した、静嘉堂が所蔵する猿曳棚4点そろい踏み。


Gallery3展示風景


床に接した部分に袋棚(地袋)があるこの棚は、引戸に猿曳の絵が描かれていることから「猿曳棚」と呼ばれ(竹野紹鴎が好んだとされることから「紹鴎棚」とも呼ばれています)、伊達政宗に茶道役として仕えることになった清水道閑(どうかん 1579-1648)が京都から仙台に下るとき、師・古田織部から選別に贈られたもので、その後、清水家ではこの「本歌」(オリジナル)を大切に伝えるとともに、猿曳の絵を狩野派絵師に描かせた写しを複数製作しました。
今回は、静嘉堂が所蔵する「本歌」と、写し3点(板絵が①江戸時代、狩野派(筆者不詳)のもの、②明治18年(1885)、狩野永悳筆のもの、③明治時代、橋本雅邦の筆と伝えるもの)の全4点を一挙公開しています。
特に最後の1点は、木挽町狩野派出身で、静嘉堂が所蔵する重要文化財《龍虎図屏風》の作者でもある橋本雅邦の筆の可能性があるものなので、ぜひ近くでご覧いただきたいです。

江戸時代初期の陶工、野々村仁清の華やいだ雰囲気のある作品が見られるのもうれしいです。

Gallery3展示風景

景徳鎮窯や七宝の特徴ある水指も展示されています。前期後期で展示替えがあるので、後期も来なくては!

Gallery3展示風景


Gallery4 名宝を伝えゆく”茶の湯”ー淀藩主 稲葉家から岩﨑家へ


静嘉堂所蔵の茶道具のなかでもっともよく知られているのが、「完全な形で残っているのは世界に3碗しかなく、それもすべて日本にあって、どれも国宝」のうちの貴重な1碗、国宝「曜変天目(稲葉天目)」。
(ほかの2碗は、京都・大徳寺塔頭の龍光院、大阪・藤田美術館が所蔵)



国宝「曜変天目(稲葉天目)」南宋時代(12-13世紀)


Gallery4では、国宝「曜変天目(稲葉天目)」と、同じく稲葉家伝来の大名物「唐物瓢箪茶入 稲葉瓢箪」が展示されています。

Gallery4展示風景

どちらも高く評価されているもので、彌之助氏が「唐物瓢箪茶入 稲葉瓢箪」を購入したのが明治30年(1897)、一方の「曜変天目(稲葉天目)」は大正7年(1918)に稲葉家から親戚の小野家に渡り、昭和9年(1934)に小彌太氏の所有になりました。
「曜変天目(稲葉天目)」には当主の譲り状が添えられていたとのことですが、そこには、譲るなら「唐物瓢箪茶入 稲葉瓢箪」を所蔵している岩﨑家に、との思いが込められていたように感じられました。
Gallery4では稲葉家旧蔵の名宝2品を同じスペースの中で見ることができます。


ミュージアムショップに移ります。

今ではすっかりおなじみとなったのが「ほぼ実寸の曜変天目ぬいぐるみ」(税込5800円)。




特別展「眼福ー大名家旧蔵、静嘉堂茶道具の粋」の展示作品全てのカラー写真と詳しい解説、茶道具の専門家によるコラムが掲載された図録は永久保存版です。(税込2,200円)



静嘉堂の質量ともに充実した茶道具コレクションの粋を見て幸せな気分になってみませんか。この秋おすすめの展覧会です。